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==構造==
==構造==
[[image:ncam1.jpg|thumb|350px|図1.]]
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[[image:ncam2.jpg|thumb|350px|図2.]]
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 NCAMの細胞外領域は、5つの免疫グロブリンC2サブセットと2つのフィブロネクチンタイプIII様領域(RGD配列はない)からなっている(図1)<ref name=ref20><pubmed>1623208</pubmed></ref>。分子量140、180 kDaのアイソフォームでは細胎内領域があるが、120 kDa分子のC末端は[[細胞膜]]表面のグリコシルフォスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidyl inositol;GPI)と結合している。5番目のC2ドメインには、N−グルコシド結合により、2カ所でポリシアル酸(2-8-1inked N-acetylneuraminic acid, PSA)が結合している<ref name=ref24><pubmed>9384537</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>    18059411</pubmed></ref> <ref name=ref46><pubmed>24692354</pubmed></ref>。ポリシアル化されたNCAMはPSA—NCAMと呼ばれる。NCAMをポリシアル化する酵素としては、2つのalpha 2,8 syalyltransferase(ST8)が知られていて、それぞれST8SiaII(STX)・ST8SiaIV(PST-1)と呼ばれている<ref name=ref46 />。140/180 kDa-NCAM の3番目のC2領域には、HNK-1/L2エピトープが存在する。挿入配列のMSD(muscle spedfic domain)にはO-グリコシド結合型糖鎖が結合している<ref name=ref15><pubmed>3576199</pubmed></ref>。
 NCAMの細胞外領域は、5つの免疫グロブリンC2サブセットと2つのフィブロネクチンタイプIII様領域(RGD配列はない)からなっている(図1)<ref name=ref20><pubmed>1623208</pubmed></ref>。分子量140、180 kDaのアイソフォームでは細胎内領域があるが、120 kDa分子のC末端は[[細胞膜]]表面のグリコシルフォスファチジルイノシトール(glycosylphosphatidyl inositol;GPI)と結合している。5番目のC2ドメインには、N−グルコシド結合により、2カ所でポリシアル酸(2-8-1inked N-acetylneuraminic acid, PSA)が結合している<ref name=ref24><pubmed>9384537</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>    18059411</pubmed></ref> <ref name=ref46><pubmed>24692354</pubmed></ref>。ポリシアル化されたNCAMはPSA—NCAMと呼ばれる。NCAMをポリシアル化する酵素としては、2つのalpha 2,8 syalyltransferase(ST8)が知られていて、それぞれST8SiaII(STX)・ST8SiaIV(PST-1)と呼ばれている<ref name=ref46 />。140/180 kDa-NCAM の3番目のC2領域には、HNK-1/L2エピトープが存在する。挿入配列のMSD(muscle spedfic domain)にはO-グリコシド結合型糖鎖が結合している<ref name=ref15><pubmed>3576199</pubmed></ref>。
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==機能==
==機能==
 NCAMが接着活性を示すときには、NCAMどうしが3番目のC2ドメインでホモフィリックに結合するほか、2番目のドメインで細胞外基質のヘパリンなどの分子と結合する<ref name=ref54><pubmed>9765230</pubmed></ref>。また、NCAMは、は、同じ細胞膜上の他の接着分子(L1など)やFGF受容体とCis型の相互作用をする<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>。NCAMが細胞内に情報を伝えるときには、Fyn/Src<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>や、FGF受容体<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>を介することが示唆されている。180 kD 分子は、細胎内骨格のスペクトリンと結合していることから、安定な細胞接着を形成すると考えられている<ref name=ref39><pubmed></pubmed></ref>。5番目のC2ドメインにはポリシアル酸が結合している<ref name=ref43 />。シアル酸が負に荷電しているため、長鎖のPSA分子はその大きさと電荷によってNCAMどうし又はNCAMと他の接着分子との結合を阻害すると考えられている<ref name=ref43 />。この長鎖のPSAは、発達期の神経細胞などに発現しているが、成体になると限られた部位を除き発現がほとんど見られなくなる<ref name=ref48 />。
 NCAMが接着活性を示すときには、NCAMどうしが3番目のC2ドメインでホモフィリックに結合するほか、2番目のドメインで細胞外基質のヘパリンなどの分子と結合する<ref name=ref54><pubmed>9765230</pubmed></ref>。また、NCAMは、は、同じ細胞膜上の他の接着分子(L1など)やFGF受容体とCis型の相互作用をする<ref name=ref21><pubmed>8807188</pubmed></ref>。NCAMが細胞内に情報を伝えるときには、Fyn/Src<ref name=ref14><pubmed>10842356</pubmed></ref>や、FGF受容体<ref name=ref7><pubmed>11433297</pubmed></ref>を介することが示唆されている。180 kD 分子は、細胎内骨格のスペクトリンと結合していることから、安定な細胞接着を形成すると考えられている<ref name=ref39><pubmed>3308110</pubmed></ref>。5番目のC2ドメインにはポリシアル酸が結合している<ref name=ref43 />。シアル酸が負に荷電しているため、長鎖のPSA分子はその大きさと電荷によってNCAMどうし又はNCAMと他の接着分子との結合を阻害すると考えられている<ref name=ref43 />。この長鎖のPSAは、発達期の神経細胞などに発現しているが、成体になると限られた部位を除き発現がほとんど見られなくなる<ref name=ref48 />。


