「グリシン受容体」の版間の差分

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== 機能 ==
== 機能 ==
 グリシン受容体の重要な役割は、脊髄における興奮性シナプス伝達の抑制である。これに関して、最も古くから知られている神経回路は脊髄前角の[[介在ニューロン]][[Renshawニューロン]])を介する運動ニューロンの興奮抑制([[Renshaw inhibition]])である<ref name=ref15><pubmed>13222354</pubmed></ref>。運動ニューロン細胞体の興奮により軸索に発生した活動電位が、軸索側枝を介してRenshaw ニューロンの興奮を促し、その神経終末と運動ニューロンとのシナプスで生じるIPSPが続発する運動ニューロンの興奮を抑制する[[反回性回路]]が存在し、グリシンはRehshawニューロンの終末から放出される伝達物質として働く。運動ニューロン膜のグリシン受容体チャネルを介して透過するCl<sup>-</sup>の平衡電位は、通常、[[静止膜電位]]より[[過分極側]]であるため、IPSPが生じている間は運動ニューロンの興奮性が低下する。グリシン作動性IPSPは、運動ニューロンに限らず、脊髄後角のニューロンからも記録されている。ストリキニーネは、脊髄のグリシン作動性抑制シナプス伝達を遮断することで、運動ニューロンの異常興奮を引き起こし、四肢の骨格筋の[[強直性痙攣]]や[[wikipedia:ja:横隔膜筋|横隔膜筋]]の痙攣による呼吸麻痺を引き起こす<ref name=ref1 />。
===興奮抑制機能===
 グリシン受容体の重要な役割は、脊髄における興奮性シナプス伝達の抑制である。グリシン受容体チャネルを介して透過するCl<sup>-</sup>の平衡電位は、通常、[[静止膜電位]]より[[過分極側]]であるため、IPSPが生じている間はニューロンの興奮性が低下する。
 
 ただし、陰イオンチャネル型のグリシン受容体も幼若期には運動ニューロンに脱分極反応を引き起こす<ref name=ref18>'''大塚正徳'''<br>化学伝達物質の歴史と現状(大塚正徳、竹内昭偏)<br>''伝達物質と受容物質'' pp.1-18  産業図書、1976</ref>。同様の現象は、GABA<sub>A</sub>受容体を介する反応でも生じる。これは、両者の受容体のイオンチャネルを透過するCl<sup>-</sup>の細胞内濃度が成熟期のニューロンよりも高いためと考えられる。ある種のニューロンの細胞内Cl<sup>-</sup>濃度は, [[K+,Cl-共輸送体|K<sup>+</sup>,Cl<sup>-</sup>共輸送体]](KCC2)により調節されており、このトランスポーターは生後に発現する<ref name=ref19><pubmed>9930699</pubmed></ref>。従ってグリシンやGABA<sub>A</sub>受容体を介する反応は、動物の成熟が進むにつれて脱分極性から過分極性に変化する。このような経時的変化は、神経回路やシナプスの可塑的変化と密接な関係があると考えられている。 
[[file:higashijima_fig1.png|thumb|300px| '''図1. レンショウ細胞'''<br>文献<ref name=Kandel>'''Eric R. Kandel, James H. Schwartz and Thomas M. Jessell'''<br>Principles of Neural Science, 4th edition<br>''McGraw-Hill Companies'', 2000</ref>より改変]]
===グリシン性シナプスの分布===
 最も古くから知られている神経回路は脊髄前角の[[脊髄介在ニューロン|介在ニューロン]]([[レンショウ細胞]])を介する運動ニューロンの興奮抑制([[レンショウ抑制]])である<ref name=ref15><pubmed>13222354</pubmed></ref>。運動ニューロン細胞体の興奮により軸索に発生した活動電位が、軸索側枝を介してレンショウ細胞の興奮を促し、その神経終末と運動ニューロンとのシナプスで生じるIPSPが続発する運動ニューロンの興奮を抑制する[[反回性回路]]が存在し、グリシンはレンショウ細胞の終末から放出される伝達物質として働く。運動ニューロン膜のグリシン作動性IPSPは、運動ニューロンに限らず、脊髄後角のニューロンからも記録されている。ストリキニーネは、脊髄のグリシン作動性抑制シナプス伝達を遮断することで、運動ニューロンの異常興奮を引き起こし、四肢の骨格筋の[[強直性痙攣]]や[[wikipedia:ja:横隔膜筋|横隔膜筋]]の痙攣による呼吸麻痺を引き起こす<ref name=ref1 />。


