「心身症」の版間の差分

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==心身症とは==
==心身症とは==


 心身症(psychosomatic disorder)とは、「身体症状・身体疾患において、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的・機能的障害が認められる病態」である<ref>'''日本心身医学会教育研修委員会,編'''<br>心身医学の新しい診療指針<br>''心身医学, 1991. 31: p. 537-576'':1991</ref>。心身症は独立した疾患単位ではなく、病態名であり、特定の疾患、特定の診療科にしばられるものではない。この心身症の枠組みに入る疾患としては、表1[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_1.png|thumb|300px|'''表1.心身症の病態を考えることのできる疾患'''<br>]]<ref>'''日本線維筋痛症学会「線維筋痛症診療ガイドライン」作成委員会'''<br>線維筋痛症診療ガイドライン2013<br>''日本医事新報社'':2013</ref>にあげられるようなものがあり、病名を記載するに当たっては、例えば高血圧(心身症),十二指腸潰瘍(心身症),気管支喘息(心身症)と記載される。多軸評定を用いるDSM-IV-TRにおいては、心身症は第1軸にpsychological factors affecting medical condition (身体疾患に影響を与えている心理的要因)を、第3軸には身体疾患や身体症状を記載することになっており、身体疾患に影響を与える心理的要因について詳細に述べられている(表2)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_2.png|thumb|300px|'''表2.心身症に相当する DSM-IV-TR の記載'''<br>]]。ICD-10では、F5 (”behavioural syndromes associated with physiological disturbances and physical factors 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群)”の中に、摂食障害(F50)、性機能不全(F52)、他に分類される障害あるいは疾患に関連した心理的および行動的要因(F54)などであり、F54の例として、喘息、皮膚炎と湿疹、胃潰瘍、粘液性大腸炎、潰瘍性大腸炎、じんましんなどがあげられているが、もちろんこの操作的定義にしばられるものではない。
 心身症(psychosomatic disorder)とは、「身体症状・身体疾患において、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的・機能的障害が認められる病態」である<ref>'''日本心身医学会教育研修委員会,編'''<br>心身医学の新しい診療指針<br>''心身医学, 1991. 31: p. 537-576'':1991</ref>。心身症は独立した疾患単位ではなく、病態名であり、特定の疾患、特定の診療科にしばられるものではない。この心身症の枠組みに入る疾患としては、表1[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_1.png|thumb|300px|'''表1.心身症の病態を考えることのできる疾患'''<br>]]<ref>'''日本線維筋痛症学会「線維筋痛症診療ガイドライン」作成委員会'''<br>線維筋痛症診療ガイドライン2013<br>''日本医事新報社'':2013</ref>にあげられるようなものがあり、病名を記載するに当たっては、例えば高血圧(心身症),十二指腸潰瘍(心身症),気管支喘息(心身症)と記載される。多軸評定を用いる[[DSM-IV]]-TRにおいては、心身症は第1軸にpsychological factors affecting medical condition (身体疾患に影響を与えている心理的要因)を、第3軸には身体疾患や身体症状を記載することになっており、身体疾患に影響を与える心理的要因について詳細に述べられている(表2)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_2.png|thumb|300px|'''表2.心身症に相当する DSM-IV-TR の記載'''<br>]]。[[ICD-10]]では、F5 (”behavioural syndromes associated with physiological disturbances and physical factors 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群)”の中に、[[摂食障害]](F50)、性機能不全(F52)、他に分類される障害あるいは疾患に関連した心理的および行動的要因(F54)などであり、F54の例として、喘息、皮膚炎と湿疹、胃潰瘍、粘液性大腸炎、潰瘍性大腸炎、じんましんなどがあげられているが、もちろんこの操作的定義にしばられるものではない。


