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[[Image:Med Hypo Network.png|thumb|right|400px|<b>図2.NPY/AgRP神経とPOMC神経を中心とした視床下部内の神経回路</b>]] | [[Image:Med Hypo Network.png|thumb|right|400px|<b>図2.NPY/AgRP神経とPOMC神経を中心とした視床下部内の神経回路</b>]] | ||
弓状核のNPY/AgRP神経は摂食行動を促進する。[[wikipedia:ja:ジフテリア毒素|ジフテリア毒素]]受容体をNPY/AgRP神経細胞のみに発現させたマウスにジフテリア毒素を投与すると、NPY/AgRP神経が数日で脱落する。この脱落に伴って、マウスの摂食量や体重が低下する<ref><pubmed> 16158063 </pubmed></ref>。NPY/AgRP神経細胞が分泌するNPY、AgRP、GABAのうち、どれが摂食を制御するか明らかにするために、NPY, Vgat, MC4Rの機能を欠損させた上で、NPY/AgRP神経を活性化させたところ、NPY, Vgat, MC4Rの機能をすべて落とした場合だけ、摂食行動促進が見られなかった。3種のうち1つでも機能するとNPY/AgRP神経の活性化により摂食行動が促進された | 弓状核のNPY/AgRP神経は摂食行動を促進する。[[wikipedia:ja:ジフテリア毒素|ジフテリア毒素]]受容体をNPY/AgRP神経細胞のみに発現させたマウスにジフテリア毒素を投与すると、NPY/AgRP神経が数日で脱落する。この脱落に伴って、マウスの摂食量や体重が低下する<ref><pubmed> 16158063 </pubmed></ref>。NPY/AgRP神経細胞が分泌するNPY、AgRP、GABAのうち、どれが摂食を制御するか明らかにするために、NPY, Vgat, MC4Rの機能を欠損させた上で、NPY/AgRP神経を活性化させたところ、NPY, Vgat, MC4Rの機能をすべて落とした場合だけ、摂食行動促進が見られなかった。3種のうち1つでも機能するとNPY/AgRP神経の活性化により摂食行動が促進された<ref name=krashes2013><pubmed>24093681</pubmed></ref>。このことからも、摂食制御する機構の冗長性がわかる。NPY/AgRP神経はGABAやNPYを介してPOMC神経細胞を抑制する<ref name=atasoy2012><pubmed>22801496</pubmed></ref>。NPY/AgRP神経から室傍核への投射が、摂食行動の実行に重要であり、NPY/AgRP神経はメラノコルチン4受容体、GABAA受容体、Y1受容体を介して室傍核のSim1陽性[[メラコルチン4受容体]]陽性神経細胞を抑制し、この結果、摂食行動が促進される<ref name=atasoy2012><pubmed>22801496</pubmed></ref> <ref name=krashes2014><pubmed>24487620</pubmed></ref>。NPY/AgRP神経細胞はレプチン、グレリン、[[インスリン]]などの受容体を発現しており、レプチンやインスリンにより抑制性に、グレリンにより興奮性に制御される。 | ||
==== POMC神経 ==== | ==== POMC神経 ==== | ||
弓状核のPOMC神経はα-MSHを介して摂食行動を抑制する。POMC神経細胞の大部分は、NPY/AgRP神経細胞と異なりGABA作動性ではない。POMC神経細胞にはオレキシンの摂食、体重制御に重要な[[オレキシン2型受容体]]やレプチン、セロトニン、NPYの受容体も豊富に発現している<ref><pubmed> 19117547 </pubmed></ref> | 弓状核のPOMC神経はα-MSHを介して摂食行動を抑制する。POMC神経細胞の大部分は、NPY/AgRP神経細胞と異なりGABA作動性ではない。POMC神経細胞にはオレキシンの摂食、体重制御に重要な[[オレキシン2型受容体]]やレプチン、セロトニン、NPYの受容体も豊富に発現している<ref><pubmed> 19117547 </pubmed></ref>。POMC神経は腹内側核から興奮性入力を受けており、この入力によって摂食行動は抑制される<ref name=sternson2005><pubmed>16172601</pubmed></ref>。[[エストロゲン]]は摂食行動を抑制するが、エストロゲン受容体は弓状核に豊富に発現しており、エストロゲンによってPOMCの発現が増加する<ref><pubmed> 17195839 </pubmed></ref>。 | ||
==== 腹内側核 ==== | ==== 腹内側核 ==== | ||
