視覚性トップダウン型注意とボトムアップ型注意

2017年1月8日 (日) 18:26時点におけるTfuruya (トーク | 投稿記録)による版

小川 正
京都大学 次世代研究創成ユニット
DOI:10.14931/bsd.7335 原稿受付日:2017年1月6日 原稿完成日:2017年月日
担当編集委員:田中 啓治(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英:visual top-down attention and bottom-up attention

 現実世界には多くの物体が存在し複雑な視覚世界を構成しているため、網膜には膨大な情報が入力される。しかしながら、脳がすべての視覚情報を高精度に処理することは困難であるため、生体にとって重要と思われる視覚情報を選択して認知や合目的な行動に結びつけている。このような神経情報処理を実現する仕組みのひとつとして「注意」があると考えられている。

ボトムアップ型注意とトップダウン型注意

 注意には2種類のメカニズムが存在すると考えられており、刺激検出課題[1](Posner, 1980)や視覚探索課題[1] [1](Egeth and Yantis 1997; Theeuwes, 2010)を用いた研究によって注意メカニズムの性質を考える上で重要な知見が与えられてきた。

 2種類の注意メカニズムのうち1つはボトムアップ型注意(bottom-up attention)と呼ばれるものであり、複数刺激のなかで1つの刺激が周囲の刺激と顕著に異なる場合や[1] [1] [1](Duncan and Humphreys 1989; Nothdurft 1993; Treisman and Gelade 1980)、視覚刺激が突然出現した場合[1](Posner, 1980)、その刺激に対して注意が受動的に惹きつけられる。例えば、視覚探索課題において目標(正立した‘L’字型の刺激)を探すとき、多数の青色の妨害刺激のなかで橙色の目標刺激が一つだけ存在するような状況であれば、目標刺激が目立つ(ポップアウトする)ために容易に見つけ出すことができる(図1A)。もう一つはトップダウン型注意(top-down attention)と呼ばれるものであり、選ぶべき刺激について事前知識をもっている場合、能動的にバイアスをかけることによって目的とする刺激を選択することができる。例えば、さまざまな形・色をした刺激が混在しているために目標刺激(正立した‘L’を目標刺激)が目立たない状況であっても、目標の位置や刺激特徴に注意を向けることによって見出すことができる(図1B)。

 視覚探索課題において「呈示される刺激の数」と「目標を見出すまでの時間」の関係性は、2種類の注意機構の重要な性質を明らかにする(図1C)。目標刺激が目立たない条件では視野内に存在する刺激総数の増加にともなって探索時間が増大するが(図1C、実線)、目標刺激が目立つ条件のときは目標刺激を見出すまでに要する探索時間が視野内の刺激の総数に依らずにほぼ一定になる(破線)。このような結果は、ボトムアップ型注意による選択はすべての刺激(すなわち視野全体)に対して並列的に働くが、トップダウン型注意による選択は個々の刺激に対して逐次的に働くことを示唆している[1](Treisman and Gelade 1980)。

ボトムアップ型注意の神経基盤になると考えられる文脈依存的な周辺抑制

 V1野、V2野、V4野、MT野などの視覚野では、ニューロンの受容野内に視覚刺激が呈示されることによって視覚性応答が生じる。通常、受容野外に視覚刺激を単独で呈示しても(受容野の定義から)視覚性応答が生じることはない。しかしながら、受容野内に刺激を呈示しながら、受容野外に別の刺激を同時に呈示すると、受容野外刺激によって視覚性応答が修飾されることが見出されている[1](Allman et al., 1985)。新たに見出された周辺の受容野構造と区別するため、従来から報告されていた受容野は古典的受容野(classical receptive field)と呼ばれる。

