「SNARE複合体」の版間の差分

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==イントロダクション==  
==イントロダクション==  
 細胞膜での開口放出や細胞内小胞輸送では、小胞膜が標的とする細胞膜や細胞内小胞膜に融合する過程が必須である。脂質膜同士の融合は自然には起こりにくく、効率的に引き起こすためにはタンパク質の助けが必要である。CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞を用いた研究から、細胞内小胞輸送に必須なタンパク質としてNSF (N-ethylmaleimide-sensitive factor)とSNAP (Soluble NSF Attachment Protein)が特定された<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>。脳からNSF/αSNAP複合体に結合するタンパク質としてシンタキシン1 (syntaxin 1)、SNAP-25およびシナプトブレビン2 (VAMP-2とも呼ばれる)が同定され、SNARE (SNAP Receptor)と総称された<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>。SNAREタンパク質は分子内に8回のheptad repeatからなるSNAREモチーフを持ち、coiled-coil複合体を形成する性質がある。リコンビナントタンパク質や脳から調整された内在性のタンパク質を用いた免疫沈降法などで、シンタキシン1、 SNAP-25およびシナプトブレビン2が複合体を形成することが示された<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>。X線解析やNMR解析の結果、SNARE複合体はSNAREモチーフを持つ4本のへリックスからなる複合体であることが示された<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>。シンタキシン1 、SNAP-25、シナプトブレビン2のノックアウトマウスでは開口放出による同期した神経伝達物質放出が見られないことや<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>、タイプ特異的にSNAREタンパク質を切断する破傷風毒素やボツリヌス毒素を作用させると、神経伝達物質放出が抑制されること<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>、リポソームにSNAREタンパク質を組み込むとリポソーム同士の融合が引き起こされることなどから<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>、SNARE複合体の形成が脂質膜の融合を引き起こすと考えられるようになった<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。SNAREタンパク質は多くのメンバーを持つファミリータンパク質で、細胞膜での開口放出のみならず、様々な細胞内小胞輸送に関わっている<ref name=ref4 /> <ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。更に細胞膜へのタンパク質の組み込みや<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>、細胞の大きさや形態変化に伴う細胞膜の伸展などにもSNAREタンパク質が関わっていることも明らかにされている<ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。
 細胞膜での開口放出や細胞内小胞輸送では、小胞膜が標的とする細胞膜や細胞内小胞膜に融合する過程が必須である。脂質膜同士の融合は自然には起こりにくく、効率的に引き起こすためにはタンパク質の助けが必要である。CHO(Chinese Hamster Ovary)細胞を用いた研究から、細胞内小胞輸送に必須なタンパク質としてNSF (N-ethylmaleimide-sensitive factor)とSNAP (Soluble NSF Attachment Protein)が特定された<ref name=ref1><pubmed>8745395</pubmed></ref>。脳からNSF/αSNAP複合体に結合するタンパク質としてシンタキシン1 (syntaxin 1)、SNAP-25およびシナプトブレビン2 (VAMP-2とも呼ばれる)が同定され、SNARE (SNAP Receptor)と総称された<ref name=ref2><pubmed>8455717</pubmed></ref>。SNAREタンパク質は分子内に8回のheptad repeatからなるSNAREモチーフを持ち、coiled-coil複合体を形成する性質がある。リコンビナントタンパク質や脳から調整された内在性のタンパク質を用いた免疫沈降法などで、シンタキシン1、 SNAP-25およびシナプトブレビン2が複合体を形成することが示された<ref name=ref3><pubmed>16912714</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>16038056</pubmed></ref>。X線解析やNMR解析の結果、SNARE複合体はSNAREモチーフを持つ4本のへリックスからなる複合体であることが示された<ref name=ref5><pubmed>9759724</pubmed></ref>。シンタキシン1 、SNAP-25、シナプトブレビン2のノックアウトマウスでは開口放出による同期した神経伝達物質放出が見られないことや<ref name=ref6><pubmed>11753414</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>11691998</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>24587181</pubmed></ref>、タイプ特異的にSNAREタンパク質を切断する破傷風毒素やボツリヌス毒素を作用させると、神経伝達物質放出が抑制されること<ref name=ref9><pubmed>10195143</pubmed></ref>、リポソームにSNAREタンパク質を組み込むとリポソーム同士の融合が引き起こされることなどから<ref name=ref10><pubmed>9529252</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>25997356</pubmed></ref>、SNARE複合体の形成が脂質膜の融合を引き起こすと考えられるようになった<ref name=ref12><pubmed>19164740</pubmed></ref> <ref name=ref13><pubmed>24183019</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>23060190</pubmed></ref>。SNAREタンパク質は多くのメンバーを持つファミリータンパク質で、細胞膜での開口放出のみならず、様々な細胞内小胞輸送に関わっている<ref name=ref4 /> <ref name=ref15><pubmed>11001059</pubmed></ref>。更に細胞膜へのタンパク質の組み込みや<ref name=ref16><pubmed>25565955</pubmed></ref>、細胞の大きさや形態変化に伴う細胞膜の伸展などにもSNAREタンパク質が関わっていることも明らかにされている<ref name=ref17><pubmed>19805073</pubmed></ref>。


