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{{Infobox protein family
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/kunimasaota 太田 訓正]、[http://researchmap.jp/riekawa 河野 利恵]</font><br>
''熊本大学 大学院生命科学研究部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年10月9日 原稿完成日:2013年3月25日<br>       
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
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同義語: Wingless-type MMTV integration site family
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 Wntは分泌性[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]である。7回膜貫通型[[受容体]][[Frizzled]](Fz)、共役受容体として機能する1回膜貫通型受容体[[LRP5]]/[[LRP6|6]]([[low-density lipoprotein receptor-related protein 5]]/[[low-density lipoprotein receptor-related protein 6|6]])、[[チロシンキナーゼ]]活性を有する1回膜貫通型受容体である[[Ror]]や[[RYK]]と結合し、[[β-カテニン]]経路と平面内細胞極性(planar cell polarity, PCP)経路、カルシウム経路の3種類の経路を活性化させる。β-カテニン経路は、[[転写促進因子]]として機能するβ-カテニンのタンパク質レベルを調節することにより、[[シグナル伝達]]が制御され細胞の[[細胞増殖|増殖]]や[[細胞分化|分化]]を制御する。PCP経路ではWntがFzと結合し、その情報は[[dishevelled]] ([[Dvl]])に伝達され、[[Rho]]や[[Rac]]の[[低分子量Gタンパク質]]が活性化される。[[カルシウム]]経路は[[ホスホリパーゼC]]-β(PLC-β)を介して細胞内にカルシウムを動員し、[[タンパク質リン酸化酵素]]を活性化する。PCP経路とカルシウム経路は[[細胞骨格]]を調節し、細胞の[[極性]]や運動を制御していると考えられる。  
 Wntは分泌性[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]である。7回膜貫通型[[受容体]][[Frizzled]](Fz)、共役受容体として機能する1回膜貫通型受容体[[LRP5]]/[[LRP6|6]]([[low-density lipoprotein receptor-related protein 5]]/[[low-density lipoprotein receptor-related protein 6|6]])、[[チロシンキナーゼ]]活性を有する1回膜貫通型受容体である[[Ror]]や[[RYK]]と結合し、[[β-カテニン]]経路と平面内細胞極性(planar cell polarity, PCP)経路、カルシウム経路の3種類の経路を活性化させる。β-カテニン経路は、[[転写促進因子]]として機能するβ-カテニンのタンパク質レベルを調節することにより、[[シグナル伝達]]が制御され細胞の[[細胞増殖|増殖]]や[[細胞分化|分化]]を制御する。PCP経路ではWntがFzと結合し、その情報は[[dishevelled]] ([[Dvl]])に伝達され、[[Rho]]や[[Rac]]の[[低分子量Gタンパク質]]が活性化される。[[カルシウム]]経路は[[ホスホリパーゼC]]-β(PLC-β)を介して細胞内にカルシウムを動員し、[[タンパク質リン酸化酵素]]を活性化する。PCP経路とカルシウム経路は[[細胞骨格]]を調節し、細胞の[[極性]]や運動を制御していると考えられる。  
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== 研究の歴史  ==
== 研究の歴史  ==
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==== β-カテニン非依存性経路  ====
==== β-カテニン非依存性経路  ====
 non-canonical(非古典的)経路とも呼ばれる。
 non-canonical(非古典的)経路とも呼ばれる。
=====PCP経路=====
 PCP経路ではWntがFzと結合し、その情報はDvlに伝達され、RhoやRacの低分子量Gタンパク質が活性化される。ショウジョウバエの羽の細胞には1本ずつの毛が遠位方向に向かって生えているが、Fzの遺伝子変異では毛の向きが変わってしまうことがわかり、Fzがかかわる平面極性制御シグナルをPCPシグナルとよぶようになった。同様な表現型を示すものとして、Fmi (Flamingo), Stbm (Stramismus), Dsh (Dishevelled), Pk (Prickle), Dgo (Diego)が同定され、これらはコアPCPタンパク質とよばれている。[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]においても、[[Fz6]]遺伝子[[ノックアウトマウス]]では体表の毛のパターンが乱れ、Stbm, Fmi, Fz, Dshの相同遺伝子の変異は[[内耳]]の[[蝸牛]]管の感覚受容細胞が生やす繊毛の束の方向をばらばらにしてしまう。さらに、[[アフリカツメガエル]]や[[ゼブラフィッシュ]]において、コアPCPタンパクの遺伝子機能欠損・変異により[[原腸形成]]が阻害され、体長が前後に伸びることができない表現型を示す。  
 PCP経路ではWntがFzと結合し、その情報はDvlに伝達され、RhoやRacの低分子量Gタンパク質が活性化される。ショウジョウバエの羽の細胞には1本ずつの毛が遠位方向に向かって生えているが、Fzの遺伝子変異では毛の向きが変わってしまうことがわかり、Fzがかかわる平面極性制御シグナルをPCPシグナルとよぶようになった。同様な表現型を示すものとして、Fmi (Flamingo), Stbm (Stramismus), Dsh (Dishevelled), Pk (Prickle), Dgo (Diego)が同定され、これらはコアPCPタンパク質とよばれている。[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]においても、[[Fz6]]遺伝子[[ノックアウトマウス]]では体表の毛のパターンが乱れ、Stbm, Fmi, Fz, Dshの相同遺伝子の変異は[[内耳]]の[[蝸牛]]管の感覚受容細胞が生やす繊毛の束の方向をばらばらにしてしまう。さらに、[[アフリカツメガエル]]や[[ゼブラフィッシュ]]において、コアPCPタンパクの遺伝子機能欠損・変異により[[原腸形成]]が阻害され、体長が前後に伸びることができない表現型を示す。  


