「間脳の発生」の版間の差分

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3、脊椎動物の成体の間脳形態
3、脊椎動物の成体の間脳形態
間脳がその後方の視蓋前域で中脳と接し、前方では視神経交叉のところで終脳と接していることについては、現在知られている全ての脊椎動物で共通している。一般的な神経解剖学の教科書では哺乳類の間脳は比較的小さな視床上部、巨大な視床複合体(以下、視床と呼ぶ)、腹側視床、視床下部が区別される。ただし、後に述べるようにこの区分けは発生学的知見などを基に提唱されている領域とは合致しない部分がある。
間脳がその後方の視蓋前域で中脳と接し、前方では視神経交叉のところで終脳と接していることについては、現在知られている全ての脊椎動物で共通している。一般的な神経解剖学の教科書では哺乳類の間脳は比較的小さな視床上部、巨大な視床複合体(以下、視床と呼ぶ)、腹側視床、視床下部が区別される。ただし、後に述べるようにこの区分けは発生学的知見などを基に提唱されている領域とは合致しない部分がある。
 視床上部は手綱核群、上生体(松果体)、視蓋前域などから構成される(視蓋前域を中脳に含める場合もある)。基底核や辺縁系と連絡する手綱核群は、両側の複合体は互いに手綱交連によって連絡している。多くの脊椎動物では、手綱核の背側に光受容やサーカディアンリズムにかかわる上生体(松果体)が発生する。これはヒトでは単一の構造であるが、脊椎動物のいくつかの系統では上生体の他に、副松果体(parapineal organ;魚類)、前頭器官(pineal organ; 両生類)、頭頂眼(parietal eye;爬虫類)が生じる[15][16]。これらは上生体と共に松果体複合体と呼ばれている。また、多くの脊椎動物では手綱核に左右非対称性が見られる[17]。間脳背側にこのような左右非対称な構造が形成される仕組みについては、Nodalシグナルが発生期の視床上部の左側で特異的に働いていることが真骨類のゼブラフィッシュ、軟骨魚類のトラザメ、円口類のヤツメウナギで知られている。トラザメではNodalの下流標的因子であるPitx2が手綱核で左右非対称に発現し、トラザメとヤツメウナギではMapK-ERKの活性が右の手綱核で見られる[17]。こうしたことから、手綱核群と松果体複合体の非対称性形成に関わる分子機構の起源は脊椎動物の共通祖先にまで遡る可能性が指摘されている。
 視床上部は手綱核群、上生体(松果体)、視蓋前域などから構成される(視蓋前域を中脳に含める場合もある)。基底核や辺縁系と連絡する手綱核群は、両側の複合体は互いに手綱交連によって連絡している。多くの脊椎動物では、手綱核の背側に光受容やサーカディアンリズムにかかわる上生体(松果体)が発生する。これはヒトでは単一の構造であるが、脊椎動物のいくつかの系統では上生体の他に、副松果体(parapineal organ;魚類)、前頭器官(pineal organ; 両生類)、頭頂眼(parietal eye;爬虫類)が生じる[15][16]。これらは上生体と共に松果体複合体と呼ばれている。また、多くの脊椎動物では手綱核に左右非対称性が見られる[17]。間脳背側にこのような左右非対称な構造が形成される仕組みについては、Nodalシグナルが発生期の視床上部の左側で特異的に働いていることが真骨類(Teleosts)のゼブラフィッシュ、軟骨魚類()のトラザメ、円口類(Cyclostomes)のヤツメウナギで知られている。トラザメではNodalの下流標的因子であるPitx2が手綱核で左右非対称に発現し、トラザメとヤツメウナギではMapK-ERKの活性が右の手綱核で見られる[17]。こうしたことから、手綱核群と松果体複合体の非対称性形成に関わる分子機構の起源は脊椎動物の共通祖先にまで遡る可能性が指摘されている。
 視床は羊膜類でよく発達し、他の間脳領域に比べて肥大している。哺乳類では一般的に、視床は新皮質へ入力する神経線維の最も重要な中継地の一つとなり、嗅覚を除く全ての感覚系の上行性経路は特定の視床核に入力する。そしてそれらの神経核は終脳の新皮質領域と相互に連絡する。このことは他の羊膜類(爬虫類と鳥類)でも同様である。しかしながら、無羊膜類では視床はそれほど発達しない。
 視床は羊膜類でよく発達し、他の間脳領域に比べて肥大している。哺乳類では一般的に、視床は新皮質へ入力する神経線維の最も重要な中継地の一つとなり、嗅覚を除く全ての感覚系の上行性経路は特定の視床核に入力する。そしてそれらの神経核は終脳の新皮質領域と相互に連絡する。このことは他の羊膜類(爬虫類と鳥類)でも同様である。しかしながら、無羊膜類では視床はそれほど発達しない。
 視床と視床下部の間に位置する腹側視床には視床網様核、不確帯、視床下核などの神経核がある。
 視床と視床下部の間に位置する腹側視床には視床網様核、不確帯、視床下核などの神経核がある。
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7、間脳発生機構の起源
7、間脳発生機構の起源
 発生期の間脳に存在するZliはこれまで調べられてきた脊椎動物の多くの種において、脳形成に関わるオーガナイザーとして重要な役割を担っている。Zliに相同な構造は、脊椎動物の姉妹群であるナメクジウオやホヤでは認められないものの、脊索動物の外群に当たる半索動物のギボシムシ(最近では半索動物と棘皮動物の類縁性が指摘され、これらは歩帯動物Ambulacrariaというクレードを構成する)でZliでのShhの発現に関わるエンハンサーの存在を示唆するデータが得られている[33][34]。そうであれば、このオーガナイザーの起源は歩帯動物と脊索動物の分岐以前に遡ることになる。
