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== 歴史 ==
== 歴史 ==
 Johan Christian Reilは、1796年に Exercitationum anatomicarum fasciculus primus de structura nervorumを発表、その中で第5の葉の存在を指摘した。これが島に関する初の学術的な記述である。しかし記述は本文のみにとどめられ、図示されなかった。Reilの発見した島は、現在も重版中のGray解剖学書で初めて図示され、「Reilの島」という呼称を不朽のものとした (Binder et al 2007)
 Johan Christian Reilは、1796年に Exercitationum anatomicarum fasciculus primus de structura nervorumを発表、その中で第5の葉の存在を指摘した。これが島に関する初の学術的な記述である。しかし記述は本文のみにとどめられ、図示されなかった。Reilの発見した島は、現在も重版中のGray解剖学書で初めて図示され、「Reilの島」という呼称を不朽のものとした<ref name=ref1><pubmed>18091285</pubmed></ref>


 Reilは島を高次精神機能の責任中枢ととらえた。奇しくも現在、内受容や、[[情動]]、共感、[[自己意識]]などの高次機能に関わる部位として注目されている。しかしそうした機能に関して、ニューロンレベルでの情報処理過程の解明は進んでいない。
 Reilは島を高次精神機能の責任中枢ととらえた。奇しくも現在、内受容や、[[情動]]、共感、[[自己意識]]などの高次機能に関わる部位として注目されている。しかしそうした機能に関して、ニューロンレベルでの情報処理過程の解明は進んでいない。
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=== 発生 ===
=== 発生 ===


 [[胎生期]]、島は最も早く発達する皮質である(Wai et al 2008)。ヒト胎生6週、始原[[終脳]]は尾側下方へと発達し始める。この発達方向は14週から16週に回転を伴って吻側へと転じ、回転先端は側頭葉へと[[分化]]する。胎生3-4か月頃、終脳の螺旋状の発達が形成する裂は、シルビウス裂として確認でき(Türe et al 1999, Kalani et al 2009)、島は内奥に埋没してゆく。この頃、島中心溝があらわとなり、これを境に前部と、前部に比し狭小な後部とに分けられるようになる(Türe et al 1999)
 [[胎生期]]、島は最も早く発達する皮質である<ref name=ref2><pubmed>18762964</pubmed></ref>。ヒト胎生6週、始原[[終脳]]は尾側下方へと発達し始める。この発達方向は14週から16週に回転を伴って吻側へと転じ、回転先端は側頭葉へと[[分化]]する。胎生3-4か月頃、終脳の螺旋状の発達が形成する裂は、シルビウス裂として確認でき<ref name=ref3><pubmed>10193618</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>19645558</pubmed></ref>、島は内奥に埋没してゆく。この頃、島中心溝があらわとなり、これを境に前部と、前部に比し狭小な後部とに分けられるようになる<ref name=ref3 />


===肉眼解剖===
===肉眼解剖===
 霊長類の島はシルビウス裂内奥に位置し、[[前頭葉]]、側頭葉、[[頭頂葉]]、基底核に囲まれる(図)。ヒトなどの大型霊長類では、島極には前頭島皮質(frontoinsular cortex)が存在し、眼窩前頭葉と接する(Butti and Hof 2010)。脳に占める島の体積の割合はヒトが1.2-1.7%、ゴリラ1.1-1.7%、オランウータン1-1.5%であり、テナガザル0.9-1.1%と比して3割程度大きい(Semendeferi and Damasio 2000)。滑脳性の動物(げっ歯類など)の島は大脳半球の表面に露出し、嗅脳溝の上方に位置する。前下方は眼窩皮質と、背尾側は感覚皮質と接している(Butti and Hof 2010)。サルにおいて島中心溝は明らかではなく(Chikama et al 1997)、便宜的に亜顆粒領域(後述)の中央で前部と後部に二分する(Mesulam & Mufson 1982)。ヒト前部島には3つの短い脳回を、後部島には2つの長い脳回を認めるが、個人差が大きいとされる。またサルにおいてはこれらを認めない(Türe et al 1999)。島はBroadmanのarea 13から16に相当する(Brodman 1909)。
 霊長類の島はシルビウス裂内奥に位置し、[[前頭葉]]、側頭葉、[[頭頂葉]]、基底核に囲まれる(図)。ヒトなどの大型霊長類では、島極には前頭島皮質(frontoinsular cortex)が存在し、眼窩前頭葉と接する<ref name=ref5><pubmed>20512368</pubmed></ref>。脳に占める島の体積の割合はヒトが1.2-1.7%、ゴリラ1.1-1.7%、オランウータン1-1.5%であり、テナガザル0.9-1.1%と比して3割程度大きい<ref name=ref6><pubmed>10656781</pubmed></ref>。滑脳性の動物(げっ歯類など)の島は大脳半球の表面に露出し、嗅脳溝の上方に位置する。前下方は眼窩皮質と、背尾側は感覚皮質と接している<ref name=ref5><pubmed>20512368</pubmed></ref>。サルにおいて島中心溝は明らかではなく<ref name=ref7><pubmed>9391023</pubmed></ref>、便宜的に亜顆粒領域(後述)の中央で前部と後部に二分する<ref name=ref8><pubmed>7174907</pubmed></ref>。ヒト前部島には3つの短い脳回を、後部島には2つの長い脳回を認めるが、個人差が大きいとされる。またサルにおいてはこれらを認めない<ref name=ref3 />。島はBroadmanのarea 13から16に相当する(Brodman 1909)。