==脂質膜の融合==
==脂質膜の融合==
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 SNAREモチーフではaおよびdの位置にくるアミノ酸側鎖は複合体の内側に向いており、疎水性結合で結ばれたレイヤー面を構成する(図4)。SNAREモチーフではaとdの位置にLeu, Ile, Val以外の残基も見られ、Pheのようにかさばる残基がくる場合には、同じレイヤー面の他のへリックスではAlaになる。SNAREモチーフではモチーフの中央付近にある4つ目のheptad repeatのd位は正電荷をもつArgか親水性のGlnであるという顕著な特徴を持っており、これらの残基を含む面を0レイヤーと呼んでいる。0レイヤーにArg (R)を供出するSNAREをR-SNAREと呼び、Gln (Q)を供出するSNAREをQ-SNAREと呼んでいる。シナプス膜ではシナプトブレビン2がR-SNAREで、シンタキシン1とSNAP-25の二つのSNAREモチーフがQ-SNAREである。SNARE複合体ではSNAREモチーフを持つ4つのへリックスのN末端が同じ方向に向くように配置されている(図3)。
 SNAREモチーフではaおよびdの位置にくるアミノ酸側鎖は複合体の内側に向いており、疎水性結合で結ばれたレイヤー面を構成する(図4)。SNAREモチーフではaとdの位置にLeu, Ile, Val以外の残基も見られ、Pheのようにかさばる残基がくる場合には、同じレイヤー面の他のへリックスではAlaになる。SNAREモチーフではモチーフの中央付近にある4つ目のheptad repeatのd位は正電荷をもつArgか親水性のGlnであるという顕著な特徴を持っており、これらの残基を含む面を0レイヤーと呼んでいる。0レイヤーにArg (R)を供出するSNAREをR-SNAREと呼び、Gln (Q)を供出するSNAREをQ-SNAREと呼んでいる。シナプス膜ではシナプトブレビン2がR-SNAREで、シンタキシン1とSNAP-25の二つのSNAREモチーフがQ-SNAREである。SNARE複合体ではSNAREモチーフを持つ4つのへリックスのN末端が同じ方向に向くように配置されている(図3)。


 シナプトブレビン2とシンタキシン1を含む多くのSNAREタンパク質はC末に膜貫通へリックスを持ち脂質膜に組み込まれている。それに対してSNAP-25は膜貫通部位を持たないが、分子の中央付近にパルミトイル化されたシステイン残基クラスターを持ち、細胞膜に係留されている<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>(図5)。
 シナプトブレビン2とシンタキシン1を含む多くのSNAREタンパク質はC末に膜貫通へリックスを持ち脂質膜に組み込まれている。それに対してSNAP-25は膜貫通部位を持たないが、分子の中央付近にパルミトイル化されたシステイン残基クラスターを持ち、細胞膜に係留されている<ref name=ref18><pubmed>8641455</pubmed></ref>(図5)。


