「恐怖条件づけ」の版間の差分

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 心理学的実験において、音、光、場所(文脈)など、それ自体では恐怖反応を誘導しない条件刺激(conditioned stimulus; CS)と、電気ショックなどの恐怖反応を誘導する非条件刺激(unconditioned stimulus; US)を提示すると、動物は両者の関連を学習し、恐怖反応を示すようになる。これを恐怖条件づけという。現在までに、恐怖条件付けは、[[昆虫]]から[[ヒト]]に至る多くの動物種において観察されている<ref name=ref3><pubmed>3939242</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>15535167</pubmed></ref>。これは一種の[[パブロフ型条件付け]]である。
 心理学的実験において、音、光、場所(文脈)など、それ自体では恐怖反応を誘導しない条件刺激(conditioned stimulus; CS)と、電気ショックなどの恐怖反応を誘導する非条件刺激(unconditioned stimulus; US)を提示すると、動物は両者の関連を学習し、恐怖反応を示すようになる。これを恐怖条件づけという。現在までに、恐怖条件付けは、[[昆虫]]から[[ヒト]]に至る多くの動物種において観察されている<ref name=ref3><pubmed>3939242</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>15535167</pubmed></ref>。これは一種の[[パブロフ型条件付け]]である。


 通常、条件刺激と非条件刺激が時間的に接近して提示されるが、非条件刺激が提示されない状況で、条件刺激のみが持続的に、または、繰り返し提示され続けると、条件刺激に対する反応が見られなくなる条件付け反応の「消去」が起こる。恐怖条件付けの消去は、固定化された恐怖記憶が想起された時に誘導されるプロセスである。また、恐怖記憶想起時には、恐怖記憶を維持するための再固定化のプロセスも存在する。このように、恐怖記憶想起後には、恐怖記憶を維持(再固定化)するか、あるいは、消去するかを決定するメカニズムが存在するものと考えられている<ref name=ref11 /> <ref name=ref34><pubmed>10963596</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>15152039</pubmed></ref>。
 通常、条件刺激と非条件刺激が時間的に接近して提示されるが、非条件刺激が提示されない状況で、条件刺激のみが持続的に、または、繰り返し提示され続けると、条件刺激に対する反応が見られなくなる条件付け反応の「消去」が起こる。恐怖条件付けの消去は、固定化された恐怖記憶が想起された時に誘導されるプロセスである。逆に、条件刺激の提示時間が短い場合には、恐怖記憶想起に伴って恐怖記憶が増強する、再固定化という現象が起きる。このように、恐怖記憶想起後には、恐怖記憶を維持(再固定化)するか、あるいは、消去するかを決定するメカニズムが存在するものと考えられている<ref name=ref11 /> <ref name=ref34><pubmed>10963596</pubmed></ref> <ref name=ref35><pubmed>15152039</pubmed></ref>。


== げっ歯類における恐怖条件付け ==
== げっ歯類における恐怖条件付け ==
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==消去 ==
==消去 ==
 消去は1927年に[[wj:イワン・パブロフ|パブロフ]]によって指摘された現象であり、後に、[[wj:ジークムント・フロイト|フロイト]]によって「馴化(habituation)」とも呼ばれていた。現在では、「消去(extinction)」と呼ぶのが一般的であり、心理学的のみならず、生物学的な研究対象となっている。
 消去は1927年に[[wj:イワン・パブロフ|パブロフ]]によって指摘された現象であり、後に、[[wj:ジークムント・フロイト|フロイト]]によって「馴化(habituation)」とも呼ばれていた。現在では、「消去(extinction)」と呼ぶのが一般的であり、心理学的のみならず、神経生物学的な研究の対象となっている。


 恐怖条件付けが成立した後に、非条件刺激が提示されない条件下で、条件刺激のみを持続的に、または、繰り返し提示し続けると、条件刺激に対する反応が見られなくなる。例えば、恐怖音条件付け及び恐怖文脈条件付けの場合、条件刺激である音を提示し続ける、あるいは、電気ショックを与えたチャンバーに長時間戻す場合に、条件刺激から表出される恐怖反応が観察されなくなる。このような現象が消去であり、条件刺激に対して反応する必要がないことを新たに学習することである。
 恐怖条件付けが成立した後に、非条件刺激が提示されない条件下で、条件刺激のみを持続的に、または、繰り返し提示し続けると、条件刺激に対する反応が見られなくなる。例えば、恐怖音条件付け及び恐怖文脈条件付けの場合、条件刺激である音を提示し続ける、あるいは、電気ショックを与えたチャンバーに長時間戻す場合に、条件刺激から表出される恐怖反応が観察されなくなる。このような現象が消去であり、条件刺激に対して反応する必要がないことを新たに学習することである。
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 消去には[[前頭前野]]皮質と扁桃体が中心的な役割を担っており、海馬も、その制御に重要な役割を果たすことが明らかとなっている<ref name=ref11 /> <ref name=ref21><pubmed>12422216</pubmed></ref>。
 消去には[[前頭前野]]皮質と扁桃体が中心的な役割を担っており、海馬も、その制御に重要な役割を果たすことが明らかとなっている<ref name=ref11 /> <ref name=ref21><pubmed>12422216</pubmed></ref>。


