「行動テストバッテリー」の版間の差分

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Fear conditioning test
Fear conditioning test


 マウスに場所(文脈)や音、光などの条件刺激と電気刺激などの無条件刺激を組み合わせて与えることで条件づけした後、条件刺激を再度提示した際にマウスがすくみ反応(フリージング) を示した時間を測定し、その割合を記憶能力の指標とするテスト<ref name=ref41><pubmed></pubmed></ref>。条件づけした文脈や手がかり刺激を与えてもすくみ反応を示さなかったり、示している時間が短かったりすれば、記憶能力の異常が示唆される。このテストは古典的条件づけおよび文脈記憶のテストとして広く使われている。恐怖条件づけでは、マウスに電気ショックなどの非常に強い刺激を用いるため、このテストを経験させた動物はその後の行動特性が大きく変化する可能性がある。そのため、本テストはテストバッテリーの終盤に行うことが多い。逆に実験者による取り扱いに(ハンドリング)に全く慣れていない個体をテストの被験体として用いると、ケージから取り出しなどのハンドリングも含めて無条件刺激となってしまい、どんな文脈に対してもすくみ反応を示してしまうこともある。このような場合は、文脈や手がかりを記憶しているかどうかの評価ができなくなってしまうので、実験を計画する際には注意が必要である。
 マウスに場所(文脈)や音、光などの条件刺激と電気刺激などの無条件刺激を組み合わせて与えることで条件づけした後、条件刺激を再度提示した際にマウスがすくみ反応(フリージング) を示した時間を測定し、その割合を記憶能力の指標とするテスト<ref name=ref41><pubmed>7208128</pubmed></ref>。条件づけした文脈や手がかり刺激を与えてもすくみ反応を示さなかったり、示している時間が短かったりすれば、記憶能力の異常が示唆される。このテストは古典的条件づけおよび文脈記憶のテストとして広く使われている。恐怖条件づけでは、マウスに電気ショックなどの非常に強い刺激を用いるため、このテストを経験させた動物はその後の行動特性が大きく変化する可能性がある。そのため、本テストはテストバッテリーの終盤に行うことが多い。逆に実験者による取り扱いに(ハンドリング)に全く慣れていない個体をテストの被験体として用いると、ケージから取り出しなどのハンドリングも含めて無条件刺激となってしまい、どんな文脈に対してもすくみ反応を示してしまうこともある。このような場合は、文脈や手がかりを記憶しているかどうかの評価ができなくなってしまうので、実験を計画する際には注意が必要である。


 行動テストバッテリーを構成する際には、テストの順番とテスト間の間隔についても注意する必要がある。最初に行うテストを除き、全てのテストにおいてマウスは先行して経験した実験の影響を受けるので、全ての被験体について同じ順番でテストを実施するのが望ましい。行動テストバッテリーに含まれる各種テストは、被験体に与えるストレスが低いと考えられるテストから始め、徐々にストレスレベルが高いと考えられるテストを受けるような順番で構成されている。特に恐怖条件づけテスト(項目3.5.4 参照)のように電気ショックを与えるものは、その後の行動に影響を与える可能性が高く、テストバッテリーの中では終盤に実施するのが一般的である<ref name=ref7 />。行動テストバッテリーにおけるテスト間の間隔については、Paylor らがバッテリー内のテスト間隔を1週間にした場合と1-2日にした場合とを比較した研究を発表している<ref name=ref42><pubmed></pubmed></ref>。この研究によるとテストの間隔が1-2日あれば1週間の間隔を空けた場合と比較して行動テストの結果に大きな違いは見られなかった<ref name=ref42 />。この知見に基づき、Crawleyらの研究室をはじめ、藤田保健衛生大学、生理学研究所などでも行動テストバッテリーを実施する場合は、テスト間の間隔は1日以上空けることとしている。
 行動テストバッテリーを構成する際には、テストの順番とテスト間の間隔についても注意する必要がある。最初に行うテストを除き、全てのテストにおいてマウスは先行して経験した実験の影響を受けるので、全ての被験体について同じ順番でテストを実施するのが望ましい。行動テストバッテリーに含まれる各種テストは、被験体に与えるストレスが低いと考えられるテストから始め、徐々にストレスレベルが高いと考えられるテストを受けるような順番で構成されている。特に恐怖条件づけテスト(項目3.5.4 参照)のように電気ショックを与えるものは、その後の行動に影響を与える可能性が高く、テストバッテリーの中では終盤に実施するのが一般的である<ref name=ref7 />。行動テストバッテリーにおけるテスト間の間隔については、Paylor らがバッテリー内のテスト間隔を1週間にした場合と1-2日にした場合とを比較した研究を発表している<ref name=ref42><pubmed>16197969</pubmed></ref>。この研究によるとテストの間隔が1-2日あれば1週間の間隔を空けた場合と比較して行動テストの結果に大きな違いは見られなかった<ref name=ref42 />。この知見に基づき、Crawleyらの研究室をはじめ、藤田保健衛生大学、生理学研究所などでも行動テストバッテリーを実施する場合は、テスト間の間隔は1日以上空けることとしている。