腹内側核の内側部はレプチン受容体やオレキシン受容体が豊富に発現しており、摂食行動に重要な働きをしている。腹内側核は[[視床下部#.E8.A6.96.E4.BA.A4.E5.8F.89.E4.B8.8A.E6.A0.B8|視交叉上核]] | 腹内側核の内側部はレプチン受容体やオレキシン受容体が豊富に発現しており、摂食行動に重要な働きをしている。腹内側核は[[視床下部#.E8.A6.96.E4.BA.A4.E5.8F.89.E4.B8.8A.E6.A0.B8|視交叉上核]]、弓状核、室傍核、背内側核、外側野と密な線維連絡を持ち、扁桃体、結合腕傍核からの投射を受ける。特に、腹内側核PACAP陽性細胞から弓状核POMC神経への興奮性投射は摂食行動抑制に重要である<ref name=krashes2014><pubmed>24487620</pubmed></ref>。また、[[内在性カンナビノイド]]系を活性化すると摂食行動促進、体重増加を引き起こすが、[[カンナビノイド受容体]]CB1は腹内側核に豊富に存在している。 | ||
==== 背内側核 ==== | ==== 背内側核 ==== | ||
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==== 室傍核 ==== | ==== 室傍核 ==== | ||
室傍核は、弓状核のNPY/AgRP神経およびPOMC神経の投射先として重要であり、α- | 室傍核は、弓状核のNPY/AgRP神経およびPOMC神経の投射先として重要であり、α-MSHの受容体であるメラノコルチン4受容体が豊富に発現している。室傍核でのメラノコルチン4受容体発現を低下させると肥満する<ref name=balthasar2005><pubmed>16269339</pubmed></ref> <ref name=krashes2014><pubmed>24487620</pubmed></ref>。弓状核のNPY/AgRP神経やPOMC神経は、メラノコルチン4受容体を発現するSim1陽性に投射する。POMCはα-MSHを介して興奮性に、NPY/AgRP神経はNPY, AgRP, GABAを介して抑制性にSim1陽性メラノコルチン4受容体陽性神経を制御する。このSim1陽性メラノコルチン4受容体陽性神経の多くはオキシトシン産生細胞である<ref name=atasoy2012><pubmed>22801496</pubmed></ref> <ref name=krashes2014><pubmed>24487620</pubmed></ref>。この細胞は、孤束核近傍に投射し、摂食行動の実行を制御する。 | ||
==== 外側野 ==== | ==== 外側野 ==== | ||
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[[wikipedia:ja:脂肪組織|脂肪組織]]から分泌される[[wikipedia:ja:アディポサイトカイン|アディポサイトカイン]]は摂食行動に影響をあたえる。特にレプチンは摂食行動抑制、体重減少を引き起こすことが知られており、レプチン機能低下により著しい肥満を生じる。摂食行動に関するレプチンの作用部位は弓状核、腹内側核、外側野、腹側被蓋野、背側縫線核などである<ref><pubmed> 17937601 </pubmed></ref>。グルコースやインスリンも摂食神経回路に直接作用しての摂食行動を抑制する。脳全体や視床下部のインスリン受容体発現を低下させると、摂食量が増加する<ref><pubmed> 16460269 </pubmed></ref>。 | [[wikipedia:ja:脂肪組織|脂肪組織]]から分泌される[[wikipedia:ja:アディポサイトカイン|アディポサイトカイン]]は摂食行動に影響をあたえる。特にレプチンは摂食行動抑制、体重減少を引き起こすことが知られており、レプチン機能低下により著しい肥満を生じる。摂食行動に関するレプチンの作用部位は弓状核、腹内側核、外側野、腹側被蓋野、背側縫線核などである<ref><pubmed> 17937601 </pubmed></ref>。グルコースやインスリンも摂食神経回路に直接作用しての摂食行動を抑制する。脳全体や視床下部のインスリン受容体発現を低下させると、摂食量が増加する<ref><pubmed> 16460269 </pubmed></ref>。 | ||
コレシストキニン、[[ペプチドYY]](PYY)、グルカゴン様ペプチド1などの[[wikipedia:ja:消化管ホルモン|消化管ホルモン]]はいずれも迷走神経を介して摂食行動を抑制する。コレシストキニンは[[wikipedia:ja:十二指腸|十二指腸]]、[[wikipedia:ja:空腸|空腸]]に脂肪に富んだ食物が移行すると、小腸の[[wikipedia:ja:I細胞|I細胞]]から分泌される。PYYおよびGLP-1は十二指腸、空腸、[[wikipedia:ja:結腸|結腸]]の[[wikipedia:ja:L細胞|L細胞]] | コレシストキニン、[[ペプチドYY]](PYY)、グルカゴン様ペプチド1などの[[wikipedia:ja:消化管ホルモン|消化管ホルモン]]はいずれも迷走神経を介して摂食行動を抑制する。コレシストキニンは[[wikipedia:ja:十二指腸|十二指腸]]、[[wikipedia:ja:空腸|空腸]]に脂肪に富んだ食物が移行すると、小腸の[[wikipedia:ja:I細胞|I細胞]]から分泌される。