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{{PBB|geneid=5649}} | {{PBB|geneid=5649}} | ||
== 同定 == | == 同定 == | ||
1951年、Falconerにより、[[運動失調]]を呈する自然発症マウスが発見された。このマウスは、千鳥足のような歩き方(reeling gait)をするため、reeler(リーラー)と名付けられた。リーラーマウスの脳構造には、多くの異常が認められ、運動を司る[[小脳]]が非常に小さいこと、また[[大脳皮質]]の神経細胞の配置は概ね逆転する。そのため、リーラーマウスの原因遺伝子は正常な脳の形成に必須な分子であることが推察された。 | 1951年、Falconerにより、[[運動失調]]を呈する自然発症マウスが発見された。このマウスは、千鳥足のような歩き方(reeling gait)をするため、reeler(リーラー)と名付けられた。リーラーマウスの脳構造には、多くの異常が認められ、運動を司る[[小脳]]が非常に小さいこと、また[[大脳皮質]]の神経細胞の配置は概ね逆転する。そのため、リーラーマウスの原因遺伝子は正常な脳の形成に必須な分子であることが推察された。 | ||
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[[wikipedia:ja:御子柴克彦|御子柴]]らのグループは、野生型マウスの脳抽出物を、リーラーマウスに免疫することでリーラーマウスにおいて欠失したタンパク質に対する[[wikipedia:ja:モノクローナル抗体|モノクローナル抗体]]の樹立を試み、CR-50抗体を樹立した。CR-50抗体は野生型マウス大脳皮質のカハール・レチウス細胞を標識することを見いだし、リーラーマウスで欠失するタンパク質が、[[カハール・レチウス細胞]]に発現する事が明らかになった<ref><pubmed> 7748558 </pubmed></ref>。後に、CR-50の抗原がリーリンタンパク質のN末端側を認識することが確認された。 | [[wikipedia:ja:御子柴克彦|御子柴]]らのグループは、野生型マウスの脳抽出物を、リーラーマウスに免疫することでリーラーマウスにおいて欠失したタンパク質に対する[[wikipedia:ja:モノクローナル抗体|モノクローナル抗体]]の樹立を試み、CR-50抗体を樹立した。CR-50抗体は野生型マウス大脳皮質のカハール・レチウス細胞を標識することを見いだし、リーラーマウスで欠失するタンパク質が、[[カハール・レチウス細胞]]に発現する事が明らかになった<ref><pubmed> 7748558 </pubmed></ref>。後に、CR-50の抗原がリーリンタンパク質のN末端側を認識することが確認された。 | ||
== | ==構造 == | ||
[[ファイル:Takao Kohno Fig 1.jpg|thumb|right|500px|'''図1.リーリンタンパク質の構造''']] | [[ファイル:Takao Kohno Fig 1.jpg|thumb|right|500px|'''図1.リーリンタンパク質の構造''']] | ||
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成体期になると、大脳皮質のカハール・レチウス細胞での発現が弱まり、[[GABA作動性神経細胞]]に発現が見られる。[[小脳]]では[[外顆粒細胞]]に発現する。 | 成体期になると、大脳皮質のカハール・レチウス細胞での発現が弱まり、[[GABA作動性神経細胞]]に発現が見られる。[[小脳]]では[[外顆粒細胞]]に発現する。 | ||
==機能== | |||
== 受容体とその下流シグナル == | ===受容体とその下流シグナル === | ||
[[ファイル:Takao Kohno Fig 2.jpg|thumb|right|250px|'''図2.リーリン受容体とその下流シグナル''']] | [[ファイル:Takao Kohno Fig 2.jpg|thumb|right|250px|'''図2.リーリン受容体とその下流シグナル''']] | ||
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Dab1の下流分子としては他にも数多くの候補分子が挙げられているが、どの分子がどの現象でどの程度重要なのかについて、決定的な証拠がある例は少ない。おそらくは、細胞種や時期によって、複数の因子が関与しているものと推察される。 | Dab1の下流分子としては他にも数多くの候補分子が挙げられているが、どの分子がどの現象でどの程度重要なのかについて、決定的な証拠がある例は少ない。おそらくは、細胞種や時期によって、複数の因子が関与しているものと推察される。 | ||
== | === 大脳皮質形成における機能 === | ||
