「蓋板」の版間の差分

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<font size="+1">岡 雄一郎、[http://researchmap.jp/read0185568 佐藤 真]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/okay 雄一郎]、[http://researchmap.jp/read0185568 佐藤 真]</font><br>
''福井大学''<br>
''大阪大学医学系研究科 解剖学講座(神経機能形態学)/大阪大学医学系研究科 連合小児発達学研究科 こころの発達神経科学講座(分子生物遺伝学)''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年3月27日 原稿完成日:2013年9月2日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年3月27日 原稿完成日:2013年9月2日 一部改訂:2021年6月29日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
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英語名:roof plate  
英語名:roof plate  


{{box|text=
{{box|text= 蓋板は、脊椎動物における神経発生の過程で神経板が閉じて形成される神経管の背側正中領域であり、骨形成因子などのシグナル分子を分泌する形成中心として、中枢神経系の背側のパターン形成において重要な働きを持つ。蓋板は終脳から脊髄まで脳の前後軸に沿ってどの部位にも存在するが、特に脊髄の背側部においてその形成機構が良く解析されている。第3脳室、第4脳室では蓋板上に血管が入り、蓋板由来の細胞とともに脈絡叢を形成する。}}
 蓋板(roof plate)は、[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]における神経発生の過程で[[神経板]](neural plate)が閉じて形成される[[神経管]](neural tube)の背側正中領域であり<ref><pubmed>15378040</pubmed></ref><ref><pubmed>20683859</pubmed></ref>、中枢神経系の背側のパターン形成に重要な働きを持つ<ref><pubmed>15617675</pubmed></ref><ref><pubmed>22821665</pubmed></ref>。蓋板は終脳から脊髄まで脳の前後軸に沿ってどの部位にも存在するが、特に脊髄の背側部においてその形成機構が良く解析されている。
}}


== 蓋板の構造  ==
== 蓋板の構造  ==
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== 蓋板形成の流れ  ==
== 蓋板形成の流れ  ==
[[ファイル:蓋板.jpg|thumb|right|250px|'''図. 蓋板形成の流れ''']]
 脊椎動物の初期発生における[[神経胚]]の時期には、[[wj:外胚葉|外胚葉]]背側部に形成された神経板が陥入して[[神経溝]](neural groove)となると、神経板と表皮外胚葉の境界部に[[神経堤]](neural crest)が形成される。神経溝は次第に円筒状になり、最終的には背側部が融合して管が閉じて神経管を形成する。この時、神経堤は表皮と神経管の間の部分を占めるが、神経堤には神経管の背側部からもしばらく細胞が供給される。神経管背側部からの神経堤細胞の離脱が終わった時点で、神経管背側正中領域は蓋板となる('''図''')。


[[ファイル:蓋板.jpg|thumb|right|250px|蓋板形成の流れ]]
 神経管背側正中領域から産生される神経堤細胞と蓋板細胞の前駆細胞は形態的にも分子的にも区別することができないため、共通の前駆細胞から産生されると考えられている。ただし、Krispinらは[[wj:ニワトリ|ニワトリ]]体幹部神経管の細胞系譜を追跡し、将来、腹側の構造([[交感神経節]])を形成する細胞は神経管内の背側にあって最初に神経管を離脱し、反対に、背側に分布する[[wj:メラノサイト|メラノサイト]]となる細胞は神経管内で腹側に分布して次第に背側に移動し最後に神経管を離脱することを明らかにした。蓋板細胞の前駆細胞は神経管内の[[wj:メラノサイト前駆細胞|メラノサイト前駆細胞]]より腹側に分布し、神経堤細胞が順次離脱していくのに伴って次第に背側に移動し、メラノサイト前駆細胞が離脱した後に背側正中領域を占めるとされている<ref><pubmed>20110324</pubmed></ref>。
 脊椎動物の初期発生における[[神経胚]]の時期には、[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]背側部に形成された神経板が陥入して[[神経溝]](neural groove)となると、神経板と表皮外胚葉の境界部に[[神経堤]](neural crest)が形成される。神経溝は次第に円筒状になり、最終的には背側部が融合して管が閉じて神経管を形成する。この時、神経堤は表皮と神経管の間の部分を占めるが、神経堤には神経管の背側部からもしばらく細胞が供給される。神経管背側部からの神経堤細胞の離脱が終わった時点で、神経管背側正中領域は蓋板となる。
 