===組織===
===組織===
 霊長類の島の細胞構築学的構成は共通している(Mesulam & Mufson 1982)。前腹側部に顆粒細胞層を欠く無顆粒島(agranular insula)が、その後背側部に亜顆粒島(dysgranular insula)が、さらにその後背側部に全ての層構造が明瞭な顆粒島(granular insula)が分布する(Mesulam and Mufson 1982)。げっ歯類の島では、前方と後方に無顆粒皮質が、背側と腹側に顆粒皮質が分布する(Butti and Hof 2010)
 霊長類の島の細胞構築学的構成は共通している<ref name=ref9><pubmed>7174905</pubmed></ref>。前腹側部に顆粒細胞層を欠く無顆粒島(agranular insula)が、その後背側部に亜顆粒島(dysgranular insula)が、さらにその後背側部に全ての層構造が明瞭な顆粒島(granular insula)が分布する<ref name=ref9 />。げっ歯類の島では、前方と後方に無顆粒皮質が、背側と腹側に顆粒皮質が分布する<ref name=ref5 />


 前部帯状皮質と前頭島皮質の第Ⅴ層には、単一の基底樹状突起しかもたない紡錘形の大型二極性ニューロンが存在し、spindle cell(紡錘細胞)ないしvon Economo neuron (VEN)と呼ばれる(Allman et al 2005)。VENは、自己意識が発達する4歳以降のヒトや、大型類人猿の島に多く存在する(Nimchinsky et al 1999)。また、[[自閉症]]圏の患者やピック病患者、下等な霊長類の島などではVENは少ないとされたこともあり、VENが共感や自己意識を担うという仮説がある(Allman et al 2005)。一方、これまではVENが存在しないとされたマカクザルの島でも最近VENが発見されたこと(Evard et al, 2012)、自己意識の指標とされるマーク[[テスト]](鏡に映った動物自身の姿を手掛かりに、事前に体表に書き込まれたマークに注意を向けるかどうかを調べる)に、VENを欠くある種の鳥類がパスすることなどは、上記の仮説に矛盾する(Prior et al 2008, de Waal 2008)
 前部帯状皮質と前頭島皮質の第V層には、単一の基底樹状突起しかもたない紡錘形の大型二極性ニューロンが存在し、spindle cell(紡錘細胞)ないしvon Economo neuron (VEN)と呼ばれる<ref name=ref10><pubmed>16002323</pubmed></ref>。VENは、自己意識が発達する4歳以降のヒトや、大型類人猿の島に多く存在する<ref name=ref11><pubmed>10220455</pubmed></ref>。また、[[自閉症]]圏の患者やピック病患者、下等な霊長類の島などではVENは少ないとされたこともあり、VENが共感や自己意識を担うという仮説がある<ref name=ref10 />。一方、これまではVENが存在しないとされたマカクザルの島でも最近VENが発見されたこと<ref name=ref12><pubmed>22578500</pubmed></ref>、自己意識の指標とされるマーク[[テスト]](鏡に映った動物自身の姿を手掛かりに、事前に体表に書き込まれたマークに注意を向けるかどうかを調べる)に、VENを欠くある種の鳥類がパスすることなどは、上記の仮説に矛盾する<ref name=ref13><pubmed>18715117</pubmed></ref> <ref name=ref14><pubmed>17550343</pubmed></ref>