 心身症について、日本心身医学会による定義(1991年)では、冒頭の定義に加え、「神経症やうつ病など他の精神障害にともなう身体症状は除外する。」という文章があるが、実際の臨床では神経症・うつ・不安障害・人格障害などの精神障害が、身体症状の背景にある例は極めて多く、これを除くのは一般臨床では非現実的で、批判も多い。この「他の精神障害に伴う身体症状を除外」したものは極めて狭義の心身症であり、現実的な心身症は、冒頭の定義にあるように、心理社会的な問題を背景にして出現する身体症状として広くとらえられている。特定のカテゴリ化した診断名をそこに当てはめるのは誤りである。
 心身症について、日本心身医学会による定義(1991年)では、冒頭の定義に加え、「神経症やうつ病など他の精神障害にともなう身体症状は除外する。」という文章があるが、実際の臨床では神経症・うつ・[[不安障害]]・人格障害などの精神障害が、身体症状の背景にある例は極めて多く、これを除くのは一般臨床では非現実的で、批判も多い。この「他の精神障害に伴う身体症状を除外」したものは極めて狭義の心身症であり、現実的な心身症は、冒頭の定義にあるように、心理社会的な問題を背景にして出現する身体症状として広くとらえられている。特定のカテゴリ化した診断名をそこに当てはめるのは誤りである。


 心身症の病態は多様で、例えば心理社会的ストレスは、身体症状を引き起こし増悪させる一因となる一方で、身体症状そのものも社会的不適合などの心理社会的ストレスを引き起こし、心理社会的ストレスと身体症状は相互に影響し合って、悪循環を形成することが多い。治療コンプライアンスにおける問題も、心身症の枠組みでとらえられる。例えば、治療に対する失望やあきらめ、医療に対する不信、知識の不足、性格傾向などから、適切な服薬や治療を拒むことによって身体症状を悪化させているのもその一例である。精神腫瘍学(psycho-onchology)という領域も存在し、がんが精神・心理的影響を与えることはもちろん、心の問題ががんの発症や罹患後に与える影響も研究されている。
 心身症の病態は多様で、例えば心理社会的ストレスは、身体症状を引き起こし増悪させる一因となる一方で、身体症状そのものも社会的不適合などの心理社会的ストレスを引き起こし、心理社会的ストレスと身体症状は相互に影響し合って、悪循環を形成することが多い。治療コンプライアンスにおける問題も、心身症の枠組みでとらえられる。例えば、治療に対する失望やあきらめ、医療に対する不信、知識の不足、性格傾向などから、適切な服薬や治療を拒むことによって身体症状を悪化させているのもその一例である。精神腫瘍学(psycho-onchology)という領域も存在し、がんが精神・心理的影響を与えることはもちろん、心の問題ががんの発症や罹患後に与える影響も研究されている。
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==心身医学について==
==心身医学について==


 心身症に関連した概念として、心身医学(psychosomatic medicine)がある。心身医学は、身体症状・疾患などの身体面だけではなく、その背景にある心理社会的な側面や、脳(こころ)と身体の相互作用(心身相関)をベースにして、心-身を統合的に考察する全人的医学で、デカルト流の精神・身体を明確に区別した二元論的アプローチとは相反するものである。医療としての実践においては、本邦では心療内科、精神科、一般内科をはじめとする幅広い診療科において取り入れられている。世界的にはドイツで誕生し、その後アメリカでは精神科を中心に発展した。
 心身症に関連した概念として、心身医学(psychosomatic medicine)がある。心身医学は、身体症状・疾患などの身体面だけではなく、その背景にある心理社会的な側面や、脳(こころ)と身体の相互作用(心身相関)をベースにして、心-身を統合的に考察する全人的医学で、デカルト流の精神・身体を明確に区別した二元論的アプローチとは相反するものである。医療としての実践においては、本邦では心療内科、精神科、一般内科をはじめとする幅広い診療科において[[取り入れ]]られている。世界的にはドイツで誕生し、その後アメリカでは精神科を中心に発展した。


