「語彙」の版間の差分

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===音読・発話に関するモデル===
===音読・発話に関するモデル===
 上で見てきた単語の視覚認知モデルは,文字列の視覚的形状をもとに語彙情報へ直接アクセスすることを通常のやり方として仮定していた.しかし,私たちは「モクホジ」などの非単語も発音することは可能である.つまり語彙に含まれない文字列であっても,視覚情報を音韻情報に変換する経路は脳内に存在しているのだと考えられる.こうした背景に基づき,Coltheartらは音読過程の二重経路カスケード・モデル(dual-route cascaded model)を提案した.このモデルでは非単語を読むときには語彙情報を介さず,書記素‐音素対応規則(Grapheme-Phoneme correspondence rule)にしたがって文字列を音素に変換するという過程を経る.一方で語彙情報へのアクセスを介して音素に変換するプロセスもあり,例外的な発音をする単語はこの経路のみで処理される.
 上で見てきた単語の視覚認知モデルは,文字列の視覚的形状をもとに語彙情報へ直接アクセスすることを通常のやり方として仮定していた.しかし,私たちは「モクホジ」のような非単語でも発音することは可能である.つまり語彙に含まれない文字列であっても,視覚情報を音韻情報に変換する経路は脳内に存在しているのだと考えられる.こうした背景に基づき,Coltheartらは音読過程の二重経路カスケード・モデル(dual-route cascaded model)を提案した.このモデルでは非単語を読むときには語彙情報を介さず,書記素‐音素対応規則(Grapheme-Phoneme correspondence rule)にしたがって文字列を音素に変換するという過程を経る.一方で語彙情報へのアクセスを介して音素に変換するプロセスもあり,例外的な発音をする単語はこの経路のみで処理される.
 
 SeidenbergとMcClellandの並列分散処理モデル(parallel distributed processing model)も,非単語や例外的発音の音読を説明することができる.このモデルの最も際立った特徴は,そもそもメンタル・レキシコンの存在を仮定しないという点にある.これまで紹介した他のモデルでは語彙項目を単一のユニットで表象していたが,並列分散処理モデルでは語の意味情報・音韻情報・書字情報が3つのユニット群に分散され,これら3つのユニット群は中間層を介して互いに異なるユニット群と結合している.このモデルは三角形の構造を持つことからトライアングル・モデルと呼ばれることもある.このモデルは綴りと発音などの正しい組み合わせを学習することができるが,その場合も特定の文字や音を表象するような特定の単一ユニットは存在せず,特定の入力に対してユニット群が特定の活性化パターンを示すようになるだけである.二重経路カスケード・モデルとトライアングル・モデルは共に音読過程をある程度うまく説明することができるが,どちらが実際の脳内機構とより合致しているかは今も議論の続いている問題である.
 


 SeidenbergとMcClellandの並列分散処理モデル(parallel distributed processing model)も,非単語や例外的発音の音読を説明することができる.このモデルの最も際立った特徴は,そもそもメンタル・レキシコンの存在を仮定しないという点にある.これまで言及した他のモデルでは語彙項目を単一のユニットで表象していたが,並列分散処理モデルでは語の意味情報・音韻情報・書字情報が3つのユニット群に分散され,これら3つのユニット群は中間層を介して互いに異なるユニット群と結合している.このモデルは三角形の構造を持つことからトライアングル・モデルと呼ばれることもある.このモデルは綴りと発音などの正しい組み合わせを学習することができるが,その場合も特定の文字や音を表象するような単一ユニットは存在せず,特定の入力に対してユニット群が特定の活性化パターンを示すようになるだけである.二重経路カスケード・モデルとトライアングル・モデルは共に音読過程をある程度うまく説明することができるが,どちらが実際の脳内機構とより合致しているかについては今なお議論が続いている.


 最後にLeveltの言語産出モデルを紹介する.言語産出過程の具体的な例として,絵画中に描かれた対象が何であるかを呼称する課題を考えてみよう.まず提示された絵をもとに,前言語的な概念表象が産出すべきメッセージとして活性化される.このステージを概念準備(conceptual preparation)という.続いて,メッセージに含まれる語彙概念が対応するレンマ(lemma)を活性化する.「レンマ」とは辞書でいうところの「見出し語」,すなわち語彙項目に相当するものである.ただし,ここで言うレンマは形態情報や音韻情報を含まず,基本的には語彙項目の統語的特性を表す情報である点に注意されたい.たとえば英語のHORSEに対応するレンマが活性化されると,それが可算名詞であること,単数形ないし複数形であること,といった情報が利用可能となる.ドイツ語やフランス語であれば,それに加えて単語の性(gender)も特定される.ここまでが言語産出における語彙選択(lexical selection)の過程である.それから形式符号化システム(form encoding system)が駆動され,選択されたレンマに対して形態的・音韻的な符号化が為される.たとえばHORSEの複数形は2つの形態素から構成されるものである.これらのそれぞれについて音韻的コード(例.<horse> と<iz>)が検索される.検索された音素は[[wikipedia:ja:音節|音節]]([[wikipedia:syllable|syllable]])へ統合されたり,[[wikipedia:ja:強勢|強制]]([[wikipedia:stress_linguistics|stress]])パターンが付与されたりといった処理を受けるが,これらのプロセスを音韻的符号化(phonological encoding)という.このプロセスの出力は抽象的な音韻表象であり,音韻語(phonological word)と呼ばれる.音韻語は音声的符号化(phonetic encoding)の過程を経て[[wikipedia:ja:調音|調音]]スコア(articulatory score)として出力される.最後にこの調音スコアの指示により,実際に調音器官が動かされ音声が発せられる.


=語彙の脳内表象=
=語彙の脳内表象=
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