=====カルシウム経路=====
 カルシウム経路はホスホリパーゼC-β(PLC-β)を介して細胞内にカルシウムを動員し、[[カルモデュリン依存性タンパク質リン酸化酵素]](CaMK)と[[Ca2+/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素|Ca<sup>2+</sup>/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素]] (Cキナーゼ)を活性化する。WntシグナルはPCP経路とカルシウム経路を介して細胞骨格を調節し、細胞の極性や運動を制御していると考えられる。  
 カルシウム経路はホスホリパーゼC-β(PLC-β)を介して細胞内にカルシウムを動員し、[[カルモデュリン依存性タンパク質リン酸化酵素]](CaMK)と[[Ca2+/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素|Ca<sup>2+</sup>/リン脂質依存性タンパク質リン酸化酵素]] (Cキナーゼ)を活性化する。WntシグナルはPCP経路とカルシウム経路を介して細胞骨格を調節し、細胞の極性や運動を制御していると考えられる。  


=====その他の経路=====
 上記のシグナル伝達に加えて、Ror2がWnt5aと結合し、[[Cdc42]]と[[JNK]]を介してアフリカツメガエルの原腸形成における細胞運動を制御したり、[[filamin A]]と結合することにより[[アクチン]]を再構成し、細胞運動を促進することから、Ror2がWnt5aの受容体として機能して、β-カテニン非依存性経路の活性化に関与する可能性が高い。  
 上記のシグナル伝達に加えて、Ror2がWnt5aと結合し、[[Cdc42]]と[[JNK]]を介してアフリカツメガエルの原腸形成における細胞運動を制御したり、[[filamin A]]と結合することにより[[アクチン]]を再構成し、細胞運動を促進することから、Ror2がWnt5aの受容体として機能して、β-カテニン非依存性経路の活性化に関与する可能性が高い。  


