「光遺伝学」の版間の差分

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== 光遺伝学の始まり ==
== 光遺伝学の始まり ==


 微生物からヒトに至るまで、ほとんどの生物は光情報を受容することが出来る。そのため、多岐にわたる生物種において光受容を担う光活性化タンパク質が存在することが古くから知られていた。例えば、塩湖や塩田などの高塩環境に生息している古細菌の一種である高度好塩菌は微生物型ロドプシンであるハロロドプシンやバクテリオロドプシンを発現しており、これらによる光エネルギーを利用したポンプ作用によって浸透圧調節を行っている。これらの微生物型ロドプシンは1970年代前半には既に発見されており、光によって活性化されるイオンポンプであることが報告されている[1]。また、緑藻類クラミドモナスは走光性や光驚動反応を示す。この応答は1980年代前半に光感覚器官である眼点に存在する微生物型ロドプシンを介した反応であると報告されている。その後、2002年から2003年にかけて、その微生物型ロドプシンであるチャネルロドプシン1(ChR1)およびチャネルロドプシン2(ChR2)が、それぞれプロトンイオンチャネルおよび非選択的陽イオンチャネルを形成するイオンチャネル型の光活性化タンパク質であることが同定された。現在までに、光活性化タンパク質の中でイオンチャネル型であると同定されているのは、チャネルロドプシンのみである。
 微生物からヒトに至るまで、ほとんどの生物は光情報を受容することが出来る。そのため、多岐にわたる生物種において光受容を担う光活性化タンパク質が存在することが古くから知られていた。例えば、塩湖や塩田などの高塩環境に生息している古細菌の一種である高度好塩菌は微生物型ロドプシンであるハロロドプシンやバクテリオロドプシンを発現しており、これらによる光エネルギーを利用したポンプ作用によって浸透圧調節を行っている。これらの微生物型ロドプシンは1970年代前半には既に発見されており、光によって活性化されるイオンポンプであることが報告されている<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>。また、緑藻類クラミドモナスは走光性や光驚動反応を示す。この応答は1980年代前半に光感覚器官である眼点に存在する微生物型ロドプシンを介した反応であると報告されている。その後、2002年から2003年にかけて、その微生物型ロドプシンであるチャネルロドプシン1(ChR1)およびチャネルロドプシン2(ChR2)が、それぞれプロトンイオンチャネルおよび非選択的陽イオンチャネルを形成するイオンチャネル型の光活性化タンパク質であることが同定された。現在までに、光活性化タンパク質の中でイオンチャネル型であると同定されているのは、チャネルロドプシンのみである。


 このような光活性化タンパク質を応用して光遺伝学という新手法が最初に報告されたのは2005年のことである。スタンフォード大学のKarl Deisserothらの研究グループが、レンチウイルスベクターを用いてチャネルロドプシン2を海馬の培養神経細胞に発現させ、光によってその神経活動をミリ秒オーダーで活性化することに成功した[2]。2006年には、東北大学のYawoらの研究グループが、シンドビスウイルスを用いて生きたマウスの海馬神経細胞にチャネルロドプシン2を発現させ、光強度依存的に活動電位を誘導することに成功した[3]
 このような光活性化タンパク質を応用して光遺伝学という新手法が最初に報告されたのは2005年のことである。スタンフォード大学のKarl Deisserothらの研究グループが、レンチウイルスベクターを用いてチャネルロドプシン2を海馬の培養神経細胞に発現させ、光によってその神経活動をミリ秒オーダーで活性化することに成功した<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>。2006年には、東北大学のYawoらの研究グループが、シンドビスウイルスを用いて生きたマウスの海馬神経細胞にチャネルロドプシン2を発現させ、光強度依存的に活動電位を誘導することに成功した<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>


