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===痛覚、社会的な痛み===
===痛覚、社会的な痛み===
 サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、脊髄後角第Ⅰ層から始まり脊髄視床路を上向し、視床後外側腹側核(VPL)、後内側腹側核(VPM)、下後腹側核(VPI)、内側腹側核の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・第二次体性感覚野や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の副尾側核(Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している(Treede et al 2000)。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道]]周囲[[灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する(Lieberman and Eisenberger 2009)。身体的な痛みのみならず、 疎外、死別(Kersting et al 2009)、不公正な処遇(Harlé et al 2012)などの社会的な痛みでも活動する(Lieberman and Eisenberger 2009)。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり(Price 2000)、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる(Ploghaus et al 1999)。島は、痛みの感覚・情動両面を担う。両側島が障害されても、痛みの感覚的側面は体性感覚野で代償される。しかし情動的側面は代償されず、感覚と情動の乖離が起こる(疼痛表象不能、後述)。身体に生じた痛みの知覚のみならず、将来の痛み刺激の予測でも、島は活動する(Ploghaus et al 1999, Parro et al 2002)。痛みそのものの知覚には後部島が(Treede et al 2000)、痛み刺激の予測にはより吻側が関与する(Ploghaus et al 1999, Raji et al 2004)。覚醒ヒトの島を電気刺激すると、後部島の刺激で身体的な痛みが、より吻側の刺激では[[温覚]]など痛み以外の感覚が誘発される(Ostrowsky et al 2002)。催眠暗示で誘発された痛みでも島は活動する(Raji et al 2004)。他者の身体への侵襲でも島の活動は変化し(Corradi-Dell’Acqua et al 2011)、これは共感の神経基盤とされる。
 サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、脊髄後角第Ⅰ層から始まり脊髄視床路を上向し、視床後外側腹側核(VPL)、後内側腹側核(VPM)、下後腹側核(VPI)、内側腹側核の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・第二次体性感覚野や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の副尾側核(Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している<ref name=ref28><pubmed>10924804</pubmed></ref>。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道]]周囲[[灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する<ref name=ref29><pubmed>19213907</pubmed></ref>。身体的な痛みのみならず、 疎外、死別<ref name=ref30><pubmed>19884226</pubmed></ref>、不公正な処遇'''(Harlé et al 2012)'''などの社会的な痛みでも活動する<ref name=ref29 />。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり<ref name=ref31><pubmed>10846154</pubmed></ref>、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる<ref name=ref32><pubmed>110373114</pubmed></ref>。島は、痛みの感覚・情動両面を担う。両側島が障害されても、痛みの感覚的側面は体性感覚野で代償される。しかし情動的側面は代償されず、感覚と情動の乖離が起こる(疼痛表象不能、後述)。身体に生じた痛みの知覚のみならず、将来の痛み刺激の予測でも、島は活動する<ref name=ref32 /> <ref name=ref33><pubmed>11943821</pubmed></ref>。痛みそのものの知覚には後部島が<ref name=ref28 />、痛み刺激の予測にはより吻側が関与する<ref name=ref32 /> <ref name=ref34><pubmed>19184995</pubmed></ref>。覚醒ヒトの島を電気刺激すると、後部島の刺激で身体的な痛みが、より吻側の刺激では[[温覚]]など痛み以外の感覚が誘発される<ref name=ref35><pubmed>11884353</pubmed></ref>。催眠暗示で誘発された痛みでも島は活動する<ref name=ref34 />。他者の身体への侵襲でも島の活動は変化し<ref name=ref36><pubmed>22159113</pubmed></ref>、これは共感の神経基盤とされる。


===情動、社会的情動、共感===
===情動、社会的情動、共感===
 情動が生起すると島は活動する(Bermphol et al 2006)。情動の脆弱性(不快感や無力感、不適当感などを自覚しやすいパーソナリティ傾向)が高いと、前部島の活動が誘発されやすい(Iaria et al 2008)。島は、喜怒哀楽のうち特定の情動に反応するのか、複数の情動に反応するのか(笑い声と泣き声の両方に反応、Sander and Scheich 2005)、諸家の見解は一致しない。また単純な喜怒哀楽に限らず、複雑な情動体験、例えば音楽により生じた感動でも、島が活動する(Blood and Zatorre 2001)
 情動が生起すると島は活動する<ref name=ref37><pubmed>16275018</pubmed></ref>。情動の脆弱性(不快感や無力感、不適当感などを自覚しやすいパーソナリティ傾向)が高いと、前部島の活動が誘発されやすい<ref name=ref38><pubmed>17415777</pubmed></ref>。島は、喜怒哀楽のうち特定の情動に反応するのか、複数の情動に反応するのか(笑い声と泣き声の両方に反応、<ref name=ref39><pubmed>16269094</pubmed></ref>、諸家の見解は一致しない。また単純な喜怒哀楽に限らず、複雑な情動体験、例えば音楽により生じた感動でも、島が活動する<ref name=ref40><pubmed>11573015</pubmed></ref>


