「ホスファチジルイノシトール」の版間の差分

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 Aktの下流には[[wikipedia:P70-S6 Kinase 1|p70 S6キナーゼ]],[[wikipedia:ja:GSK-3|GSK3]],[[wikipedia:ja:FOXO1A|FoxO]]などタンパク質合成を促進する分子、[[wikipedia:ja:糖代謝|糖代謝]]、脂質代謝やアポトーシス抑制を制御する分子が存在している。従って、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>産生やPI3キナーゼシグナル伝達経路に異常がある場合、これらの基本的生命現象の劇的な変化に伴い、さまざまな疾患を引き起こす。骨格筋や脂肪組織におけるインスリン産生やインスリン抵抗性の惹起はPI3キナーゼシグナルの低下を引き起こし、血中からの糖取込みの欠失の結果、[[wikipedia:ja:高血糖症|高血糖症]]、糖尿病を引き起こす。また、PI3キナーゼの亢進による過増殖は細胞のがん化を引き起こす。実際、がん細胞では90%以上の割合でPI3キナーゼシグナル分子に変異が認められる。特に、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>ホスファターゼPTENには多くの変異が認められることが明らかとなっている。そのため、PI3キナーゼシグナル伝達経路を調節する分子はがんや糖尿病治療の創薬における標的分子としての期待が集まっている。
 Aktの下流には[[wikipedia:P70-S6 Kinase 1|p70 S6キナーゼ]],[[wikipedia:ja:GSK-3|GSK3]],[[wikipedia:ja:FOXO1A|FoxO]]などタンパク質合成を促進する分子、[[wikipedia:ja:糖代謝|糖代謝]]、脂質代謝やアポトーシス抑制を制御する分子が存在している。従って、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>産生やPI3キナーゼシグナル伝達経路に異常がある場合、これらの基本的生命現象の劇的な変化に伴い、さまざまな疾患を引き起こす。骨格筋や脂肪組織におけるインスリン産生やインスリン抵抗性の惹起はPI3キナーゼシグナルの低下を引き起こし、血中からの糖取込みの欠失の結果、[[wikipedia:ja:高血糖症|高血糖症]]、糖尿病を引き起こす。また、PI3キナーゼの亢進による過増殖は細胞のがん化を引き起こす。実際、がん細胞では90%以上の割合でPI3キナーゼシグナル分子に変異が認められる。特に、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>ホスファターゼPTENには多くの変異が認められることが明らかとなっている。そのため、PI3キナーゼシグナル伝達経路を調節する分子はがんや糖尿病治療の創薬における標的分子としての期待が集まっている。


== '''ホスファチジルイノシトールホスファターゼ'''  ==
==ホスファチジルイノシトールホスファターゼ==


ホスファチジルイノシトールの脱リン酸化酵素の総称。全部で50種類以上の分子からなり、その基質特異性と脱リン酸化するリン酸基の位置によって分類される。多くのポリホスホイノシチドホスファターゼ分子が、遺伝性疾患、がん、糖尿病など重篤な疾患の原因遺伝子として知られている。 ポリホスホイノシチドホスファターゼはその基質特異性と脱リン酸化部位によって分類される(図1)。例えば、3-ホスファターゼはPI(3)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>, PI(3,5)P<sub>2</sub>, PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を脱リン酸化して、それぞれPI, PI(3)P, PI(4)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>を産生する。通常、ポリホスホイノシチドホスファターゼが脱リン酸化するリン酸基は一ヶ所であり、3−ホスファターゼ、4−ホスファターゼ、5−ホスファターゼのいずれかに分類される。中にはSAC1の様に、3-ホスファターゼ活性と4-ホスファターゼ活性の2種類以上の活性を同時に有するものも存在する。 さらに基質となるホスファチジルイノシトールの中でも、その基質特異性の強さは異なり、多くのポリホスホイノシチドホスファターゼはそのうち一部だけを基質とし得る。例えば、PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位の脱リン酸化活性が高いため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3-ホスファターゼと呼ばれている。一方、SHIP1はPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の5位を脱リン酸化するため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub> 5-ホスファターゼと呼ばれる。  
 ホスファチジルイノシトールの脱リン酸化酵素の総称。全部で50種類以上の分子からなり、その基質特異性と脱リン酸化するリン酸基の位置によって分類される。多くのポリホスホイノシチドホスファターゼ分子が、遺伝性疾患、がん、糖尿病など重篤な疾患の原因遺伝子として知られている。
 
