トポグラフィックマッピング
櫻井 武
京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンター
DOI:10.14931/bsd.581 原稿受付日:2012年3月2日 原稿完成日:2013年3月25日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)
英語名:topographic mapping 独:topografische Karte 仏:carte topographique
同義語:神経地図形成
トポグラフィックマップとはもともと「地形図」という意味であるが、脳科学においてはトポグラフィックマッピングは「神経地図形成」とも訳され、神経細胞の投射が地形図を作製するように特異的な配置をなす過程をいう。例えば感覚系において、ある特定の身体の位置からの情報を担う神経の軸索が、ある特定の配置をその系路内で取り、脳内のある特定の標的に到達した際に、その投射が標的領域内で特定の配置を取る過程のことである。トポグラフィクマッピングは感覚系での情報処理の基本となる構造を形成するものである。また、脳の運動野のある位置に存在する神経細胞からの軸索がある特定の身体の位置に投射する場合、脳内の運動野でトポグラフィックな分布があるといえる。ここでは、トポグラフィックマップの神経機能における意義とその分子機構を歴史的な経緯をふまえて感覚系、特に視覚系と嗅覚系を中心にまとめる。
トポグラフィックマッピングとその意義
トポグラフィックマップの一番単純な例は、脊髄から視床へ上行する脊髄視床路で末梢から脊髄に入る高さによってその系路内での配置が決まるというものであろう。また、有名なものにはモントリオールのWilder Penfieldによる大脳皮質の感覚野と運動野におけるどの部位が体のどの部位の感覚、運動に対応するかを人の脳でマッピングしたものがある(Cortical homunculus)(図1)。これは脳のどこを刺激すると体のどこが動くか、また、脳のどこを刺激すると体のどこが感じたように感じるかを脳外科手術中の患者の脳でマッピングしたもので、1951年に出版されたこのデータは現在でもそのまま通用する正確なものである。
感覚系のトポグラフィックマッピングには大きく分けて2つの過程がある。一つは神経細胞の軸索が標的にたどり着き標的内でトポグラフィックに配置する、神経活動に依存しない(様々な標的認識分子による)過程で、もう一つはその後に行われる標的内での神経活動依存性の配置形成の(ひいてはシナプス形成の)リファインメントの過程である(神経活動依存性ファインチューニング)。このマップは発達段階において形成され、その形成時期は神経系の可塑性の能力の有無とも関係する。
高等動物の感覚系において、外界から入力される感覚情報は脳内の特定の領域内において2次元上の神経細胞の発火パターンへと変換され、これが感覚情報の処理の基盤となる。例えば視覚の場合一つの重要な情報は位置情報であるが、視覚フィールド内のある位置における情報はその視覚フィールドを受け持つ網膜の中のある視細胞によって受け取られ、また、網膜のそれぞれの視細胞の情報は脳の特異的な細胞へ伝達される。それによって、網膜内での位置関係(つまりは視覚フィールドにおける位置関係)が脳内での位置関係に転換され、視覚フィールドの空間における位置情報を視覚野で認識することができる。これをするためにそれぞれの視細胞につながる網膜神経節細胞の軸索が視覚系においてトポグラフィックに投射、配置する事が必要となる。これを行う過程がトポグラフィックマッピングであり、その結果、脳内にトポグラフィックなマップができる。さらに両眼視ができる動物では、両方の眼から入った視野内の同じ地点からの情報は脳内の(同じ側の)似たような領域に集束する必要がある。それについてもトポグラフィックなマッピングが必要で、それによって形成される両眼視によってさらに立体視も可能となる。また、視覚によって得られた情報を認知するにあたって、視覚野からの脳内での行き先によって認知される内容が異なるので(例えばwhatとhow)、この視覚情報の認知の基本に視覚野でのトポグラフィックマッピングがあるとも考えられる(嗅覚系ではある特定の匂いがそれによって引き起こされる特定の行動に結びつく基本にトポグラフィックマップがある。詳しくは嗅覚系の項を参照のこと)。先に述べたように視覚系においても網膜の神経細胞の活動なしに起こる過程と網膜の神経細胞の活動性に依存して起こる過程があり、この両者によって発達段階において視覚系のトポグラフィックマップは形成される。
