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Takeshiyoshimura (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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英語名:myelin, myelin sheath, medullary sheath 独:Myelin 仏:myéline | |||
同義語:ミエリン、ミエリン鞘 | 同義語:ミエリン、ミエリン鞘 | ||
髄鞘は[[神経細胞]]の[[軸索]]を何重にも取り囲んでいる密な膜構造である。髄鞘は[[wikipedia:ja:脂質|脂質]]に富み[[wikipedia:ja:絶縁体|絶縁体]]として働く。髄鞘は導線を覆うビニール管のように軸索全体を覆っているのではなく、一定の間隔を開けている。隙間は[[ランビエ絞輪]](node of Ranvier)と呼ばれ、この部分でしか[[活動電位]]を発生させることができない。ゆえに、髄鞘化されていない軸索では活動電位は連続的に伝わるが、髄鞘化された軸索では活動電位はランビエ絞輪の部分のみを経由して飛び飛びに伝わる。このような現象を[[跳躍伝導]]と呼び、髄鞘の存在によって[[伝導]]速度の上昇が可能となる。髄鞘を形成しているのは[[グリア細胞]](神経膠細胞、glial cell)であり、中枢神経系では[[オリゴデンドロサイト]](希突起膠細胞、oligodendrocyte)、末梢神経系では[[シュワン細胞]](Schwann cell)によって形成される。髄鞘は単に絶縁体として働くだけでなく、軸索との間に緊密な相互作用を行い、様々な神経機能を調節している。[[脱髄疾患]]や[[髄鞘形成不全]]では種々の神経症状を呈し、致死性の場合もある。 | 髄鞘は[[神経細胞]]の[[軸索]]を何重にも取り囲んでいる密な膜構造である。髄鞘は[[wikipedia:ja:脂質|脂質]]に富み[[wikipedia:ja:絶縁体|絶縁体]]として働く。髄鞘は導線を覆うビニール管のように軸索全体を覆っているのではなく、一定の間隔を開けている。隙間は[[ランビエ絞輪]](node of Ranvier)と呼ばれ、この部分でしか[[活動電位]]を発生させることができない。ゆえに、髄鞘化されていない軸索では活動電位は連続的に伝わるが、髄鞘化された軸索では活動電位はランビエ絞輪の部分のみを経由して飛び飛びに伝わる。このような現象を[[跳躍伝導]]と呼び、髄鞘の存在によって[[伝導]]速度の上昇が可能となる。髄鞘を形成しているのは[[グリア細胞]](神経膠細胞、glial cell)であり、中枢神経系では[[オリゴデンドロサイト]](希突起膠細胞、oligodendrocyte)、末梢神経系では[[シュワン細胞]](Schwann cell)によって形成される。髄鞘は単に絶縁体として働くだけでなく、軸索との間に緊密な相互作用を行い、様々な神経機能を調節している。[[脱髄疾患]]や[[髄鞘形成不全]]では種々の神経症状を呈し、致死性の場合もある。 | ||
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軸索は多数の髄鞘で隈無く覆われているわけではない。髄鞘の長さは0.1〜1 mm程度であり、髄鞘間には隙間がある。この隙間はランビエ絞輪と呼ばれる('''図1''')。軸索は神経細胞の細胞体の[[軸索小丘]](axon hillock)に始まり、この場所と最初の髄鞘が現れる間の領域は[[軸索起始部]](axon initial segment)と呼ばれる<ref><pubmed>20631711</pubmed></ref>。軸索起始部とランビエ絞輪は共に活動電位の発生に重要である。軸索起始部で最初の活動電位が生じ、それが隣のランビエ絞輪における活動電位を引き起こす。そして次々に隣のランビエ絞輪の活動電位が引き起こされ、活動電位が髄鞘で絶縁された部分を飛び越えていく。このような現象を跳躍伝導と呼ぶ。