「適応障害」の版間の差分

3行目: 3行目:
 はっきりとしたストレス因子によって、抑うつ状態や不安状態、攻撃的な行動などが、通常は一時的に引き起こされた状態をいい、その症状はストレス因子の始まりから3ヶ月以内に出現し、その因子がなくなると、症状は6ヶ月以内に軽快する。したがって、誰にでも起こりそうなストレス反応に近いものであるが、この症状は臨床的に著しく、日常生活が著明に障害されることが必要となる。以下に、詳細を述べる。
 はっきりとしたストレス因子によって、抑うつ状態や不安状態、攻撃的な行動などが、通常は一時的に引き起こされた状態をいい、その症状はストレス因子の始まりから3ヶ月以内に出現し、その因子がなくなると、症状は6ヶ月以内に軽快する。したがって、誰にでも起こりそうなストレス反応に近いものであるが、この症状は臨床的に著しく、日常生活が著明に障害されることが必要となる。以下に、詳細を述べる。


== 診断基準と鑑別診断 ==
== 診断基準と鑑別診断 ==


[[image:表1適応障害の診断基準.png|thumb|400px|'''表1.適応障害の診断基準''']]
&nbsp;<br>
[[image:表2死別反応.png|thumb|400px|'''表2.死別反応''']]


 前述したように、ADとは、入学や就職、結婚や病気、失職や死別、事件など、はっきりと確認できるストレス因子(そして、並はずれた脅威や破局的なものではない)に反応して、そのストレス因子の始まりから3か月以内に情緒面または行動面の症状が現れるもので、これらの症状や行動は、臨床的に顕著でなければならない。例えば、そのストレス因子に暴露された時に予測されるものをはるかに超えた苦痛が生じていること、あるいは社会的または職業的(学業上の)機能の著しい障害が認められること、などが必要である。
{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 876px; height: 255px;"
|-
| 表1 適応障害の診断基準
|-
| &nbsp; A. はっきりとした確認できるストレス因子に反応して、そのストレス因子の始まりから3か月以内に情緒面または行動面の症状が出現。
|-
| &nbsp; B. これらの症状や行動は臨床的に著しく、それ以下のどちらかによって裏づけられている。
&nbsp;  ‐ そのストレス因子に暴露された時に予測されるものをはるかに超えた苦痛。


 ADのDSM-Ⅳ-TR<ref name=ref1>American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders<br>Forth Edition, Text Revision, American Psychiatric Association , Washington D.C., 2002. <br>(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院,2004)</ref>の診断基準を表1に示した。症状に関しては、「情緒面または行動面の症状」との記載がなされている。具体的には、情緒面としては、抑うつ状態や不安状態で呈する様々な症状(抑うつ気分、涙もろさ、絶望感、神経質、心配、過敏など)、行動面の症状としては、無断欠席、破壊、無謀運転やけんか、法的責任の不履行、自殺企図、過剰な薬物使用などの他人の権利または年齢相応の社会的規範や規則をおかす行為などである。また、ストレスに対する不適応的な反応として、身体的愁訴、社会的引きこもり、職業上あるいは学業上の停滞などを認めることもある。なお、小児では、夜尿症、幼稚な話し方などの退行現象が起こる場合もあるので、注意が必要となる。小児の場合、主観的な苦痛や機能の障害は、仕事や学校の成績の低下や対人関係の一時的な変化として認められることが多いとされている。
 &nbsp; ‐ 社会的または職業的(学業上の)機能の著しい障害。
定義上、そのストレス因子(またはその結果)がひとたび終結すると、症状がその後さらに6か月以上持続することはない。もし、ストレス因子が消失しても症状が長期に持続する場合には、他の精神疾患に診断を変更する必要がある。 


 また重要な点として、ADと診断を下すためには、他の神経症性障害やストレス関連性障害の基準を満たしていないこと(つまり、症状の程度が他の精神疾患よりも弱いこと)、そして既に存在している他の精神疾患やパーソナリティ障害などの単なる悪化、あるいは死別反応(表2)でもないことが必要とされている。したがって、ADは残遺カテゴリー、つまり、まずは他の精神疾患に当てはならないかをよく吟味した上で、該当しない場合に残された病名となのである。しかしながら、現状を考えると、日常臨床上は本病名を多投する傾向があるのも事実である。
|-
| &nbsp; C. ストレス関連性障害は他の特定のⅠ軸障害の基準を満たしていないし、既に存在しているⅠ軸障害またはⅡ軸障害の単なる悪化でもない。
|-
| &nbsp; D. 症状は、死別反応を示すものではない。
|-
| &nbsp;E. そのストレス因子(またはその結果)がひとたび終結すると、症状がその後さらに6か月以上持続することはない。
|-
| &nbsp; ◆&nbsp; 該当すれば特定せよ 急性:症状の持続時期間が6か月未満
  &nbsp;&nbsp;          慢性:症状の持続時期間が6か月以上


 DSM-Ⅳ-TR<ref name=ref1>American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders<br>Forth Edition, Text Revision, American Psychiatric Association , Washington D.C., 2002. <br>(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院,2004)</ref>では、ADを生じる主要な症状の違いから、抑うつ気分を伴うもの(309.0)、不安を伴うもの(309.24)、不安と抑うつ気分の混合を伴うもの(309.28)、行為の障害を伴うもの(309.3)、情緒と行為の混合した障害を伴うもの(309.4) 、特定不能(309.9)の6つに分けている。
|}