 [[扁桃体外側面核]](Lateral Amygdala; LA)は[[聴覚皮質]](Auditory cortex)、[[聴覚視床]] (Auditory thalamus)などから入力を受け、[[皮質]]や[[視床]]と扁桃体との間のインターフェイス的な役割を果たしていると考えられている。特に重要な点として、外側面核の[[興奮性]]ニューロンが恐怖音条件付けの記憶回路([[記憶痕跡]])に参入していること、条件付け後に神経可塑的変化が誘導されることも明らかにされており、恐怖条件付けの獲得やその記憶の保持に重要な役割を果たすことが実証されている<ref name=ref22><pubmed>17761885</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>17446403</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>11584069</pubmed></ref>。なかでも[[扁桃体内中心核]]は恐怖条件付けにおける恐怖反応の表出を制御することが明らかにされている。中心核は、外側面核からの直接経路と、外側面核から[[基底核]](Basal nucleus; BA)を経由する間接経路により制御を受ける。最近の解析から、中心核も、視床からの直接的な入力を受けていることが示唆されており、恐怖条件付けの獲得と固定化に必要であることも明らかになりつつある<ref name=ref25><pubmed>17135400</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>22036561</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>21068837</pubmed></ref>。中心核もいくつかの領域に分類され、中でも、[[正中中心核]](Centromedian nucleus; CeM)はこれまで中心核の役割と考えられてきた恐怖反応を表出する役割を果たす。一方、[[外側中心核]](Central lateral nucleus; CeL)は、[[GABA]]産生[[介在ニューロン]]を中心に構成され、正中中心核を持続的に抑制しているものの、この抑制の解除により、恐怖条件付けの条件刺激に対する恐怖反応が誘起される<ref name=ref26 /> <ref name=ref28><pubmed>19555645</pubmed></ref>。中心核からの直接的な投射先として、外側[[視床下部]]と中脳[[中心灰白質]]が同定されており、これらの投射を介して[[wj:血圧|血圧]]の増加やすくみ反応などの恐怖反応の表出がそれぞれ引き起こされる<ref name=ref29><pubmed>2854842</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>8136063</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>7078723</pubmed></ref>。
 [[扁桃体外側核]](Lateral Amygdala; LA)は[[聴覚皮質]](Auditory cortex)、[[聴覚視床]] (Auditory thalamus)などから入力を受け、[[皮質]]や[[視床]]と扁桃体との間のインターフェイス的な役割を果たしていると考えられている。特に重要な点として、外側面核の[[興奮性]]ニューロンが恐怖音条件付けの記憶回路([[記憶痕跡]])に参入していること、条件付け後に神経可塑的変化が誘導されることも明らかにされており、恐怖条件付けの獲得やその記憶の保持に重要な役割を果たすことが実証されている<ref name=ref22><pubmed>17761885</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>17446403</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>11584069</pubmed></ref>。なかでも[[扁桃体内中心核]]は恐怖条件付けにおける恐怖反応の表出を制御することが明らかにされている。中心核は、外側核からの直接経路と、外側核から[[基底核]](Basal nucleus; BA)を経由する間接経路により制御を受ける。最近の解析から、中心核も、視床からの直接的な入力を受けていることが示唆されており、恐怖条件付けの獲得と固定化に必要であることも明らかになりつつある<ref name=ref25><pubmed>17135400</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>22036561</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>21068837</pubmed></ref>。中心核もいくつかの領域に分類され、中でも、[[正中中心核]](Centromedian nucleus; CeM)はこれまで中心核の役割と考えられてきた恐怖反応を表出する役割を果たす。一方、[[外側中心核]](Central lateral nucleus; CeL)は、[[GABA]]産生[[介在ニューロン]]を中心に構成され、正中中心核を持続的に抑制しているものの、この抑制の解除により、恐怖条件付けの条件刺激に対する恐怖反応が誘起される<ref name=ref26 /> <ref name=ref28><pubmed>19555645</pubmed></ref>。中心核からの直接的な投射先として、外側[[視床下部]]と中脳[[中心灰白質]]が同定されており、これらの投射を介して[[wj:血圧|血圧]]の増加やすくみ反応などの恐怖反応の表出がそれぞれ引き起こされる<ref name=ref29><pubmed>2854842</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>8136063</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>7078723</pubmed></ref>。


 扁桃体基底核(BA)は外側面核からの投射を受け、この入力によって、直接的に、また、扁桃体の[[介在核]]ニューロンを介して間接的に中心核を制御する<ref name=ref26 /> <ref name=ref28 />。さらに、基底核は前頭前野皮質からも投射を受けており、この入力によって、恐怖条件付けの消去を制御する<ref name=ref32><pubmed>20208529</pubmed></ref>。重要な点として、基底核には恐怖条件付けによる恐怖反応発現時に興奮する「恐怖ニューロン(fear neuron)」と消去発現時に興奮する「消去ニューロン(extinction neuron)」が存在することが明らかにされ、これらのニューロン群が前頭前野皮質と連携して、恐怖条件付けの獲得や表出を正負に制御していると考えられる<ref name=ref33><pubmed>18615015</pubmed></ref>。
 扁桃体基底核(BA)は外側核からの投射を受け、この入力によって、直接的に、また、扁桃体の[[介在核]]ニューロンを介して間接的に中心核を制御する<ref name=ref26 /> <ref name=ref28 />。さらに、基底核は前頭前野皮質からも投射を受けており、この入力によって、恐怖条件付けの消去を制御する<ref name=ref32><pubmed>20208529</pubmed></ref>。重要な点として、基底核には恐怖条件付けによる恐怖反応発現時に興奮する「恐怖ニューロン(fear neuron)」と消去発現時に興奮する「消去ニューロン(extinction neuron)」が存在することが明らかにされ、これらのニューロン群が前頭前野皮質と連携して、恐怖条件付けの獲得や表出を正負に制御していると考えられる<ref name=ref33><pubmed>18615015</pubmed></ref>。


== 恐怖条件付けと心的外傷後ストレス障害 ==
== 恐怖条件付けと心的外傷後ストレス障害 ==

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