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英語名:voltage sensor、electric potential sensor 独:Spannungssensor 仏:capteur de tension, senseur au voltage | 英語名:voltage sensor、electric potential sensor 独:Spannungssensor 仏:capteur de tension, senseur au voltage | ||
[[Image:Voltagesensor0.jpg|thumb|200px|<b>図1. 電位センサードメインの結晶構造</b>]] 細胞内外の電位差(膜電位)を感知するセンサー。代表例として電位依存性イオンチャネルタンパク質の電位センサードメインが挙げられる。 | [[Image:Voltagesensor0.jpg|thumb|200px|<b>図1. 電位センサードメインの結晶構造</b><br>Kv1.2-2.1 paddle chimeraチャネルの結晶構造(PDB:2R9R)の電位センサードメイン。<br>青:S4に保存された正電荷を持つアミノ酸残基(Kv1.2-2.1 paddle chimeraチャネルのR1はGlnだが便宜上青に統一した)<br>赤:S1-S3に保存された負電荷を持つアミノ酸残基<br>黄:S4の正電荷を帯びた残基とS1-3の負電荷を帯びた残基による塩橋<br> | ||
緑:疎水性バリアの中心を構成するPhe ]] | |||
細胞内外の電位差(膜電位)を感知するセンサー。代表例として電位依存性イオンチャネルタンパク質の電位センサードメインが挙げられる。 | |||
神経細胞の膜電位はイオンチャネルの働きによって発生し制御されている。神経活動におけるイオンチャネルの開閉因子には大きく分けて二つ、化学シナプスにおけるリガンド結合と、活動電位などの膜電位変化があり、後者を感知する機構が膜電位センサーである。膜電位センサーはクローニングされた電位依存性チャネルのアミノ酸配列上に電荷を持った膜貫通ドメイン(電位センサードメイン)として同定され、そして現代では結晶構造解析により、その原子構造が明らかになっている。本項目では、その電位センサードメインに対して、研究の歴史を紐解き、分子レベルの作動機構を解説する。 | 神経細胞の膜電位はイオンチャネルの働きによって発生し制御されている。神経活動におけるイオンチャネルの開閉因子には大きく分けて二つ、化学シナプスにおけるリガンド結合と、活動電位などの膜電位変化があり、後者を感知する機構が膜電位センサーである。膜電位センサーはクローニングされた電位依存性チャネルのアミノ酸配列上に電荷を持った膜貫通ドメイン(電位センサードメイン)として同定され、そして現代では結晶構造解析により、その原子構造が明らかになっている。本項目では、その電位センサードメインに対して、研究の歴史を紐解き、分子レベルの作動機構を解説する。 | ||
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<span class="Apple-style-span" style="font-size: 18px; font-weight: bold; ">概念</span> | <span class="Apple-style-span" style="font-size: 18px; font-weight: bold; ">概念</span> | ||
[[Image:Voltagesensor1.jpg|thumb|300px|<b>図2. 電位依存性イオンチャネルの基本構造</b>]] 細胞は[[wikipedia:ja:誘電体|誘電体]]である脂質二重膜([[細胞膜]])によって外界と内部を電気的に遮断している。膜により隔たれた組成の異なる溶液の間に発生する電位差を膜電位と言う。[[wikipedia:ja:ほ乳類|ほ乳類]]の[[wikipedia:ja:神経細胞|神経細胞]]の細胞膜には[[wikipedia:ja:ナトリウム|Na<sup>+</sup>]]と[[wikipedia:ja:カリウム|K<sup>+</sup>]]を交換するポンプ([[Na+/K+ ATPase|Na<sup>+</sup>/K<sup>+</sup> ATPase]])が存在し、細胞内はK<sup>+</sup>が多くNa<sup>+</sup>が少なく、細胞外はNa<sup>+</sup>が多くK<sup>+</sup>が少ない、という細胞膜を隔てたイオン濃度勾配が存在する。