境界性パーソナリティ障害

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林 直樹
帝京大学医学部精神神経科学教室
DOI:10.14931/bsd.7110 原稿受付日:2016年5月2日 原稿完成日:2016年5月24日
担当編集委員:加藤 忠史(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:borderline personality disorder 英略語:BPD 独:Borderline-Persönlichkeitsstörung 仏:trouble de la personnalité borderline

 境界性パーソナリティ障害は、パーソナリティ障害の1タイプである。その特徴は20世紀の初めに端を発する境界例の症状論的概念を引き継ぐものであり、そこから豊かな精神療法理論が発展したという点にある。現在では、そのパーソナリティ心理学との結びつきが明らかにされるなどの多くの臨床的研究が蓄積され、生物学的研究が活発に続けられている。わが国の精神科臨床では、それらの発展を日常の診療の中でどのように活かすかが重要な課題となっている。

はじめに

 境界性パーソナリティ障害は、現在の精神科臨床において一般的な精神障害であり、特に思春期青年期患者の診療や、物質使用障害自殺未遂・自傷行為が問題になる精神科救急で扱われることの多い精神疾患である。

 その診断に該当するのは、次のようなケースである。ここには、境界性パーソナリティ障害に特徴的な感情・対人関係の不安定さ、衝動性が顕れている。

症例 Aさん 27歳,女性
 Aさんは、「怒ると止まらなくなる。自分でもそれが怖い」ということを主訴として母親と共に受診した。彼女の激しい怒りは、主に母と夫に向けられる。怒りは2-3時間で収束することが多いが、著しい興奮が持続すると、家具を壊したり、自らの四肢を包丁で刺したり、自分から110番をしてパトカーを呼んだりという行動に至る。その後、2児の母である彼女は、「自分のせいで子どもがちゃんと育たない」といった後悔や自己嫌悪に苛まれる。このような著しい気分の変動のせいで、「苦痛を忘れるため」に鎮痛剤の過量服薬を行うことがある。生活は不規則になりがちであるが、時折母親の支援を必要とするものの、家事をこなすことはできている。

 境界性パーソナリティ障害については、現在多くの臨床的実践が蓄積されつつあり、また、精神療法的研究などの臨床的研究、生物学的研究が活発に行われている[1]

歴史的概観

 境界性パーソナリティ障害の概念には、繰り返し大きな変革が行われてきた。その概念を理解するためには、歴史的背景を知る必要がある。

 境界性パーソナリティ障害概念の歴史には、精神科疾病論精神療法の議論の二つの流れが認められる[2]。その概念の起源は、疾病論的な概念である境界例(borderline case)であり、それは、Kraepelin Eの提唱した早発性痴呆統合失調症の前身)の概念によって精神科疾病論が刷新された1900年代において、統合失調症と近縁だが、そうとまで確定できない患者を指すものであった。

 同時にこの境界例は、早くから精神療法における問題となっていた。彼らは、強い苦悩・苦悩を訴えて治療を求めるので、精神療法の好適な対象のように見えるけれども、実は治療上の問題をしばしば起こすという特徴があった。このような患者に対する精神療法が重ねられた結果、1970年代より米国を中心として境界例をパーソナリティ障害として位置づける理解が一般化し、さらにそれは、1980年の米国精神医学会診断と統計のためのマニュアル第三版DSM-III)において、パーソナリティ障害として位置づけられることに結実した。ただしそこでは、境界例が統合失調症と症状論的に近縁と位置付けられる患者が統合失調型パーソナリティ障害に、そして対人関係・感情の不安定さを主徴とする患者が境界性パーソナリティ障害とに二分されることとされた。

 境界性パーソナリティ障害の疾病論的位置づけについての議論は、その後も活発に続けられている。境界性パーソナリティ障害をパーソナリティ障害というより感情コントロールの障害と見るべきとか、寛解増悪を繰り返す経過から通常の精神障害の1つと捉えるべき[3]といった主張がなされている。このことより、後にDSM-5の代替診断モデルの提示に見られるように、境界性パーソナリティ障害の概念は現在も変化しつつあるものと考えられる。

臨床的特徴

精神症状と診断

 現行のDSM-5[4]では、DSM-III以来の記述が大枠で踏襲されている。そこでは、パーソナリティ障害の特徴が、患者の内的体験および行動の持続的パターンの偏りが広い機能領域に及んでいること(つまり、特定の領域が決定的に障害されているのではないこと)、そのパターンが個人的および社会的状況の幅広い範囲に見られること、そして長期間持続しており、その始まりが青年期もしくは成人期早期までに認められることなどが基本的なものだとされている。

