「髄芽腫」の版間の差分

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== 背景、歴史的推移 ==
== 背景、歴史的推移 ==
 髄芽腫は、多分化能を持つと想定された[[髄芽細胞]] (medulloblast)から生じる未分化な胎児性[[脳腫瘍]]として名付けられ、[[神経膠腫]]と区別されてきた<ref name=Bailey1925><[[pubmed]]></pubmed></ref> 。近年までこの腫瘍は、病理学的解析と腫瘍形成部位を基に「髄芽腫」として同一<u>(編集部コメント:均一?均一な集団として?)</u>に扱われてきたが、個々の腫瘍の薬剤への反応性や予後の違いから、腫瘍間の異種性と細分化の必要性が議論されてきた。
 髄芽腫は、多分化能を持つと想定された[[髄芽細胞]] (medulloblast)から生じる未分化な胎児性[[脳腫瘍]]として名付けられ、[[神経膠腫]]と区別されてきた<ref name=Bailey1925><pubmed>'''Bailey, P. and Cushing, H.'''<br>Medulloblastoma Cerebellia: Common Type of Midcerebellar Glioma of Childhood<br>''Arch Neuropsych'' 14, 192-224 (1925)</pubmed></ref> 。近年までこの腫瘍は、病理学的解析と腫瘍形成部位を基に「髄芽腫」として同一<u>(編集部コメント:均一?均一な集団として?)</u>に扱われてきたが、個々の腫瘍の薬剤への反応性や予後の違いから、腫瘍間の異種性と細分化の必要性が議論されてきた。


 現在ではDNAの[[メチル化]]<ref name=Capper2018><pubmed>29539639</pubmed></ref><ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> や、遺伝子<ref name=Northcott2011><pubmed>20823417</pubmed></ref> あるいはタンパク質の発現<ref name=Forget2018><pubmed>30205043</pubmed></ref><ref name=Archer2018><pubmed>30205044</pubmed></ref> を基に髄芽腫の分子レベルでの細分化が行われ、大別して四つの異なる疾患として個別に研究、治療する必要性が唱えられている<ref name=Taylor2012><pubmed>22134537</pubmed></ref><ref name=Cavalli2017><pubmed>28609654</pubmed></ref><ref name=Schwalbe2017><pubmed>28545823</pubmed></ref> (図1)。
 現在ではDNAの[[メチル化]]<ref name=Capper2018><pubmed>29539639</pubmed></ref><ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> や、遺伝子<ref name=Northcott2011><pubmed>20823417</pubmed></ref> あるいはタンパク質の発現<ref name=Forget2018><pubmed>30205043</pubmed></ref><ref name=Archer2018><pubmed>30205044</pubmed></ref> を基に髄芽腫の分子レベルでの細分化が行われ、大別して四つの異なる疾患として個別に研究、治療する必要性が唱えられている<ref name=Taylor2012><pubmed>22134537</pubmed></ref><ref name=Cavalli2017><pubmed>28609654</pubmed></ref><ref name=Schwalbe2017><pubmed>28545823</pubmed></ref> (図1)。
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 マウスにおいては複数の異なる細胞群からMYC増幅型髄芽腫が誘導されることが示されており<ref name=Kawauchi2017><pubmed>28504719</pubmed></ref> 、正確な起源細胞の同定にはさらなる研究結果が待たれる。
 マウスにおいては複数の異なる細胞群からMYC増幅型髄芽腫が誘導されることが示されており<ref name=Kawauchi2017><pubmed>28504719</pubmed></ref> 、正確な起源細胞の同定にはさらなる研究結果が待たれる。


== Group 4 ==
=== Group 4 ===
 [[Group 4型髄芽腫]]は髄芽腫全体の最も大きい割合を占める。上述の他の髄芽腫型に比べ、異種性、多様性に富んでいる<ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> 。Group 4髄芽腫の6%でがん遺伝子MYCNの増幅がみられる<ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> 。ヒト髄芽腫のゲノム解析から、[[PRDM6]]の増幅や[[KDM6]]の機能欠損変異がGroup 4特異的に高頻度でみられる<ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> が、これらの遺伝子変異の腫瘍進展への影響はよく知られていない。一方で、最近のヒト髄芽腫のプロテオミクス解析から、Group 4特異的にSRCシグナルの活性化が発見され、マウス実験によりSRCの異常活性がGroup 4髄芽腫を誘導する要因の一つであることが示されている<ref name=Forget2018><pubmed>30205043</pubmed></ref> 。どの細胞から生まれるかについては生物学的実験からは未だ特定されていない。
 [[Group 4型髄芽腫]]は髄芽腫全体の最も大きい割合を占める。上述の他の髄芽腫型に比べ、異種性、多様性に富んでいる<ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> 。Group 4髄芽腫の6%でがん遺伝子MYCNの増幅がみられる<ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> 。ヒト髄芽腫のゲノム解析から、[[PRDM6]]の増幅や[[KDM6]]の機能欠損変異がGroup 4特異的に高頻度でみられる<ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> が、これらの遺伝子変異の腫瘍進展への影響はよく知られていない。一方で、最近のヒト髄芽腫のプロテオミクス解析から、Group 4特異的にSRCシグナルの活性化が発見され、マウス実験によりSRCの異常活性がGroup 4髄芽腫を誘導する要因の一つであることが示されている<ref name=Forget2018><pubmed>30205043</pubmed></ref> 。どの細胞から生まれるかについては生物学的実験からは未だ特定されていない。