 古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である(James 1884, Damasio 1999, Schacter and Singer 1962)。身体覚醒度は内受容(後述)を介して知覚され、前部島で表象されるという仮説がある(Craig 2002, 2009)。事実、前部島は情動の生起と内受容の知覚の両方で活動する(Zaki et al 2009)。前部島は社会的情動(社会的文脈に依存し他人との関わりで生ずる情動)でも活動する(Lamm and Singer, 2010)。実子の顔を提示すると島中央部(Bartels and Zeki 2003)や前部島(Leibenluft et al 2004)が活動し、恋人の顔を提示すると島中央部が活動する(Bartels and Zeki 2000)。島は共感にも関わり(Singer et al 2009)、他者の情動を内的に[[模倣]]すると活動する(Carr et al 2003)。アカゲザル前部島尾側への電気刺激で社会的情動(威嚇行動が制止され、実験者による威嚇でも、唇をすぼめ小刻みに開閉するなどの仲直り行動)が誘発される(Caruana et al 2011)
 古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である'''(James 1884, Damasio 1999,''' <ref name=ref41><pubmed>14497895</pubmed></ref>。身体覚醒度は内受容(後述)を介して知覚され、前部島で表象されるという仮説がある<ref name=ref42><pubmed>19096369</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>19455175</pubmed></ref>。事実、前部島は情動の生起と内受容の知覚の両方で活動する<ref name=ref44><pubmed>22587900</pubmed></ref>。前部島は社会的情動(社会的文脈に依存し他人との関わりで生ずる情動)でも活動する<ref name=ref45><pubmed>20428887</pubmed></ref>。実子の顔を提示すると島中央部<ref name=ref46><pubmed>11117499</pubmed></ref>や前部島<ref name=ref47><pubmed>15312809</pubmed></ref>が活動し、恋人の顔を提示すると島中央部が活動する'''(Bartels and Zeki 2000)'''。島は共感にも関わり<ref name=ref48><pubmed>19643659</pubmed></ref>、他者の情動を内的に[[模倣]]すると活動する<ref name=ref49><pubmed>12682281</pubmed></ref>。アカゲザル前部島尾側への電気刺激で社会的情動(威嚇行動が制止され、実験者による威嚇でも、唇をすぼめ小刻みに開閉するなどの仲直り行動)が誘発される<ref name=ref50><pubmed>21256020</pubmed></ref>


===触覚、その他の体性感覚===
===触覚、その他の体性感覚===
 亜顆粒島や顆粒島、後島皮質(後部島皮質より尾側) は、第二次体性感覚野と神経線維連絡を有し、触覚に関する情報を受容する(Friedman et al 1986)。島は手指の皮膚の振動や(Gelnar et al 1998)、物体表面の細かな凹凸の触知(Kitada et al 2005)、複雑な形状の物体の触知(Milner et al 2007)で活動する。島中央部ないしは後部島の活動は手指の冷覚の程度と相関する(Craig et al 2000)、前部島の活動は温覚の程度と相関する(Olausson et al 2005)との報告もある。サル島には、頬部や四肢末端の皮膚への触覚刺激に反応するニューロンがある(Zhang et al 1999)
 亜顆粒島や顆粒島、後島皮質(後部島皮質より尾側) は、第二次体性感覚野と神経線維連絡を有し、触覚に関する情報を受容する<ref name=ref16 />。島は手指の皮膚の振動や<ref name=ref51><pubmed>9626668</pubmed></ref>、物体表面の細かな凹凸の触知<ref name=ref52><pubmed>15734346</pubmed></ref>、複雑な形状の物体の触知<ref name=ref53><pubmed>17451973</pubmed></ref>で活動する。島中央部ないしは後部島の活動は手指の冷覚の程度と相関する<ref name=ref54><pubmed>10649575</pubmed></ref>、前部島の活動は温覚の程度と相関する<ref name=ref55><pubmed>16051437</pubmed></ref>との報告もある。サル島には、頬部や四肢末端の皮膚への触覚刺激に反応するニューロンがある<ref name=ref56><pubmed>10579199</pubmed></ref>


