「視床下部」の版間の差分

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 腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。[[満腹中枢]]としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>。一方、摂食中枢は視床下部の外側野に位置するとされ、摂食促進ペプチドである[[メラニン凝集ホルモン]](MHC)およびオレキシンを含む神経細胞が存在している。また、最近では腹内側核の神経細胞を[[光遺伝学的]]手法により活性化させると、攻撃行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。この攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、相反する二つの行動のスイッチとしてはたらいている可能性がある。  
 腹内側核は視床下部の中で最も大きく明瞭な核であり、小型または中型の細胞から構成されている。[[満腹中枢]]としての機能は1940年代に行われた腹内側核の除去が動物に肥満をもたらすという様々な実験結果から提唱されたものであり、1970年代に肥満をもたらしているのは室傍核など腹内側核の周辺組織の受けた損傷であるというGoldらによる異論<ref><pubmed> 4795550 </pubmed></ref>があったものの、現在でも摂食行動と体重維持を制御しているものと考えられている<ref><pubmed> 16412483 </pubmed></ref>。一方、摂食中枢は視床下部の外側野に位置するとされ、摂食促進ペプチドである[[メラニン凝集ホルモン]](MHC)およびオレキシンを含む神経細胞が存在している。また、最近では腹内側核の神経細胞を[[光遺伝学的]]手法により活性化させると、攻撃行動が引き起こされるという報告がなされている<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>。この攻撃行動の際に活性化している神経細胞群は生殖行動の際には抑制されており、相反する二つの行動のスイッチとしてはたらいている可能性がある。  


== 視床下部の機能について  ==
== 機能 ==


 視床下部は体温調節、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非常に多岐にわたる行動を調節している。こうした調節は単独で機能しているわけではなく、相互に関係する複数の行動を、バランスを取って促進・抑制することで全体的なモードを規定している。例えば、ストレス応答の際は生存確率を高めるために代謝レベルを高めるが、その際には体温や[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]を上昇させ、睡眠や生殖行動を抑制するような統合的な調節が行われている。以下に代表的な機能について記す。  
 視床下部は体温調節、摂食行動、睡眠・覚醒、ストレス応答、生殖行動など非常に多岐にわたる行動を調節している。こうした調節は単独で機能しているわけではなく、相互に関係する複数の行動を、バランスを取って促進・抑制することで全体的なモードを規定している。例えば、ストレス応答の際は生存確率を高めるために代謝レベルを高めるが、その際には体温や[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]を上昇させ、睡眠や生殖行動を抑制するような統合的な調節が行われている。以下に代表的な機能について記す。  
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== 最近の知見について  ==
== 最近の知見について  ==


 このように視床下部は多くの生理的に重要な役割を複合的に果たしているが、その神経回路の機能に関してはいまだに不明な点が多い。形態学的に分類、記載されてきた神経核であるが、細胞に発現しているペプチドの染色結果などにより、同じ種類の神経細胞が複数の領域にまたがって存在していたり、一つの神経核の中でも多数の異なる種類の神経細胞が共存していたりすることが分かってきている。そのため、行動を制御する機能単位としての神経回路を解析するためには古典的な電気刺激等の手法では限界があった。
 このように視床下部は多くの生理的に重要な役割を複合的に果たしているが、その神経回路の機能に関してはいまだに不明な点が多い。形態学的に分類、記載されてきた神経核であるが、細胞に発現しているペプチドの染色結果などにより、同じ種類の神経細胞が複数の領域にまたがって存在していたり、一つの神経核の中でも多数の異なる種類の神経細胞が共存していたりすることが分かってきている。そのため、行動を制御する機能単位としての神経回路を解析するためには古典的な電気刺激等の手法では限界があった。  


 近年、遺伝学的手法により特定の神経にだけ光活性化分子を発現させ、光を照射することによってその神経回路特異的にミリ秒単位のオーダーで活性を制御する、[[光遺伝学]]とよばれる新たな手法がこの問題を解決しようとしている。例えば、神経ペプチドであるオレキシンを産生するオレキシン神経は睡眠に関与することが知られていたが、少数の細胞が散在しているため古典的手法だけでは特異的にその機能を調べることは困難であった。しかし、オレキシンのプロモーター下流で[[チャネルロドプシン]]<ref><pubmed> 17943086 </pubmed></ref>や[[ハロロドプシン]]<ref><pubmed> 21775598 </pubmed></ref>といった光活性化タンパク質を発現させて光刺激することによって、自由行動しているマウスにおけるオレキシン神経の活性化状態が睡眠・覚醒に及ぼす影響を観察することが可能となっている。他にも、弓状核に存在するAgRP神経の活性化が数分内に摂食行動を亢進させること<ref><pubmed> 21209617 </pubmed></ref>、腹内側核に攻撃行動の中枢が存在すること<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>、など多くの新たな知見が得られてきており、今後一層の展開が期待される。  
 近年、遺伝学的手法により特定の神経にだけ光活性化分子を発現させ、光を照射することによってその神経回路特異的にミリ秒単位のオーダーで活性を制御する、[[光遺伝学]]とよばれる新たな手法がこの問題を解決しようとしている。例えば、神経ペプチドであるオレキシンを産生するオレキシン神経は睡眠に関与することが知られていたが、少数の細胞が散在しているため古典的手法だけでは特異的にその機能を調べることは困難であった。しかし、オレキシンのプロモーター下流で[[チャネルロドプシン]]<ref><pubmed> 17943086 </pubmed></ref>や[[ハロロドプシン]]<ref><pubmed> 21775598 </pubmed></ref>といった光活性化タンパク質を発現させて光刺激することによって、自由行動しているマウスにおけるオレキシン神経の活性化状態が睡眠・覚醒に及ぼす影響を観察することが可能となっている。他にも、弓状核に存在するAgRP神経の活性化が数分内に摂食行動を亢進させること<ref><pubmed> 21209617 </pubmed></ref>、腹内側核に攻撃行動の中枢が存在すること<ref><pubmed> 21307935 </pubmed></ref>、など多くの新たな知見が得られてきており、今後一層の展開が期待される。