==SNAREタンパク質の種類==
==SNAREタンパク質の種類==
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[[image:snare複合体7.png|thumb|350px|'''図7.シンタキシン1のコンフォメーション'''<br>シンタキシン1の細胞内領域には、HA、HBおよびHCへリックスから構成されるN末側のN末ドメインとC末側のSNAREモチーフが存在する。シンタキシン1はN末ドメインにSNAREモチーフの一部が結合したclosed conformationとN末ドメインと、SNAREモチーフが解離したopen conformationをとり得る。Open conformationのシンタキシン1は、SNAP-25やシナプトブレビン2と会合しSNARE複合体を形成できるが、closed conformationのシンタキシン1はSNARE複合体を形成できない。Munc18はclosed conformationのシンタキシン1に結合し安定化させることによりSNARE複合体形成を抑制する。Munc13には二つのコンフォメーションの平衡をopen conformation側にずらす作用があり、SNARE複合体形成を促進させるプライミング因子である。<br>Dulubova et al., (1999) EMBO J, 18: 4372–4382より改変]]
[[image:snare複合体7.png|thumb|350px|'''図7.シンタキシン1のコンフォメーション'''<br>シンタキシン1の細胞内領域には、HA、HBおよびHCへリックスから構成されるN末側のN末ドメインとC末側のSNAREモチーフが存在する。シンタキシン1はN末ドメインにSNAREモチーフの一部が結合したclosed conformationとN末ドメインと、SNAREモチーフが解離したopen conformationをとり得る。Open conformationのシンタキシン1は、SNAP-25やシナプトブレビン2と会合しSNARE複合体を形成できるが、closed conformationのシンタキシン1はSNARE複合体を形成できない。Munc18はclosed conformationのシンタキシン1に結合し安定化させることによりSNARE複合体形成を抑制する。Munc13には二つのコンフォメーションの平衡をopen conformation側にずらす作用があり、SNARE複合体形成を促進させるプライミング因子である。<br>Dulubova et al., (1999) EMBO J, 18: 4372–4382より改変]]


 細胞膜に存在するシンタキシン1の細胞質部分は、HA、HBおよびHCの3つのへリックス構造をとり得るN末ドメイン(27-146)と、C末側のSNAREモチーフを持つH3ドメインから構成されている(図5)。HA、HB、HCの3つのへリックスは交互に折りたたまれたHabc 3-helical bundleを形成し、SNARE複合体形成制御に関わっている<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref>。シンタキシン1はHabc 3-helical bundle にシンタキシン1のSNAREモチーフが結合したclosed conformation と、Habc 3-helical bundle とSNAREモチーフが解離したopen conformation とをとる<ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref>(図7)。Open conformationにあるSNAREモチーフは、SNAP-25およびシナプトブレビン2のSNAREモチーフと結合しSNARE複合体を形成できるが、closed conformationをとるシンタキシン1は、N末ドメインがSNAREモチーフを持つH3に結合してシナプトブレビン2との結合を抑制するためSNARE複合体を形成することができない。
 細胞膜に存在するシンタキシン1の細胞質部分は、HA、HBおよびHCの3つのへリックス構造をとり得るN末ドメイン(27-146)と、C末側のSNAREモチーフを持つH3ドメインから構成されている(図5)。HA、HB、HCの3つのへリックスは交互に折りたたまれたHabc 3-helical bundleを形成し、SNARE複合体形成制御に関わっている<ref name=ref19><pubmed>9753330</pubmed></ref>。シンタキシン1はHabc 3-helical bundle にシンタキシン1のSNAREモチーフが結合したclosed conformation と、Habc 3-helical bundle とSNAREモチーフが解離したopen conformation とをとる<ref name=ref20><pubmed>10449403</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>10048921</pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed>11017200</pubmed></ref>(図7)。Open conformationにあるSNAREモチーフは、SNAP-25およびシナプトブレビン2のSNAREモチーフと結合しSNARE複合体を形成できるが、closed conformationをとるシンタキシン1は、N末ドメインがSNAREモチーフを持つH3に結合してシナプトブレビン2との結合を抑制するためSNARE複合体を形成することができない。