 NCAMは、細胞一細胞、および細胞一細胞外基質間の接着分子で、神経発生や筋発生に重要な分子である<ref name=ref44 /> <ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref42><pubmed></pubmed></ref>。発生期のNCAMはポリシアル化されているので、発生期のNCAMの機能は、PSA—NCAMを中心に研究されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。神経発生では、細胞移動<ref name=ref32 /> <ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref>、神経突起の伸長・束形成・分岐<ref name=ref40><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref56><pubmed></pubmed></ref>、[[シナプス]]形成・可塑性(後述)、学習・記憶<ref name=ref55><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref>、神経疾患<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref45><pubmed></pubmed></ref>に関与する。その他の組織でも形態形成に関与していると考えられている(発現の項を参照)。  
 NCAMは、細胞一細胞、および細胞一細胞外基質間の接着分子で、神経発生や筋発生に重要な分子である<ref name=ref44 /> <ref name=ref18><pubmed>1883195</pubmed></ref> <ref name=ref42><pubmed>12598678</pubmed></ref>。発生期のNCAMはポリシアル化されているので、発生期のNCAMの機能は、PSA—NCAMを中心に研究されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。神経発生では、細胞移動<ref name=ref32 /> <ref name=ref36><pubmed>7917293</pubmed></ref>、神経突起の伸長・束形成・分岐<ref name=ref40><pubmed>10648711</pubmed></ref> <ref name=ref56><pubmed>11124992</pubmed></ref>、[[シナプス]]形成・可塑性(後述)、学習・記憶<ref name=ref55><pubmed>12869614</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>17460068</pubmed></ref>、神経疾患<ref name=ref9><pubmed>9670224</pubmed></ref> <ref name=ref45><pubmed>23675315</pubmed></ref>に関与する。その他の組織でも形態形成に関与していると考えられている(発現の項を参照)。  


===シナプス形成===
===シナプス形成===
 NCAMは、前シナプス膜と後シナプス膜に存在する<ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref>。しかし、NCAM180は、後シナプス膜だけに存在する。NCAM180は細胞骨格と相互作用をするので<ref name=ref39 />、NCAM180はシナプスの安定性と関係していると考えられる。シナプス形成期には、NCAMの糖鎖PSAの発現がみられるが、成熟したシナプスではPSAの発現はほとんど見られない<ref name=ref50><pubmed></pubmed></ref>。
 NCAMは、前シナプス膜と後シナプス膜に存在する<ref name=ref37><pubmed>2794140</pubmed></ref>。しかし、NCAM180は、後シナプス膜だけに存在する。NCAM180は細胞骨格と相互作用をするので<ref name=ref39 />、NCAM180はシナプスの安定性と関係していると考えられる。シナプス形成期には、NCAMの糖鎖PSAの発現がみられるが、成熟したシナプスではPSAの発現はほとんど見られない<ref name=ref50><pubmed>10397399</pubmed></ref>。