 神経管背側正中領域から産生される神経堤細胞と蓋板細胞の前駆細胞は形態的にも分子的にも区別することができないため、共通の前駆細胞から産生されると考えられている。ただし、Krispinらは[[wikipedia:ja:ニワトリ|ニワトリ]]体幹部神経管の細胞系譜を追跡し、将来、腹側の構造([[交感神経節]])を形成する細胞は神経管内の背側にあって最初に神経管を離脱し、反対に、背側に分布する[[wikipedia:ja:メラノサイト|メラノサイト]]となる細胞は神経管内で腹側に分布して次第に背側に移動し最後に神経管を離脱することを明らかにした。蓋板細胞の前駆細胞は神経管内の[[wikipedia:ja:メラノサイト前駆細胞|メラノサイト前駆細胞]]より腹側に分布し、神経堤細胞が順次離脱していくのに伴って次第に背側に移動し、メラノサイト前駆細胞が離脱した後に背側正中領域を占めるとされている<ref><pubmed>20110324</pubmed></ref>。  


== 蓋板形成の分子機構  ==
== 蓋板形成の分子機構  ==
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 wingless-related mouse mammary tumour virus integration site(WNT)ファミリーのいくつかの分子はニワトリ及びマウスの表皮外胚葉や蓋板形成期の背側正中領域に発現している。HH10期のニワトリ神経板でWNTシグナルを抑えても蓋板の形成は阻害されなかった<ref name=Chizhikov/>。表皮外胚葉からのWNTシグナルが蓋板の誘導に必要かどうかはまだわからない。  
 wingless-related mouse mammary tumour virus integration site(WNT)ファミリーのいくつかの分子はニワトリ及びマウスの表皮外胚葉や蓋板形成期の背側正中領域に発現している。HH10期のニワトリ神経板でWNTシグナルを抑えても蓋板の形成は阻害されなかった<ref name=Chizhikov/>。表皮外胚葉からのWNTシグナルが蓋板の誘導に必要かどうかはまだわからない。  


 [[wikipedia:ja:ビタミンA|ビタミンA]]欠乏条件下の[[ウズラ]]の神経管では腹側化が優勢であり、BMP4や[[Wnt1]]、[[Msx2]]などの蓋板のマーカー遺伝子の発現領域が減少していた<ref><pubmed>15110711</pubmed></ref>。また、[[レチノイン酸]]合成酵素[[Raldh2]]([[aldh1a2]])遺伝子の第1イントロン内には四足脊椎動物で保存された配列があり、Raldh2の脊髄背側部における発現を制御する[[エンハンサー]]領域であることが示されている<ref><pubmed>20081195</pubmed></ref>。これらの研究はレチノイン酸シグナルが蓋板を含む神経管背側部の形成に何らかの役割を果たしていることを示唆している。  
 [[wj:ビタミンA|ビタミンA]]欠乏条件下の[[ウズラ]]の神経管では腹側化が優勢であり、BMP4や[[Wnt1]]、[[Msx2]]などの蓋板のマーカー遺伝子の発現領域が減少していた<ref><pubmed>15110711</pubmed></ref>。また、[[レチノイン酸]]合成酵素[[Raldh2]]([[aldh1a2]])遺伝子の第1イントロン内には四足脊椎動物で保存された配列があり、Raldh2の脊髄背側部における発現を制御する[[エンハンサー]]領域であることが示されている<ref><pubmed>20081195</pubmed></ref>。これらの研究はレチノイン酸シグナルが蓋板を含む神経管背側部の形成に何らかの役割を果たしていることを示唆している。  


=== 内在性因子  ===
=== 内在性因子  ===
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 分化した蓋板は形成中心(organizing center)としてシグナル分子を分泌し、脊髄背側の神経細胞の分化を誘導する。  
 分化した蓋板は形成中心(organizing center)としてシグナル分子を分泌し、脊髄背側の神経細胞の分化を誘導する。  