 この心身医学の背景には、Freudによる精神分析理論・力動的精神医学などの、複雑で微妙な人間の心理・行動をひもとく学問、Cannonの緊急反応やホメオスターシスの概念、Selyeのストレス学説、Pavlovの条件反射学、Skinnerのオペラント条件付けといった、脳・精神生理学、学習理論、精神神経内分泌、精神神経免疫などの、こころと身体に関する幅広い学問の統合がある。その上で、この心身医学の勃興の最終的な動機となったのは、現代の医学の専門化・細分化である。専門的に細分化された身体医学は、今日の医学の発展と患者への恩恵をもたらした反面で、身体偏重・臓器中心などの考え方に偏り、「病気をみて人を診ない」という医学・医療のありかたへの反省をもたらした。そのことから、心身両面からの全人的・統合的医療の必要性が唱えられるようになった。さらに、現代のストレス社会において、人々が受ける心理社会的ストレスは日々増大しており、それに伴ったストレス関連疾患や心身症が国民的な問題になってきた、という背景もある。
 この心身医学の背景には、Freudによる精神分析理論・力動的精神医学などの、複雑で微妙な人間の心理・行動をひもとく学問、Cannonの緊急反応やホメオスターシスの概念、Selyeのストレス学説、Pavlovの条件反射学、Skinnerの[[オペラント条件付け]]といった、脳・精神生理学、学習理論、精神神経内[[分泌]]、精神神経免疫などの、こころと身体に関する幅広い学問の統合がある。その上で、この心身医学の勃興の最終的な動機となったのは、現代の医学の専門化・細[[分化]]である。専門的に細分化された身体医学は、今日の医学の発展と患者への恩恵をもたらした反面で、身体偏重・臓器中心などの考え方に偏り、「病気をみて人を診ない」という医学・医療のありかたへの反省をもたらした。そのことから、心身両面からの全人的・統合的医療の必要性が唱えられるようになった。さらに、現代のストレス社会において、人々が受ける心理社会的ストレスは日々増大しており、それに伴ったストレス関連疾患や心身症が国民的な問題になってきた、という背景もある。


==機序==
==機序==
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 ストレス研究の歴史で最も大きな意味を持つのは、Selyeのストレス学説<ref>''' Selye, H '''<br> A syndrome produced by diverse nocuous agents.<br>'' Nature, 1936. 138: p. 32'':1936</ref> <ref><pubmed> 9722327 </pubmed></ref>である。Selyeは、ストレスによって起こる生体の非特異的な生体防御反応としての「一般適応症候群」を提唱し、ストレス後のステージとして、段階的に警告反応期(ショック相、反ショック相)、抵抗期、症憊期と進行し、副腎皮質の肥大、胸腺萎縮、胃・十二指腸潰瘍の3つの症状が起こるとした。ここで重要なのは、物理的・科学的・生物学的ストレッサーと同様に、心理的ストレッサーも同じような反応が起きるということを提唱したことである。
 ストレス研究の歴史で最も大きな意味を持つのは、Selyeのストレス学説<ref>''' Selye, H '''<br> A syndrome produced by diverse nocuous agents.<br>'' Nature, 1936. 138: p. 32'':1936</ref> <ref><pubmed> 9722327 </pubmed></ref>である。Selyeは、ストレスによって起こる生体の非特異的な生体防御反応としての「一般適応症候群」を提唱し、ストレス後のステージとして、段階的に警告反応期(ショック相、反ショック相)、抵抗期、症憊期と進行し、副腎皮質の肥大、胸腺萎縮、胃・十二指腸潰瘍の3つの症状が起こるとした。ここで重要なのは、物理的・科学的・生物学的ストレッサーと同様に、心理的ストレッサーも同じような反応が起きるということを提唱したことである。


 心理社会的ストレスの研究として有名なものとして、Holmes and Raheによるライフイベントによるストレスモデルがある。彼らはストレスを「日常生活上の様々な変化(ライフイベント)に再適応するために必要な努力」と定義して、その努力によってエネルギーが費やされ蓄積し、個人の対応能力を超えた際に疾患が生じると考え、表のような尺度を作成した(表3)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_3.png|thumb|300px|'''表3.社会的再適応評価尺度'''<br>]] <ref><pubmed> 6059863 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6059865 </pubmed></ref>。対してLazarus <ref>''' Lazarus, R. S. '''<br> Psychological stress and the coping process.<br>'' McGraw-Hill, New York'':1966</ref>は、「日常生活の些事により、常に長期間繰り返され、かつ意識されないうちに経験されるストレス」の重要性を強調した(表4)。[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_4.png|thumb|300px|'''表4.Daily Hassles (日常いらだちごと)'''<br>]]重大なライフイベントであれ日常のいらだちの蓄積であれ、彼らが提言したことは、人間であれば誰もが遭遇する可能性のある出来事が、ストレス反応を引き起こし、心身症につながる可能性があるということである。また、突発的な急性のストレス反応でも、それが繰り返され蓄積し慢性化することにより、その身体症状が遷延化することにつながる。もちろん、大きなストレス反応であれば、一回の急性のストレス反応が重大な心身の問題を引き起こすことになる。
 心理社会的ストレスの研究として有名なものとして、Holmes and Raheによるライフイベントによるストレスモデルがある。彼らはストレスを「日常生活上の様々な変化(ライフイベント)に再適応するために必要な努力」と定義して、その努力によってエネルギーが費やされ蓄積し、個人の対応能力を超えた際に疾患が生じると考え、表のような尺度を作成した(表3)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_3.png|thumb|300px|'''表3.社会的再適応評価尺度'''<br>]] <ref><pubmed> 6059863 </pubmed></ref><ref><pubmed> 6059865 </pubmed></ref>。対してLazarus <ref>''' Lazarus, R. S. '''<br> Psychological stress and the coping process.<br>'' McGraw-Hill, New York'':1966</ref>は、「日常生活の些事により、常に長期間繰り返され、かつ意識されないうちに経験されるストレス」の重要性を強調した(表4)。[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_4.png|thumb|300px|'''表4.Daily Hassles (日常いらだちごと)'''<br>]]重大なライフイベントであれ日常のいらだちの蓄積であれ、彼らが提言したことは、人間であれば誰もが遭遇する可能性のある出来事が、[[ストレス反応]]を引き起こし、心身症につながる可能性があるということである。また、突発的な急性のストレス反応でも、それが繰り返され蓄積し慢性化することにより、その身体症状が遷延化することにつながる。もちろん、大きなストレス反応であれば、一回の急性のストレス反応が重大な心身の問題を引き起こすことになる。