 脊髄では、胎児・幼若期に豊富なグリシン受容体α<sub>2</sub>サブユニットから成熟期に多いα<sub>1</sub>サブユニットへの発現の切り替えが起こる(発現の項参照)。α<sub>2</sub>サブユニットから成るホモメリックグリシン受容体の単一チャネル[[開口時間]]は、α<sub>1</sub>ホモメリック受容体のそれと比べて数十倍長い。ラットの脊髄ニューロンでは、グリシン受容体単一チャネルの開口時間も成長にともなって短くなる。これと平行して、ラット脊髄スライス標本で記録されるグリシン作動性シナプス電流の減衰時間経過が日令とともに短くなる現象が示されている<ref name=ref7 />。これらのことは、グリシン受容体の構成サブユニットがα<sub>2</sub>優位型からα<sub>1</sub>優位型に置き換わることにより生じる可能性を示唆している。成長に伴う運動機能の発達に応じて、それを制御するグリシン作動性シナプスの可塑性が生じているものと考えられる。これに関して、α<sub>2</sub>サブユニットを[[ノックアウト]]したマウスの発育は妨げられないという報告があるので、発達時期のグリシン作動性シナプスの可塑性には、多様な仕組みが関与しているのかもしれない<ref name=ref16><pubmed>16847326</pubmed></ref>。
 脊髄では、胎児・幼若期に豊富なグリシン受容体α<sub>2</sub>サブユニットから成熟期に多いα<sub>1</sub>サブユニットへの発現の切り替えが起こる(発現の項参照)。α<sub>2</sub>サブユニットから成るホモメリックグリシン受容体の単一チャネル[[開口時間]]は、α<sub>1</sub>ホモメリック受容体のそれと比べて数十倍長い。ラットの脊髄ニューロンでは、グリシン受容体単一チャネルの開口時間も成長にともなって短くなる。これと平行して、ラット脊髄スライス標本で記録されるグリシン作動性シナプス電流の減衰時間経過が日令とともに短くなる現象が示されている<ref name=ref7 />。これらのことは、グリシン受容体の構成サブユニットがα<sub>2</sub>優位型からα<sub>1</sub>優位型に置き換わることにより生じる可能性を示唆している。成長に伴う運動機能の発達に応じて、それを制御するグリシン作動性シナプスの可塑性が生じているものと考えられる。これに関して、α<sub>2</sub>サブユニットを[[ノックアウト]]したマウスの発育は妨げられないという報告があるので、発達時期のグリシン作動性シナプスの可塑性には、多様な仕組みが関与しているのかもしれない<ref name=ref16><pubmed>16847326</pubmed></ref>。


 α<sub>3</sub>サブユニットの発現量はα<sub>1</sub>サブユニットのそれと比べて低いが、脊髄においては、α<sub>1</sub>が灰白質全体に発現するのに対し、α<sub>3</sub>は後角の表層(laminae I, II)に限局して発現する。この部位では、[[一次[[知覚ニューロン]]のうち、[[痛覚]]などの侵害性感覚に関与する[[C線維]]がシナプス形成をすることが知られている。生体内炎症性発痛物質のひとつである[[プロスタグランジン(PG)E2]]が、脊髄においてα<sub>3</sub>サブユニットを含むグリシン受容体チャネルをリン酸化して機能低下を引き起こすことが報告されており、炎症性疼痛の制御にα<sub>3</sub>グリシン受容体が関与する可能性が示唆されている<ref name=ref17><pubmed>15131310</pubmed></ref>。
 α<sub>3</sub>サブユニットの発現量はα<sub>1</sub>サブユニットのそれと比べて低いが、脊髄においては、α<sub>1</sub>が灰白質全体に発現するのに対し、α<sub>3</sub>は後角の表層(laminae I, II)に限局して発現する。この部位では、[[一次知覚ニューロン]]のうち、[[痛覚]]などの侵害性感覚に関与する[[C線維]]がシナプス形成をすることが知られている。生体内炎症性発痛物質のひとつである[[プロスタグランジン]](PG)E2が、脊髄においてα<sub>3</sub>サブユニットを含むグリシン受容体チャネルをリン酸化して機能低下を引き起こすことが報告されており、炎症性疼痛の制御にα<sub>3</sub>グリシン受容体が関与する可能性が示唆されている<ref name=ref17><pubmed>15131310</pubmed></ref>。


 α<sub>4</sub>サブユニットの機能的役割は、今のところ明らかにされていない。
 α<sub>4</sub>サブユニットの機能的役割は、今のところ明らかにされていない。
 グリシンはニューロンに対して興奮性機能をもつ[[イオンチャネル型グルタミン酸受容体]]のサブタイプである[[NMDA受容体]]の調節因子(positive modulator またはco-agonist)であることが知られているが、陰イオンチャネル型のグリシン受容体も幼若期には運動ニューロンに脱分極反応を引き起こす<ref name=ref18>'''大塚正徳'''<br>化学伝達物質の歴史と現状(大塚正徳、竹内昭偏)<br>''伝達物質と受容物質'' pp.1-18  産業図書、1976</ref>。同様の現象は、GABA<sub>A</sub>受容体を介する反応でも生じる。これは、両者の受容体のイオンチャネルを透過するCl<sup>-</sup>の細胞内濃度が成熟期のニューロンよりも高いためと考えられる。ある種のニューロンの細胞内Cl<sup>-</sup>濃度は, [[K+,Cl-共輸送体|K<sup>+</sup>,Cl<sup>-</sup>共輸送体]](KCC2)により調節されており、このトランスポーターは生後に発現する<ref name=ref19><pubmed>9930699</pubmed></ref>。従ってグリシンやGABA<sub>A</sub>受容体を介する反応は、動物の成熟が進むにつれて脱分極性から過分極性に変化する。このような経時的変化は、神経回路やシナプスの可塑的変化と密接な関係があると考えられている。


== グリシン受容体の異常を伴う疾患 ==
== グリシン受容体の異常を伴う疾患 ==

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