===内臓覚と内受容、自己意識===
===内臓覚と内受容、自己意識===
 [[脊髄神経]]や[[迷走神経]]を経由した内臓覚は、孤束核、傍小脳脚核、視床後内側腹側核(VPM)を経由して島へと伝達され(Craig 2002)、島は口腔より下部の消化管の内臓覚も担う。覚醒下のヒト島を電気刺激すると多様な消化管感覚を生ずる(Penfield and Faulk 1951)。バルーンを用いた食道刺激や(Ariz et al 2000, Coen et al 2007)、直腸刺激(Lotze et al 2001)、肛門括約筋の努力性収縮(Kern et al 2003)でも島が活動する。島は心拍の知覚にも関与し(Critchley et al 2004, Pollatos et al 2007, Zaki et al 2012)、サル島には心拍数と関係したニューロン活動がある(Zhang et al 1999)。
 [[脊髄神経]]や[[迷走神経]]を経由した内臓覚は、孤束核、傍小脳脚核、視床後内側腹側核(VPM)を経由して島へと伝達され<ref name=ref42 />、島は口腔より下部の消化管の内臓覚も担う。覚醒下のヒト島を電気刺激すると多様な消化管感覚を生ずる<ref name=ref25 />。バルーンを用いた食道刺激や<ref name=ref57><pubmed>10729346</pubmed></ref> <ref name=ref58><pubmed>17395900</pubmed></ref>、直腸刺激<ref name=ref59><pubmed>11697934</pubmed></ref>、肛門括約筋の努力性収縮(Kern et al 2003)でも島が活動する。島は心拍の知覚にも関与し<ref name=ref60><pubmed>14730305</pubmed></ref> <ref name=ref61><pubmed>17296169</pubmed></ref> <ref name=ref44 />、サル島には心拍数と関係したニューロン活動がある'''(Zhang et al 1999)'''


 20世紀初頭、Charles Sherringtonは、内臓覚、温[[痛覚]]、掻痒感、筋固有覚、空腹、口渇などは、自己の身体状態の知覚に必須な感覚であるとした。のちにWilliam Jamesは、身体状態の知覚が自己意識や情動の生起に重要であると唱えた。Sherringtonは内臓覚のみを内受容(interoception)と定義したが、現在この定義は拡張され、身体状態の知覚に関わる感覚全てを包括する(Craig 2002, 2009)。内受容は、視床腹側基底核群を経た後、島に直接ないし体性感覚野を経由して伝達される。このため島は自己意識の座であるという仮説がある(Craig 2002, 2009)。島の損傷に伴う病態失認は自己意識の障害で説明できる(Karnath and Baier 2009)。また自分自身の姿か他人の姿かを判断する際に前部島が活動することが知られている(Devue et al 2007)。なお自己意識は、前部島と前部帯状皮質の協調産物であるとの説と(Medfold and Critchley 2010)、前部帯状皮質とは独立した島独自の機能であるとの説がある(Craig 2002)。
 20世紀初頭、Charles Sherringtonは、内臓覚、温[[痛覚]]、掻痒感、筋固有覚、空腹、口渇などは、自己の身体状態の知覚に必須な感覚であるとした。のちにWilliam Jamesは、身体状態の知覚が自己意識や情動の生起に重要であると唱えた。Sherringtonは内臓覚のみを内受容(interoception)と定義したが、現在この定義は拡張され、身体状態の知覚に関わる感覚全てを包括する(Craig 2002, 2009)。内受容は、視床腹側基底核群を経た後、島に直接ないし体性感覚野を経由して伝達される。このため島は自己意識の座であるという仮説がある(Craig 2002, 2009)。島の損傷に伴う病態失認は自己意識の障害で説明できる(Karnath and Baier 2009)。また自分自身の姿か他人の姿かを判断する際に前部島が活動することが知られている(Devue et al 2007)。なお自己意識は、前部島と前部帯状皮質の協調産物であるとの説と(Medfold and Critchley 2010)、前部帯状皮質とは独立した島独自の機能であるとの説がある(Craig 2002)。

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