快・不快

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田積 徹
文教大学 人間科学部 心理学科
西条 寿夫
富山大学 医学部大学院システム情動科学
DOI:10.14931/bsd.2991 原稿受付日:2012年12月11日 原稿完成日:2015年8月24日
担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)

英:pleasure and unpleasure

 快・不快は行動を理解するための最も基本的な心的属性の1つであり、快をもたらす刺激には接近するが、不快をもたらす刺激からは遠ざかろうとする。たとえば、お腹が減っているときには食べ物を欲し(欲求が生じる)、食べ物を得るための行動(接近行動)を動機づける。そして、食べ物の摂取により欲求は満たされるが、このときに快の情動を経験する。一方、不快な情動には恐怖や不安がある。恐怖は何らかの刺激(不快刺激)に対して防御反応を示した場合の内的な状態と仮定される。一方、不安は、その情動を引き起こす対象が漠然としている場合の内的状態と定義される。

 接近行動に重要な役割を果たしている快刺激は、快情動と動機づけに密接に関係する。内側前脳束を中心とした脳部位への電気刺激は強い報酬であると考えられているが、“欲すること(動機づけ)”と“快いこと(快情動)”は報酬という考えの中で、長い間区別されてこなかった。しかし、“欲すること”と“快いこと”を司る機構が別々に脳内に存在し、それらの機構が生理的均衡状態を維持するために相互に作用するという観点から、それらの脳部位への自己刺激(intracranial self-stimulation: ICSS)実験で生じる複雑な現象が説明された。また、ドーパミン系の神経細胞を選択的に破壊した研究により、“欲すること”が障害されても“快いこと”かどうかを弁別できることが示唆されている。

 また、快・不快刺激は行動の変容に重要な役割を果たしている。オペラント条件づけ(operant conditioning)は、行動した結果、強化子(快もしくは不快刺激)が出現するのか消失(あるいは省略)するのかによって、その行動が増加もしくは減少するという4つの手続きから構成される。例えば、安全運転を続けて表彰される、薬の服用で歯痛による不快な状態がなくなるといった例は、行動した結果、刺激が出現する(表彰状がもらえる)、あるいは、刺激が消失する(不快な状態がなくなる)ことによって、それらの行動が増加する。一方、スピード違反をすると違反切符が送られてくる、門限を破って晩ご飯抜きといった例は、行動した結果、刺激が出現する(違反切符が送られてくる)、あるいは、刺激が省略される(晩ご飯抜き)ことによって、それらの行動が減少する。

快・不快とは

 心理学では、快・不快は行動を理解するための最も基本的な心的属性の1つと定義されている。動物は快をもたらす刺激を獲得しようと接近するが、不快をもたらす刺激からは回避したり、不快な状態を維持する刺激からは逃避、もしくは、不快な状態を解消するような刺激を得ようと行動する。これらの接近・回避・逃避行動は環境に適応し、生存確率を高めるための基本的な行動の原理である。

快感情と動機づけ行動の違い

 心理学において、快をもたらす刺激や不快な状態を解消するような刺激に対して行動が生じることを誘因動機づけと定義している。言い換えると、これらの刺激を“欲すること”が“誘因に対して動機づけられている状態”である。通常、何かを“欲すること”は快情動(“快いこと”)と関連していると考えられる。Oldsが発見した中隔核[1]や内側前脳束を中心とした脳部位[2]への電気刺激は強い報酬であることが示され、それらの脳部位へのICSS実験では、刺激をもたらす行動を持続させることが示された。このことから、それらの脳部位を「快感中枢」と呼び、脳内刺激そのものが快いために欲されると考えられてきた。このように、“欲すること”と“快いこと”は報酬という考えの中で、長い間区別されてこなかった。

 しかし、“欲すること”と“快いこと”は区別されるものであるという考え方が一般的になりつつある。たとえば、空腹状態の時にバナナを食べるという状況を考えたとき、快情動は誘因刺激であるバナナを食べているときに経験されるものであり、食べることを欲しているときに経験される情動ではない。