 Munc18は68 kDaのタンパク質でclosed conformationにあるシンタキシン1に結合し安定化させることで、SNARE複合体形成に抑制的な制御因子として働いている<ref name=ref20 /> <ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref>。Munc18には、このような抑制的な機能の他に、SNARE複合体の会合解離サイクルの全体でSNARE複合体に常に結合し、開口放出に必須な役割も果たしているが、その詳細は明らかにはなっていない<ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref>。
 Munc18は68 kDaのタンパク質でclosed conformationにあるシンタキシン1に結合し安定化させることで、SNARE複合体形成に抑制的な制御因子として働いている<ref name=ref20 /> <ref name=ref23><pubmed>8247129</pubmed></ref>。Munc18には、このような抑制的な機能の他に、SNARE複合体の会合解離サイクルの全体でSNARE複合体に常に結合し、開口放出に必須な役割も果たしているが、その詳細は明らかにはなっていない<ref name=ref24><pubmed>19255244</pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed>17218264</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>18703708</pubmed></ref>。


==SNARE複合体形成とクランプ==
==SNARE複合体形成とクランプ==
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[[image:snare複合体9.png|thumb|350px|'''図9.X線構造解析で明らかにされたcis型SNARE複合体の分子構造'''<br>小胞膜と細胞膜が融合する前のSNARE複合体は、v-SNAREとt-SNAREは別々の生体膜に存在するtrans型であるが、融合後は同一の膜上に存在するcis型となる。細胞膜貫通領域を含めたcis-SNARE複合体では、シンタキシン1やシナプトブレビン2のSNAREモチーフのへリックス構造はリンカ―や細胞膜貫通部位にまでつながっている。このためリンカ―や細胞膜貫通部位でも、シンタキシン1のシナプトブレビン2のへリックスは側鎖を介して会合し複合体を形成し、小胞膜と細胞膜を著しく接近させることで膜融合が起こると考えられる。<br>Stein et al.,  (2009) Nature, 460: 525–528.より改変]]
[[image:snare複合体9.png|thumb|350px|'''図9.X線構造解析で明らかにされたcis型SNARE複合体の分子構造'''<br>小胞膜と細胞膜が融合する前のSNARE複合体は、v-SNAREとt-SNAREは別々の生体膜に存在するtrans型であるが、融合後は同一の膜上に存在するcis型となる。細胞膜貫通領域を含めたcis-SNARE複合体では、シンタキシン1やシナプトブレビン2のSNAREモチーフのへリックス構造はリンカ―や細胞膜貫通部位にまでつながっている。このためリンカ―や細胞膜貫通部位でも、シンタキシン1のシナプトブレビン2のへリックスは側鎖を介して会合し複合体を形成し、小胞膜と細胞膜を著しく接近させることで膜融合が起こると考えられる。<br>Stein et al.,  (2009) Nature, 460: 525–528.より改変]]