この様式は伝導速度を飛躍的に上げ、信号の減衰を防ぎ、長距離の信号伝達を可能にするだけでなく、興奮が軸索の狭い場所に限定されることにより代謝エネルギーの節約にも役立っている。 | 軸索は多数の髄鞘で隈無く覆われているわけではない。髄鞘の長さは0.1〜1 mm程度であり、髄鞘間には隙間がある。この隙間はランビエ絞輪と呼ばれる('''図1''')。軸索は神経細胞の細胞体の[[軸索小丘]](axon hillock)に始まり、この場所と最初の髄鞘が現れる間の領域は[[軸索起始部]](axon initial segment)と呼ばれる<ref><pubmed>20631711</pubmed></ref>。軸索起始部とランビエ絞輪は共に活動電位の発生に重要である。軸索起始部で最初の活動電位が生じ、それが隣のランビエ絞輪における活動電位を引き起こす。そして次々に隣のランビエ絞輪の活動電位が引き起こされ、活動電位が髄鞘で絶縁された部分を飛び越えていく。このような現象を跳躍伝導と呼ぶ。この様式は伝導速度を飛躍的に上げ、信号の減衰を防ぎ、長距離の信号伝達を可能にするだけでなく、興奮が軸索の狭い場所に限定されることにより代謝エネルギーの節約にも役立っている。 | ||
== | == 形成する細胞 == | ||
[[Image:Takeshiyoshimura fig 2.jpg|thumb|right|250px|''' | [[Image:Takeshiyoshimura fig 2.jpg|thumb|right|250px|'''図2 髄鞘形成''']] | ||
髄鞘を形成しているのはグリア細胞であり、中枢神経系の髄鞘はオリゴデンドロサイト、末梢神経系の髄鞘はシュワン細胞によって形成される('''図1''')。中枢神経系では1つのオリゴデンドロサイトが複数の突起を出し、突起毎に1本の軸索を認識して何重にも軸索を取り囲んだ後、細胞質成分を押し出して密な膜構造(髄鞘)を形成する('''図2''')。それに対して、末梢神経系ではシュワン細胞そのものが軸索を取り囲む。1つのシュワン細胞は軸索束を取り囲んだ後、1本の軸索を選別して、その1本の軸索で髄鞘を形成する<ref><pubmed>22192173</pubmed></ref>。末梢神経系の髄鞘ではシュワン細胞の細胞質が髄鞘の中に取り残された部分(シュミット・ランターマンの切痕)がある('''図3''':図1の破線部分を長軸方向に切った模式図)。 | 髄鞘を形成しているのはグリア細胞であり、中枢神経系の髄鞘はオリゴデンドロサイト、末梢神経系の髄鞘はシュワン細胞によって形成される('''図1''')。中枢神経系では1つのオリゴデンドロサイトが複数の突起を出し、突起毎に1本の軸索を認識して何重にも軸索を取り囲んだ後、細胞質成分を押し出して密な膜構造(髄鞘)を形成する('''図2''')。それに対して、末梢神経系ではシュワン細胞そのものが軸索を取り囲む。1つのシュワン細胞は軸索束を取り囲んだ後、1本の軸索を選別して、その1本の軸索で髄鞘を形成する<ref><pubmed>22192173</pubmed></ref>。末梢神経系の髄鞘ではシュワン細胞の細胞質が髄鞘の中に取り残された部分(シュミット・ランターマンの切痕)がある('''図3''':図1の破線部分を長軸方向に切った模式図)。 | ||
[[Image:Takeshiyoshimura fig 3.jpg|thumb|right|250px|''' | [[Image:Takeshiyoshimura fig 3.jpg|thumb|right|250px|'''図3 長軸方向に切った髄鞘の模式図''']] | ||
中枢神経系のランビエ絞輪にはアストロサイトが突起を伸ばして接触しているが、末梢神経系ではシュワン細胞の微小突起が覆っている。また、末梢神経系の髄鞘は[[基底膜]]で覆われているが、中枢神経系の髄鞘にはそれが見られない。 | 中枢神経系のランビエ絞輪にはアストロサイトが突起を伸ばして接触しているが、末梢神経系ではシュワン細胞の微小突起が覆っている。また、末梢神経系の髄鞘は[[基底膜]]で覆われているが、中枢神経系の髄鞘にはそれが見られない。 | ||
== | == 成分と構造 == | ||
