「アセチルコリン」の版間の差分

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== 生合成 ==
== 生合成 ==


 コリンアセチル転移酵素</span><span lang="EN-US">(acetyl-CoA: choline O-acetyltransferase; ChAT, EC 2.3.1.6)</span><span>によりコリンとアセチル</span><span lang="EN-US">CoA</span><span>から合成される。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>は細胞質に存在す可溶性蛋白質であるが、神経軸索を経て終末部に運ばれる。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の比活性</span><span lang="EN-US">(specific activity)</span><span>は極めて高く、通常の条件では、連続した神経活動時にもアセチルコリンが不足することはない。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>のコリンに対する親和性</span><span lang="EN-US">(Km)</span><span>は細胞内のコリン濃度に比べて大きいため、コリンの供給がアセチルコリン合成の律速段階となる。</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の特異抗体による免疫組織化学がアセチルコリンを合成する神経(コリン作動性神経)の細胞体や軸索を同定する目的で繁用される。
 コリンアセチル転移酵素(acetyl-CoA: choline O-acetyltransferase; ChAT, EC 2.3.1.6)によりコリンとアセチルCoAから合成される。ChATは細胞質に存在す可溶性蛋白質であるが、神経軸索を経て終末部に運ばれる。ChATの比活性(specific activity)は極めて高く、通常の条件では、連続した神経活動時にもアセチルコリンが不足することはない。ChATのコリンに対する親和性(Km)は細胞内のコリン濃度に比べて大きいため、コリンの供給がアセチルコリン合成の律速段階となる。ChATの特異抗体による免疫組織化学がアセチルコリンを合成する神経(コリン作動性神経)の細胞体や軸索を同定する目的で繁用される。


== コリンの取り込み ==  
== コリンの取り込み ==  


<span> アセチルコリン合成の基質となるコリンの大部分は細胞外から供給される。コリンの輸送系は高親和性</span> <span lang="EN-US">(Km 1</span><span>〜</span><span lang="EN-US">5 </span><span lang="EN-US" style="font-family:Symbol">m</span><span lang="EN-US">M)</span><span>と低親和性</span><span lang="EN-US"> (Km 50</span><span>〜</span><span lang="EN-US">100 </span><span lang="EN-US" style="font-family:Symbol">m</span><span lang="EN-US">M)</span><span>の2種類が知られているが、コリン作動性性神経には特異的な高親和性の取り込みが観察され、その活性は神経活動に依存して上昇する。高親和性コリントランスポーター</span> <span lang="EN-US">(high-affinity choline transporter; CHT1, SLC5A7)</span><span>は</span><span lang="EN-US">Na<sup>+</sup></span><span>依存性グルコーストランスポーターファミリーに属する</span><span lang="EN-US">13</span><span>回膜貫通型の蛋白質であり、コリン作動性神経での高親和性コリン取り込みを担う。CHT1は、速い軸索流により神経終末部に輸送される。静止状態では</span><span lang="EN-US">CHT1</span><span>の大部分はシナプス小胞膜に局在するが、神経活動時にシナプス小胞の開口放出に伴って</span><span lang="EN-US">CHT1</span><span>が形質膜に移行することで、細胞外からのコリン輸送活性が上昇すると考えられる。</span>
 アセチルコリン合成の基質となるコリンの大部分は細胞外から供給される。コリンの輸送系は高親和性 (Km 1〜5 mM)と低親和性 (Km 50〜100 mM)の2種類が知られているが、コリン作動性性神経には特異的な高親和性の取り込みが観察され、その活性は神経活動に依存して上昇する。高親和性コリントランスポーター (high-affinity choline transporter; CHT1, SLC5A7)はNa+依存性グルコーストランスポーターファミリーに属する13回膜貫通型の蛋白質であり、コリン作動性神経での高親和性コリン取り込みを担う。CHT1は、速い軸索流により神経終末部に輸送される。静止状態ではCHT1の大部分はシナプス小胞膜に局在するが、神経活動時にシナプス小胞の開口放出に伴ってCHT1が形質膜に移行することで、細胞外からのコリン輸送活性が上昇すると考えられる。