細胞膜はK<sup>+</sup>の選択的透過性が高く、そのため細胞内電位が細胞外電位に対して-60~-80mV低く保持されている([[静止膜電位]])。化学的[[シナプス伝達]]や電気刺激などの種々の物理的刺激により、細胞膜のイオン透過性が変化し膜電位は変動する。また[[電位依存性ナトリウムチャネル]]や[[電位依存性カルシウムチャネル]]の一部では、一定の膜電位(臨界脱分極)を超えると自己再生的な膜電位の変動を引き起こす([[活動電位]])。このように神経細胞における膜電位は変動しており、その膜電位変化を感知するのが膜電位センサーである。電位依存性イオンチャネルの場合、膜電位変化を電位センサードメインが感知して、分子内で[[イオン透過ゲート]]を開く力に変換される、その結果、イオン透過量が膜電位に依存して変化する。 | [[Image:Voltagesensor1.jpg|thumb|300px|<b>図2. 電位依存性イオンチャネルの基本構造</b><br>S1-S6の6回膜貫領域を基本構造として、4回リピートし中心にイオン透過路を構成する。4つの電位センサードメインはポアドメインの外側に配置する。 ]] | ||
細胞は[[wikipedia:ja:誘電体|誘電体]]である脂質二重膜([[細胞膜]])によって外界と内部を電気的に遮断している。膜により隔たれた組成の異なる溶液の間に発生する電位差を膜電位と言う。[[wikipedia:ja:ほ乳類|ほ乳類]]の[[wikipedia:ja:神経細胞|神経細胞]]の細胞膜には[[wikipedia:ja:ナトリウム|Na<sup>+</sup>]]と[[wikipedia:ja:カリウム|K<sup>+</sup>]]を交換するポンプ([[Na+/K+ ATPase|Na<sup>+</sup>/K<sup>+</sup> ATPase]])が存在し、細胞内はK<sup>+</sup>が多くNa<sup>+</sup>が少なく、細胞外はNa<sup>+</sup>が多くK<sup>+</sup>が少ない、という細胞膜を隔てたイオン濃度勾配が存在する。細胞膜はK<sup>+</sup>の選択的透過性が高く、そのため細胞内電位が細胞外電位に対して-60~-80mV低く保持されている([[静止膜電位]])。化学的[[シナプス伝達]]や電気刺激などの種々の物理的刺激により、細胞膜のイオン透過性が変化し膜電位は変動する。また[[電位依存性ナトリウムチャネル]]や[[電位依存性カルシウムチャネル]]の一部では、一定の膜電位(臨界脱分極)を超えると自己再生的な膜電位の変動を引き起こす([[活動電位]])。このように神経細胞における膜電位は変動しており、その膜電位変化を感知するのが膜電位センサーである。電位依存性イオンチャネルの場合、膜電位変化を電位センサードメインが感知して、分子内で[[イオン透過ゲート]]を開く力に変換される、その結果、イオン透過量が膜電位に依存して変化する。 | |||
=== 研究の歴史 === | === 研究の歴史 === | ||
[[Image:Voltagesensor2.jpg|thumb|300px|<b>図3. 電位依存性チャネルにおける電位センサードメイン(S4)の比較</b>]] | [[Image:Voltagesensor2.jpg|thumb|300px|<b>図3. 電位依存性チャネルにおける電位センサードメイン(S4)の比較</b><br>Shaker:ショウジョウバエの電位依存性K+チャネル<br> | ||
hEAG:ヒトのhERGチャネル (human Ether-à-go-go Related Gene, ヒト心筋に発現する代表的な電位依存性K+チャネル; Kv11.1)<br> | |||
KvAP:古細菌の電位依存性K+チャネル (Voltage-gated K+ channel, Arcanobacterium Pyogenes)<br> | |||
Nav:ヒトの電位依存性Na+チャネル (Voltage-gated Na+ channel)<br> | |||
Cav:ヒトの電位依存性Ca2+チャネル (Voltage-gated Ca2+ channel)<br> | |||