==実施にあたって留意すべき事項==
==実施にあたって留意すべき事項==
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====遺伝的背景====
====遺伝的背景====
 遺伝子改変マウスの表現型解析を行う場合において、バックグラウンド系統として現在よく使われているのは C57BL6/J という系統である。一方で遺伝子改変マウスの作製に用いられるES細胞には、最も早くES細胞株が確立されたマウス系統である129由来のものが多く使用されていた<ref name=ref43><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed></pubmed></ref>。この129という系統から派生した亜系統(亜系統について次段落参照)では脳梁の形成不全が生じており、記憶・学習に障害があるとされたため<ref name=ref45><pubmed></pubmed></ref>、遺伝子改変マウスを行動解析する際には多くの場合、遺伝的背景を129系 からC57BL6/J系統にする戻し交配 (バッククロス) が行われている。実際、129系の亜系統のうち、129/J, 129/SvJ, 129/Sv では空間学習の成績低下が知られている<ref name=ref46><pubmed></pubmed></ref>。しかし、別の亜系統129S6/SvEvTac ではモリス水迷路や恐怖条件づけで測定される学習・記憶は正常であると報告されている<ref name=ref46 />。作業記憶についてもT迷路やY迷路を用いた自発的交替課題で129S2/SvHsd (129) とC57BL/6JOlaHsd との間で交替率(正答率)に大きな違いは見られない<ref name=ref47><pubmed></pubmed></ref>。その他にも、C57BL6/Jではprepulse inhibition (項目3.1.2 参照) が低いのに対して、129/SvEvTacや129/J、129/SvJは高いことが報告されている<ref name=ref48><pubmed></pubmed></ref>。このように遺伝的背景が129系統であっても必ずしも表現型解析に問題が生じるわけではないのでC57BL6系へのバッククロスは必ずしも必要ではないと考えられる。また、戻し交配を行う場合に注意すべきこととして、ドナー系統(もとの系統)の遺伝子の残存がある。C57BL6/Jによる戻し交配を6回経て生まれたマウスは、遺伝子の98.4%がC57BL6/J由来のものとなる。しかし、これは理論上の値であり、遺伝子判定を行った上で遺伝子改変マウスを選別して戻し交配を行うのでターゲットとした遺伝子の周辺にはドナー系統の遺伝子が残存しており表現型に影響を与える可能性がある (隣接遺伝子効果, Flanking-gene effect) ので注意が必要である<ref name=ref49><pubmed></pubmed></ref>。現在ではC57BL6系統のES細胞株も確立されており、戻し交配を経ることなくC57BL6純系で遺伝子改変マウスを得ることができる<ref name=ref50><pubmed>17298852</pubmed></ref>。
 遺伝子改変マウスの表現型解析を行う場合において、バックグラウンド系統として現在よく使われているのは C57BL6/J という系統である。一方で遺伝子改変マウスの作製に用いられるES細胞には、最も早くES細胞株が確立されたマウス系統である129由来のものが多く使用されていた<ref name=ref43><pubmed>7242681</pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed>6950406</pubmed></ref>。この129という系統から派生した亜系統(亜系統について次段落参照)では脳梁の形成不全が生じており、記憶・学習に障害があるとされたため<ref name=ref45><pubmed>7093694</pubmed></ref>、遺伝子改変マウスを行動解析する際には多くの場合、遺伝的背景を129系 からC57BL6/J系統にする戻し交配 (バッククロス) が行われている。実際、129系の亜系統のうち、129/J, 129/SvJ, 129/Sv では空間学習の成績低下が知られている<ref name=ref46><pubmed>10415403</pubmed></ref>。しかし、別の亜系統129S6/SvEvTac ではモリス水迷路や恐怖条件づけで測定される学習・記憶は正常であると報告されている<ref name=ref46 />。作業記憶についてもT迷路やY迷路を用いた自発的交替課題で129S2/SvHsd (129) とC57BL/6JOlaHsd との間で交替率(正答率)に大きな違いは見られない<ref name=ref47><pubmed>11423164</pubmed></ref>。その他にも、C57BL6/Jではprepulse inhibition (項目3.1.2 参照) が低いのに対して、129/SvEvTacや129/J、129/SvJは高いことが報告されている<ref name=ref48><pubmed>9266614</pubmed></ref>。このように遺伝的背景が129系統であっても必ずしも表現型解析に問題が生じるわけではないのでC57BL6系へのバッククロスは必ずしも必要ではないと考えられる。また、戻し交配を行う場合に注意すべきこととして、ドナー系統(もとの系統)の遺伝子の残存がある。C57BL6/Jによる戻し交配を6回経て生まれたマウスは、遺伝子の98.4%がC57BL6/J由来のものとなる。しかし、これは理論上の値であり、遺伝子判定を行った上で遺伝子改変マウスを選別して戻し交配を行うのでターゲットとした遺伝子の周辺にはドナー系統の遺伝子が残存しており表現型に影響を与える可能性がある (隣接遺伝子効果, Flanking-gene effect) ので注意が必要である<ref name=ref49><pubmed>15364034</pubmed></ref>。現在ではC57BL6系統のES細胞株も確立されており、戻し交配を経ることなくC57BL6純系で遺伝子改変マウスを得ることができる<ref name=ref50><pubmed>17298852</pubmed></ref>。