== 貯蔵、放出 ==  
== 貯蔵、放出 ==  


<span> 細胞質で合成されたアセチルコリンは、小胞アセチルコリントランスポーター</span><span lang="EN-US">(vesicular acetylcholine transporter; VAChT, SLC18A3)</span><span>の働きにより、プロトン電気化学勾配を駆動力としてシナプス小胞に輸送される。一個のシナプス小胞には</span><span lang="EN-US">1,000</span><span>から</span><span lang="EN-US">50,000</span><span>分子のアセチルコリンが含まれると概算される。</span><span lang="EN-US">VAChT</span><span>は</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>遺伝子の第一イントロンに全長がコードされ、共通の転写制御を受けると考えられている。実際に</span><span lang="EN-US">VAChT</span><span>と</span><span lang="EN-US">ChAT</span><span>の発現は共通の部位・細胞で観察される。</span>
 細胞質で合成されたアセチルコリンは、小胞アセチルコリントランスポーター(vesicular acetylcholine transporter; VAChT, SLC18A3)の働きにより、プロトン電気化学勾配を駆動力としてシナプス小胞に輸送される。一個のシナプス小胞には1,000から50,000分子のアセチルコリンが含まれると概算される。VAChTはChAT遺伝子の第一イントロンに全長がコードされ、共通の転写制御を受けると考えられている。実際にVAChTとChATの発現は共通の部位・細胞で観察される。


<span> 神経終末部にインパルスが到達すると、シナプス小胞に蓄えられたアセチルコリンは開口放出</span><span lang="EN-US">(exocytosis)</span><span>により放出される。この過程には細胞内でのカルシウムイオンの上昇が重要である。アセチルコリンの放出は、一つのシナプス小胞に蓄えられた数千分子が</span><span lang="EN-US">1</span><span>単位として同期放出される素量的放出</span><span lang="EN-US">(quantal release)として検出される</span><span>。</span>
 神経終末部にインパルスが到達すると、シナプス小胞に蓄えられたアセチルコリンは開口放出(exocytosis)により放出される。この過程には細胞内でのカルシウムイオンの上昇が重要である。アセチルコリンの放出は、一つのシナプス小胞に蓄えられた数千分子が1単位として同期放出される素量的放出(quantal release)として検出される。


== 代謝、分解 ==  
== 代謝、分解 ==  


<span> 細胞外に放出されたアセチルコリンは、アセチルコリンエステラーゼ</span><span lang="EN-US">(acetylcholinesterase; AChE, EC3.1.1.7)</span><span>によって極めて短時間</span> <span lang="EN-US">(</span><span>ミリ秒の時間単位</span><span lang="EN-US">)で</span><span>分解され、コリンと酢酸になる。この分解によって化学伝達は終了するとともに、コリンは高親和性コリントランスポーターによって効率良くシナプス前終末に取り込まれてアセチルコリン合成に再利用される。アセチルコリンを分解する酵素は、アセチルコリンエステラーゼの他にブチルコリンエステラーゼ(偽性コリンエステラーゼ)が知られている。コリンエステラーゼに対して阻害活性を持つ薬物は、シナプス間隙のアセチルコリンを増やして化学伝達を増強するため、様々な薬物として臨床応用されている。このうち、ネオスチグミンは重症筋無力症、術後腸管麻痺、排尿障害などに、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンはアルツハイマー病に適応される。</span>
 細胞外に放出されたアセチルコリンは、アセチルコリンエステラーゼ(acetylcholinesterase; AChE, EC3.1.1.7)によって極めて短時間 (ミリ秒の時間単位)で分解され、コリンと酢酸になる。この分解によって化学伝達は終了するとともに、コリンは高親和性コリントランスポーターによって効率良くシナプス前終末に取り込まれてアセチルコリン合成に再利用される。アセチルコリンを分解する酵素は、アセチルコリンエステラーゼの他にブチルコリンエステラーゼ(偽性コリンエステラーゼ)が知られている。コリンエステラーゼに対して阻害活性を持つ薬物は、シナプス間隙のアセチルコリンを増やして化学伝達を増強するため、様々な薬物として臨床応用されている。このうち、ネオスチグミンは重症筋無力症、術後腸管麻痺、排尿障害などに、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンはアルツハイマー病に適応される。


== 受容体 ==  
== 受容体 ==  
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<!--[if !supportLists]--><span lang="EN-US" style="font-family:Wingdings;mso-fareast-font-family:Wingdings; mso-bidi-font-family:Wingdings"><span style="mso-list:Ignore">n&nbsp;</span></span><span>大脳基底核</span>  