 KnierimとVan Essenは、注視課題を遂行しているサルのV1野から単一ニューロン活動を記録し、古典的受容野内の刺激に対する応答が古典的受容野外の刺激よってどのような修飾効果を受けるかを調べた[1](Knierim and van Essen 1992)。実験では、単独の線分刺激が受容野内刺激として、その周囲をとりまくように多数の線分刺激が受容野外刺激として呈示された(図2)。多くのV1ニューロンでは受容野外刺激による修飾効果は抑制性に作用した(周辺抑制、surround suppression)、すなわち1つだけの刺激を受容野内にしたときに神経活動強度が最大となり(図2A)、周辺刺激を追加すると神経活動は減弱する(図2B, C)。さらに詳しく調べると、その抑制効果は受容野内刺激と受容野外刺激の方位(傾き)が同じであるときに最大(図2B)、直交するときに最小となる傾向を示した(図2C)。すなわち、受容野内刺激と受容野外刺激の方位コントラストが小さい(非ポップアウト)条件にくらべて、方位コントラストが大きい(ポップアウト)条件ではニューロン応答が相対的に強くなった。このような周辺抑制の効果はトップダウン型注意が起こり得ない麻酔下の動物においても観察されることから、ボトムアップ型注意を生じさせるための潜在的な神経基盤になっていると考えられている[1](Nothdurft et al. 1999)。受容野外刺激の特徴よってニューロン活動に対する影響が変わるため、このような修飾作用を文脈依存性(contextual modulation)と呼ぶこともある。

 V1野以外の領野でも、色(V4野)や動き(MT野)の特徴次元で古典的受容野内外にコントラストがある場合、同様の周辺抑制効果が生じる[1] [1](Schein and Desimone 1990; Tanaka et al. 1986)。また周辺抑制の効果は視覚野だけではなく、頭頂連合野にあるLIP野[1](Falkner et al., 2010)や前頭連合野にあるFEF野[1] [1](Schall et al., 2004; Cavanaugh et al., 2012)にも存在し、ポップアウトする刺激に対してニューロン活動が強くなる。しかしながら、これらの領野では刺激特徴に対する選択性が乏しいため、ポップアウト刺激に対するニューロン活動の増大は視覚野からの入力を反映していると考えられる。むしろLIP野やFEF野における周辺抑制は、ポップアウト刺激への活動増強と非ポップアウト刺激への活動減衰による活動強度コントラストを生じさせるために重要な役割を果たしている[1](Nishida et al., 2013)。なおポップアウト刺激を無視するような課題訓練を行うと、ポップアウト刺激に対するLIPニューロンの活動増強が弱まることが報告されている[1](Ipata et al., 2006)。

ニューロン活動に生じるトップダウン型注意の効果

 視覚性のトップダウン型注意は注意を向けるべき対象が特定の空間位置(spatial attention)、もしくは特定の刺激特徴(feature-based attention)であるかに応じて2種類に大別することができるが、ニューロン活動レベルで初めて明確に示されたのは空間性注意の効果である。

 Bushnellらはサルの頭頂連合野(area 7)からニューロン活動を記録しながら、次の行動課題を行なわせた[1](Bushnell et al., 1981)。サルが小さな点刺激を注視しているときに、周辺視野に別の点刺激が呈示される。周辺刺激は記録しているニューロンの受容野内に呈示される。行動課題は2種類あり、一つの課題では注視している刺激が予測できないタイミングで暗くなるので、それを検出してレバー動作で報告する。もう一方の課題では、注視刺激または周辺刺激のいずれかが暗くなるので、それを検出してレバー動作で報告する。2つの課題条件は別の試行ブロックで行なわれるが、どちらの課題条件であるかは容易に判断できる状況であった。このため、前者の課題条件ではサルの注意は注視点のみに、後者の課題条件では注視点だけでなく周辺刺激にも注意が向けられる。実験の結果、周辺刺激も暗くなる条件では、注視刺激のみが暗くなる条件に比べてニューロン活動が増大していた。試行開始から刺激が暗くなるまでの期間は、どちらの課題条件においても呈示される視覚刺激と要求される行動が同一であるため、ニューロン活動の増大は周辺刺激の位置に向けられた空間性注意によるものだと考えられた。

 空間位置ではなく、形や色などの刺激特徴に対する注意によってもニューロン活動に影響が生じることが知られている。Motterはサルに線分の傾きを判断させる行動課題を行わせ、V4野からニューロン活動を記録した[1](Motter 1994)。課題は、色の付いた小さなスポット刺激を固視することにより開始され、続いて注視点の周りに色と傾きの属性をもった複数の線分刺激が現れる(図4)。さらに注視を続けると2つの線分刺激を残して他の刺激は消えるが、サルは注視点と同じ色をもった線分の傾きを検出し、行動課題で報告しなければならない。複数刺激が呈示されてから刺激数が減じられるまでの期間を、受容野内刺激の色が注視点の色(注意を向けるべき色)と一致する条件(図4、match)と一致しない条件(non-match)で比較したところ、前者ではニューロン活動が顕著に増大していた。この課題では、どの位置にある線分刺激が残存するかは予測できないので、2つの条件間におけるニューロン活動の差異は空間位置ではなく色に対する注意によって生じたものと判断された。