=====β-カテニン非依存性経路の機能=====
 β-カテニン非依存性経路の機能として、β-カテニン経路を抑制することが知られている。その抑制メカニズムとして、Wnt5aがCaMKを介して[[TGF-β-activated kinase1]]([[TAK1]])と[[Nemo-like kinase]]([[NLK]])を活性化し、NLKがTcfをリン酸化することにより[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]との結合を抑制すること、Wnt5aが[[ユビキチンリガーゼ]][[Siah2]]の発現を介してユビキチン化によるβ-カテニンの分解を促進する。さらに、Wnt5aは細胞膜上でWnt3aとFzとの結合において競合することにより、Wnt3aによるβ-カテニン経路の活性化を阻害する。
 β-カテニン非依存性経路の機能として、β-カテニン経路を抑制することが知られている。その抑制メカニズムとして、Wnt5aがCaMKを介して[[TGF-β-activated kinase1]]([[TAK1]])と[[Nemo-like kinase]]([[NLK]])を活性化し、NLKがTcfをリン酸化することにより[[wikipedia:ja:DNA|DNA]]との結合を抑制すること、Wnt5aが[[ユビキチンリガーゼ]][[Siah2]]の発現を介してユビキチン化によるβ-カテニンの分解を促進する。さらに、Wnt5aは細胞膜上でWnt3aとFzとの結合において競合することにより、Wnt3aによるβ-カテニン経路の活性化を阻害する。


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 脊椎動物の[[脊髄]]の背側にある[[交連神経細胞]]は、最初は[[神経管]]の外縁近くを腹側に向けて[[軸索]]を伸ばし、[[運動神経]]円柱の近くで腹側正中部の[[底板]](floor plate)に向けて方向を転換して軸索を伸長する。底板の腹側を交叉した後、吻側に高く尾側に低い濃度勾配を形成する[[Wnt4]]とその[[受容体]][[Fz3]]により、交連神経は吻側に進行方向を転換して軸索を伸長する<ref><pubmed>14671310</pubmed></ref>。
 脊椎動物の[[脊髄]]の背側にある[[交連神経細胞]]は、最初は[[神経管]]の外縁近くを腹側に向けて[[軸索]]を伸ばし、[[運動神経]]円柱の近くで腹側正中部の[[底板]](floor plate)に向けて方向を転換して軸索を伸長する。底板の腹側を交叉した後、吻側に高く尾側に低い濃度勾配を形成する[[Wnt4]]とその[[受容体]][[Fz3]]により、交連神経は吻側に進行方向を転換して軸索を伸長する<ref><pubmed>14671310</pubmed></ref>。


 [[ショウジョウバエ]]の正中線は[[正中線グリア細胞]](midline glia)とよばれる非神経細胞群から構成され、[[グリア細胞]]に発現する分泌因子[[Netrin]]により、Netrinの受容体である[[Frazzled]]を発現する交連神経細胞に対して誘引的に作用する。交連神経細胞は、正中線を交叉するときに[[体節]]の前側を投射する交連神経([[anterior commissure]])あるいは体節の後ろ側を投射する交連神経([[posterior commissure]])という前後2つの交連神経束のいずれかを選択して交叉する。この選択はWnt5とその受容体である[[Derailed]]によって制御されている<ref><pubmed>12660735</pubmed></ref>。
 ショウジョウバエの正中線は[[正中線グリア細胞]](midline glia)とよばれる非神経細胞群から構成され、[[グリア細胞]]に発現する分泌因子[[Netrin]]により、Netrinの受容体である[[Frazzled]]を発現する交連神経細胞に対して誘引的に作用する。交連神経細胞は、正中線を交叉するときに[[体節]]の前側を投射する交連神経([[anterior commissure]])あるいは体節の後ろ側を投射する交連神経([[posterior commissure]])という前後2つの交連神経束のいずれかを選択して交叉する。この選択はWnt5とその受容体である[[Derailed]]によって制御されている<ref><pubmed>12660735</pubmed></ref>。


===シナプス形成===
===シナプス形成===
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
 
(執筆者:太田訓正、河野利恵 担当編集委員:大隅典子)

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