 神経—筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは[[運動ニューロン]]と筋の両方に発現している。その後、成熟したシナプスが形成される頃になると、筋全体のNCAM発現は低下し、神経—筋接合部に限局してNCAMの発現が残るようになる<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>。また、成体でも運動ニューロンを切断して、筋の神経支配を除去してやると、再びNCAMが発現してくる。この筋のNCAM発現は、運動ニューロンが再生されて、筋の神経支配が完了すると、再び低下する<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>。これらの結果は、神経—筋シナプスの形成には筋のNCAM発現が必要であることを示唆している。
 神経—筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは[[運動ニューロン]]と筋の両方に発現している。その後、成熟したシナプスが形成される頃になると、筋全体のNCAM発現は低下し、神経—筋接合部に限局してNCAMの発現が残るようになる<ref name=ref11><pubmed>3512581</pubmed></ref>。また、成体でも運動ニューロンを切断して、筋の神経支配を除去してやると、再びNCAMが発現してくる。この筋のNCAM発現は、運動ニューロンが再生されて、筋の神経支配が完了すると、再び低下する<ref name=ref10><pubmed>3892537</pubmed></ref>。これらの結果は、神経—筋シナプスの形成には筋のNCAM発現が必要であることを示唆している。


 NCAM欠損[[マウス]]の神経-筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である<ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>。しかし、NCAM欠損マウスでは、繰り返し刺激などで神経伝達物質の放出量を上げてやると、正常な神経伝達効率を維持できない<ref name=ref41 />。
 NCAM欠損[[マウス]]の神経-筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である<ref name=ref41><pubmed>10964958</pubmed></ref>。しかし、NCAM欠損マウスでは、繰り返し刺激などで神経伝達物質の放出量を上げてやると、正常な神経伝達効率を維持できない<ref name=ref41 />。


===シナプスの可塑性===
===シナプスの可塑性===
 NCAM欠損マウスでは、シナプスのLTP発現が、海馬[[Schaffer側枝]]−[[CA1]]間<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>と苔状線維−[[錐体細胞]]間<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>で低下している。しかし、苔状線維−錐体細胞間では、短期の可塑性は正常である。また、endo-Nによって海馬からPSAを除去すると、同様に海馬Schaffer側枝−CA1間のシナプスのLTP発現が低下する<ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref>。NCAMのポリシアル化酵素ST8IV(PST-1)を欠損したマウスでは、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPとLDPの発現が低下しているが、苔状線維−錐体細胞間シナプスのLTPは正常である<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。一方、Crossinらのグループの結果では、NCAMの発現が欠損しても、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPは野生型と同じように起こるという<ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>。
 NCAM欠損マウスでは、シナプスのLTP発現が、海馬[[Schaffer側枝]]−[[CA1]]間<ref name=ref13><pubmed>8107803</pubmed></ref>と苔状線維−[[錐体細胞]]間<ref name=ref12><pubmed>9789073</pubmed></ref>で低下している。しかし、苔状線維−錐体細胞間では、短期の可塑性は正常である。また、endo-Nによって海馬からPSAを除去すると、同様に海馬Schaffer側枝−CA1間のシナプスのLTP発現が低下する<ref name=ref31><pubmed>8816705</pubmed></ref>。NCAMのポリシアル化酵素ST8IV(PST-1)を欠損したマウスでは、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPとLDPの発現が低下しているが、苔状線維−錐体細胞間シナプスのLTPは正常である<ref name=ref16><pubmed>10884307</pubmed></ref>。一方、Crossinらのグループの結果では、NCAMの発現が欠損しても、海馬Schaffer側枝−CA1間シナプスのLTPは野生型と同じように起こるという<ref name=ref22><pubmed>9482932</pubmed></ref>。


