「軸索分岐」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/nobuhikoyamamoto 山本亘彦]</font><br>
''大阪大学大学院 生命機能研究科 生命機能専攻 脳神経工学講座''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年8月15日 原稿完成日:2020年8月XX日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/yamagatm 山形 方人](ハーバード大学・脳科学センター)<br>
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英:axonal branching 独:axonale Verzweigung 仏:branches axonales
{{box|text= 軸索分岐は、脳の発生期に軸索が多数の標的ニューロンと結合するために必要なプロセスである。分岐は細胞外シグナルによってトリガーされ、軸索内のシグナル伝達系を介して、最終的には細胞骨格の再編によって引き起こされる。軸索分岐の数や複雑さは、細胞外シグナルによって制御されるが、ニューロンの電気的活動によっても変化する。このように、軸索分岐は神経回路形成の先天的・後天的な制御の根幹をなしている。}}
{{box|text= 軸索分岐は、脳の発生期に軸索が多数の標的ニューロンと結合するために必要なプロセスである。分岐は細胞外シグナルによってトリガーされ、軸索内のシグナル伝達系を介して、最終的には細胞骨格の再編によって引き起こされる。軸索分岐の数や複雑さは、細胞外シグナルによって制御されるが、ニューロンの電気的活動によっても変化する。このように、軸索分岐は神経回路形成の先天的・後天的な制御の根幹をなしている。}}


== 構造 ==
== 構造 ==
[[ファイル:Yamamoto Axonal Branching Fig1.png|サムネイル|'''図1. 軸索分岐のパターン'''<br>'''A.''' 大脳皮質5層ニューロンから伸長した軸索は脊髄に投射するが、その途中に中脳や後脳において側枝(赤)を形成する(紋切型分岐)。'''B.''' 網膜神経節細胞やLGNニューロンが標的領域で分岐を形成する(終末分岐、緑)。紋切型分岐で形成された側枝の末端でも終末分岐が生ずる。]]
 ニューロンの細胞体を起源とする軸索は脳の発生期に成長し、枝分かれを形成することによって多数の標的細胞と結合する。軸索分岐(axon branching)は、その様式によって紋切型分岐(stereotyped branching)と終末分岐(terminal branching)に分けることができる。紋切型分岐では、軸索はその経路上に位置する特定の脳部位あるいは局所領域において側枝(collateral)を形成する。例えば、大脳皮質運動野の第5層ニューロンから発する軸索は脊髄に投射するが、その途中で枝分かれを作り中脳や後脳のニューロンと結合する<ref name=OLeary1988><pubmed>3272157</pubmed></ref>('''図1A''')。この分岐パターンは個体さらには種を越えても保存されている。一方、終末分岐では、軸索は標的領域に位置する複数の細胞とシナプス結合を形成するために、様々な数や複雑さで枝分かれを形成する。'''図1B'''に示すように、主軸索から数本の娘枝が出現し、それらの娘枝から孫枝が出現すると言った様式で込み入った枝が形成されるが、その数や複雑さは一定ではない。視覚系における網膜から中継核である外側膝状体(lateral geniculate nucleus, LGN)への投射やLGNから大脳皮質視覚野への投射における軸索分岐はこの終末分岐にあたる。紋切り型分岐によって出現した枝もその末端では終末分岐を形成し、多数の標的細胞と結合する('''図1A''')。
 ニューロンの細胞体を起源とする軸索は脳の発生期に成長し、枝分かれを形成することによって多数の標的細胞と結合する。軸索分岐(axon branching)は、その様式によって紋切型分岐(stereotyped branching)と終末分岐(terminal branching)に分けることができる。紋切型分岐では、軸索はその経路上に位置する特定の脳部位あるいは局所領域において側枝(collateral)を形成する。例えば、大脳皮質運動野の第5層ニューロンから発する軸索は脊髄に投射するが、その途中で枝分かれを作り中脳や後脳のニューロンと結合する<ref name=OLeary1988><pubmed>3272157</pubmed></ref>('''図1A''')。この分岐パターンは個体さらには種を越えても保存されている。一方、終末分岐では、軸索は標的領域に位置する複数の細胞とシナプス結合を形成するために、様々な数や複雑さで枝分かれを形成する。'''図1B'''に示すように、主軸索から数本の娘枝が出現し、それらの娘枝から孫枝が出現すると言った様式で込み入った枝が形成されるが、その数や複雑さは一定ではない。視覚系における網膜から中継核である外側膝状体(lateral geniculate nucleus, LGN)への投射やLGNから大脳皮質視覚野への投射における軸索分岐はこの終末分岐にあたる。紋切り型分岐によって出現した枝もその末端では終末分岐を形成し、多数の標的細胞と結合する('''図1A''')。


