「補足眼野」の版間の差分

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 前頭眼野や上丘(superior colliculus)を電気刺激すると一定のベクトル成分をもつサッケード(constant-vector saccades)が誘発されるのに対し、補足眼野の電気刺激ではconstant-vector saccades以外に、特定の空間部位へ収束するサッケード(goal-directed saccadesあるいはconverging saccades)が誘発される<ref name=ref6 />。誘発サッケードの方向性に関する2領域間の機能的差異については異論もあるが<ref name=ref18><pubmed>8385196</pubmed></ref>、その後の研究によっても、補足眼野内の刺激部位に応じてconstant-vector saccadesやgoal-directed saccadesが誘発されることが確認された<ref name=ref19><pubmed>16162836</pubmed></ref>。これらの電気刺激結果は、補足眼野細胞が網膜中心座標に加え、非網膜中心座標(頭部・身体・外界中心座標の総称)を使ってサッケードをコードしていることを示唆する。頭部の運動に自由度をもたせて行った電気刺激実験の結果によれば、補足眼野で用いられる座標系は頭部中心座標が主体であった<ref name=ref20><pubmed>15603747</pubmed></ref>。一方、Olsonらは補足眼野の細胞活動を解析し、同部のサッケードのコーディングが、標的となる視物体を中心とした座標系object-centered coordinateで行われることを発見した<ref name=ref21><pubmed>7638625</pubmed></ref>。Olsonらの最新の研究結果は、補足眼野の基準座標系が細胞によって異なることを示唆している<ref name=ref22><pubmed>17329630</pubmed></ref>。
 前頭眼野や上丘(superior colliculus)を電気刺激すると一定のベクトル成分をもつサッケード(constant-vector saccades)が誘発されるのに対し、補足眼野の電気刺激ではconstant-vector saccades以外に、特定の空間部位へ収束するサッケード(goal-directed saccadesあるいはconverging saccades)が誘発される<ref name=ref6 />。誘発サッケードの方向性に関する2領域間の機能的差異については異論もあるが<ref name=ref18><pubmed>8385196</pubmed></ref>、その後の研究によっても、補足眼野内の刺激部位に応じてconstant-vector saccadesやgoal-directed saccadesが誘発されることが確認された<ref name=ref19><pubmed>16162836</pubmed></ref>。これらの電気刺激結果は、補足眼野細胞が網膜中心座標に加え、非網膜中心座標(頭部・身体・外界中心座標の総称)を使ってサッケードをコードしていることを示唆する。頭部の運動に自由度をもたせて行った電気刺激実験の結果によれば、補足眼野で用いられる座標系は頭部中心座標が主体であった<ref name=ref20><pubmed>15603747</pubmed></ref>。一方、Olsonらは補足眼野の細胞活動を解析し、同部のサッケードのコーディングが、標的となる視物体を中心とした座標系object-centered coordinateで行われることを発見した<ref name=ref21><pubmed>7638625</pubmed></ref>。Olsonらの最新の研究結果は、補足眼野の基準座標系が細胞によって異なることを示唆している<ref name=ref22><pubmed>17329630</pubmed></ref>。


 電気刺激で誘発されるサッケードに関する上記の議論は、補足眼野で用いられる運動の基準座標と関連付けられたものであったが、それら以外にも補足眼野の電気刺激はサッケードの遂行やプランニングに対して顕著な効果をもたらす。サッケードの準備期間中で、GO信号が与えられる直前に電気刺激を行うと、生成すべきサッケードが刺激部位とは反対側へ向う場合にはその運動の反応時間が短縮する<ref name=ref23><pubmed>8741764</pubmed></ref>。対照的に、GO信号の直後に加えた電気刺激では両側性にサッケードが抑制され(ただし同側優位のことが多い)、反応時間が延長する。これらの効果は補足眼野近傍に存在する前補足運動野への電気刺激効果と酷似しているが<ref name=ref24><pubmed>15703225</pubmed></ref>、得られる効果の空間選択性は補足眼野の方が高い<ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref>。連続して提示される2つの視覚刺激の順序を記憶し、それに従って連続したサッケードを行うよう要求された課題では、記憶期間中に加えた電気刺激によって課題成績が悪化した<ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref>。さらに、サッケードの指令撤回課題(saccade countermanding task)遂行中に補足眼野を電気刺激すると、サッケードの生成を中止すべき試行において成績が向上した<ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref>。これは既に述べた電気刺激の反応時間遅延効果による可能性も考えられるが、同じ部位を同じパラメーターで電気刺激しても、視覚誘導性サッケード課題では反応時間の延長は認められなかった<ref name=ref27 />。