 v-SNAREを組み込んだリポソームの平面膜への融合速度は遅く、結合してから10-100 ms後でないと起らないが、神経伝達物質放出は非常に素早く起こり、Ca2+流入後1 ms以内には完了する。このような素早い放出を可能にするためには、律速段階であるSNARE複合体形成は予めある段階まで進行させておき、Ca2+の流入に即応して素早く複合体形成が完了できる状態にしておく必要があると考えられる<ref name=ref21 /> <ref name=ref27><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed></pubmed></ref>。SNARE複合体形成はN末端側から始まり、ジッパーを締めるようにC末方向に進行していく。コンプレキシン(Complexin)は134アミノ酸からなる小型のタンパク質で、分子の中央部のへリックス部位がSNARE複合体のN末側に結合しSNARE複合体形成の開始を促進する<ref name=ref30><pubmed></pubmed></ref>。しかしコンプレキシンのN末側のへリックスはシナプトブレビン2のSNAREモチーフのC末側と拮抗しSNARE複合体形成の完了を阻害する。このためコンプレキシン存在下ではSNARE複合体形成は0レイヤー付近で停止した「クランプ」状態に止まることになり膜融合は引き起こされない<ref name=ref31><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed></pubmed></ref>。Ca2+濃度が高まるとシナプトタグミン(Synaptotagmin)がコンプレキシンにとって代わって結合してクランプ状態を解除し、その結果SNARE複合体形成が完了して膜融合が速やかに引き起こされる<ref name=red13 /> <ref name=ref34><pubmed></pubmed></ref>(図8)。シナプトタグミンはCa2+依存的にリン脂質に結合するが、リポソームにシナプトタグミンを加えると、チューブ状の構造ができることから、結合した脂質2重膜の曲率を変化させる作用があると考えられる。これらのことからシナプトタグミンにはクランプ状態を解除させる機能に加え、細胞膜の曲率を局所的に変えることにより、膜融合の速度をさらに加速する機能もあると考えられる<ref name=ref35><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref37><pubmed></pubmed></ref>。
 v-SNAREを組み込んだリポソームの平面膜への融合速度は遅く、結合してから10-100 ms後でないと起らないが、神経伝達物質放出は非常に素早く起こり、Ca2+流入後1 ms以内には完了する。このような素早い放出を可能にするためには、律速段階であるSNARE複合体形成は予めある段階まで進行させておき、Ca2+の流入に即応して素早く複合体形成が完了できる状態にしておく必要があると考えられる<ref name=ref21 /> <ref name=ref27><pubmed>16498411</pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed>16888141</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>20142423</pubmed></ref>。SNARE複合体形成はN末端側から始まり、ジッパーを締めるようにC末方向に進行していく。コンプレキシン(Complexin)は134アミノ酸からなる小型のタンパク質で、分子の中央部のへリックス部位がSNARE複合体のN末側に結合しSNARE複合体形成の開始を促進する<ref name=ref30><pubmed>11832227</pubmed></ref>。しかしコンプレキシンのN末側のへリックスはシナプトブレビン2のSNAREモチーフのC末側と拮抗しSNARE複合体形成の完了を阻害する。このためコンプレキシン存在下ではSNARE複合体形成は0レイヤー付近で停止した「クランプ」状態に止まることになり膜融合は引き起こされない<ref name=ref31><pubmed>18499660</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>21785414</pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed>19164751</pubmed></ref>。Ca2+濃度が高まるとシナプトタグミン(Synaptotagmin)がコンプレキシンにとって代わって結合してクランプ状態を解除し、その結果SNARE複合体形成が完了して膜融合が速やかに引き起こされる<ref name=red13 /> <ref name=ref34><pubmed>21785412</pubmed></ref>(図8)。シナプトタグミンはCa2+依存的にリン脂質に結合するが、リポソームにシナプトタグミンを加えると、チューブ状の構造ができることから、結合した脂質2重膜の曲率を変化させる作用があると考えられる。これらのことからシナプトタグミンにはクランプ状態を解除させる機能に加え、細胞膜の曲率を局所的に変えることにより、膜融合の速度をさらに加速する機能もあると考えられる<ref name=ref35><pubmed>17478680</pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed>20211126</pubmed></ref> <ref name=ref37><pubmed>19703397</pubmed></ref>。