 Deutsche and Howarth[3]は“欲すること”と“快いこと”を司る機構が別々に脳内に存在し、これらの機構がICSSにより賦活されることで刺激をもたらす行動が持続するというICSS行動の恒常性説を提唱した。この仮説では、脳内には“欲すること”をもたらす動因機構と“快いこと”をもたらす強化機構があると仮定されている。前者の機構は、生理的均衡状態が保たれなくなると、食べ物や水などへの動因を生じさせ、行動を賦活させる。一方、後者の機構は、動因に基づき適切な報酬が随伴する(快情動をもたらす)行動を選択させる。動因により賦活された行動によって得られた食べ物や水などの自然報酬は、動因を低減させ、賦活された行動はやがて止む。これにより生体は生理的均衡状態を恒常的に保つことができる(恒常性)。しかしながら、ICSSはこの両方の機構を同時に賦活する。そして、強化機構ではICSSによる報酬効果と自然報酬の効果は同じように働くが、動因機構では自然報酬とは異なり、ICSSは動因が増大させてしまう。したがって、恒常性のために生理的均衡状態を取り戻そうとして、いつまでもICSSをもたらす行動が維持される。この恒常性説は、ICSS行動の飽和(saturation)がないことや、いったんICSSが与えられなくなるとすぐに動因の賦活が減衰するために行動の消去が早いなどの現象を説明することができる。

 Berridge and Robinson[4]は、ドーパミン系の神経細胞を選択的に破壊したマウスは食事や水などの報酬を獲得しようとしなくなり、強制的に食事を与えないと餓死してしまうことを示した。これらの結果は、ドーパミン系神経細胞の破壊によってこのマウスの“欲すること”が障害されたことを示す。しかしながら、この破壊マウスは甘い味や苦い味を口に注入されると健常マウスと同じ行動を示した。これらの結果は、このマウスが“快いこと”かどうかを弁別できることを示唆する。ドーパミン系神経経路は“欲すること”に関係すると考えられる。

行動変容と快・不快刺激の出現・消失(あるいは省略)の関係性

図1. 行動した結果生じる強化子の随伴性と行動変容の組み合わせ[5]を改変)

 快刺激の動機づけの機能は行動変容に重要な役割を果たしている。たとえば、空腹状態にある時に、ある行動を行うと食物を得ることができた場合、その行動の生起頻度が上昇する。この手続きを正の強化といい、食物などの刺激を強化子という。Skinnerは強化を通じてある行動が強められる手続きをオペラント条件づけという用語を使用したが、この正の強化は行動した結果生じる強化子の随伴性と行動変容を組み合わせた4つの手続きのうちの1つにすぎない。図1は、行動した結果、強化子が出現するのか消失(あるいは省略)するのかによってその行動が増加もしくは減少するという4つの手続きを示したものである。負の強化は、ある行動を行うと不快な刺激が消失した場合、その行動の生起頻度が上昇するという手続きである。日常的な例としては、歯痛で苦しい状態にある時に、鎮痛薬を服用し痛みが治まったときに該当する。すなわち、歯痛による不快な状態を薬の服用行動によってなくすことができたので、今後歯痛による不快な状態になったときに鎮痛薬の服用行動が生起する頻度が増加する。正の強化では快をもたらす刺激の出現が含まれ、負の強化では不快をもたらす刺激の消失が含まれるが、いずれにおいても行動の生起頻度を高めることが示されてきた。

 一方、罰(近年では、正の弱化と呼ばれる)はある行動を行うと不快な刺激が出現した場合、その行動の生起頻度が減少するという手続きである。日常的な例としては、スピード違反をすると違反切符が送られてくるなどが該当する。負の罰(近年では、負の弱化と呼ばれる)は、ある行動を行うと快な刺激が消失したり、与えられずに省略されたりした場合、その行動の生起頻度が減少するという手続きである。たとえば、アイスホッケーの試合において、反則を犯すとその選手はペナルティボックスに入り、一定の時間プレイすることができないというのが該当する。また、夜遅くまで友人と遊んでいて門限を破り、晩ご飯を親から食べさせてもらえなかったという例は、晩ご飯という快刺激が与えられずに省略された例に該当する。

参考文献

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  3. DEUTSCH, J.A., & HOWARTH, C.I. (1963).
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  4. Berridge, K.C., & Robinson, T.E. (1998).
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   心理学辞典
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  9.今田寛
   感情心理学 3 恐怖と不安 −情動と行動 II−
   誠信書房(1975)