発生初期の大脳皮質は、[[プレプレート]]と呼ばれる層と、神経細胞が新たに生まれる[[脳室帯]]からなる。脳室帯で生まれた神経細胞はプレプレートに侵入し、プレプレートは、[[辺縁帯]]とサブプレートに分離する(この現象は[[プレプレートスプリッティング]]と呼ばれる)。これに続いて、脳室帯で生まれた神経細胞は、サブプレートを越え放射状に移動し(この時、遅生まれの神経細胞は、早生まれの神経細胞を追い越すように移動する)、辺縁帯の直前で移動を停止する。このようにして、大脳皮質は、早生まれの神経細胞が[[脳室]]側に、遅生まれの神経細胞が表層側に配置される。 | 発生初期の大脳皮質は、[[プレプレート]]と呼ばれる層と、神経細胞が新たに生まれる[[脳室帯]]からなる。脳室帯で生まれた神経細胞はプレプレートに侵入し、プレプレートは、[[辺縁帯]]とサブプレートに分離する(この現象は[[プレプレートスプリッティング]]と呼ばれる)。これに続いて、脳室帯で生まれた神経細胞は、サブプレートを越え放射状に移動し(この時、遅生まれの神経細胞は、早生まれの神経細胞を追い越すように移動する)、辺縁帯の直前で移動を停止する。このようにして、大脳皮質は、早生まれの神経細胞が[[脳室]]側に、遅生まれの神経細胞が表層側に配置される。 | ||
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大脳皮質神経細胞移動におけるリーリンの機能については、いくつかの説が提唱されている。 | 大脳皮質神経細胞移動におけるリーリンの機能については、いくつかの説が提唱されている。 | ||
=== 停止シグナル説 === | ==== 停止シグナル説 ==== | ||
Antonらのグループは、[[インテグリンα3β1]]がリーリンの受容体であることを報告し、リーリンとインテグリンとの結合により、神経細胞は[[ラジアルファイバー]]から離脱し、移動を停止するモデルを提唱した<ref><pubmed> 10939329 </pubmed></ref>。また、Dab1のリン酸化がα3インテグリンの発現量を制御し、これにより神経細胞とラジアルファイバーとの接着性が調節されることが報告された<ref><pubmed> 15091337 </pubmed></ref>。しかし、移動中の神経細胞において[[β1インテグリン]]を欠失した条件付き[[ノックアウトマウス]]では、リーラーの様な層構造形成異常は見られなかった<ref><pubmed> 18077697 </pubmed></ref>ため、インテグリンを介した神経細胞停止機構については更なる研究が必要である。 | Antonらのグループは、[[インテグリンα3β1]]がリーリンの受容体であることを報告し、リーリンとインテグリンとの結合により、神経細胞は[[ラジアルファイバー]]から離脱し、移動を停止するモデルを提唱した<ref><pubmed> 10939329 </pubmed></ref>。また、Dab1のリン酸化がα3インテグリンの発現量を制御し、これにより神経細胞とラジアルファイバーとの接着性が調節されることが報告された<ref><pubmed> 15091337 </pubmed></ref>。しかし、移動中の神経細胞において[[β1インテグリン]]を欠失した条件付き[[ノックアウトマウス]]では、リーラーの様な層構造形成異常は見られなかった<ref><pubmed> 18077697 </pubmed></ref>ため、インテグリンを介した神経細胞停止機構については更なる研究が必要である。 | ||
VLDLRノックアウトマウスの大脳皮質では、[[CuxII]]陽性細胞が辺縁層に侵入する<ref><pubmed> 17913789 </pubmed></ref>ため、辺縁層の直下で神経細胞が停止する機構に、VLDLRが必要であると考えられる。 | VLDLRノックアウトマウスの大脳皮質では、[[CuxII]]陽性細胞が辺縁層に侵入する<ref><pubmed> 17913789 </pubmed></ref>ため、辺縁層の直下で神経細胞が停止する機構に、VLDLRが必要であると考えられる。 | ||
=== 許容シグナル説 === | ==== 許容シグナル説 ==== | ||
停止シグナル説に対して、2002年頃からリーリンは神経細胞移動に対してpermissiveに働くという許容シグナル説が提唱された。Curranらは、表層側からのリーリン分泌が大脳皮質形成に必要であるかを検討するために、[[Nestin]][[プロモーター]]下でリーリンを発現するトランスジェニックマウス(このマウスでは、脳室側でリーリンが異所的に発現する)を作製した<ref><pubmed> 11856531 </pubmed></ref>。このマウスでは神経細胞の移動が阻害されず、大脳皮質の層構造は正常であった。さらに、リーラーマウスと交配した場合、異所的に発現したリーリンは、リーラーマウスのプレプレートスプリッティング異常を回復した(大脳皮質の層構造異常を完全に回復することができなかった)。これらの結果から、リーリンは単純な停止シグナルとして働くのではなく許容シグナルとして働くことが提唱された。 | 停止シグナル説に対して、2002年頃からリーリンは神経細胞移動に対してpermissiveに働くという許容シグナル説が提唱された。Curranらは、表層側からのリーリン分泌が大脳皮質形成に必要であるかを検討するために、[[Nestin]][[プロモーター]]下でリーリンを発現するトランスジェニックマウス(このマウスでは、脳室側でリーリンが異所的に発現する)を作製した<ref><pubmed> 11856531 </pubmed></ref>。このマウスでは神経細胞の移動が阻害されず、大脳皮質の層構造は正常であった。さらに、リーラーマウスと交配した場合、異所的に発現したリーリンは、リーラーマウスのプレプレートスプリッティング異常を回復した(大脳皮質の層構造異常を完全に回復することができなかった)。これらの結果から、リーリンは単純な停止シグナルとして働くのではなく許容シグナルとして働くことが提唱された。 | ||