 また、外からみると同じにみえるストレスでも、個人によってストレスとして感じやすい傾向は違う。この個体差を説明するために、疾病発症のモデルとして語られるものとして、ストレス脆弱性モデルがある(図1)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_5.png|thumb|300px|'''図1.ストレス脆弱性モデル '''<br>]]。これは、何らかの脳機能不全として語られる内因に、ストレス(外因)が加わり、疾病を発症するとするものである。この文脈で語られる脆弱性(内因)としては、遺伝的素因を含むが、後天的に獲得されたものも個体の脆弱性となり得る。
 また、外からみると同じにみえるストレスでも、個人によってストレスとして感じやすい傾向は違う。この個体差を説明するために、疾病発症のモデルとして語られるものとして、ストレス脆弱性モデルがある(図1)[[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_5.png|thumb|300px|'''図1.ストレス脆弱性モデル '''<br>]]。これは、何らかの脳機能不全として語られる内因に、ストレス(外因)が加わり、疾病を発症するとするものである。この文脈で語られる脆弱性(内因)としては、遺伝的素因を含むが、後天的に獲得されたものも個体の脆弱性となり得る。


===情動===
===情動===
 心理社会的ストレスの中で、最も重要であると考えられるのが情動ストレスである。ヒトのみでなくネズミの実験でも、この心理・情動ストレスを用いることができ、例えば恐怖条件付けやコミュニケーションボックス(隣のマウスが電撃ストレスを受けているのを観察する)などの手法は心理的なストレスの代表的なものである。こうした実験的な心理・情動ストレスでは、扁桃体や視床下部などを中心とした情動ネットワークが関わっている。
 心理社会的ストレスの中で、最も重要であると考えられるのが情動ストレスである。ヒトのみでなくネズミの実験でも、この心理・情動ストレスを用いることができ、例えば恐怖条件付けやコミュニケーションボックス(隣のマウスが電撃ストレスを受けているのを観察する)などの手法は心理的なストレスの代表的なものである。こうした実験的な心理・情動ストレスでは、[[扁桃体]]や[[視床下部]]などを中心とした情動ネットワークが関わっている。


