追跡眼球運動

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滑動性眼球運動から転送)

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稲場 直子河野 憲二
京都大学 大学院医学研究科
DOI:10.14931/bsd.1723 原稿受付日:2012年5月31日 原稿完成日:2012年12月28日 一部改訂:2021年7月23日
担当編集委員:伊佐 正(自然科学研究機構 生理学研究所)

英:smooth pursuit eye movement、英略語:SPEM

同義語:滑動性眼球運動、円滑性追跡眼球運動

 追跡眼球運動は、ゆっくり動く視覚対象物の網膜像を網膜中心窩付近に維持し、その動きに合わせて視線を滑らかに動かす時に起こる随意性眼球運動である。視覚対象物の網膜像のぶれを防ぐ働きがある。ヒトやサルなど、網膜中心窩 の発達した霊長類で特によく発達している。大脳皮質(MT/MST野、前頭眼野)、 脳幹(背外側橋核、橋被蓋網様核)、小脳(腹側傍片葉、虫部)を経て外眼筋運動神経核に到る経路が追跡眼球運動の発現に関わると考えられている。

追跡眼球運動とは

 追跡眼球運動は、ゆっくり動く視覚対象物の網膜像を網膜中心窩付近に維持し、その動きに合わせて視線を滑らかに動かす時に起こる随意性眼球運動を指す。ヒトやサルなど、網膜中心窩の発達した霊長類で特によく発達している。ヒトでは眼球をおおよそ50°/秒まで滑らかに動かすことができる。追跡眼球運動を起こすためには通常は絶えず視覚対象を必要とし、視覚対象の速度に対する眼球速度の比(ゲイン)はヒトで0.7-0.9である。

制御モデル

 追跡眼球運動は、視覚対象物(視標)の動きの信号を入力とし、視標の動きに眼の動きを合わせ、その網膜像のぶれが小さくなるように眼を滑らかに動かす運動である。視標の動きの信号が網膜で受容されるとき、網膜は眼球と共に動くので、視標の網膜像の動きは、「視標の実際の動き」と「の動き」の差(視覚誤差)となる。この網膜像の動きは視覚系によって検出され、その誤差が小さくなるように眼の動きが制御される。このような制御は、負帰還制御システム(negative-feedback system)でモデル化される。網膜像の動きを検出し眼球運動を制御する運動指令信号を作成する時に脳が行う情報処理については未だ明らかになっていないが、いくつかの点について重要な示唆が得られており、脳で視標の空間内の動きが推測され、その信号によって追跡眼球運動が駆動されるという考え方が提案されている。視標の空間内の動きの推定速度は、制御モデルの枠組みでは、眼球速度信号(運動指令信号の遠心性コピー)のフィードバックに、視覚系によって検出された視標の網膜上の速度を加算することで得ることができる。Robinsonは、この正帰還ループを仮定することにより追跡眼球運動のダイナミクスを良く再現できることを示している[1]。現在までに提案されている追跡眼球運動制御モデルでは、多くの場合、この構造が含まれている(例えば[2])。一旦、視標の動きにより追跡眼球運動が誘発されると、その運動の最中に視標を消しても(すなわち視覚誤差入力を無くしても)、眼球運動の速度は落ちるものの、運動自体は継続される[3]。このような実験結果は、追跡眼球運動を制御するシステムにおいて、視覚刺激の網膜上の像の動き以外にも眼球運動を駆動する信号があることを示唆し、上記の眼球運動信号のフィードバックも関与するという説を支持する。しかし、眼球速度信号以外の非視覚性信号も関与する可能性もある。視標が将来どのように動くかについての予測の信号も追跡眼球運動の制御に関係すると考えられている。

神経機構

 追跡眼球運動を駆動するためには、視標の網膜像の速度情報が重要である。さらに、自身の眼球速度の情報も追跡眼球運動の制御に関与する可能性がある。サルを用いた神経生理学的研究から得られた主要な信号伝達経路について概観する。

 視標の動きの信号は、一次視覚野から上側頭溝の壁に位置するMT野(middle temporal area)およびMST野(medial superior temporal area)を経て橋核にいたる。また、MST野からは前頭眼野を経て橋被蓋網様核や橋核にいたる経路もある。さらにそこから苔状線維を介して小脳片葉傍片葉および小脳虫部を経て、小脳核前庭神経核等に投射し、外眼筋運動ニューロンに入力する。

MT/MST野

 マカクサルの大脳皮質のMT/MST野では、視覚刺激の動きに対して反応するニューロンや追跡眼球運動に関連して活動するニューロンが数多く発見されている[4] [5]。MT/MST野を薬物で破壊すると、同側へ向かう追跡眼球運動が障害される[6]。電気刺激を加えると同側へ向かう眼球運動速度の上昇が見られる[7]。一定速度で動く視標を追いかける追跡眼球運動を遂行中に、短時間視標を消す、あるいは網膜上で固定する(視覚誤差をゼロにする)と、MT野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動は著しく減少するが、MST野の追跡眼球運動関連ニューロンの中には活動があまり変化しないものがある[8]。このようなMST野ニューロンは、非視覚性信号を受け、眼球運動の情報と網膜上の視覚刺激の動きの情報を統合している可能性が示唆されている。上述の制御モデルの枠組みで大まかに言えば、MT野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動が視覚情報処理機構の出力に、MST野の追跡眼球運動関連ニューロンの活動が視標速度の推定値に対応すると考えられる。

前頭眼野

 前頭眼野からも追跡眼球運動に関係した活動を示すニューロンが数多く見つかっており、この領野に電気刺激を加えると滑動性の眼球運動反応が起こる[9]。また、通常、静止視標を注視している間に視標を動かしても非常に小さな眼球運動しか起こらないが、この領野に電気刺激を加えながら視標を動かすと、大きな眼球運動反応が得られる[10]。これは、追跡眼球運動では視覚‐運動変換の増幅率が動的に制御されていること、また、前頭眼野が追跡眼球運動のゲイン制御に関与していることを示唆している[11]

橋核と橋被蓋網様核

 橋核(特に背外側橋核)や橋被蓋網様核において、追跡眼球運動に関係した活動を示すニューロンが見つかっている[12][13]。また、背外側橋核や被蓋網様核を薬物で不活性化するあるいは破壊すると追跡眼球運動が障害されることが報告されている[14]

小脳

 小脳も追跡眼球運動の制御に重要な役割を果たしている。両側の小脳片葉・傍片葉を切除すると追跡眼球運動の発現が障害される[15]。片葉・傍片葉に電気刺激を加えると滑らかな眼球運動が起こる[16]。片葉・傍片葉から追跡眼球運動中に活動度を変化させるプルキンエ細胞が発見されている[17]。これらのニューロンの活動は追跡眼球運動の運動指令信号と関係していて、小脳で視標の動きから眼球運動指令信号が生成されることを示唆している[18]。小脳虫部(背側)も追跡眼球運動の発現に関係すると考えられている。この部位からも追跡眼球運動中に発火頻度が変化するプルキンエ細胞が見つかっている[19]。追跡眼球運動を行っている時に、背側虫部に電気刺激を加えると滑らかな眼球運動に変化が起こる[20]。また、背側虫部を切除すると追跡眼球運動開始時の眼球加速度に影響が見られる[21][22]

関連項目

参考文献

  1. Robinson, D.A., Gordon, J.L., & Gordon, S.E. (1986).
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