<span>運動制御に重要とされる線条体の</span><span lang="EN-US">GABA</span><span>作動性投射神経の機能は、線条体神経の1〜2%を占めるコリン作動性介在神経と黒質緻密部からのドパミン神経入力によって調節される。パーキンソン病患者では、ドパミンの欠乏とそれに伴うアセチルコリン放出の増加により、大脳基底核の神経回路が抑制された状態となる。</span>
 運動制御に重要とされる線条体の</span><span lang="EN-US">GABA</span><span>作動性投射神経の機能は、線条体神経の1〜2%を占めるコリン作動性介在神経と黒質緻密部からのドパミン神経入力によって調節される。パーキンソン病患者では、ドパミンの欠乏とそれに伴うアセチルコリン放出の増加により、大脳基底核の神経回路が抑制された状態となる。


<!--[if !supportLists]--><span lang="EN-US" style="font-family:Wingdings;mso-fareast-font-family:Wingdings; mso-bidi-font-family:Wingdings"><span style="mso-list:Ignore">n&nbsp;</span></span><span>中脳</span>  
<!--[if !supportLists]--><span lang="EN-US" style="font-family:Wingdings;mso-fareast-font-family:Wingdings; mso-bidi-font-family:Wingdings"><span style="mso-list:Ignore">n&nbsp;</span></span><span>中脳</span>  


<span>脚橋被蓋核と背外側被蓋核のコリン作動性神経は上行性と下降性の2種類の投射経路をもつ。視床へ投射する上行性投射系は、網様体賦活系の一部として睡眠サイクルや覚醒レベルの調節に関与する。脳幹網様体へ投射する下降性投射系は歩行運動、姿勢反射、筋緊張の調節などに関与する。また、脚橋被蓋核のコリン作動性神経は視床のほか大脳基底核にも投射する。特に、黒質緻密部のドパミン神経細胞に投射して、ドパミンの放出を促進する。パーキンソン病患者では、この部位のコリン作動性神経が減少することでドパミン放出が減弱していることも病状の一因になると考えられている。</span><br>
 脚橋被蓋核と背外側被蓋核のコリン作動性神経は上行性と下降性の2種類の投射経路をもつ。視床へ投射する上行性投射系は、網様体賦活系の一部として睡眠サイクルや覚醒レベルの調節に関与する。脳幹網様体へ投射する下降性投射系は歩行運動、姿勢反射、筋緊張の調節などに関与する。また、脚橋被蓋核のコリン作動性神経は視床のほか大脳基底核にも投射する。特に、黒質緻密部のドパミン神経細胞に投射して、ドパミンの放出を促進する。パーキンソン病患者では、この部位のコリン作動性神経が減少することでドパミン放出が減弱していることも病状の一因になると考えられている。


== 非神経性アセチルコリン ==
== 非神経性アセチルコリン ==


<span> アセチルコリンは、真性細菌などの原核生物を始めとして、ほぼすべての生物での存在が報告されている。植物では水や電解質、栄養物質などの輸送に関与するとされるが、その生理的役割は不明な点が多い。タケノコの先端部には、哺乳動物の脳をはるかに超える量のアセチルコリンが含まれている。ヒトを含めた哺乳動物では、様々な非神経細胞や組織でアセチルコリンの合成と放出が確認されている。このうち、免疫系細胞、血管内皮細胞、胎盤、ケラチノサイト、気道上皮細胞、消化管上皮細胞、膀胱上皮細胞などでは、神経系とは独立した非神経性アセチルコリンが局所の細胞間情報伝達を担うことが報告されている。</span>
 アセチルコリンは、真性細菌などの原核生物を始めとして、ほぼすべての生物での存在が報告されている。植物では水や電解質、栄養物質などの輸送に関与するとされるが、その生理的役割は不明な点が多い。タケノコの先端部には、哺乳動物の脳をはるかに超える量のアセチルコリンが含まれている。ヒトを含めた哺乳動物では、様々な非神経細胞や組織でアセチルコリンの合成と放出が確認されている。このうち、免疫系細胞、血管内皮細胞、胎盤、ケラチノサイト、気道上皮細胞、消化管上皮細胞、膀胱上皮細胞などでは、神経系とは独立した非神経性アセチルコリンが局所の細胞間情報伝達を担うことが報告されている。


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== 参考文献 ==


(執筆者:三澤日出巳、編集担当委員:尾藤晴彦) <!--EndFragment-->
 
(執筆者:三澤日出巳 編集担当委員:尾藤晴彦)

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