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=== 化学療法 ===
=== 化学療法 ===
 標準リスク群では[[wj:アルキル化剤|アルキル化剤]]に分類される[[wj:シクロフォスファミド|シクロフォスファミド]](cyclophosphamide), [[wj:プラチナ製剤|プラチナ製剤]]である[[wj:シスプラチン|シスプラチン]](cisplatin), [[wj:微小管|微小管]]重合の[[阻害剤]]である[[wj:ビンクリスチン|ビンクリスチン]](vincristine), [[wj:トポイソメラーゼⅡ|トポイソメラーゼⅡ]]阻害剤である[[エトポシド]](etoposide)を組み合わせた化学療法([[ICE療法]]や[[PackerBレジメン]]と呼ばれている)に[[wj:メトトレキサート|メトトレキサート]](Methotrexate, MTX)を髄注するプロトコールを用いて行われ<ref name=Packer2006><pubmed>16943538</pubmed></ref> 、高リスク群ではそれらのプロトコールに加え[[wj:ナイトロジェン・マスタード|ナイトロジェン・マスタード]]系のアルキル化剤であるチオテパ(Thiotepa)やアルキル化剤に分類される抗がん剤であるメルファラン(Melphalan,L-PAM)を用いた大量化学療法を行うレジメンが行われている。
 標準リスク群では[[wj:アルキル化剤|アルキル化剤]]に分類される[[wj:シクロフォスファミド|シクロフォスファミド]](cyclophosphamide), [[wj:プラチナ製剤|プラチナ製剤]]である[[wj:シスプラチン|シスプラチン]](cisplatin), [[wj:微小管|微小管]]重合の[[阻害剤]]である[[wj:ビンクリスチン|ビンクリスチン]](vincristine), [[wj:トポイソメラーゼⅡ|トポイソメラーゼⅡ]]阻害剤である[[エトポシド]](etoposide)を組み合わせた化学療法([[ICE療法]]や[[PackerBレジメン]]と呼ばれている)に[[wj:メトトレキサート|メトトレキサート]](Methotrexate, MTX)を髄注するプロトコールを用いて行われ<ref name=Packer2006><pubmed>16943538</pubmed></ref> 、高リスク群ではそれらのプロトコールに加え[[wj:ナイトロジェン・マスタード|ナイトロジェン・マスタード]]系の[[wj:アルキル化剤|アルキル化剤]]である[[wj:チオテパ|チオテパ]](Thiotepa)やアルキル化剤に分類される抗がん剤である[[wj:メルファラン|メルファラン]](Melphalan,L-PAM)を用いた大量化学療法を行うレジメンが行われている。
 またSubgroupの発見後はsubgroup毎に分子標的薬の臨床研究も海外では行われており、[[SHH]] typeの髄芽腫に対してSHHのpathwayの一つであるSMOの阻害剤であるvismodenibを使用した臨床試験の報告が報告されており、有効例が報告されている<ref name=Robinson2015><pubmed>26169613</pubmed></ref> 。今後はこのようなsubgroup毎に分子標的薬の臨床試験が進むものと思われる。
 
 またSubgroupの発見後はsubgroup毎に分子標的薬の臨床研究も海外では行われており、SHH typeの髄芽腫に対してSHHのpathwayの一つであるSMOの阻害剤である[[wj:vismodenib|vismodenib]]を使用した臨床試験の報告が報告されており、有効例が報告されている<ref name=Robinson2015><pubmed>26169613</pubmed></ref>
 
 今後はこのようなsubgroup毎に分子標的薬の臨床試験が進むものと思われる。


== 治療に伴う副作用 ==
== 治療に伴う副作用 ==
=== 小脳無言症 ===
=== 小脳無言症 ===
(cerebellar mutism)
(cerebellar mutism)
髄芽腫術後より言葉が出なくなることがあることが従来知られており、小脳無言症と呼ばれている。通常は数日から数週間で改善するとされている。
 髄芽腫術後より言葉が出なくなることがあることが従来知られており、[[小脳無言症]]と呼ばれている。通常は数日から数週間で改善するとされている。