分子機構
化学親和説の提唱
脳内におけるトポグラフィックなマップを示唆する古典的な実験としては1940-50年代のRoger Sperryによるカエルの目を180度回転した後の神経再生によってカエルの視覚がどうなるかを見たものがある。カエルの目を180度回すとカエルは上下逆転した形で視覚情報を認識するようになる。これは網膜神経節細胞の軸索が再生する際に元々つながっていた標的につながることによって、回転した後の網膜の上と下に位置する視細胞からの位置情報が脳内での位置では上下逆転するために起こる。Sperryはこういった一連の視覚系の操作の実験の結果から、投射する軸索と標的の細胞に分子のタグがついていて、その間の特異的相互作用によって神経細胞間の結合が決定されトポグラフィックマップの形成に関与すると提唱した[1]。また、こういった分子のタグは軸索と標的の両方で相補的な濃度勾配を形成していて、それで最終的にコネクションの形成される位置が決定されるのではないかと推測した(詳しくは化学親和説の項を参照されたい)。
化学親和の実体
その流れを汲んで、その後視覚系を中心にトポグラフィックマッピングのメカニズムを追求する努力がなされた。
ニワトリの眼において耳側と鼻側の網膜神経節細胞はそれぞれ視蓋の前側と後側に軸索を送り、眼の中の耳鼻軸に沿った位置情報は視蓋の中で前後軸として保存される(図2)。これは眼の中で網膜神経節細胞に耳側と鼻側に軸に沿った分子の濃度勾配があり、それに対応する分子の濃度勾配が標的である視蓋の前後軸にもあり、その相互作用によって、それぞれの網膜神経節細胞の軸索が視蓋で停止する場所が決定されると考えられた。
チュービンゲンのFriedrich Bonhoefferのグループは生化学的に視蓋での物質的基盤を明らかにすべく以下の様な実験を行った。彼らは、もし、視蓋に前後軸で濃度勾配を呈して発現している物質があってそれが耳側と鼻側の網膜神経節細胞の軸索の投射に重要であるならば、視蓋の前側と後側から調整した膜画分に対する耳側と鼻側の網膜神経節細胞の軸索の反応が変わるであろうと考え、これらの膜画分をインビトロでの基質としてストライプ状に配置した(ストライプアッセイ)。その上で網膜の神経節細胞を培養すると、耳側の細胞の軸索は前側から調整した膜画分の上を好んで成長するのに対して、鼻側の細胞の軸索は前側と後側からの画分で差を示さない事、そして、前側と後側のストライプをそれぞれ熱処理することによって、耳側の軸索は特に前側の膜画分を好むわけではなく、実は後側の膜画分を避ける事が示された(図3)。この事は視蓋の後側に高く前側に低く発現されている物質があり、それが耳側で強く発現し鼻側で弱く発現する分子によって認識される事によって網膜神経節細胞の軸索の視蓋内での位置が決まるという事を示唆する(図2)[2][3]。
このアッセイを利用してBonhoefferのグループは1990年に生化学的にニワトリの視蓋の後側に発現しているトポグラフィックマッピングに関与している分子を精製した[4]。RAGSと呼ばれた25kDaのこの分子はPI-PLC処理によって膜から外れることからGPI結合性の膜結合タンパク質であることがわかっていた。
クローニングによる分子同定
その後、彼のグループのUwe Drescherらが遺伝子クローニングを含めて更なる分子の同定を試みていた。その頃、ファミリーの非常に多い新しいチロシンキナーゼ分子(後にEphとよばれる)が同定され、それについての研究が様々なグループで行われていた。
中でもレジェネロンのGeorge Yancopoulosのグループ(Nick Galeら)はこのキナーゼ(Ephにあたる)のファミリーの同定とそのリガンド(ephrinにあたる)の解明を発現クローニングの手法を用いて精力的に行っていた。一方Philip Lederの弟子にあたるJohn Flanaganもハーバードに自分のラボを持った頃で、プロジェクトの一つとしてMek4(EphA3にあたる)とSek(EphA4にあたる)とよばれる上記のキナーゼファミリーに対するリガンドの発現クローニングを行っていた。それで1994年にとれてきた分子がELF-1(EphrinA2にあたる)で、この分子はGPI結合性の膜結合型のタンパク質であることがわかっていた[5][6]。その解析の途中でMek4とELF-1がニワトリ胚の網膜と視蓋で濃度勾配を呈して発現しており、しかもその勾配が相補的であることに気がついた彼のグループは1995年にこのEphA3-ephrinA2がBonhoefferのグループが解析を行ってきたSperryのchemoaffnity theoryを担う分子メカニズムであるという論文を発表した[7][8]。その論文はDrescherらのRAGSがephrinAのグループに属する分子(ephrinA5にあたる)であるという論文と同時に発表されている[9][10]。