====系統による行動特性の違い====
====系統による行動特性の違い====
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====行動テストバッテリーによる解析に必要な個体数====
====行動テストバッテリーによる解析に必要な個体数====
行動テストバッテリーでの解析に必要な各群の被験体数は、検出しようとしている効果の大きさどの程度に想定するかによって異なる。例えば、2群比較においてそれぞれが正規分布に従うと仮定して効果量 が1の差、すなわち1標準偏差分の平均値の差、に対して十分な検出力 (statistic power > 0.80) を持つような被験体数は、各群について20匹程度となる<ref name=ref53>'''Cohen, J.'''<br>Statistical Power Analysis for the Behavioral Sciences.<br>''Routledge Academic'', 1988</ref>。
行動テストバッテリーでの解析に必要な各群の被験体数は、検出しようとしている効果の大きさどの程度に想定するかによって異なる。例えば、2群比較においてそれぞれが正規分布に従うと仮定して効果量 が1の差、すなわち1標準偏差分の平均値の差、に対して十分な検出力 (statistic power > 0.80) を持つような被験体数は、各群について20匹程度となる<ref name=ref53>'''Cohen, J.'''<br>Statistical Power Analysis for the Behavioral Sciences.<br>''Routledge Academic'', 1988</ref>。


 遺伝子変異マウスの解析については Crusio らが論文化に際しての基準を提唱しており、順守するべき項目として以下に示す8項目を挙げている<ref name=ref54><pubmed>18778401</pubmed></ref>。
 遺伝子変異マウスの解析については Crusio らが論文化に際しての基準を提唱しており、順守するべき項目として以下に示す8項目を挙げている<ref name=ref54><pubmed>18778401</pubmed></ref>。

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