==膜融合==
==膜融合==
 膜融合が完全に進行し、小胞膜が細胞膜に完全に組み込まれると、SNARE複合体はv-SNAREとt-SNAREが異なる膜に存在するtrans型から、同一の膜に存在するcis-型に移行する。v-SNAREであるシナプトブレビン2とt-SNAREであるシンタキシンはC末端に細胞膜貫通するへリックス構造を持つが、SNAREモチーフとの間にはリンカー部分が存在する(図5)。細胞膜貫通部位を含むcis-SNARE複合体の構造がNMR構造解析で明らかにされたが、へリックス構造はSNAREモチーフのみならず、リンカー部分や膜貫通部位にまで及んでいる<ref name=ref38><pubmed></pubmed></ref>(図8)。このためt-SNAREとv-SNAREの複合体形成はSNARE複合体を超えて細胞膜貫通部位にまで及び、その結果2つの脂質膜は非常に接近させられ膜融合へと移行すると考えられる。
 膜融合が完全に進行し、小胞膜が細胞膜に完全に組み込まれると、SNARE複合体はv-SNAREとt-SNAREが異なる膜に存在するtrans型から、同一の膜に存在するcis-型に移行する。v-SNAREであるシナプトブレビン2とt-SNAREであるシンタキシンはC末端に細胞膜貫通するへリックス構造を持つが、SNAREモチーフとの間にはリンカー部分が存在する(図5)。細胞膜貫通部位を含むcis-SNARE複合体の構造がNMR構造解析で明らかにされたが、へリックス構造はSNAREモチーフのみならず、リンカー部分や膜貫通部位にまで及んでいる<ref name=ref38><pubmed>19571812</pubmed></ref>(図8)。このためt-SNAREとv-SNAREの複合体形成はSNARE複合体を超えて細胞膜貫通部位にまで及び、その結果2つの脂質膜は非常に接近させられ膜融合へと移行すると考えられる。


 SNARE複合体形成は発エルゴン反応であるが、SNARE複合体形成により放出される自由エネルギーは膜融合を起こすのに十分な大きさであることが示されている<ref name=ref4 />。膜融合が完全に進行する以前に小胞膜と細胞膜が連結すると、フュージョンポアが形成され、小胞の内容物の放出が始まる。フュージョンポアが形成されるにはSNARE複合体が完全に形成されることが必要で、フュージョンポアの形成にはシナプトブレビン2やシンタキシン1の膜貫通領域が間接的に寄与している<ref name=ref39><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref40><pubmed></pubmed></ref>。
 SNARE複合体形成は発エルゴン反応であるが、SNARE複合体形成により放出される自由エネルギーは膜融合を起こすのに十分な大きさであることが示されている<ref name=ref4 />。膜融合が完全に進行する以前に小胞膜と細胞膜が連結すると、フュージョンポアが形成され、小胞の内容物の放出が始まる。フュージョンポアが形成されるにはSNARE複合体が完全に形成されることが必要で、フュージョンポアの形成にはシナプトブレビン2やシンタキシン1の膜貫通領域が間接的に寄与している<ref name=ref39><pubmed>24985331</pubmed></ref> <ref name=ref40><pubmed>15016962</pubmed></ref>。


==SNARE複合体の解離==
==SNARE複合体の解離==
 エンドサイトーシスで小胞膜タンパク質が再回収されるためには、cis-SNARE複合体が解離し、v-SNAREとt-SNAREに分離される必要がある。この変化は吸エルゴン反応であり、進行するためには自由エネルギーの供給が必要である。NSF (N-ethylmaleimide-sensitive factor)はATPase活性を持ち、ATPの加水分解エネルギーを利用してcis-SNARE複合体を解離させる。cis-SNARE複合体へのNSFの結合にはαSNAP (soluble N-ethylmaleimide-sensitive factor attachment protein)と呼ばれるタンパク質が必要である。cis-SNARE複合体に結合した3分子の αSNAPが6量体のNSFと結合し20S複合体を形成した後、ATP加水分解に伴いcis-SNARE複合体の解離が引き起こされる<ref name=ref1 /> <ref name=ref4 /> <ref name=ref12 /> <ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>。
 エンドサイトーシスで小胞膜タンパク質が再回収されるためには、cis-SNARE複合体が解離し、v-SNAREとt-SNAREに分離される必要がある。この変化は吸エルゴン反応であり、進行するためには自由エネルギーの供給が必要である。NSF (N-ethylmaleimide-sensitive factor)はATPase活性を持ち、ATPの加水分解エネルギーを利用してcis-SNARE複合体を解離させる。cis-SNARE複合体へのNSFの結合にはαSNAP (soluble N-ethylmaleimide-sensitive factor attachment protein)と呼ばれるタンパク質が必要である。cis-SNARE複合体に結合した3分子の αSNAPが6量体のNSFと結合し20S複合体を形成した後、ATP加水分解に伴いcis-SNARE複合体の解離が引き起こされる<ref name=ref1 /> <ref name=ref4 /> <ref name=ref12 /> <ref name=ref41><pubmed>25581794</pubmed></ref>。