 当初、微生物型ロドプシンは哺乳類の神経細胞では細胞膜に効率良く移行せず、細胞内で凝集体を作ったりして、十分量発現させることができなかった。しかし、使用コドンを哺乳類において翻訳効率の高いコドンに置換し、さらに膜移行シグナルを付加するといった改良により、光活性化タンパク質の膜へ移行が向上した[2]。光遺伝学の脳神経科学分野への急速な広がりから、新たな光活性化タンパク質の探索、変異体の作製など、まさに日進月歩の先端技術となっている。
 当初、微生物型ロドプシンは哺乳類の神経細胞では細胞膜に効率良く移行せず、細胞内で凝集体を作ったりして、十分量発現させることができなかった。しかし、使用コドンを哺乳類において翻訳効率の高いコドンに置換し、さらに膜移行シグナルを付加するといった改良により、光活性化タンパク質の膜へ移行が向上した<ref name=ref2 />。光遺伝学の脳神経科学分野への急速な広がりから、新たな光活性化タンパク質の探索、変異体の作製など、まさに日進月歩の先端技術となっている。


== 光活性化タンパク質の基本的構造 ==
== 光活性化タンパク質の基本的構造 ==
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 いずれのタイプも7回膜貫通型タンパク質であり、機能するためには補因子であるレチナールの結合が必須である。ロドプシンは発色団である11-シスレチナールと結合している。ロドプシンが光量子を吸収すると、レチナールは11—シス型から前トランス型に異性化する。それに伴い、ロドプシンの構造変化が起こり活性型に変化する。微生物型ロドプシンはそれ自身がイオンチャネルあるいはポンプを形成し、光受容と同時にイオンの流出入を制御する(図2)。これに対し、動物型ロドプシンは細胞内でGタンパク質と共役する。光遺伝学に用いられる光活性化タンパク質は、多くは緑藻植物や古細菌において発現する微生物型ロドプシンであるが、後述の通り、動物型ロドプシンが用いられることもある。
 いずれのタイプも7回膜貫通型タンパク質であり、機能するためには補因子であるレチナールの結合が必須である。ロドプシンは発色団である11-シスレチナールと結合している。ロドプシンが光量子を吸収すると、レチナールは11—シス型から前トランス型に異性化する。それに伴い、ロドプシンの構造変化が起こり活性型に変化する。微生物型ロドプシンはそれ自身がイオンチャネルあるいはポンプを形成し、光受容と同時にイオンの流出入を制御する(図2)。これに対し、動物型ロドプシンは細胞内でGタンパク質と共役する。光遺伝学に用いられる光活性化タンパク質は、多くは緑藻植物や古細菌において発現する微生物型ロドプシンであるが、後述の通り、動物型ロドプシンが用いられることもある。


 哺乳類の脳には十分量のレチナールが存在しているため、新たにレチナールを添加する必要はなく、光活性化タンパク質を発現させるだけで機能させることができる。しかし、無脊椎動物(ショウジョウバエや線虫)では、レチナールを加えないと十分な光応答が得られないと報告されている[4,5]
 哺乳類の脳には十分量のレチナールが存在しているため、新たにレチナールを添加する必要はなく、光活性化タンパク質を発現させるだけで機能させることができる。しかし、無脊椎動物(ショウジョウバエや線虫)では、レチナールを加えないと十分な光応答が得られないと報告されている<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>


== 活性化に用いられる光活性化タンパク質 ==
== 活性化に用いられる光活性化タンパク質 ==
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===チャネルロドプシン2(Channelrhodopsin-2, ChR2)===
===チャネルロドプシン2(Channelrhodopsin-2, ChR2)===


 緑藻類クラミドモナスの眼点から同定された、唯一の光活性化非選択的陽イオンチャネルである。470 nmの青色光照射によって最も強く活性化される(図3)。青色光を受容すると非選択的陽イオンチャネルが開口し、その結果ChR2発現細胞は脱分極応答を示す(図2)。光照射からチャネルが開口するまでの反応時間(τon)は非常に早く、30マイクロ秒以内である。チャネルのコンダクタンスは40 fS程度と考えられており、他の電位依存性チャネルと比較しても非常に小さい。欠点としては、脱感作しやすく一度活性化されると光応答が完全に戻るまでに25秒程要する[6]。より長波長である570 nmの光を照射することで、不活性状態からの回復を促すことができる。
 緑藻類クラミドモナスの眼点から同定された、唯一の光活性化非選択的陽イオンチャネルである。470 nmの青色光照射によって最も強く活性化される(図3)。青色光を受容すると非選択的陽イオンチャネルが開口し、その結果ChR2発現細胞は脱分極応答を示す(図2)。光照射からチャネルが開口するまでの反応時間(τon)は非常に早く、30マイクロ秒以内である。チャネルのコンダクタンスは40 fS程度と考えられており、他の電位依存性チャネルと比較しても非常に小さい。欠点としては、脱感作しやすく一度活性化されると光応答が完全に戻るまでに25秒程要する<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>。より長波長である570 nmの光を照射することで、不活性状態からの回復を促すことができる。