 電気刺激で誘発されるサッケードに関する上記の議論は、補足眼野で用いられる運動の基準座標と関連付けられたものであったが、それら以外にも補足眼野の電気刺激はサッケードの遂行やプランニングに対して顕著な効果をもたらす。サッケードの準備期間中で、GO信号が与えられる直前に電気刺激を行うと、生成すべきサッケードが刺激部位とは反対側へ向う場合にはその運動の反応時間が短縮する<ref name=ref23><pubmed>8741764</pubmed></ref>。対照的に、GO信号の直後に加えた電気刺激では両側性にサッケードが抑制され(ただし同側優位のことが多い)、反応時間が延長する。これらの効果は補足眼野近傍に存在する前補足運動野への電気刺激効果と酷似しているが<ref name=ref24><pubmed>15703225</pubmed></ref>、得られる効果の空間選択性は補足眼野の方が高い<ref name=ref25><pubmed>18216220</pubmed></ref>。連続して提示される2つの視覚刺激の順序を記憶し、それに従って連続したサッケードを行うよう要求された課題では、記憶期間中に加えた電気刺激によって課題成績が悪化した<ref name=ref26><pubmed>16620152</pubmed></ref>。さらに、サッケードの指令撤回課題(saccade countermanding task)遂行中に補足眼野を電気刺激すると、サッケードの生成を中止すべき試行において成績が向上した<ref name=ref27><pubmed>16732274</pubmed></ref>。これは既に述べた電気刺激の反応時間遅延効果による可能性も考えられるが、同じ部位を同じパラメーターで電気刺激しても、視覚誘導性サッケード課題では反応時間の延長は認められなかった<ref name=ref27 />。


 補足眼野はサッケード制御の多様な側面に関与する。特に、視物体とサッケード方向の連合学習<ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref>、アンチサッケード(視物体とは反対方向へ向うサッケード)の生成<ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref>、コンフリクト(複数の運動プログラムが拮抗している状態)の検出<ref name=ref30><pubmed></pubmed></ref>(ただし、サッケード関連活動の修飾という形をとることが多い<ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref>)、サッケード遂行後に受け取る報酬や報酬予測誤差の表現<ref name=ref30 /> <ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref34><pubmed></pubmed></ref>、サッケードの順序制御<ref name=ref35><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref38><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref39><pubmed></pubmed></ref>、数百msオーダーの待機時間経過処理<ref name=ref39 />, <ref name=ref40><pubmed></pubmed></ref>、手と眼の協調運動制御<ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>、報酬に基づくサッケード方向の選択過程<ref name=ref42><pubmed></pubmed></ref>への関与が重要である。補足眼野の細胞応答は前頭眼野のそれよりもかなり状況依存的である。このような補足眼野の広範囲に及ぶ機能を一元的に説明する機能仮説は、現在までのところ提唱されていない。
 補足眼野はサッケード制御の多様な側面に関与する。特に、視物体とサッケード方向の連合学習<ref name=ref28><pubmed>7608758</pubmed></ref>、アンチサッケード(視物体とは反対方向へ向うサッケード)の生成<ref name=ref29><pubmed>9389478</pubmed></ref>、コンフリクト(複数の運動プログラムが拮抗している状態)の検出<ref name=ref30><pubmed>11130724</pubmed></ref>(ただし、サッケード関連活動の修飾という形をとることが多い<ref name=ref31><pubmed>15295008</pubmed></ref>)、サッケード遂行後に受け取る報酬や報酬予測誤差の表現<ref name=ref30 /> <ref name=ref32><pubmed>11024104 </pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed>18077686</pubmed></ref> <ref name=ref34><pubmed>22378869</pubmed></ref>、サッケードの順序制御<ref name=ref35><pubmed>11970872</pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed>12466467</pubmed></ref> <ref name=ref37><pubmed>12904333</pubmed></ref> <ref name=ref38><pubmed>19158286</pubmed></ref> <ref name=ref39><pubmed>21389312</pubmed></ref>、数百msオーダーの待機時間経過処理<ref name=ref39 />, <ref name=ref40><pubmed>18064442</pubmed></ref>、手と眼の協調運動制御<ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>、報酬に基づくサッケード方向の選択過程<ref name=ref42><pubmed></pubmed></ref>への関与が重要である。補足眼野の細胞応答は前頭眼野のそれよりもかなり状況依存的である。このような補足眼野の広範囲に及ぶ機能を一元的に説明する機能仮説は、現在までのところ提唱されていない。


 補足眼野は、前頭前野のように上丘や脳幹へ直接投射するが<ref name=ref11 /> <ref name=ref15 /> <ref name=ref16 />、サッケード生成への関与は前頭眼野よりも間接的であると考えられている。これは、補足眼野の電気刺激で誘発されるサッケードの閾値が前頭眼野のそれよりも高いこと<ref name=ref18 /> <ref name=ref43><pubmed></pubmed></ref>、補足眼野の局所病変では単発サッケードの遂行がほとんど障害されないこと<ref name=ref44><pubmed></pubmed></ref>, <ref name=ref45><pubmed></pubmed></ref>、サッケードの生成や中止の指示に対する補足眼野細胞の応答が、実際に生成や中止に関与するには遅すぎること<ref name=ref46><pubmed></pubmed></ref>、といった研究結果により支持される。補足眼野は、サッケードの生成・開始に直接関与するというよりは、サッケードの内発的生成過程、あるいはプランニングやモニタリング過程など、より複雑で認知的な制御を必要とする行動局面において使われていると考えた方がよい。既に述べたように、単純なサッケードの発現に対する補足眼野病変の影響は極めて限定的である一方、より複雑で状況依存的なサッケードの発現に対しては顕著な障害効果をもたらす<ref name=ref44 /> <ref name=ref45 /> <ref name=ref47><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref48><pubmed></pubmed></ref>。また、動機づけにもとづく自発性サッケード生成においては、補足眼野の活動が前頭眼野の活動に先行することも、上記の考え方と合致する<ref name=ref1 /> <ref name=ref42 />。
 補足眼野は、前頭前野のように上丘や脳幹へ直接投射するが<ref name=ref11 /> <ref name=ref15 /> <ref name=ref16 />、サッケード生成への関与は前頭眼野よりも間接的であると考えられている。これは、補足眼野の電気刺激で誘発されるサッケードの閾値が前頭眼野のそれよりも高いこと<ref name=ref18 /> <ref name=ref43><pubmed></pubmed></ref>、補足眼野の局所病変では単発サッケードの遂行がほとんど障害されないこと<ref name=ref44><pubmed></pubmed></ref>, <ref name=ref45><pubmed></pubmed></ref>、サッケードの生成や中止の指示に対する補足眼野細胞の応答が、実際に生成や中止に関与するには遅すぎること<ref name=ref46><pubmed></pubmed></ref>、といった研究結果により支持される。補足眼野は、サッケードの生成・開始に直接関与するというよりは、サッケードの内発的生成過程、あるいはプランニングやモニタリング過程など、より複雑で認知的な制御を必要とする行動局面において使われていると考えた方がよい。既に述べたように、単純なサッケードの発現に対する補足眼野病変の影響は極めて限定的である一方、より複雑で状況依存的なサッケードの発現に対しては顕著な障害効果をもたらす<ref name=ref44 /> <ref name=ref45 /> <ref name=ref47><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref48><pubmed></pubmed></ref>。また、動機づけにもとづく自発性サッケード生成においては、補足眼野の活動が前頭眼野の活動に先行することも、上記の考え方と合致する<ref name=ref1 /> <ref name=ref42 />。