 蓋板が脊髄背側の神経の運命決定に関わっていることを示す最初の知見は、未分化な神経板に蓋板を移植すると[[dI1]]と[[dI3]]という背側の[[脊髄介在ニューロン|介在神経]]細胞(dorsal interneuron)が誘導されるという発見であった<ref name=Liem/>。その後、蓋板に特異的なgrowth differentiation factor 7 ([[Gdf7]])遺伝子の[[プロモータ]]を利用して[[wikipedia:ja:ジフテリアトキシン|ジフテリアトキシン]] (DTA)を発現させるGdf7-DTAマウスを用いて蓋板を欠失させると、最も背側のdI1-3は誘導されず、これを補うように腹側の[[dI4]]-[[dI6|6]]が余計に誘導されること、また、dI1-3の前駆細胞が失われたことによってではなく、蓋板からのシグナルが発信されないことによってdI1-3が誘導されないことがわかり、背側の介在神経細胞はデフォルトではdI4-6になるが、蓋板に近い領域では蓋板からのシグナルがそれを抑制してdI1-3に方向付けることが明らかになった<ref><pubmed>10693795</pubmed></ref>。<br> 一方、dreherマウスでは蓋板の欠失だけでなくdI1の減少も認められた。[[Lmx1a]]は蓋板でのみ発現しているので、これは蓋板からのnon-autonomousなシグナルが働いていることを示唆している<ref name=Millonig/><ref name=Millen><pubmed>15183721</pubmed></ref>。このnon-autonomousな蓋板のシグナルの存在は、ニワトリ神経板でLmx1aや[[Lmx1b]]を発現させて異所性に蓋板をつくると、その場所ではdI2-6の代わりにdI1がnon-autonomousに誘導されることからも示された<ref name=Chizhikov/><ref name=ChizhikovJN/>。  
 蓋板が脊髄背側の神経の運命決定に関わっていることを示す最初の知見は、未分化な神経板に蓋板を移植すると[[dI1]]と[[dI3]]という背側の[[脊髄介在ニューロン|介在神経]]細胞(dorsal interneuron)が誘導されるという発見であった<ref name=Liem/>。その後、蓋板に特異的なgrowth differentiation factor 7 ([[Gdf7]])遺伝子の[[プロモータ]]を利用して[[wj:ジフテリアトキシン|ジフテリアトキシン]] (DTA)を発現させるGdf7-DTAマウスを用いて蓋板を欠失させると、最も背側のdI1-3は誘導されず、これを補うように腹側の[[dI4]]-[[dI6|6]]が余計に誘導されること、また、dI1-3の前駆細胞が失われたことによってではなく、蓋板からのシグナルが発信されないことによってdI1-3が誘導されないことがわかり、背側の介在神経細胞はデフォルトではdI4-6になるが、蓋板に近い領域では蓋板からのシグナルがそれを抑制してdI1-3に方向付けることが明らかになった<ref><pubmed>10693795</pubmed></ref>。<br> 一方、dreherマウスでは蓋板の欠失だけでなくdI1の減少も認められた。[[Lmx1a]]は蓋板でのみ発現しているので、これは蓋板からのnon-autonomousなシグナルが働いていることを示唆している<ref name=Millonig/><ref name=Millen><pubmed>15183721</pubmed></ref>。このnon-autonomousな蓋板のシグナルの存在は、ニワトリ神経板でLmx1aや[[Lmx1b]]を発現させて異所性に蓋板をつくると、その場所ではdI2-6の代わりにdI1がnon-autonomousに誘導されることからも示された<ref name=Chizhikov/><ref name=ChizhikovJN/>。  


 蓋板からの背側化シグナルの分子実体は主にBMPとWNTである。
 蓋板からの背側化シグナルの分子実体は主にBMPとWNTである。
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*[[翼板]]
*[[翼板]]
*[[基板]]
*[[基板]]
*[[蓋板]]
*[[神経堤]]
*[[神経堤]]