放射線治療に伴う認知機能低下、学習障害、高次脳機能障害、精神[[発達遅滞]]
=== 認知機能低下、学習障害、高次脳機能障害、精神発達遅滞 ===
特に3歳未満の小児に脳脊髄照射を行った際に強く出現することが知られており、脳脊髄照射を通常は3歳になるまで行わない方針がとられる。ただし3歳以上でも長期的には放射線治療に伴う認知機能低下が起こることが知られており、時に初回診断時の年齢が若年程、程度が強いことが報告されている<ref name=Mulhern2005><pubmed>16110011</pubmed></ref> 。
 特に3歳未満の小児に放射線治療に伴い脳脊髄照射を行った際に強く出現することが知られており、脳脊髄照射を通常は3歳になるまで行わない方針がとられる。ただし3歳以上でも長期的には放射線治療に伴う認知機能低下が起こることが知られており、時に初回診断時の年齢が若年程、程度が強いことが報告されている<ref name=Mulhern2005><pubmed>16110011</pubmed></ref> 。


白質脳症
=== 白質脳症 ===
髄芽腫の治療において、メトトレキサート(Methotrexate, MTX)を髄注した際に出現する晩期障害である。運動障害(歩行時のもつれなど)や認知機能障害(痴呆様症状)を呈する。
 髄芽腫の治療において、メトトレキサート(Methotrexate, MTX)を髄注した際に出現する晩期障害である。[[運動障害]](歩行時のもつれなど)や[[認知機能障害]]([[認知症]]様症状)<u>編集部コメント:痴呆という言葉は現在では認知症と置き換えられているのでそれに合わせました</u>を呈する。


内分泌障害
=== 内分泌障害 ===
髄芽腫に対する放射線治療、化学療法に伴い、下垂体前葉ホルモンをはじめとした内分泌障害が生じることが知られている。代表としては成長ホルモン、またそれ以外の甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモン刺激ホルモン、さらには性腺刺激ホルモンの低下も生じる頻度は高いと報告されている<ref name=Uday2015><pubmed>25952583</pubmed></ref> 。
 髄芽腫に対する放射線治療、化学療法に伴い、[[下垂体前葉ホルモン]]をはじめとした内分泌障害が生じることが知られている。代表としては[[成長ホルモン]]、またそれ以外の[[甲状腺ホルモン]]、[[副腎皮質ホルモン刺激ホルモン]]、さらには[[性腺刺激ホルモン]]の低下も生じる頻度は高いと報告されている<ref name=Uday2015><pubmed>25952583</pubmed></ref> 。


二次性発癌放射線治療、化学療法に伴い、二次性の発癌が生じることが知られている。主なものとして髄膜腫や神経膠芽腫が生じることが知られている。
=== 二次性発癌 ===
 放射線治療、化学療法に伴い、二次性の発癌が生じることが知られている。主なものとして[[髄膜腫]]や[[神経膠芽腫]]が生じることが知られている。


== 予後 ==
== 予後 ==
先述の通り、予後についてはsubgroup毎に違いがあることが知られている。WNT群では5年生存率90%以上と報告されており、最も予後のよい群とされている。SHH群とGroup 4は同等の予後とされており、5年生存率70-75%程度である。一方Group 3は5年生存率50%程度と最も予後が不良な群とされている<ref name=Kijima2016><pubmed>27238212</pubmed></ref> 。またsubgroup毎で再発様式が異なることも報告されている。SHH群では原発巣近傍の局所再発が多いとされる一方、Group 3、Group 4では髄膜播種での再発が多いと報告されている<ref name=Ramaswamy2013><pubmed>24140199</pubmed></ref> (図1)。また従来髄芽種の髄膜播種は髄液を介して起こると考えられてきたが、近年の報告では血液を介して髄膜播種が起こりうることも示されている<ref name=Garzia2018><pubmed>29856958</pubmed></ref> 。
 先述の通り、予後についてはsubgroup毎に違いがあることが知られている。WNT群では5年生存率90%以上と報告されており、最も予後のよい群とされている。SHH群とGroup 4は同等の予後とされており、5年生存率70-75%程度である。一方Group 3は5年生存率50%程度と最も予後が不良な群とされている<ref name=Kijima2016><pubmed>27238212</pubmed></ref>
 
 またsubgroup毎で再発様式が異なることも報告されている。SHH群では原発巣近傍の局所再発が多いとされる一方、Group 3、Group 4では髄膜播種での再発が多いと報告されている<ref name=Ramaswamy2013><pubmed>24140199</pubmed></ref> ('''表1''')。また従来髄芽種の髄膜播種は[[髄液]]を介して起こると考えられてきたが、近年の報告では血液を介して髄膜播種が起こりうることも示されている<ref name=Garzia2018><pubmed>29856958</pubmed></ref> 。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
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