===心身症の背景となる心理・性格的要因===
===心身症の背景となる心理・性格的要因===
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====アレキソミアalexisomia====
====アレキソミアalexisomia====
 心身症に特徴的な傾向として、上記のアレキシサイミアは自己の感情の同定・表出やカテゴリ化などの障害であるが、より低次の情動・あるいは身体状態への気づきの障害をアレキソミア(失体感<ref><pubmed> 3547451 </pubmed></ref>)という。外的な刺激の知覚以外に、生体は、内臓や自律神経系、液性因子などの身体内部状態に関する情報を脳で知覚しており(内受容感覚Interoception)、この内受容感覚への気づき(Interoceptive awareness)は自己の情動状態および感情(や意識)の生成の基礎を構築しているとされる<ref>''' James, W. '''<br> What is an Emotion? <br>'' Mind. 9: p. 188-205.'': 1884</ref>。この内受容感覚の気づきに関しては、脳科学的には前島皮質の役割がクローズアップされている<ref name=ref16><pubmed> 12154366 </pubmed></ref><ref name=ref17><pubmed> 19096369 </pubmed></ref>。この内受容感覚の障害・アレキソミアは、ありのままの情動・感情体験を阻害し、アレキシサイミアにつながると同時に、心身症の背景因子の一つとして考えられている<ref><pubmed> 23537323 </pubmed></ref>。また、もう一つの機序は、身体内部状態への気づきが悪いことで、たとえば身体状態の変化を危険信号として捉えられず、適切な対処(例:休息をとったり医療機関を受診したり)を行わないことで疾病の発症・増悪を招くといったプロセスも考えられる。
 心身症に特徴的な傾向として、上記のアレキシサイミアは自己の感情の同定・表出やカテゴリ化などの障害であるが、より低次の情動・あるいは身体状態への[[気づき]]の障害をアレキソミア(失体感<ref><pubmed> 3547451 </pubmed></ref>)という。外的な刺激の[[知覚]]以外に、生体は、内臓や自律神経系、液性因子などの身体内部状態に関する情報を脳で知覚しており(内受容感覚Interoception)、この内受容感覚への気づき(Interoceptive awareness)は自己の情動状態および感情(や意識)の生成の基礎を構築しているとされる<ref>''' James, W. '''<br> What is an Emotion? <br>'' Mind. 9: p. 188-205.'': 1884</ref>。この内受容感覚の気づきに関しては、脳科学的には前島皮質の役割がクローズアップされている<ref name=ref16><pubmed> 12154366 </pubmed></ref><ref name=ref17><pubmed> 19096369 </pubmed></ref>。この内受容感覚の障害・アレキソミアは、ありのままの情動・感情体験を阻害し、アレキシサイミアにつながると同時に、心身症の背景因子の一つとして考えられている<ref><pubmed> 23537323 </pubmed></ref>。また、もう一つの機序は、身体内部状態への気づきが悪いことで、たとえば身体状態の変化を危険信号として捉えられず、適切な対処(例:休息をとったり医療機関を受診したり)を行わないことで疾病の発症・増悪を招くといったプロセスも考えられる。


====タイプA性格行動パターン<ref><pubmed> 13630753 </pubmed></ref>====
====タイプA性格行動パターン<ref><pubmed> 13630753 </pubmed></ref>====
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====タイプC <ref><pubmed> 18346864 </pubmed></ref>====
====タイプC <ref><pubmed> 18346864 </pubmed></ref>====
 Temoshok <ref><pubmed> 4009515 </pubmed></ref>は、メラノーマ(悪性黒色腫)患者を150人以上面接し、彼らの4分の3に共通の性格的特徴を抽出した。それによると、怒り(や他のネガティブな感情、不安、恐れ、悲しみなど)の感情に気づかず表出しない、仕事や人づきあい、家族関係において、忍耐強く、控えめで、協力的で譲歩を厭わない。権威に対し従順で、他人の要求を満たそうと気をつかいすぎ、自分の要求は十分に満たそうとせず、極端に自己犠牲的になることが多い。いわゆる「いい人」タイプである。素直な感情を心の奥で抑圧しているために、ストレスがたまり、それが免疫防衛機能に影響し、ガンへのリスクを高めると考えられている。ただし、このメラノーマやがんに真に「特異的な」性格傾向かどうかは不明である。
 Temoshok <ref><pubmed> 4009515 </pubmed></ref>は、メラノーマ(悪性黒色腫)患者を150人以上面接し、彼らの4分の3に共通の性格的特徴を抽出した。それによると、怒り(や他のネガティブな感情、不安、恐れ、悲しみなど)の感情に気づかず表出しない、仕事や人づきあい、家族関係において、忍耐強く、控えめで、協力的で譲歩を厭わない。権威に対し従順で、他人の要求を満たそうと気をつかいすぎ、自分の要求は十分に満たそうとせず、極端に自己犠牲的になることが多い。いわゆる「いい人」タイプである。素直な感情を心の奥で[[抑圧]]しているために、ストレスがたまり、それが免疫防衛機能に影響し、ガンへのリスクを高めると考えられている。ただし、このメラノーマやがんに真に「特異的な」性格傾向かどうかは不明である。