 発生期の間脳に存在するZliはこれまで調べられてきた脊椎動物の多くの種において、脳形成に関わるオーガナイザーとして重要な役割を担っている。Zliに相同な構造は、脊椎動物の姉妹群であるナメクジウオやホヤでは認められないものの、脊索動物の外群に当たる半索動物のギボシムシ(最近では半索動物と棘皮動物の類縁性が指摘され、これらは歩帯動物Ambulacrariaというクレードを構成する)でZliでのShhの発現に関わるエンハンサーの存在を示唆するデータが得られている[33][34]。そうであれば、このオーガナイザーの起源は歩帯動物と脊索動物の分岐以前に遡ることになる。
 間脳のプロソメア領域の起源については、現生脊椎動物の系統のうち、最も初期に分岐したとされる円口類(Cyclostomes;ヤツメウナギ類、ヌタウナギ類)において研究が進んでいる。発生期のヤツメウナギ前脳では、プロソメアを規定する遺伝子発現(Pax6、Pax3/7、Lhxなど)が見られ、ZliにはSHHに相同な遺伝子(HhB)が発現しており、視床下部の原基ではNkx2.1の相同遺伝子の発現が見られる。それらの領域から発生する神経要素も他の脊椎動物のものと対応している[35]。そして円口類のもう一つの系統であるヌタウナギでも遺伝子の発現様式は他の脊椎動物やヤツメウナギとよく似ていることが明らかとなっている[36]。このことから、脊椎動物の歴史において、円口類と顎口類(Gnathostomes)の分岐以前の段階で間脳のプロソメアを規定する分子基盤は成立していたと考えられる。ただし、間脳に入出力する神経路は動物ごとに多かれ少なかれ相違が見られる。例えば視覚系については、哺乳類以外の羊膜類では視神経は間脳の腹側でほぼ全てが交叉し(全交叉)、視神経の多くは中脳の視蓋に入力する(一部は視床にも入力する)。そして視蓋から出た神経が視床の神経核(円形核)に入り、そこからの軸索が終脳の背側脳室稜(dorsal ventricular ridge: DVR)に投射する。一方、哺乳類では、視神経は間脳の腹側で完全には交叉しない(部分交叉あるいは半交叉)。ただし哺乳類でもクジラ類の視神経は全交叉あるいはそれに近い形態となる[37]。視神経は間脳の外側膝状体と中脳の上丘(視蓋に相同な領域)に入力し、外側膝状体からの軸索が新皮質の一次視覚野に投射する。このとき、視神経が部分交叉する哺乳類(食肉目や霊長目)では右目由来と左目由来の外側膝状体の軸索は混じり合うこと無く視覚野に入力し、眼優位性カラム(ocular domincance column)を形成する。視覚系のみならず、聴覚系の投射様式も哺乳類と鳥類・爬虫類では異なっている。魚類でも異なる感覚の求心性投射は終脳の特定の場所に局在しているが[27]、その投射領域は羊膜類とは異なる可能性がある。つまり、間脳はその発生メカニズムが確立された後、その基本形を維持しつつも、進化の過程で系統ごとに様々な改変がなされてきたと考えられる。
 間脳のプロソメア領域の起源については、現生脊椎動物の系統のうち、最も初期に分岐したとされる円口類(ヤツメウナギ類、ヌタウナギ類)において研究が進んでいる。発生期のヤツメウナギ前脳では、プロソメアを規定する遺伝子発現(Pax6、Pax3/7、Lhxなど)が見られ、Zliには''Shh''に相同な遺伝子(''HhB'')が発現しており、視床下部の原基では''Nkx2.1''の相同遺伝子の発現が見られる。それらの領域から発生する神経要素も他の脊椎動物のものと対応している[35]。そして円口類のもう一つの系統であるヌタウナギでも遺伝子の発現様式は他の脊椎動物やヤツメウナギとよく似ていることが明らかとなっている[36]。このことから、脊椎動物の歴史において、円口類と顎口類(Gnathostomes)の分岐以前の段階で間脳のプロソメアを規定する分子基盤は成立していたと考えられる。ただし、間脳に入出力する神経路は動物ごとに多かれ少なかれ相違が見られる。例えば視覚系については、哺乳類以外の羊膜類では視神経は間脳の腹側でほぼ全てが交叉し(全交叉)、視神経の多くは中脳の視蓋に入力する(一部は視床にも入力する)。そして視蓋から出た神経が視床の神経核(円形核)に入り、そこからの軸索が終脳の背側脳室稜(dorsal ventricular ridge: DVR)に投射する。一方、哺乳類では、視神経は間脳の腹側で完全には交叉しない(部分交叉あるいは半交叉)。ただし哺乳類でもクジラ類の視神経は全交叉あるいはそれに近い形態となる[37]。視神経は間脳の外側膝状体と中脳の上丘(視蓋に相同な領域)に入力し、外側膝状体からの軸索が新皮質の一次視覚野に投射する。このとき、視神経が部分交叉する哺乳類(食肉目や霊長目)では右目由来と左目由来の外側膝状体の軸索は混じり合うこと無く視覚野に入力し、眼優位性カラム(ocular domincance column)を形成する。視覚系のみならず、聴覚系の投射様式も哺乳類と鳥類・爬虫類では異なっている。魚類でも異なる感覚の求心性投射は終脳の特定の場所に局在しているが[27]、その投射領域は羊膜類とは異なる可能性がある。つまり、間脳はその発生メカニズムが確立された後、その基本形を維持しつつも、進化の過程で系統ごとに様々な改変がなされてきたと考えられる。


8、神経回路形成
8、神経回路形成
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