「麻薬」の版間の差分

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英語名:narcotics 独:Suchtstoff 仏:narcotique
英語名:narcotics 独:Suchtstoff 仏:narcotique


 麻薬という用語はさまざまな意味で使われるが、[[モルヒネ]]等、麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されている薬剤を示す場合が多いが、薬理学的には[[覚せい剤]]に分類されるコカインが法的には麻薬とされているなどの混乱もある。[[モルヒネ]]等は、[[wikipedia:ja:鎮痛薬|鎮痛薬]]として、医療用にも使用される。通常、[[覚せい剤]]や[[大麻]]等は麻薬に含めないが、俗語では、依存性があり、不正に使用される薬剤一般を麻薬と呼ぶ場合もある。
 麻薬という用語はさまざまな意味で使われる。[[モルヒネ]]等、麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているオピオイド系の薬剤を示す場合が多い。[[モルヒネ]]等は、[[wikipedia:ja:鎮痛薬|鎮痛薬]]として、医療用にも使用される。また、法的には、薬理学的には[[覚せい剤]]に分類されるコカインや麻酔薬であるケタミンも麻薬とされており、その定義には混乱がある。更に、通常は[[覚せい剤]]や[[大麻]]等は麻薬に含めないが、依存性があり、不正に使用される薬剤一般を「不正麻薬」と呼ぶ場合もある。


== 定義  ==
== 定義  ==
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 最も現実的な定義は、「モルヒネ、ヘロイン、コデイン等のアヘンアルカロイド類とこれらに類似した合成物質で、[[オピオイド受容体]]に親和性を持ち、麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。
 最も現実的な定義は、「モルヒネ、ヘロイン、コデイン等のアヘンアルカロイド類とこれらに類似した合成物質で、[[オピオイド受容体]]に親和性を持ち、麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。


 一方、法的な定義は、「麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。この場合、前述の定義に、コカインとその関連物質が加わる。これは、コカインの薬理学性質についての知識が十分でなかった時代に法律が制定され、そのままになっているためであり、コカインは薬理学的性質からは、本来、覚せい剤に分類されるべきものである。
 一方、法的な定義は、「麻薬及び向精神薬取締法において麻薬と指定されているもの」ということになる。この場合、前述の定義に、コカインとその関連物質、およびケタミンが加わる。前者は、コカインの薬理学性質についての知識が十分でなかった時代に法律が制定され、そのままになっているためであるが、コカインは薬理学的性質からは、本来、覚せい剤に分類されるべきものである。また、後者は平成19年に指定されたばかりである。このように、法的な麻薬の定義が薬理学と解離する中、更に、「依存性が強く、社会的な弊害があり、違法に使用される薬物」を全て「不正麻薬」と称する場合もあり、厚生労働省もこうした語法を用いている。
 