 島の直下には島皮質と並行して前障(claustrum)が広がっている。島の第Ⅶ層とされたこともあったが、発生起源、機能、神経線維連絡は島と異なり、別の神経組織とされる(Mufson and Mesulam 1982)
 島の直下には島皮質と並行して前障(claustrum)が広がっている。島の第Ⅶ層とされたこともあったが、発生起源、機能、神経線維連絡は島と異なり、別の神経組織とされる<ref name=ref15><pubmed>7174906</pubmed></ref>


===神経線維連絡===
===神経線維連絡===
 島は[[神経管]]発達の初期に形成された神経線維連絡を保ったままシルビウス裂へと埋没するので、広範囲の脳領域と神経線維連絡を有する(Mesulam & Mufson 1982)。島は傍辺縁系に属し、とりわけ辺縁系の各領域と多くの神経線維連絡を有する。トレーサーを用いた実験(Mesulam & Mufson, Friedman et al, Chikama et al)によれば、無顆粒島は、[[眼窩前頭前野]] (13a)、正中[[前頭前野]](25、32)、前部帯状皮質(24a、24bの腹側)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も無顆粒皮質である。無顆粒島はこのほかに、[[嗅内皮質]]、[[海馬]]、[[扁桃体]]基底核、線条体中央部(背外側領域と正中腹側領域の間)などとも神経線維連絡を有する。亜顆粒島は、眼窩前頭前野(11、12、13m、13l)、帯状皮質(23b、24bの背側、24c下方)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も亜顆粒皮質である。亜顆粒島はこのほかに線条体中央部とも神経線維連絡を有する。顆粒島は、帯状皮質のうち顆粒層を認める領域(23c、24c、31)のほかに、[[体性感覚野]]、運動野、線条体背外側領域などと神経線維連絡を有する。また島の全ての区画は、前頭前野、傍[[嗅皮質]]、前中心弁蓋部、傍島皮質、側頭極、下部側頭葉正中部などと神経線維連絡を有する。
 島は[[神経管]]発達の初期に形成された神経線維連絡を保ったままシルビウス裂へと埋没するので、広範囲の脳領域と神経線維連絡を有する<ref name=ref8 />。島は傍辺縁系に属し、とりわけ辺縁系の各領域と多くの神経線維連絡を有する。トレーサーを用いた実験<ref name=ref8 /> <ref name=ref16><pubmed>3793980</pubmed></ref> <ref name=ref7 />によれば、無顆粒島は、[[眼窩前頭前野]] (13a)、正中[[前頭前野]](25、32)、前部帯状皮質(24a、24bの腹側)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も無顆粒皮質である。無顆粒島はこのほかに、[[嗅内皮質]]、[[海馬]]、[[扁桃体]]基底核、線条体中央部(背外側領域と正中腹側領域の間)などとも神経線維連絡を有する。亜顆粒島は、眼窩前頭前野(11、12、13m、13l)、帯状皮質(23b、24bの背側、24c下方)などと神経線維連絡を有し、これらの領域も亜顆粒皮質である。亜顆粒島はこのほかに線条体中央部とも神経線維連絡を有する。顆粒島は、帯状皮質のうち顆粒層を認める領域(23c、24c、31)のほかに、[[体性感覚野]]、運動野、線条体背外側領域などと神経線維連絡を有する。また島の全ての区画は、前頭前野、傍[[嗅皮質]]、前中心弁蓋部、傍島皮質、側頭極、下部側頭葉正中部などと神経線維連絡を有する。


==機能==
==機能==
 従来、島は、その機能区分に基づき、前部と後部に分けられるとされてきた。メタアナリシス研究によれば、前部島では行動発現、[[知覚]]、内受容、情動など、認知機能に関する活動がみられ、後部島では認知機能への関与は少ないという(Cauda et al 2012)。近年のMRIを用いた研究において、島は運動感覚領野と結合する後部、前部帯状皮質背側部と結合する背側前中部、前部帯状皮質pregenual領域(脳梁より前端付近)と結合する腹側前部の、3つに機能的に分けられるという意見もある(Deen et al 2011)
 従来、島は、その機能区分に基づき、前部と後部に分けられるとされてきた。メタアナリシス研究によれば、前部島では行動発現、[[知覚]]、内受容、情動など、認知機能に関する活動がみられ、後部島では認知機能への関与は少ないという<ref name=ref17><pubmed>22521480</pubmed></ref>。近年のMRIを用いた研究において、島は運動感覚領野と結合する後部、前部帯状皮質背側部と結合する背側前中部、前部帯状皮質pregenual領域(脳梁より前端付近)と結合する腹側前部の、3つに機能的に分けられるという意見もある<ref name=ref18><pubmed>21097516</pubmed></ref>