Hv:マウスの電位依存性H+チャネル (Voltage-gated H+ channel)<br> | |||
VSP:ホヤの電位依存性ホスファターゼ (Voltage-sensing phosphatase)<br> | |||
正電荷を帯びたアミノ酸残基(アルギニン:R、リジン:K;青色ハイライト)が膜電位に応答する。正電荷のS4における位置を一般的にR0-R7と規定する。そのうち電位依存性K+チャネルでは、R1-R4が実際の膜電位感知における有効電荷と考えられている。 ]] | |||
18世紀中頃イタリアの医師[[wikipedia:ja:ガルヴァーニ|ガルヴァーニ]]が、[[wikipedia:ja:カエル|カエル]]の[[wikipedia:ja:筋肉|筋肉]]がカミナリの[[wikipedia:ja:雷光|雷光]]により収縮することを発見してから、生命現象と電気的活動の関係を探る研究が今日に至るまで盛んに行われている。膜電位センサーの概念は、[[wikipedia:ja:イカ|イカ]]の巨大[[軸索]]における活動電位発生時のイオン透過性の変化を膜電位固定法を用いた研究により、1952年に[[wikipedia:ja:アラン・ロイド・ホジキン|Hodgkin]]-[[wikipedia:ja:アンドリュー・フィールディング・ハクスリー|Huxley]]によって初めて導入された<ref><pubmed> 14946712 </pubmed></ref>。1974年にArmstrong & Bezanillaによって、脱分極時に電位依存性チャネルを通ってイオン電流が流れる直前に一過的に流れる外向き電流([[ゲート電流]])が観測され、膜電位に応答する分子内電荷による膜電位感知機構が提唱された<ref><pubmed> 4824995 </pubmed></ref>。 | 18世紀中頃イタリアの医師[[wikipedia:ja:ガルヴァーニ|ガルヴァーニ]]が、[[wikipedia:ja:カエル|カエル]]の[[wikipedia:ja:筋肉|筋肉]]がカミナリの[[wikipedia:ja:雷光|雷光]]により収縮することを発見してから、生命現象と電気的活動の関係を探る研究が今日に至るまで盛んに行われている。膜電位センサーの概念は、[[wikipedia:ja:イカ|イカ]]の巨大[[軸索]]における活動電位発生時のイオン透過性の変化を膜電位固定法を用いた研究により、1952年に[[wikipedia:ja:アラン・ロイド・ホジキン|Hodgkin]]-[[wikipedia:ja:アンドリュー・フィールディング・ハクスリー|Huxley]]によって初めて導入された<ref><pubmed> 14946712 </pubmed></ref>。1974年にArmstrong & Bezanillaによって、脱分極時に電位依存性チャネルを通ってイオン電流が流れる直前に一過的に流れる外向き電流([[ゲート電流]])が観測され、膜電位に応答する分子内電荷による膜電位感知機構が提唱された<ref><pubmed> 4824995 </pubmed></ref>。 | ||
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== 構造と作動機構 == | == 構造と作動機構 == | ||
[[Image:Voltagesensor4.jpg|thumb|300px|<b>図4. S4チャージの移動</b>]] 電位依存性イオンチャネルの共通骨格は、S1-S6の6本の膜貫通ヘリックスから構成され、後半S5-S6をポアドメイン、前半S1-S4を電位センサードメインとして分類されている。S4には正電荷をおびた[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]残基(主に[[wikipedia:ja:アルギニン|アルギニン]])が3残基おきに4-7個規則正しく存在し、S1、S2に存在する負電荷を帯びたアミノ酸残基と[[wikipedia:ja:塩橋|塩橋]]を構成することで、電位センサードメインのフォールディング<ref><pubmed> 16002581 </pubmed></ref>、膜へのトラフィッキングを維持している<ref><pubmed> 12556517 </pubmed></ref>。 | [[Image:Voltagesensor4.jpg|thumb|300px|<b>図4. S4チャージの移動</b><br>(上図)電位依存性チャネルの開閉に伴う電荷の移動の模式図。脱分極に伴い電荷は細胞内側から細胞外側へ移動する。Closed/Openのステート遷移において、+e電荷を与えると化学平衡は右に移動する。<br> | ||