 境界性パーソナリティ障害(BPD)は、全般的な気分、対人関係、自己像の不安定さ、著しい衝動性のパターンで、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになる。境界性パーソナリティ障害の診断基準項目(比較的疾患特異的な精神症状)は9項目あり、そのうちの5が満たされるなら、境界性パーソナリティ障害の診断を考慮することになる。DSM-5の診断基準をに示す。

表. DSM-5による境界性パーソナリティ障害の診断基準
以下のうち5項目以上が存在すれば診断される。
  1. 実際のまたは想像上の見捨てられる体験を避けようとする懸命の努力。但し、5.の自殺、自傷行為を含めないこと。
  2. 過剰な理想化と過小評価との両極端を揺れ動く特徴をもつ不安定で激しい対人関係の様式。
  3. 同一性障害:著明で持続的な自己像や自己感覚の不安定さ。
  4. 衝動性によって自己を傷つける可能性のある領域の少なくとも2つにわたるもの。例えば、浪費、セックス、薬物常用、万引、無謀な運転、過食。但し、5.に示される自殺行為や自傷行為を含まない。
  5. 自殺の脅かし、そぶり、行動、または自傷行為の繰り返し。
  6. 著明な感情的反応性による感情的な不安定さ (例えば、一過性の強烈な気分変調性障害、焦燥感や不安、通常2-3時間続くが、2-3日以上続くことは稀)。
  7. 慢性的な空虚感、退屈。
  8. 不適切で激しい怒り、または怒りの制御ができないこと (例えば、しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、喧嘩を繰り返す)。
  9. 一過性の,ストレスに関連した妄想的念慮,もしくは重症の解離症状

 境界性パーソナリティ障害の基本的精神症状は、その診断基準9項目の因子分析から、対人関係の障害(対人関係が不安定で自己同一性が不確定)、行動コントロールの障害(衝動的行動が多いこと)、感情コントロールの障害(感情不安定で怒りが強いこと)の3種に分類されるという見解が示されている。

 さらにDSM-5[4]において代替モデルとして提案された診断基準では、境界性パーソナリティ障害が否定的感情 (negative affectivity: 不安や感情不安定が著しいこと)、対抗(antagonism: 対人関係で摩擦が多いこと)、脱抑制(disinhibition: 衝動行為が発生しやすいこと)といった病的パーソナリティ傾向が特徴であるとされる。ここでは、この病的パーソナリティ傾向の構成が、先に紹介した境界性パーソナリティ障害診断基準項目の分類とほぼ相応していることが確認される。

疫学

 DSM-5では、一般人口における疫学調査で明らかにされた境界性パーソナリティ障害の有病率の中央値は1.6 %であると記述されている[4]。さらに、プライマリーケアでの有病率は、3~6 %、精神科外来での有病率は、約10%であるとされる。しかしこの境界性パーソナリティ障害の有病率は、研究ごとに差が大きいことに注意が必要である。例えば、約35000人を2回にわたって面接した大規模な疫学研究(NESARC)で算出された生涯有病率は5.9%というごく高い値であった[5]

病因論・病態論

生物学的要因

 境界性パーソナリティ障害の臨床遺伝学的研究では、家族にうつ病反社会性パーソナリティ障害薬物依存が多いことが繰り返し報告されている[4] [6]。しかし、これらの疾患と境界性パーソナリティ障害との遺伝的関連は、現在でもまだ確認されていない[6]。しかし双生児研究などから境界性パーソナリティ障害の特性の一部が遺伝的に決定されていることが知られている[6]

 境界性パーソナリティ障害の生物学的病因については、すでに多くの研究知見が集積されている[7]。 境界性パーソナリティ障害の衝動性の亢進と セロトニン 系の低下などの神経生化学的所見との関連は早くから指摘されてきた。また、感情体験の特徴についての実験的研究では、境界性パーソナリティ障害患者が複雑な感情に対処できず、感情への認識が乏しく否定的な感情に対して過敏に反応する傾向のあること、自傷行為が痛覚域値の上昇と関連していることなどが報告されている。また、患者においてストレス反応に関わる視床下部-下垂体-副腎系の機能低下などが見られることが報告されている。画像研究などによる神経生理学的知見としては、境界性パーソナリティ障害患者における恐怖感などの陰性感情に関わる扁桃体の機能の過剰反応が注目されている[7]