===味覚===
===味覚===
 前部島皮質は一次味覚野である。前部島皮質は視床後内側腹側核小細胞部(VPMpc)から味覚に関する情報を受けとる(Pritchard et al 1986)。味覚は、有限個の基本味覚の組み合わせからなり、特定の基本味覚に選好性をもつ島ニューロンの活動が、異なる程度で複数組み合わさることで味覚の多様性を表現しているとされる(Yaxley et al 1990, Kadohisa et al 2005)。カニクイザル前部島皮質内の、亜顆粒島前背側部では、嗅覚や視覚、口腔内の[[触覚]]などには影響を受けないユニモーダルな活動を示す味覚ニューロンが見つかっている(Yaxley et al 1990)。またアカゲザルの一次味覚野には味覚以外の感覚(舌触り)に反応するニューロンがあるものの(Verhagen et al 2004)、嗅覚などに反応するニューロンは存在せず、嗅覚と味覚との統合は眼窩前頭葉にて行われるという主張がある(Kadohisa 2003)。一方、ラットを用いた単一ニューロン活動記録実験によれば、味覚野のニューロンが味覚ばかりでなく[[体性感覚]]や嗅覚などにも反応していたという報告もある(Simon et al 2006)。島の味覚ニューロンがマルチモーダルかユニモーダルかという問題については、検討の余地を残している。
 前部島皮質は一次味覚野である。前部島皮質は視床後内側腹側核小細胞部(VPMpc)から味覚に関する情報を受けとる<ref name=ref19><pubmed>3950095</pubmed></ref>。味覚は、有限個の基本味覚の組み合わせからなり、特定の基本味覚に選好性をもつ島ニューロンの活動が、異なる程度で複数組み合わさることで味覚の多様性を表現しているとされる<ref name=ref20><pubmed>2341869</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>15829609</pubmed></ref>。カニクイザル前部島皮質内の、亜顆粒島前背側部では、嗅覚や視覚、口腔内の[[触覚]]などには影響を受けないユニモーダルな活動を示す味覚ニューロンが見つかっている<ref name=ref20 />。またアカゲザルの一次味覚野には味覚以外の感覚(舌触り)に反応するニューロンがあるものの<ref name=ref22><pubmed>15331650</pubmed></ref>、嗅覚などに反応するニューロンは存在せず、嗅覚と味覚との統合は眼窩前頭葉にて行われるという主張がある<ref name=ref21 />。一方、ラットを用いた単一ニューロン活動記録実験によれば、味覚野のニューロンが味覚ばかりでなく[[体性感覚]]や嗅覚などにも反応していたという報告もある<ref name=ref23><pubmed>17053812</pubmed></ref>。島の味覚ニューロンがマルチモーダルかユニモーダルかという問題については、検討の余地を残している。


===嗅覚===
===嗅覚===
 [[嗅球]]からもたらされる嗅覚信号は、一次味覚野より前方の眼窩前頭葉後縁に近い無顆粒島に送られる(Carmichael et al 1994, from de Araujo 2003)。覚醒ヒトの前部島を電気刺激すると、嗅覚が誘発される(Penfield & Faulk 1955)。空腹下での嗅覚刺激や、刺激の強さや質の弁別の賦課で、島が活動する(Savic et al 2000, Gottfried and Dolan 2003)。霊長類の島における単一ニューロンレベルの嗅覚情報処理過程は解明されていない。
 [[嗅球]]からもたらされる嗅覚信号は、一次味覚野より前方の眼窩前頭葉後縁に近い無顆粒島に送られる<ref name=ref24><pubmed>14622239</pubmed></ref>。覚醒ヒトの前部島を電気刺激すると、嗅覚が誘発される<ref name=ref25><pubmed>13293263</pubmed></ref>。空腹下での嗅覚刺激や、刺激の強さや質の弁別の賦課で、島が活動する<ref name=ref26><pubmed>10896168</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>12873392</pubmed></ref>。霊長類の島における単一ニューロンレベルの嗅覚情報処理過程は解明されていない。


===痛覚、社会的な痛み===
===痛覚、社会的な痛み===

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