==SNAREサイクルの制御タンパク質==
==SNAREサイクルの制御タンパク質==
 Munc18やコンプレキシン、シナプトタグミン以外にもSNAREサイクルの制御に関わるタンパク質が知られている。Munc13はシンタキシン/Munc18-1複合体に結合し、シンタキシンのclosed conformationをopen conformationに変化させることによりSNARE複合体形成を促進するプライミング因子である<ref name=ref42><pubmed></pubmed></ref>。シンタキシン1とSNAP-25を組み込んだリポソームはシナプトタグミンが存在すればシナプトブレビン2を組み込んだリポソームと効率的に融合する。それに対して、シンタキシンとMunc18を組み込んだリポソームがシナプトブレビン2を組み込んだリポソームと融合するにはSNAP-25とシナプトタグミン以外にMunc13が必要であることが明らかにされている<ref name=ref43><pubmed></pubmed></ref>。シンタキシン1/SNAP-25複合体はNSF/αSNAPの作用で解離させられるが、Munc18とMunc13が存在するとNSF/αSNAPの作用を受けなくなり、SNARE複合体形成とそれに続く膜融合が効率的に進行すると考えられる。
 Munc18やコンプレキシン、シナプトタグミン以外にもSNAREサイクルの制御に関わるタンパク質が知られている。Munc13はシンタキシン/Munc18-1複合体に結合し、シンタキシンのclosed conformationをopen conformationに変化させることによりSNARE複合体形成を促進するプライミング因子である<ref name=ref42><pubmed>21499244</pubmed></ref>。シンタキシン1とSNAP-25を組み込んだリポソームはシナプトタグミンが存在すればシナプトブレビン2を組み込んだリポソームと効率的に融合する。それに対して、シンタキシンとMunc18を組み込んだリポソームがシナプトブレビン2を組み込んだリポソームと融合するにはSNAP-25とシナプトタグミン以外にMunc13が必要であることが明らかにされている<ref name=ref43><pubmed>23258414</pubmed></ref>。シンタキシン1/SNAP-25複合体はNSF/αSNAPの作用で解離させられるが、Munc18とMunc13が存在するとNSF/αSNAPの作用を受けなくなり、SNARE複合体形成とそれに続く膜融合が効率的に進行すると考えられる。


 198アミノ酸からなるタンパク質であるcysteine string protein (csp) はシャペロンタンパク質であるHsc70のコシャペロンで、DnaJファミリーに属し分子内にJドメインを有している。Cspα/Hsc70/SGT複合体はSNAP-25のミスフォールディングを抑える働きがあり、cspを欠失させるとSNAP-25のミスフォールディングが増加し、SNARE複合体量が減少する<ref name=ref44><pubmed></pubmed></ref>。
 198アミノ酸からなるタンパク質であるcysteine string protein (csp) はシャペロンタンパク質であるHsc70のコシャペロンで、DnaJファミリーに属し分子内にJドメインを有している。Cspα/Hsc70/SGT複合体はSNAP-25のミスフォールディングを抑える働きがあり、cspを欠失させるとSNAP-25のミスフォールディングが増加し、SNARE複合体量が減少する<ref name=ref44><pubmed>21151134</pubmed></ref>。
   
   
==関連語==
==関連語==