養育環境の要因、社会文化的要因

 境界性パーソナリティ障害患者では、発達過程・養育環境の問題によって、安定した対人関係の形成が困難になっていることが想定されている。例えば、患者は、自分の養育者の態度を、愛情が不足している、過保護で支配的、放任的などと捉えていることが報告されている。また、境界性パーソナリティ障害患者には、不安定な母親との愛着パターンと関連する特徴が多く見られることから、愛着に問題があると考えられている[3]

 境界性パーソナリティ障害患者の養育期に性的もしくは身体的虐待が高い頻度でみられることは、多くの報告によって実証されている。例えば、Johnsonら[8]の20年間の前方視的研究では、虐待などの不遇体験があると境界性パーソナリティ障害を早期成人期に発症する確率が著明に増加することが報告されている。

 社会文化的状況も境界性パーソナリティ障害の発病に関わる要因だと考えられている[3]。境界性パーソナリティ障害の増加は、伝統的な生活様式の衰退、価値観や志向性の多様化、混乱といった現代的な社会変化と関連づけられて論じられることがある。

 以上のように境界性パーソナリティ障害の病因論では、生物学的要因と、社会文化的要因を含む養育環境要因が組み合わさって発症に至るという見解が一般的である。

治療・予後

心理社会的治療・精神療法

 先に境界性パーソナリティ障害概念の歴史で見たように、精神療法の議論は、この概念の発展に大きく貢献した。現在でもさまざまな心理社会的治療、精神療法が活発に行われている。さらに、1990年代から特定の病理に焦点を絞った、マニュアル化された治療アプローチに対して対照比較研究(RCT)が行われるようになり、精神療法の研究が活性化している。そこでは、弁証法的行動療法(dialectic behavior therapy:DBT)を始めとする精神療法に高い効果があることが報告されている。しかしこれまでのRCT研究の結果は、互いに相反する部分が少なからずあり、まだ決定的なものではない[9]

薬物療法

 境界性パーソナリティ障害の薬物療法研究のメタアナリシスでは、抗うつ薬気分調整薬が感情不安定と怒りに有効であるが、衝動性と攻撃性、対人関係の不安定さ、自殺傾向への効果が有意ではないこと、抗精神病薬は、衝動性、攻撃性、全般的機能、対人関係を改善させることが確認されている[10]

経過・予後

 従来から多くの患者が長期経過の中で境界性パーソナリティ障害と診断されなくなることが報告されている[3]。1980~90年代の研究では、境界性パーソナリティ障害患者が約15年の経過の中で依然として境界性パーソナリティ障害と診断される率は25-44%に留まっていた。同時にそこでは、精神症状や問題行動の減少、社会機能の改善が見られることが確認されている。Zanariniら[11]は、入院患者の経過研究において10年間で88%が境界性パーソナリティ障害と診断されなくなっており、社会機能の回復も確かであったと報告している。彼らの退院後16年の経過報告[12]では、2年以上の寛解、回復(GAS>60となること)をそれぞれ99%、60%が経験するけれども、2年以上の寛解の後に36%が再発する、2年以上の回復の後に44%が回復の状態を失ってしまうことが明らかにされた。

 ただし、このように従来の研究において境界性パーソナリティ障害の回復可能性が確認されつつあるものの、境界性パーソナリティ障害患者の自殺は、長期経過中に自殺率8~10%にも及ぶとされており、これには十分な警戒が必要である[13]

まとめ

 境界性パーソナリティ障害は、感情や対人関係の不安定さ、衝動的行動パターンを主徴とするパーソナリティ障害であり、精神科臨床で見られる頻度の高いものである。その病因論では、生物学的要因や養育環境の要因などさまざまな発病要因の関与が想定されている。その治療では、さまざまな精神療法や薬物療法が組み合わせられて用いられており、治療の実績が確認されつつある。すなわち、現在これは、治療によって改善・回復が十分に期待できる精神障害であると考えられる。しかしそこには、依然として疾病論的に不確定の部分が残されており、さらに多数の精神障害が併存する性質があることなどから、境界性パーソナリティ障害の診断・治療を定式化して普及させることが容易でないと考えられる。特にわが国では、その診断が一般的になっておらず、治療技法も十分普及していない状態にある。今後とも議論を積み重ねて、わが国に適合した対策を考案し、導入することが要請されている[14]

関連項目

参考文献

  1. Gunderson JG, Weinberg I, Choi-Kain L.
    Borderline Personality Disorder.
    FOCUS. 2013;11(2):129-145.
  2. 林 直樹
    パーソナリティ障害概念の歴史 DSM-III以前
    In: 神庭重信、池田学 ed. DSM-5を読み解く. 東京: 中山書店; 2014:138-150.
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 Paris J.
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