 なお、刺激特徴への注意と空間性注意が同時に作用した場合は、それぞれの注意効果が線形和されてニューロン活動上に生じることが報告されている[1](Treue and Martinez-Trujillo, 1999)。

トップダウン型注意の発生領野に関する考察

 視覚領野のニューロンは、受容野内の刺激に空間性注意が向けられるとニューロン活動が増強する。このような活動変化はトップダウン型注意による視覚領野への修飾効果を見ているのであって、そのようなトップダウン型注意を生じさせている起源については説明を与えない。領野間の神経連絡が数多く存在する脳において、トップダウン型注意の発生源を正確に同定することは非常に難しい問題であるが、重要な示唆を与える研究成果がいくつか報告されている。

 MooreとArmstrongは、この問題について理解を進めるため、大脳皮質におけるサッカード眼球運動の高次中枢として知られている前頭眼野(the frontal eye field, FEF)に着目した[1](MooreとArmstrong, 2003)。FEF野は、V4などの視覚領野と直接的な神経連絡があり、眼球運動を伴わない空間性注意課題においてもニューロン活動が変化することが報告されている[1] [1] [1](Kodaka et al. 1997; Monosov et al. 2008; Thompson et al. 2005)。MooreとArmstrongが、V4ニューロンの視覚応答を記録しながらFEF野に電気刺激を与えたところ、V4野の視覚応答は電気刺激によって増強された。この結果は、V4野に対してFEF野がトップダウン型注意の修飾元になっている可能性を示す。

 さらにMonosovらは、視覚探索課題における目標位置の情報がFEF野において生成されている可能性について論じている[1](Monosov et al., 2008)。彼らは、単一ニューロン活動(スパイク発火頻度)だけでなく、local field potential(LPF)も同時に記録し、それぞれの神経信号において目標刺激と妨害刺激が区別される時間を推定した。LPFは電極近傍に存在するニューロン群へのシナプス入力を、スパイク発火活動がニューロンの出力を反映すると考えられている。刺激に対する視覚応答はLPFがスパイク発火活動に先行したが、逆に目標位置に関する情報はLPFよりもスパイク発火活動が先行した。この結果は、FEF野内で視覚刺激情報から目標位置情報が生成されていることが示唆され、空間性注意の発生部位の一つとなっている可能性が考えられた。

ボトムアップ型注意とトップダウン型注意の相互作用

 現実の環境下で我々が行動を行うとき、ボトムアップ型とトップダウン型注意のいずれか一方が排他的に働くのではなく、両者が相互作用しながら機能していると考えられる[1](Connor et al., 2004)。2種類の注意が同時に働いた場合の神経生理学的な知見は、視覚探索課題を遂行しているサルV4野のニューロン活動で明らかにされた[1](Ogawa and Komatsu, 2004)。実験では複数の刺激が呈示され、その中に色の異なる刺激と形の異なる刺激が1つずつ含まれる。探索条件は2種類あり、サルは形の異なる刺激(形次元探索)もしくは色の異なる刺激(色次元探索)を眼球運動で探すことが要求される。実験の結果、多くのV4ニューロンでは、形次元探索で受容野内に形の異なる刺激が呈示されたとき、もしくは色次元探索で受容野内に色の異なる刺激が呈示されたときのいずれか一方でのみ活動強度が増大した。すなわち特定のトップダウン型注意とボトムアップア型注意が組み合わさったときのみにニューロン活動が特異的に変化した。この結果は、2種類の注意過程が独立に動作するのではなく、両者の間に状態依存的な相互作用が存在することを示す。

 なお、このような2種類の注意による状態依存的な相互作用の効果は時間とともに減少し、眼球運動が生じる直前では目標刺激位置へのトップダウン型空間性注意の効果が大きくなる[1](Ogawa and Komatsu, 2006)。またV4野から直接の神経投射があるLIP野では、2種類の注意による相互作用の効果を示すニューロンの割合は減少し、多くのニューロンは目標刺激への空間性注意で説明できる活動を示すようになる[1](Ogawa and Komatsu, 2009)。

参考文献