===成体脳の[[ニューロン新生]]とPSA-NCAM===
===成体脳の[[ニューロン新生]]とPSA-NCAM===
 [[胎生期]]から生後初期にかけて、ニューロンが発達する時期には、NCAMは長鎖の糖鎖ポリシアル酸(PSA)によって修飾されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。したがって、PSA-NCAMは、発達中の神経細胞の非常に良いマーカー分子である。
 [[胎生期]]から生後初期にかけて、ニューロンが発達する時期には、NCAMは長鎖の糖鎖ポリシアル酸(PSA)によって修飾されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。したがって、PSA-NCAMは、発達中の神経細胞の非常に良いマーカー分子である。


 脳のほとんどの部位では成体になるとニューロンは新生しないが、例外的に海馬や前脳[[側脳室]]下帯では成体になってもニューロンの新生が続いている<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref>。この例外的なニューロン新生によって生まれた[[ニューロブラスト]]が移動するときや神経突起が発達するときにはPSA—NCAMが発現している<ref name=ref49><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref43 />。ただし、これらのニューロン新生部位以外(梨状皮質など)にPSA-NCAMの発現が見られることがあり、これに関してはニューロン新生とは関係がないので注意を要する<ref name=ref48 /> <ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref>。
 脳のほとんどの部位では成体になるとニューロンは新生しないが、例外的に海馬や前脳[[側脳室]]下帯では成体になってもニューロンの新生が続いている<ref name=ref2><pubmed>5861717</pubmed></ref> <ref name=ref23>'''Kempermann G<br>'''Adult neurogenesis2. <br>''Oxford: oxford university press''. 2011</ref> <ref name=ref28><pubmed>25223700</pubmed></ref>。この例外的なニューロン新生によって生まれた[[ニューロブラスト]]が移動するときや神経突起が発達するときにはPSA—NCAMが発現している<ref name=ref49><pubmed>7684771</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>15001097</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>11826091</pubmed></ref> <ref name=ref43 />。ただし、これらのニューロン新生部位以外(梨状皮質など)にPSA-NCAMの発現が見られることがあり、これに関してはニューロン新生とは関係がないので注意を要する<ref name=ref48 /> <ref name=ref19><pubmed>20830977</pubmed></ref>。


 海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される<ref name=ref50 />。発達中の不規則な形態の[[軸索]]末端はPSA陽性であるが、シナプスが形成されるとPSAは消失する。成体脳からPSAを除去すると、異所性の苔状線維シナプスボタンが形成される<ref name=ref51><pubmed></pubmed></ref>。
 海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される<ref name=ref50 />。発達中の不規則な形態の[[軸索]]末端はPSA陽性であるが、シナプスが形成されるとPSAは消失する。成体脳からPSAを除去すると、異所性の苔状線維シナプスボタンが形成される<ref name=ref51><pubmed>9570806</pubmed></ref>。


 成体海馬におけるPSA-NCAMの発現は、海馬の学習・記憶機能に関係していると考えられている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。
 成体海馬におけるPSA-NCAMの発現は、海馬の学習・記憶機能に関係していると考えられている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。


==疾患との関わり==
==疾患との関わり==
 ウィルムス腫瘍(Wilms' tumor)、ユーイング肉腫(Ewing's sarcoma)、メラノーマ、肺癌(小細胞癌)、神経芽細胞腫など、種々の腫瘍でポリシアル化したNCAMが発現している.癌転移との関係が示唆されている<ref name=ref47><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>。
 ウィルムス腫瘍(Wilms' tumor)、ユーイング肉腫(Ewing's sarcoma)、メラノーマ、肺癌(小細胞癌)、神経芽細胞腫など、種々の腫瘍でポリシアル化したNCAMが発現している.癌転移との関係が示唆されている<ref name=ref47><pubmed>12897159</pubmed></ref> <ref name=ref1><pubmed>23951351</pubmed></ref>。


==関連語==
==関連語==