PYYおよびGLP-1は十二指腸、空腸、[[wikipedia:ja:結腸|結腸]]の[[wikipedia:ja:L細胞|L細胞]]から分泌される。これらの消化管ホルモンは食事開始後に濃度が上昇し、食後数時間で低下することから、一回の食事の終止に関わると考えられている。また、迷走神経は摂食による腸管の拡張を直接感知して摂食行動を抑制する。主に胃から分泌されるグレリンは、摂食前に血中濃度が上昇し、直接または迷走神経を介して視床下部に作用し摂食行動の開始を促す。しかし、グレリン産生細胞を急性に死滅させても、摂食量に変化が認められなかったという報告もある<ref name=mcfarlane2014><pubmed>24836560</pubmed></ref>。 | ||
== 摂食行動制御の時間的多階層性 == | == 摂食行動制御の時間的多階層性 == | ||
摂食行動は複数のフィードバックループによって制御されていると考えられ、急性の効果はすぐに抑制される。グレリンやレプチンを持続的に投与した場合に摂食量の明瞭な変化が見られるのは投与開始当初の数日だけである。これは、摂食行動を促進または抑制しようとする神経回路が一旦活発になるものの、続いて体重を安定的に保とうとする制御機構が優位になり摂食行動に負の制御をもたらすためである。 | |||
== 摂食行動制御神経回路の種差 == | == 摂食行動制御神経回路の種差 == | ||
神経回路の研究は遺伝子改変マウスなどの[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]での研究が大部分であるが、摂食という動物の生存に不可欠な行動を制御する回路は、進化上脳の形成とともに古く、NPY, AgRP, POMC, MCH、オレキシンなどの神経ペプチドは[[ゼブラフィッシュ]]の視床下部にも存在している。[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]の視床下部には[[視床下部#弓状核|漏斗核]](哺乳類の弓状核に相当)、腹内側核、背内側核、外側野が区別され、漏斗核にはNPY, AgRP, | 神経回路の研究は遺伝子改変マウスなどの[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]での研究が大部分であるが、摂食という動物の生存に不可欠な行動を制御する回路は、進化上脳の形成とともに古く、NPY, AgRP, POMC, MCH、オレキシンなどの神経ペプチドは[[ゼブラフィッシュ]]の視床下部にも存在している。[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]の視床下部には[[視床下部#弓状核|漏斗核]](哺乳類の弓状核に相当)、腹内側核、背内側核、外側野が区別され、漏斗核にはNPY, AgRP, POMCを産生する神経細胞が存在する。NPYやAgRPによる摂食行動促進やレプチン、インスリン、コレシストキニンによる摂食行動抑制はニワトリやゼブラフィッシュでも認められている。 | ||
ヒトの摂食行動制御も脳幹部から視床下部までの基本的な神経回路はマウスと同様であると考えられているが、大脳皮質からの制御の強さと質には違いがあると考えられる。摂食障害の病態にはこの大脳皮質での摂食行動の価値付けや[[意思決定]]が重要である<ref><pubmed> 19603056 </pubmed></ref>。 | ヒトの摂食行動制御も脳幹部から視床下部までの基本的な神経回路はマウスと同様であると考えられているが、大脳皮質からの制御の強さと質には違いがあると考えられる。摂食障害の病態にはこの大脳皮質での摂食行動の価値付けや[[意思決定]]が重要である<ref><pubmed> 19603056 </pubmed></ref>。 | ||
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== 摂食行動研究の方法論的課題 == | == 摂食行動研究の方法論的課題 == | ||
摂食行動は実験施設でのマウス、ラットで定量的持続的に測定しやすいが、二次的な変化を見ていることを否定することは難しい。例えば、覚醒時間を増やす物質は二次的に摂食量増加をもたらす。より評価が難しいのは摂食量の低下であり、動物が不健康な状態になれば摂食量は低下するので、物質の投与による摂食量の低下が、生理的な意義を持つかどうかは、発現部位や関連する行動変化、絶食での発現変化などの検討が必要になる。また、光遺伝学や薬理遺伝学的手法による特定の神経回路の操作によって摂食行動の変化が見られた場合、その回路が摂食制御に関与する可能性を示すが、必ずしも生理的な摂食行動に重要な働きをしているとは限らない。また、神経ペプチドやモノアミンのようにvolume transmissionで作用する場合も、注意が必要である。 | |||
==関連項目== | ==関連項目== | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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