その後、彼ら以外にも様々なグループ(例えばRudiger KleinやDennis O'learyら)が参画しニワトリだけでなくマウスでもこのEph-ephrinを介したメカニズムが視覚系におけるトポグラフィックマッピングに働いていることが証明された(詳しくはエフリン、Eph受容体の項を参照されたい)。
各論
上記のような歴史的な経緯もあり、トポグラフィックマッピングについては視覚系において一番研究が進んでいる。以下、いくつかの系について簡単にまとめる。詳細は文献を参照されたい。
視覚系
網膜-視蓋/上丘投射
網膜から視蓋/上丘への投射がトポグラフィックになっていることはよく知られている。この形成には幾つかの過程があり、様々な分子が関与しているが、基本的にはSperryの仮説の様に分子が濃度勾配を呈して発現していることによる。まず、網膜の視神経細胞の軸索は視蓋/上丘に入り、将来の標的位置よりも後方へ越えて、伸長することが知られている。その後、軸索が網膜内の耳側−鼻側の軸内のどこの位置からでているかで視蓋/上丘での前後軸に沿った正しい位置で、EphAs-EphrinAsの濃度勾配によって、軸索の中間部からの枝分かれ形成(interstitial branching)がおこり、その後その枝分かれが、今度は網膜内の背側−腹側軸によって視蓋/上丘の内側−外側の軸に沿った、EphAs-EphrinAsとは異なる分子の濃度勾配(EphBs-EphrinBs)で、正しい最終集結点に導かれる。ここまでは神経活動に依存せずにおこる。その後、更なるマップのリファインメント(標的領域がさらに集束する)が起こるがこれには神経活動が必要であり、ウェーブ状に発生する網膜内での自発的な電気活動の存在が重要であることが示されている(図4)[11]。
こういった過程に関わる分子の濃度勾配に関してはカウンターバランスを示す2つの濃度勾配が必要という考え方と、1つの濃度勾配がプッシュとプルと両方やれるという考え方とある。その他、もう一つの可能性として、軸索同士が競合するという可能性もあり、最近の知見では軸索同士の競合も視覚系におけるトポグラフィックマッピングに必要であるとされている[12]。
外側膝状体-大脳皮質視覚野投射
外側膝状体と大脳皮質の視覚野でもトポグラフィックマップは形成されているがその分子メカニズムは視蓋/上丘ほどは明らかにされていない。ここで一つ注意しておきたいのは上記のニワトリの系は両眼視をする系ではないということである。したがって、Eph-エフリンによる化学親和のメカニズムは対側に投射する軸索に当てはまるものである。マウスでは5%くらいの網膜からの投射が同側で、したがって外側膝状体では対側の眼からの軸索の投射する場所と同側の眼からの軸索の投射する場所が存在し、結果として同じ視野フィールドからの情報が同じ側の視覚中枢に集束することになり、ヒトほど顕著ではないものの両眼視をすることができる。この場合、対側からの投射についてはニワトリと同じ様なメカニズムが当てはまると考えられるが、同側からの投射については対側と同じメカニズム(Eph-エフリン)が働くのかそれとも全く異なったメカニズムなのかについてはあまりわかっていない。また、マウスにおいては同側の投射は最初は領域内にある程度広がっているが発達の段階で最終的な標的に集束することが知られているが、この集束する過程には神経活動依存性のメカニズムが働いていることは明らかにされている(またこの過程に何らかの形でEph-エフリンが関与していることも示されている[13])。ヒトでは50%の投射が同側からであり、したがって上記で推測される対側の投射のメカニズム以外に、同側のトポグラフィックマッピングのメカニズム及び同側と対側の情報の統合のメカニズムが何らかの形で必要である。