===脳と身体をつなぐルート===
===脳と身体をつなぐルート===
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====HPA axis====
====HPA axis====
 ストレスは、視床下部、下垂体、副腎皮質を介して、コルチゾール上昇をもたらすが、これによりインスリン抵抗性が高まり糖尿病の発症に寄与する。さらに、脂質代謝にも関わっており、肥満・内臓脂肪蓄積・高血圧もこれに関連している。免疫系にも影響を与え、例えばNK細胞にはコルチゾール受容体があり、受容すると細胞死に至るため、細胞性免疫の低下につながる。さらに、血小板凝集能を亢進させ、血栓を形成させ易くする恐れがある(図3)。 [[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_7.png|thumb|300px|'''図3.脳・自律神経・HPA axisと身体疾病 '''<br>]]
 ストレスは、視床下部、下垂体、副腎皮質を介して、[[コルチゾール]]上昇をもたらすが、これによりインスリン抵抗性が高まり糖尿病の発症に寄与する。さらに、脂質代謝にも関わっており、肥満・内臓脂肪蓄積・高血圧もこれに関連している。免疫系にも影響を与え、例えばNK細胞にはコルチゾール受容体があり、受容すると細胞死に至るため、細胞性免疫の低下につながる。さらに、血小板凝集能を亢進させ、血栓を形成させ易くする恐れがある(図3)。 [[Image:Yoshiyamoriguchi_fig_7.png|thumb|300px|'''図3.脳・自律神経・HPA axisと身体疾病 '''<br>]]


====免疫系====
====免疫系====
 胸腺・骨髄・脾臓・リンパ節などの免疫系組織は、自律神経系の支配を受けている。また、リンパ球などの免疫担当細胞の膜表面には様々なホルモンや神経伝達物質に対するレセプターが発現しており、ストレス負荷時にはこれらのレセプターや伝達物質を介して免疫系も影響される(図3参照)。急性ストレス時にはNK活性の亢進、リンパ球CD4/CD8比の低下、唾液中IgAの上昇などが認められ、慢性ストレスではNK活性低下・細胞数減少、ConA/PHAリンパ球幼若化試験によって測られるT細胞増殖能低下、唾液中IgA低下などが認められる。
 胸腺・骨髄・脾臓・リンパ節などの免疫系組織は、自律神経系の支配を受けている。また、リンパ球などの免疫担当細胞の膜表面には様々なホルモンや神経伝達物質に対するレセプターが発現しており、ストレス負荷時にはこれらのレセプターや伝達物質を介して免疫系も影響される(図3参照)。急性ストレス時にはNK活性の亢進、リンパ球CD4/CD8比の低下、唾液中IgAの上昇などが認められ、慢性ストレスではNK活性低下・細胞数減少、ConA/PHAリンパ球幼若化試験によって測られるT[[細胞増殖]]能低下、唾液中IgA低下などが認められる。


===身体から脳へ===
===身体から脳へ===
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==治療==
==治療==
 心身症の治療法のベースは、身体症状に関しては、各臓器別・診療科別の治療法をまずベースに置く。さらに、精神科における一般的な治療法(薬物療法、カウンセリング、一般精神療法、行動療法・認知行動療法、精神分析療法、家族療法、ブリーフセラピー、芸術療法、作業療法、リクリエーションなど)を併合し、こころの問題・心理社会的側面に対応する。
 心身症の治療法のベースは、身体症状に関しては、各臓器別・診療科別の治療法をまずベースに置く。さらに、精神科における一般的な治療法(薬物療法、カウンセリング、一般精神療法、[[行動療法]]・[[認知行動療法]]、[[精神分析療法]]、家族療法、ブリーフセラピー、芸術療法、作業療法、リクリエーションなど)を併合し、こころの問題・心理社会的側面に対応する。


 ここで重要な点は、常に心身の相互作用(心身相関)を頭に入れながらのアプローチが必要であるということであり、身体・こころの問題に別個に対応するのみでなく、その両者が効果的に統合される必要がある。この心身への統合的なアプローチが、心身症に対する特徴的な治療法といえる。
 ここで重要な点は、常に心身の相互作用(心身相関)を頭に入れながらのアプローチが必要であるということであり、身体・こころの問題に別個に対応するのみでなく、その両者が効果的に統合される必要がある。この心身への統合的なアプローチが、心身症に対する特徴的な治療法といえる。

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