髄鞘は細胞形質膜の多層構造体であるため、他の多くの細胞の形質膜や細胞内小胞膜と比べてタンパク質成分が少ない。脂質が約70〜80%(乾燥重量比)程度を占め、残り約20〜30%がタンパク質である。このため、髄鞘は他の膜よりも比重が軽いため[[wikipedia: | 髄鞘は細胞形質膜の多層構造体であるため、他の多くの細胞の形質膜や細胞内小胞膜と比べてタンパク質成分が少ない。脂質が約70〜80%(乾燥重量比)程度を占め、残り約20〜30%がタンパク質である。このため、髄鞘は他の膜よりも比重が軽いため[[wikipedia:Differential_centrifugation#Sucrose_gradient_centrifugation|ショ糖密度勾配遠心法]]により他の膜と分離して調整することができる。髄鞘を構成する主な脂質は糖脂質[[wikipedia:Galactocerebroside|ガラクトセレブロシド]]とその硫酸化誘導体[[wikipedia:Sulfatide|スルファチド]]である<ref><pubmed>9530920</pubmed></ref>。中枢神経系と末梢神経系では髄鞘を産生するグリア細胞が異なり、髄鞘を構築する様式も異なるので、これらの髄鞘を構成するタンパク質の多くは異なる。しかし、中には共通して存在するタンパク質もある。中枢神経系の髄鞘では[[PLP]]と[[MBP]]が主成分のタンパク質であり、その他に[[MOG]]、[[MAG]]、[[CNPase]]などが存在する。末梢神経系の髄鞘では[[P0]]と[[P2]]が主成分のタンパク質であり、[[PMP22]]、MAG、CNPaseなども発現している。 | ||
近年、軸索と髄鞘の間では絶えず活発な情報交換が行なわれていることが示されたため、髄鞘は単に絶縁体として働くだけでなく、[[軸索輸送]]や軸索径の調節などに重要な役割を担うことが明らかとなってきた<ref name="ref8"><pubmed>18558866</pubmed></ref><ref name="ref9"><pubmed>18538868</pubmed></ref><ref name="ref10"><pubmed>20216548</pubmed></ref>。髄鞘の重要な働きの1つとして、軸索の機能的ドメイン形成がある<ref><pubmed>14682359</pubmed></ref>。[[有髄神経]]の軸索は髄鞘が取り巻くことによって、ランビエ絞輪・[[パラノード]]・[[ジャクスタパラノード]]・[[インターノード]]といったそれぞれに特徴的形態を持つ4つのドメインに分けられる('''図3''')。これらの各ドメインは、[[イオンチャネル]]や[[接着分子]]などの膜タンパク質がドメイン特異的に集積することにより、形態的のみならず機能的にも異なっている。ランビエ絞輪には活動電位発生に関わる[[電位依存性ナトリウムチャネル]]、ジャクスタパラノードには[[電位依存性カリウムチャネル]]がそれぞれ集積している。この2つのチャネルを隔てるパラノード部分には、軸索と髄鞘の間に作られたパラノーダルジャンクションと呼ばれる細胞間結合が存在する。このジャンクション形成は軸索の機能ドメインの維持に必要であり、[[Caspr]]や[[contactin]]、[[NF155]]などがジャンクション形成に重要である。 | 近年、軸索と髄鞘の間では絶えず活発な情報交換が行なわれていることが示されたため、髄鞘は単に絶縁体として働くだけでなく、[[軸索輸送]]や軸索径の調節などに重要な役割を担うことが明らかとなってきた<ref name="ref8"><pubmed>18558866</pubmed></ref><ref name="ref9"><pubmed>18538868</pubmed></ref><ref name="ref10"><pubmed>20216548</pubmed></ref>。髄鞘の重要な働きの1つとして、軸索の機能的ドメイン形成がある<ref><pubmed>14682359</pubmed></ref>。[[有髄神経]]の軸索は髄鞘が取り巻くことによって、ランビエ絞輪・[[パラノード]]・[[ジャクスタパラノード]]・[[インターノード]]といったそれぞれに特徴的形態を持つ4つのドメインに分けられる('''図3''')。