 ポリホスホイノシチドホスファターゼはその基質特異性と脱リン酸化部位によって分類される(図1)。通常、ポリホスホイノシチドホスファターゼが脱リン酸化するリン酸基は一ヶ所であり、3−ホスファターゼ、4−ホスファターゼ、5−ホスファターゼのいずれかに分類される。例えば、3-ホスファターゼはPI(3)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>, PI(3,5)P<sub>2</sub>, PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を脱リン酸化して、それぞれPI, PI(3)P, PI(4)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>を産生する。中にはSAC1の様に、3-ホスファターゼ活性と4-ホスファターゼ活性の2種類以上の活性を同時に有するものも存在する。 さらに基質となるホスファチジルイノシトールの中でも、その基質特異性の強さは異なり、多くのポリホスホイノシチドホスファターゼはそのうち一部だけを基質とし得る。例えば、PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位の脱リン酸化活性が高いため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3-ホスファターゼと呼ばれている。一方、SHIP1はPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の5位を脱リン酸化するため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub> 5-ホスファターゼと呼ばれる。  


哺乳類には50種類以上のホスファチジルイノシトールホスファターゼ分子が存在するが、これらはその活性部位の構造から2つに分類される。PTEN, Myotubularin, 4-ホスファターゼとSAC1ドメインを持つホスファターゼは活性部位がCX5RT/Sというアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素と相同性を持つ。3−ホスファターゼと4-ホスファターゼはほぼこちらに分類される。一方、SHIP2やSKIPなどの5−ホスファターゼは活性部位がおよそ300アミノ酸程度からなり、その活性中心がGDXNXRとPAWXDRI/VLWというイノシトール3リン酸(IP<sub>3</sub>)やイノシトール4リン酸(IP<sub>4</sub>)などを脱リン酸化するイノシトールポリリン酸脱リン酸化酵素と共通した配列を持つ。多くの分子が疾患と関連しており、疾患治療のターゲット分子としての需要性も高まっている。
 ホスファチジルイノシトールホスファターゼはその活性部位の構造から2つに分類される。
 
 PTEN, Myotubularin, 4-ホスファターゼとSAC1ドメインを持つホスファターゼは活性部位がCX5RT/Sというアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素と相同性を持つ。3−ホスファターゼと4-ホスファターゼはほぼこちらに分類される。
 
 一方、SHIP2やSKIPなどの5−ホスファターゼは活性部位がおよそ300アミノ酸程度からなり、その活性中心がGDXNXRとPAWXDRI/VLWというイノシトール3リン酸(IP<sub>3</sub>)やイノシトール4リン酸(IP<sub>4</sub>)などを脱リン酸化するイノシトールポリリン酸脱リン酸化酵素と共通した配列を持つ。
 
 多くの分子が疾患と関連しており、疾患治療のターゲット分子としての需要性も高まっている。


=== PTEN  ===
=== PTEN  ===


PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位を脱リン酸化する酵素であり、PI3キナーゼシグナル伝達経路を制御する。粘菌から哺乳動物に至るまで広く存在している。当初、タンパク質チロシンリン酸化酵素として単離されたが、1998年に前濱らによってPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の脱リン酸化酵素であることが明らかとなった。現在までに非常に多くの研究がなされているが、ヒトのがんにおいてp53に次いで変異が認められる遺伝子であることが分かっている。また、Cowden病やBannayan-Zonana症候群など多くの遺伝性癌症候群で変異や欠失が認められている。運動する細胞では後ろ側に局在していることが知られており、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の局在とも逆相関の関係であることが知られている。  
 PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位を脱リン酸化する酵素であり、PI3キナーゼシグナル伝達経路を制御する。[[wikipedia:ja:粘菌|粘菌]]から哺乳動物に至るまで広く存在している。当初、タンパク質チロシンリン酸化酵素として単離されたが、1998年に前濱らによってPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の脱リン酸化酵素であることが明らかとなった。現在までに非常に多くの研究がなされているが、ヒトのがんにおいてp53に次いで変異が認められる遺伝子であることが分かっている。また、[[Cowden病]]や[[Bannayan-Zonana症候群]]など多くの遺伝性癌症候群で変異や欠失が認められている。運動する細胞では後ろ側に局在していることが知られており、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の局在とも逆相関の関係であることが知られている。  