(下図)S4の細胞膜電場内での移動の模式図。上下方向の移動だけでなく回転を伴う事が知られている。電荷を帯びたS4のまわりには水分子が陥入し、実効膜電位は膜の幅よりも短く収束している。このような電場環境では、S4は上下方向に移動することよりも回転することの方が膜を越える電荷の移動を実現するためには効率的に働く。<br> | |||
電位センサーの作動原理の構造基盤は完全に解明されておらず種々のモデルが提唱されている。上図はS4とS3が一塊となって移動するpaddleモデルを参考にした模式図。S4に焦点を絞った下図はS4が回転移動するrotationモデル。]] | |||
電位依存性イオンチャネルの共通骨格は、S1-S6の6本の膜貫通ヘリックスから構成され、後半S5-S6をポアドメイン、前半S1-S4を電位センサードメインとして分類されている。S4には正電荷をおびた[[wikipedia:ja:アミノ酸|アミノ酸]]残基(主に[[wikipedia:ja:アルギニン|アルギニン]])が3残基おきに4-7個規則正しく存在し、S1、S2に存在する負電荷を帯びたアミノ酸残基と[[wikipedia:ja:塩橋|塩橋]]を構成することで、電位センサードメインのフォールディング<ref><pubmed> 16002581 </pubmed></ref>、膜へのトラフィッキングを維持している<ref><pubmed> 12556517 </pubmed></ref>。 | |||
S4の正電荷を帯びたアミノ酸残基は、膜電位変化を感知する中心的な役割を担っている。これら正電荷が膜電位変化に応答して細胞膜にかかる電場を横切って移動し、「ゲート電流」として観測される。実際には、これらの残基のうち細胞外側の4つが有効なゲーティングチャージ(~+4e)として働く事が知られている<ref><pubmed> 8562074 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8663993 </pubmed></ref>。4リピート構造である通常の電位依存性イオンチャネルの場合は4つある電位センサーが作動して初めてチャネルが開口する仕組みを取っており、チャネルの[[開口確率]]は膜電位に対して急勾配の[[wikipedia:ja:ボルツマン関数|ボルツマン関数]](+12e~+13e)となっており、[[wikipedia:ja:半導体|半導体]]素子の電位依存性(+1e)と比較しても極めてシャープな電位依存性を有する。これは、神経細胞において膜電位の有効レンジの幅(-60~+40mV)が電子機器類よりも狭いにも関わらずON/OFFを明確に区別する機能素子を作り出す上で有効な仕組みである<ref><pubmed> 12721605 </pubmed></ref>。 | S4の正電荷を帯びたアミノ酸残基は、膜電位変化を感知する中心的な役割を担っている。これら正電荷が膜電位変化に応答して細胞膜にかかる電場を横切って移動し、「ゲート電流」として観測される。実際には、これらの残基のうち細胞外側の4つが有効なゲーティングチャージ(~+4e)として働く事が知られている<ref><pubmed> 8562074 </pubmed></ref><ref><pubmed> 8663993 </pubmed></ref>。4リピート構造である通常の電位依存性イオンチャネルの場合は4つある電位センサーが作動して初めてチャネルが開口する仕組みを取っており、チャネルの[[開口確率]]は膜電位に対して急勾配の[[wikipedia:ja:ボルツマン関数|ボルツマン関数]](+12e~+13e)となっており、[[wikipedia:ja:半導体|半導体]]素子の電位依存性(+1e)と比較しても極めてシャープな電位依存性を有する。これは、神経細胞において膜電位の有効レンジの幅(-60~+40mV)が電子機器類よりも狭いにも関わらずON/OFFを明確に区別する機能素子を作り出す上で有効な仕組みである<ref><pubmed> 12721605 </pubmed></ref>。 |