これらの各ドメインは、[[イオンチャネル]]や[[接着分子]]などの膜タンパク質がドメイン特異的に集積することにより、形態的のみならず機能的にも異なっている。ランビエ絞輪には活動電位発生に関わる[[電位依存性ナトリウムチャネル]]、ジャクスタパラノードには[[電位依存性カリウムチャネル]]がそれぞれ集積している。この2つのチャネルを隔てるパラノード部分には、軸索と髄鞘の間に作られたパラノーダルジャンクションと呼ばれる細胞間結合が存在する。このジャンクション形成は軸索の機能ドメインの維持に必要であり、[[Caspr]]や[[contactin]]、[[NF155]]などがジャンクション形成に重要である。 | ||
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== 髄鞘を持つ動物 == | == 髄鞘を持つ動物 == | ||
[[Image:Takeshiyoshimura fig 4.jpg|thumb|right|250px|''' | [[Image:Takeshiyoshimura fig 4.jpg|thumb|right|250px|'''図4 髄鞘を持つ動物の系統樹''']] | ||
神経系において情報を高速処理するために、伝導速度を上げることは重要である。このため、進化の過程で神経系は2つの仕組みを獲得してきた。1つは、軸索の直径を巨大化させることである。例として[[wikipedia:ja:イカ|イカ]]の[[巨大軸索]]が挙げられる。もう1つは髄鞘を持つことである。多くの動物種がこれらの仕組みを利用している。髄鞘は[[wikipedia:ja:ヤツメウナギ|ヤツメウナギ]]や[[wikipedia:ja:ヌタウナギ|ヌタウナギ]]などの[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]として最も古い[[wikipedia:ja:無顎類|無顎類]]に属する[[wikipedia:ja:円口類|円口類]]を除く脊椎動物に存在し、[[wikipedia:ja:軟骨魚類|軟骨魚類]]以降の脊椎動物が持つ特徴的な構造体と考えられてきた。しかし、平行進化によって[[wikipedia:ja:無脊椎動物|無脊椎動物]]の中には髄鞘様の構造を持つものが存在する('''図4''')。[[wikipedia:ja:エビ|エビ]]や[[wikipedia:ja:ミミズ|ミミズ]]、ある種の[[wikipedia:ja:ミジンコ|ミジンコ]]の仲間などが髄鞘様の構造を有する<ref><pubmed>17208176</pubmed></ref>。 | 神経系において情報を高速処理するために、伝導速度を上げることは重要である。このため、進化の過程で神経系は2つの仕組みを獲得してきた。1つは、軸索の直径を巨大化させることである。例として[[wikipedia:ja:イカ|イカ]]の[[巨大軸索]]が挙げられる。もう1つは髄鞘を持つことである。多くの動物種がこれらの仕組みを利用している。髄鞘は[[wikipedia:ja:ヤツメウナギ|ヤツメウナギ]]や[[wikipedia:ja:ヌタウナギ|ヌタウナギ]]などの[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]として最も古い[[wikipedia:ja:無顎類|無顎類]]に属する[[wikipedia:ja:円口類|円口類]]を除く脊椎動物に存在し、[[wikipedia:ja:軟骨魚類|軟骨魚類]]以降の脊椎動物が持つ特徴的な構造体と考えられてきた。しかし、平行進化によって[[wikipedia:ja:無脊椎動物|無脊椎動物]]の中には髄鞘様の構造を持つものが存在する('''図4''')。[[wikipedia:ja:エビ|エビ]]や[[wikipedia:ja:ミミズ|ミミズ]]、ある種の[[wikipedia:ja:ミジンコ|ミジンコ]]の仲間などが髄鞘様の構造を有する<ref><pubmed>17208176</pubmed></ref>。 |