=== Myotubularinファミリー分子  ===
=== Myotubularinファミリー分子  ===


MTM1(myotubularin)は、筋細管ミオパシー患者で変異が認められる遺伝子として単離された。ヒトでは全部で14種類のmyotubularinファミリー分子が見つかっており、うち8種類がPI(3)PとPI(3,5)P<sub>2</sub>に対するホスファターゼ活性を有する。これらのポリホスホイノシチドは主にエンドソームに局在していることから、Myotubularinによってエンドソームを介した細胞内の膜輸送が制御されていると考えられる。MTMR2は神経変性疾患であるCharcot-Marie-Tooth病の原因遺伝子としても知られている。
 MTM1(myotubularin)は、筋細管ミオパシー患者で変異が認められる遺伝子として単離された。ヒトでは全部で14種類のmyotubularinファミリー分子が見つかっており、うち8種類がPI(3)PとPI(3,5)P<sub>2</sub>に対するホスファターゼ活性を有する。これらのポリホスホイノシチドは主にエンドソームに局在していることから、Myotubularinによってエンドソームを介した細胞内の膜輸送が制御されていると考えられる。MTMR2は[[神経変性疾患]]である[[Charcot-Marie-Tooth病]]の原因遺伝子としても知られている。


=== SACドメインホスファターゼ  ===
=== SACドメインホスファターゼ  ===


SAC1, SAC2, Fig4/SAC3の3種類のホスファターゼが存在する。SAC1はPI(3)P, PI(4)P, PI(5)P, PI(3,5)P<sub>2</sub>いずれをも基質とすることができるが、細胞内ではこの中でPI(4)Pの量が圧倒的に多いことから実質的にPI(4)Pホスファターゼである。ヒトのSAC1は被覆小胞の構成分子であるCOP1, COP2と結合して小胞体とゴルジ体を行き来しており、状況に応じてこれらの場所におけるPI(4)P量を調節している。増殖因子刺激が入ることによって分泌が増えている時、SAC1はCOP1と結合して小胞体に移行し、ゴルジ体のPI(4)P量を高くキープし分泌作用を促進させる。一方、quiescentな状態ではゴルジ体のPI(4)Pは必要ないため、SAC1はゴルジ体に移行してPI(4)Pの脱リン酸化を行う。一方、SAC3/FIG4は酵母でフェロモンに応答して発現が制御される遺伝子として単離されたが、哺乳動物では筋肉の萎縮などを伴うCharcot-Marie-tooth病の患者で変異が認められる遺伝子であることも明らかとなっている。  
 SAC1, SAC2, Fig4/SAC3の3種類のホスファターゼが存在する。SAC1はPI(3)P, PI(4)P, PI(5)P, PI(3,5)P<sub>2</sub>いずれをも基質とすることができるが、細胞内ではこの中でPI(4)Pの量が圧倒的に多いことから実質的にPI(4)Pホスファターゼである。ヒトのSAC1は被覆小胞の構成分子であるCOP1, COP2と結合して小胞体とゴルジ体を行き来しており、状況に応じてこれらの場所におけるPI(4)P量を調節している。増殖因子刺激が入ることによって分泌が増えている時、SAC1はCOP1と結合して小胞体に移行し、ゴルジ体のPI(4)P量を高くキープし分泌作用を促進させる。一方、quiescentな状態ではゴルジ体のPI(4)Pは必要ないため、SAC1はゴルジ体に移行してPI(4)Pの脱リン酸化を行う。一方、SAC3/FIG4は酵母で[[フェロモン]]に応答して発現が制御される遺伝子として単離されたが、哺乳動物では筋肉の萎縮などを伴うCharcot-Marie-tooth病の患者で変異が認められる遺伝子であることも明らかとなっている。  


=== PI(3,4)P<sub>2</sub> 4-ホスファターゼ (INPP4A、INPP4B)  ===
=== PI(3,4)P<sub>2</sub> 4-ホスファターゼ (INPP4A、INPP4B)  ===

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