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== 分子機構 ==
== 分子機構 ==
=== 細胞外シグナル ===
=== 細胞外シグナル ===
 軸索分岐は細胞自律的に生ずることもあり得るが、細胞外シグナルによって誘導される。様々な分子が分岐形成に関与することが示されているが、基本的には軸索分岐に対して促進的に働く分子と抑制的に働く分子に分けることができる<ref name=Bilimoria2013><pubmed>22179123</pubmed></ref><ref name=Gibson2011><pubmed>21177340</pubmed></ref> 。神経成長因子(nerve growth factor)、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor)や軸索ガイダンス分子であるネトリン(Netrin-1)、スリット(Slit2)、ウィント(Wnt3A, Wnt5A)は分岐を促進させ、一方セマフォリン(semaphorin3A)やエフリン(ephrinA, B)が分岐形成に抑制的に働く。これらの分子は、それぞれの受容体を介して、最終的に軸索内の細胞骨格の再編を制御する(以下参照、図2)。
[[ファイル:Yamamoto Axonal Branching Fig2.png|サムネイル|'''図2. 細胞外シグナルによる細胞骨格制御'''<br>細胞外に発現する成長因子や軸索誘導分子が軸索の受容体に結合し、細胞内シグナル伝達系を介して、アクチンフィラメントによるフィロポディアの形成、微小管の侵入を促進することによって枝の形成が生ずる。]]
 軸索分岐は細胞自律的に生ずることもあり得るが、細胞外シグナルによって誘導される。様々な分子が分岐形成に関与することが示されているが、基本的には軸索分岐に対して促進的に働く分子と抑制的に働く分子に分けることができる<ref name=Bilimoria2013><pubmed>22179123</pubmed></ref><ref name=Gibson2011><pubmed>21177340</pubmed></ref> 。神経成長因子(nerve growth factor)、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor)や軸索ガイダンス分子であるネトリン(Netrin-1)、スリット(Slit2)、ウィント(Wnt3A, Wnt5A)は分岐を促進させ、一方セマフォリン(semaphorin3A)やエフリン(ephrinA, B)が分岐形成に抑制的に働く。これらの分子は、それぞれの受容体を介して、最終的に軸索内の細胞骨格の再編を制御する(以下参照、'''図2''')。


 これら正負の細胞外シグナル分子が時空間的に適切に配置されることによって、軸索分岐が制御される。ただし、細胞タイプや発生時期の違いによる受容体分子の発現パターン、あるいは複数の細胞外シグナルとの相互作用などによって、個々の細胞外シグナルの作用は一様ではないと考えられる。また、分岐形成は枝の初期生成とその後の枝成長、ならびに主軸索成長との関連性など複数の要素から成るが、それぞれの分子がどの局面に関わるかについては必ずしも分かっていない。
 これら正負の細胞外シグナル分子が時空間的に適切に配置されることによって、軸索分岐が制御される。ただし、細胞タイプや発生時期の違いによる受容体分子の発現パターン、あるいは複数の細胞外シグナルとの相互作用などによって、個々の細胞外シグナルの作用は一様ではないと考えられる。また、分岐形成は枝の初期生成とその後の枝成長、ならびに主軸索成長との関連性など複数の要素から成るが、それぞれの分子がどの局面に関わるかについては必ずしも分かっていない。