 鑑別診断としては、まず前述の死別反応のような場合、医学的あるいは精神医学的なサービスを受けたとしても、ADの診断は通常なされない。中高年のADでは、軽度の『うつ病』との鑑別が重要である。ストレス因が解消し、症状が回復するのを確認できなければ、ADなのか、あるいは『うつ病』なのかの最終的な鑑別診断はできないと思っていい。一方、青年期の患者さんでは、『統合失調症』や『パニック障害』などの『神経症性障害・ストレス関連障害』との鑑別が問題となる。もし、ストレス因子が、“例外的に強い”あるいは “並はずれた脅威や破局的な性質”を持っている場合には、『急性ストレス反応』あるいは『心的外傷後ストレス障害』との鑑別が必要となる。
<br>
 
{| width="200" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1"
|-
|
|-
|
|}
 
<br>
 
<br>  前述したように、ADとは、入学や就職、結婚や病気、失職や死別、事件など、はっきりと確認できるストレス因子(そして、並はずれた脅威や破局的なものではない)に反応して、そのストレス因子の始まりから3か月以内に情緒面または行動面の症状が現れるもので、これらの症状や行動は、臨床的に顕著でなければならない。例えば、そのストレス因子に暴露された時に予測されるものをはるかに超えた苦痛が生じていること、あるいは社会的または職業的(学業上の)機能の著しい障害が認められること、などが必要である。
 
 ADのDSM-Ⅳ-TR<ref name="ref1">American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders<br>Forth Edition, Text Revision, American Psychiatric Association , Washington D.C., 2002. <br>(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院,2004)</ref>の診断基準を表1に示した。症状に関しては、「情緒面または行動面の症状」との記載がなされている。具体的には、情緒面としては、抑うつ状態や不安状態で呈する様々な症状(抑うつ気分、涙もろさ、絶望感、神経質、心配、過敏など)、行動面の症状としては、無断欠席、破壊、無謀運転やけんか、法的責任の不履行、自殺企図、過剰な薬物使用などの他人の権利または年齢相応の社会的規範や規則をおかす行為などである。また、ストレスに対する不適応的な反応として、身体的愁訴、社会的引きこもり、職業上あるいは学業上の停滞などを認めることもある。なお、小児では、夜尿症、幼稚な話し方などの退行現象が起こる場合もあるので、注意が必要となる。小児の場合、主観的な苦痛や機能の障害は、仕事や学校の成績の低下や対人関係の一時的な変化として認められることが多いとされている。 定義上、そのストレス因子(またはその結果)がひとたび終結すると、症状がその後さらに6か月以上持続することはない。もし、ストレス因子が消失しても症状が長期に持続する場合には、他の精神疾患に診断を変更する必要がある。 
 
 また重要な点として、ADと診断を下すためには、他の神経症性障害やストレス関連性障害の基準を満たしていないこと(つまり、症状の程度が他の精神疾患よりも弱いこと)、そして既に存在している他の精神疾患やパーソナリティ障害などの単なる悪化、あるいは死別反応(表2)でもないことが必要とされている。したがって、ADは残遺カテゴリー、つまり、まずは他の精神疾患に当てはならないかをよく吟味した上で、該当しない場合に残された病名となのである。しかしながら、現状を考えると、日常臨床上は本病名を多投する傾向があるのも事実である。
 
 DSM-Ⅳ-TR<ref name="ref1">American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders<br>Forth Edition, Text Revision, American Psychiatric Association , Washington D.C., 2002. <br>(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル 新訂版,医学書院,2004)</ref>では、ADを生じる主要な症状の違いから、抑うつ気分を伴うもの(309.0)、不安を伴うもの(309.24)、不安と抑うつ気分の混合を伴うもの(309.28)、行為の障害を伴うもの(309.3)、情緒と行為の混合した障害を伴うもの(309.4) 、特定不能(309.9)の6つに分けている。
 
 鑑別診断としては、まず前述の死別反応のような場合、医学的あるいは精神医学的なサービスを受けたとしても、ADの診断は通常なされない。中高年のADでは、軽度の『うつ病』との鑑別が重要である。ストレス因が解消し、症状が回復するのを確認できなければ、ADなのか、あるいは『うつ病』なのかの最終的な鑑別診断はできないと思っていい。一方、青年期の患者さんでは、『統合失調症』や『パニック障害』などの『神経症性障害・ストレス関連障害』との鑑別が問題となる。もし、ストレス因子が、“例外的に強い”あるいは “並はずれた脅威や破局的な性質”を持っている場合には、『急性ストレス反応』あるいは『心的外傷後ストレス障害』との鑑別が必要となる。  


 また、症状やその重症度において、ストレス因への反応で生じる、『気分障害』や『神経症性障害・ストレス関連障害』とのオーバーラップ、あるいは正常範囲の心理反応との区別が曖昧で難しいこともある。繰り返しになるが、ADの診断に当たっては、発病の様式や症状の内容、そして重症度などを慎重に評価し、特定の『気分障害』や神経症性障害・ストレス関連障害』の診断基準が満たされるならば、まずそれらの診断がなされる。ADは、あくまでも残遺カテゴリーという認識が、最も重要である。
 また、症状やその重症度において、ストレス因への反応で生じる、『気分障害』や『神経症性障害・ストレス関連障害』とのオーバーラップ、あるいは正常範囲の心理反応との区別が曖昧で難しいこともある。繰り返しになるが、ADの診断に当たっては、発病の様式や症状の内容、そして重症度などを慎重に評価し、特定の『気分障害』や神経症性障害・ストレス関連障害』の診断基準が満たされるならば、まずそれらの診断がなされる。ADは、あくまでも残遺カテゴリーという認識が、最も重要である。