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これらの知見は、大脳皮質形成におけるリーリンの機能(少なくとも、プレプレートスプリッティングなどの一部の機能)には、リーリンが必ずしも表層側から分泌される必要がないことを示唆する。 | これらの知見は、大脳皮質形成におけるリーリンの機能(少なくとも、プレプレートスプリッティングなどの一部の機能)には、リーリンが必ずしも表層側から分泌される必要がないことを示唆する。 | ||
== | ==疾患との関わり== | ||
=== 滑脳症 === | === 滑脳症 === | ||
ヒトでのリーリンの欠損は、てんかん、[[認知障害]]や精神遅滞を呈する滑脳症を引き起こす<ref><pubmed> 10973257 </pubmed></ref>。リーリン欠損による滑脳症は、小脳がほとんど形成されないことが特徴である。 | ヒトでのリーリンの欠損は、てんかん、[[認知障害]]や精神遅滞を呈する滑脳症を引き起こす<ref><pubmed> 10973257 </pubmed></ref>。リーリン欠損による滑脳症は、小脳がほとんど形成されないことが特徴である。 | ||
82行目: | 81行目: | ||
=== 自閉症 === | === 自閉症 === | ||
近年の総説では、[[自閉症]]と関連が疑われる遺伝子のスコア付けが試みられている(72) | 近年の総説では、[[自閉症]]と関連が疑われる遺伝子のスコア付けが試みられている(72)(編集コメント 文献番号に該当する物がございませんのでご確認ください)が、リーリンはその中で最高スコアを得ている。また、リーリンヘテロ欠損マウスを用いて自閉症とリーリンを結びつける試みも少なからず行われている<ref><pubmed> 18414403 </pubmed></ref>。ヒトでも、リーリン遺伝子の多型と自閉症発症の相関に関して多くの人種で様々な研究が行われているが、肯定的見解と否定的見解がほぼ相半ばしている。 | ||
=== 気分障害 === | === 気分障害 === | ||
[[双極性障害]]や[[うつ病]]においてもリーリンの関与は研究されており、患者死後脳の研究ではリーリンはこれらの患者ではわずかではあるが減少している<ref><pubmed> 11074872 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11126396 </pubmed></ref>。また、リーリンにはCTRをコードする[[wikipedia:ja:エキソン|エキソン]]の直前で[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]が生じ、CTRの無いアイソフォームが生じることが知られている。双極性障害の患者では、このタイプの[[wikipedia:ja:mRNA|mRNA]]の割合が減少していることが報告されている<ref><pubmed> 21603580 </pubmed></ref>。CTRを欠損するアイソフォームはシグナル活性が弱いので、双極性障害患者では相対的にリーリン機能は亢進していることになる。しかしこれは、リーリンの機能低下を補う代償機構の結果である可能性も残されている。 | [[双極性障害]]や[[うつ病]]においてもリーリンの関与は研究されており、患者死後脳の研究ではリーリンはこれらの患者ではわずかではあるが減少している<ref><pubmed> 11074872 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11126396 </pubmed></ref>。また、リーリンにはCTRをコードする[[wikipedia:ja:エキソン|エキソン]]の直前で[[wikipedia:ja:選択的スプライシング|選択的スプライシング]]が生じ、CTRの無いアイソフォームが生じることが知られている。双極性障害の患者では、このタイプの[[wikipedia:ja:mRNA|mRNA]]の割合が減少していることが報告されている<ref><pubmed> 21603580 </pubmed></ref>。CTRを欠損するアイソフォームはシグナル活性が弱いので、双極性障害患者では相対的にリーリン機能は亢進していることになる。しかしこれは、リーリンの機能低下を補う代償機構の結果である可能性も残されている。 | ||
==関連項目== | |||
*[[Dab1]] | |||
*[[ApoER2]] | |||
*[[VLDLR]] | |||
*[[カハールレチウス細胞]] | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references/> | <references/> |