 また、他の欠点として非常に大量に細胞に発現させると細胞内で凝集体を形成して光応答が見られなくなる。長らくイオンが通過するポア領域が分かっていなかったが、2012年に結晶構造解析からChR2が二量体を形成していること、さらにイオンは形成した二量体の境界面では無く、単量体の中を通っていることが報告された。[7]
 また、他の欠点として非常に大量に細胞に発現させると細胞内で凝集体を形成して光応答が見られなくなる。長らくイオンが通過するポア領域が分かっていなかったが、2012年に結晶構造解析からChR2が二量体を形成していること、さらにイオンは形成した二量体の境界面では無く、単量体の中を通っていることが報告された<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>。


===変異型ChR2===
===変異型ChR2===
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====ChR2/H134R====
====ChR2/H134R====


 450 nmの青色光照射によって最も強く活性化される。野生型ChR2と比較して、僅かに脱感作しにくくなり、光感受性も若干向上している。ただし、光照射を止めてからチャネルが閉じるまでの反応時間(τoff)が少し延長しているために、時間的精度はChR2に劣る[8]
 450 nmの青色光照射によって最も強く活性化される。野生型ChR2と比較して、僅かに脱感作しにくくなり、光感受性も若干向上している。ただし、光照射を止めてからチャネルが閉じるまでの反応時間(τoff)が少し延長しているために、時間的精度はChR2に劣る<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>


====ChR2/C128X(XはT, AまたはS)またはChR2/D156A====
====ChR2/C128X(XはT, AまたはS)またはChR2/D156A====


 ChR2と比較して、光感受性が格段に向上しているが(約100倍高感度)、光応答電流は若干小さくなっている。これらのチャネルは、光照射開始からチャネルが開くまでの反応時間(τon)が10ミリ秒前後と僅かに遅くなっているが、光照射を止めてからチャネルが閉じるまでの反応時間(τoff)が非常に遅くなっている(2秒から100秒)のが最大の特徴である。しかし、550 nm前後の緑色光、もしくは橙色光照射により、チャネルを瞬時に閉じることができる。つまり、青色パルス光を一度照射するだけで、脱分極状態を長時間持続させ、緑色(または橙色)パルス光を照射することで膜電位を元に戻すことが出来る。これらの特徴から、長時間の持続的な脱分極に適している[9]
 ChR2と比較して、光感受性が格段に向上しているが(約100倍高感度)、光応答電流は若干小さくなっている。これらのチャネルは、光照射開始からチャネルが開くまでの反応時間(τon)が10ミリ秒前後と僅かに遅くなっているが、光照射を止めてからチャネルが閉じるまでの反応時間(τoff)が非常に遅くなっている(2秒から100秒)のが最大の特徴である。しかし、550 nm前後の緑色光、もしくは橙色光照射により、チャネルを瞬時に閉じることができる。つまり、青色パルス光を一度照射するだけで、脱分極状態を長時間持続させ、緑色(または橙色)パルス光を照射することで膜電位を元に戻すことが出来る。これらの特徴から、長時間の持続的な脱分極に適している<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>


====ChR2/E123T(ChETA)====
====ChR2/E123T(ChETA)====
 490 nmの青色光照射によって最も強く活性化される。チャネルの光反応時間が非常に早くなり改善されている。その一方、光応答電流は減少している。光反応速度が上がった分、高頻度な光刺激に適しており、光刺激による活動電位の誘導が200Hz程度まで可能となっている[10]
 490 nmの青色光照射によって最も強く活性化される。チャネルの光反応時間が非常に早くなり改善されている。その一方、光応答電流は減少している。光反応速度が上がった分、高頻度な光刺激に適しており、光刺激による活動電位の誘導が200Hz程度まで可能となっている<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>


===キメラ型ChR===
===キメラ型ChR===

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