一方、外側膝状体と大脳皮質の視覚野の系でよく研究されているのはこれらの視覚中枢における右目と左目から投射を受けている部位の交互なストライプ状の配置である。大脳皮質においてはこのストライプ状にならんだカラムを優位視覚性円柱 ocular dominance columnという。ネコで片方の眼を視覚の発達段階に閉じることでこのストライプのサイズに変化を与えることができるのでこのカラム形成には神経活動依存的なメカニズムが関与していることと考えられる。
トポグラフィックマップの形成後はそれを変えることは難しいが、形成の前に脳の領域ごとに可塑性が持続する時期があり、それを臨界期と呼ぶ。この時期は神経活動依存的な修飾が可能な時期であり、この時期内での神経活動の変化は脳内でのマップのパターンを変えることができる。例えば、臨界期における神経活動の変化は上記の優位視覚性円柱(すなわちトポグラフィカルマップ)のパターンを変える(例えば右目と左目のカラムでサイズが変わる)(詳しくは臨界期及び優位視覚性円柱の項を参照)。
嗅覚系
嗅覚系においてもトポグラフィックマッピングが行われることが知られているが、坂野らのグループによる精力的な研究によりその詳細な分子メカニズムが明らかにされてきている[14]。匂いは嗅覚受容体で感知されるが、一つの嗅上皮細胞は一種類の嗅覚受容体を発現している。しかしながら、同じ嗅覚受容体を発現する細胞の嗅上皮内における分布はバラバラであるので、同じ嗅覚受容体を発現する細胞からの情報は嗅球の中の同じ糸球体に収束する必要がある。嗅覚受容体はヒトでは約350種類、マウスでは約1000種類の嗅覚受容体が存在し、嗅球上に嗅覚受容体の数に対応した糸球体を素子とする2次元マップが形成される。
嗅球の中での嗅上皮細胞の軸索の配置は前後軸及び背側腹側の軸で決定されているが、背側腹側の軸での配列は嗅上皮内での配置によって決定される。前後軸に関してはどの嗅覚受容体が発現されているかによって産生されるcAMPの量が変わり、これによってSema3A/Neuropilin1のカウンターバランスを示す濃度勾配が嗅上皮細胞の軸索内に発生し、これによって標的にたどり着く前に軸索がソーティングされることによって、前後軸のどこに軸索が到着するかが決定される[14]。背側腹側に関しては、まず、嗅上皮内でのRobo2の濃度勾配と嗅球内でのSlit1の濃度勾配よってパイオニア軸索の嗅球での配置が背側に決定され、その後、嗅上皮細胞の軸索内でのSema3F/Neuropilin2のカウンターバランスを示す濃度勾配によって嗅球内での背側腹側の位置が決まる[14]。つまり、後から到着する軸索は先に到着した背側の軸索が発現するSema3Fによってより腹側に配置される(図5)。嗅覚の場合に特徴的なのは、軸索ー軸索の相互作用が非常に重要な役割を果たしていることである。 これはSperryのモデルとは少し異なり、嗅覚系では軸索間で自律的に制御されているということを示しており、また、嗅球がなくてもある程度トポグラフィックマップが形成されるという事実とも合致する。視覚系においては位置情報以外は(網膜のどこからくるか以外は)それぞれの軸索で同じ情報が伝えられているが、嗅覚系では違う嗅覚受容体の情報がそれぞれの軸索によって伝えられているところが異なるのかもしれない。
こういった過程で軸索が標的位置に到達しシナプスを形成したあと、嗅覚系でも視覚系と同様に神経活動依存的なリファインメントがおこる(隣同士の糸球体がきっちりとセグレゲートする)。この過程においては神経活動依存的にホモフィリック結合をする細胞接着因子Kirrel2/3と接着依存性の反発因子であるEphA5-EphrinA5がやはり濃度勾配を呈する形で発現し、それによって糸球体が相互にセグレゲートする(図3)[14]。
嗅覚系におけるトポグラフィックマッピングは様々な嗅覚受容体からの情報を処理するのに必要であるだけでなく、その匂いによって誘発される動物の行動を規定するのに重要であり、嗅球から脳のどこにつながるかということとトポグラフィックマッピングは密接に関わっている。詳細は嗅覚系の項を参照されたい。
その他
その他、聴覚系(音の周波数情報)、体性感覚系(身体における位置情報、例えばマウスやラットの髭とバレル皮質の系)、味覚系(違う味覚物質を感受する受容体からの情報)、及び運動系(身体における位置情報)などのトポグラフィックマップが研究されている。
関連項目
参考文献
- ↑
SPERRY, R.W. (1963).
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