 また、「依存性が強く、社会的な弊害があり、違法に使用される薬物」を全て麻薬と称する場合もある。 


== 歴史  ==
== 歴史  ==
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 このように、人類は紀元前より[[オピオイド]]の鎮痛作用や陶酔作用といった効果を知っていたが、その薬理作用の仕組みが理解されるようになったのは最近のことである。研究者達はなぜ植物由来の成分が動物や人間の生体内でこれほど強い効果を引き出すことができるのかという素朴な疑問を持ち続け、それは次第に“モルヒネ感受性受容体の存在”という概念にたどり着いた。1971 年、Goldsteinは[[オピオイド受容体]]の発見の基になる報告をし <ref name="ref1"><pubmed>5288759</pubmed></ref>、1973年にそれぞれ、[[Solomon H. Snyder|Snyder]]とPert<ref name="ref2"><pubmed>4687585</pubmed></ref>、Simon<ref name="ref3"><pubmed>4583407</pubmed></ref>、Terenius<ref name="ref4"><pubmed>4801083</pubmed></ref>の3つのグループからオピオイド受容体の存在が提唱され、広く研究者の間で受け入れられるようになった。1975 年には Hughes と Kosterlitz ら<ref name="ref5"><pubmed>1207728</pubmed></ref>が[[エンケファリン]]を発見し、さらに、1979 年に Goldstein と Tachibanaら<ref name="ref6"><pubmed>230519</pubmed></ref>が[[ダイノルフィン]]を抽出し、生体内に存在するモルヒネ様物質、いわゆる“[[内因性オピオイド]]”が発見された。[[オピオイド受容体]]は [[Μ受容体|μ]] (MOR)、[[Δ受容体|δ]] (DOR)および [[Κ受容体|κ]] (KOR)に大別され、これら3種のオピオイド受容体の研究がもっとも盛んに行われてきた。  
 このように、人類は紀元前より[[オピオイド]]の鎮痛作用や陶酔作用といった効果を知っていたが、その薬理作用の仕組みが理解されるようになったのは最近のことである。研究者達はなぜ植物由来の成分が動物や人間の生体内でこれほど強い効果を引き出すことができるのかという素朴な疑問を持ち続け、それは次第に“モルヒネ感受性受容体の存在”という概念にたどり着いた。1971 年、Goldsteinは[[オピオイド受容体]]の発見の基になる報告をし <ref name="ref1"><pubmed>5288759</pubmed></ref>、1973年にそれぞれ、[[Solomon H. Snyder|Snyder]]とPert<ref name="ref2"><pubmed>4687585</pubmed></ref>、Simon<ref name="ref3"><pubmed>4583407</pubmed></ref>、Terenius<ref name="ref4"><pubmed>4801083</pubmed></ref>の3つのグループからオピオイド受容体の存在が提唱され、広く研究者の間で受け入れられるようになった。1975 年には Hughes と Kosterlitz ら<ref name="ref5"><pubmed>1207728</pubmed></ref>が[[エンケファリン]]を発見し、さらに、1979 年に Goldstein と Tachibanaら<ref name="ref6"><pubmed>230519</pubmed></ref>が[[ダイノルフィン]]を抽出し、生体内に存在するモルヒネ様物質、いわゆる“[[内因性オピオイド]]”が発見された。[[オピオイド受容体]]は [[Μ受容体|μ]] (MOR)、[[Δ受容体|δ]] (DOR)および [[Κ受容体|κ]] (KOR)に大別され、これら3種のオピオイド受容体の研究がもっとも盛んに行われてきた。  


 オピオイド受容体遺伝子のクロ−ニングは他の受容体と比べて遅く、1992年になってEvansらとKiefferらのグループがそれぞれ、372個のアミノ酸から成るδ受容体のクロ−ニングに成功した<ref name="ref7"><pubmed>1335167</pubmed></ref> <ref name="ref8"><pubmed>1334555</pubmed></ref>。δ受容体のクロ−ニング後、[[wikipedia:ja:PCR|PCR]] 法によるホモロジ−を利用した研究によってμおよびκ受容体のクロ−ニングの成功が相次いで報告された。μおよびκ受容体は、それぞれ398個と380個のアミノ酸から構成されている。明らかにされたμ-、δ-およびκ-オピオイド受容体間のアミノ酸配列の相同性は全体として約60%と高く、いずれも7回膜貫通型のいわゆる[[Gタンパク質共役型受容体]]である。また、現在までにμ受容体遺伝子においていくつかの[[wikipedia:ja:エクソン|エクソン]]が同定されており、これらの組み合わせの違いから数種類のスプライスバリアントによるμ受容体サブタイプの存在が報告されている。  
 オピオイド受容体遺伝子のクロ−ニングは他の受容体と比べて遅く、1992年になってEvansらとKiefferらのグループがそれぞれ、372個のアミノ酸から成るδ受容体のクロ−ニングに成功した<ref name="ref7"><pubmed>1335167</pubmed></ref> <ref name="ref8"><pubmed>1334555</pubmed></ref>。δ受容体のクロ−ニング後、[[wikipedia:ja:PCR|PCR]] 法によるホモロジ−を利用した研究によってμおよびκ受容体のクロ−ニングの成功が相次いで報告された。μおよびκ受容体は、それぞれ398個と380個のアミノ酸から構成されている。明らかにされたμ-、δ-およびκ-オピオイド受容体間のアミノ酸配列の相同性は全体として約60%と高く、いずれも7回膜貫通型のいわゆる[[Gタンパク質共役型受容体]]である。また、現在までにμ受容体遺伝子においていくつかのオルターナティブスプライシングを受ける[[wikipedia:ja:エクソン|エクソン]]が同定されており、これらの組み合わせの違いから数種類のスプライスバリアントによるμ受容体サブタイプの存在が報告されている。  


=== 医療への応用 ===
=== 医療への応用 ===