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類義語:動物モデル 
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{{box|text= モデル動物は動物実験に役立つ動物と定義され、動物実験の大きな目的は得られたデータをヒトヘ当てはめる外挿である。外挿の研究というと従来は、比較形態、比較解剖、比較生理、比較代謝など実験動物とヒトと間の正常な形質の比較が主であった。しかし近年では[[wikipedia:ja:遺伝子工学|遺伝子工学]]の発展に伴い、ヒトの疾患の原因や成因の究明、症状や病態の解析、診断や治療法の確立のために利用される疾患モデル動物を用いた研究が多く行われている。疾患モデル動物の研究成果を効果的にヒトヘ外挿することを考えるとき、まず、遺伝子配列部位の相違、変異遺伝子の機能変化の相違、病態の相違の解明に加え、遺伝子機能の動物種差を考慮する必要がある。
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 モデル動物は動物実験に役立つ動物とされ、動物実験の大きな目的は得られたデータをヒトヘ当てはめる外挿である。外挿の研究というと従来は、比較形態、比較解剖、比較生理、比較代謝など実験動物とヒトと間の正常な形質の比較が主であった。しかし近年では[[wikipedia:ja:遺伝子工学|遺伝子工学]]の発展に伴い、ヒトの疾患の原因や成因の究明、症状や病態の解析、診断や治療法の確立のために利用される疾患モデル動物を用いた研究が多く行われている。疾患モデル動物の研究成果を効果的にヒトヘ外挿することを考えるとき、まず、遺伝子配列部位の相違、変異遺伝子の機能変化の相違、病態の相違の解明、に加え動物種差を考慮する必要がある。個々のモデル動物を用いてヒトの形質との相違についての全てを解明するには多くの時間と努力が必要であるが、これらの一つ一つの知見をデータベース化し研究者に提供できるようにすることは、モデル動物の研究成果のヒトヘの外挿に大きな力となると思われる。
 個々のモデル動物を用いてヒトの形質との相違についての全てを解明するには多くの時間と努力が必要であるが、これらの一つ一つの知見をデータベース化し研究者に提供できるようにすることは、モデル動物の研究成果のヒトヘの外挿に大きな力となると思われる。}}
 モデル動物を使用する際の研究コストには、各種モデル動物を専門業者から入手するための購入費用や飼育環境を維持するための飼育費用などがある。モデル動物の価格は、一般的なマウスやラットは1匹あたり数百円〜数千円程度であるのに対し、コモンマーモセットやアカゲザルなどのサル類は1頭あたり30~50万円程度である。線虫やショウジョウバエなどは飼育・保管のために必要なスペースは少なくて済み実験室の一区画での飼育が可能であるが、マウスやラットを飼育するためには、専用の飼育室や飼育ラックを準備する必要がある。またサル類ではさらに広い飼育スペースが必要となり、専門の飼育技術を持つ飼育技術者を準備する必要がある。このように動物実験では必要となる研究コストや飼育スペースの確保を考慮し使用するモデル動物を選択する必要がある。
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==実験動物と動物実験について==
==実験動物と動物実験について==
===実験動物===
===実験動物===
 [[実験動物]]とは、学術的研究や病気の診断、治療法の開発等の科学上の目的のために、維持、繁殖、供給される動物のことであり、動物実験に利用される。動物実験では、いくつかの群を比較しその違いが優位であることを統計的に示す必要があり、1つの群には複数の動物を使用する。再現性の高い動物実験結果を得るためには、実験動物は遺伝的背景や飼育環境がコントロールされている必要がある。これらのコントロールが正確行われているかどうかを確認するためには、一部の動物を用いて定期的に遺伝的モニタリングや微生物モニタリングを行う必要がある。飼育環境を均一にするためには特に、環境因子(温度、湿度、換気など)、栄養因子(飼料、飲料水など)、生物因子([[wikipedia:ja:感染性微生物|感染性微生物]]など)に注意が必要である。
 [[実験動物]]とは、学術的研究や病気の診断、治療法の開発等の科学上の目的のために、維持、繁殖、供給される動物のことであり、動物実験に利用される。動物実験では、いくつかの群を比較しその違いが優位であることを統計学的に示す必要があり、1つの群には複数の動物を使用する。しかし、同じ群に含まれる動物に個体差がある場合は同じ群の中で個々の動物の実験結果に差異が生じ、群同士の比較を行った際に、その結果が群の違いによるものであるかどうかの判別が不可能となる。そのため再現性の高い動物実験の結果を得るためには、実験動物の遺伝的背景をコントロールする場合がある。遺伝的背景のコントロールの違いによりマウスやラットでは近交系とクローズドコロニーの二つに大別される。近交系は兄妹交配を20世代以上継続して維持している系統であり、理論上、遺伝子組成の中のホモ接合性は 99%以上となり系統内のすべての個体は同じ遺伝子組成をもつ。近交系を用いた遺伝子機能解析では再現性の高い実験が可能であり、遺伝子改変動物の背景系統として近交系は広く利用されている。クローズドコロニーは5年以上外部からの個体の導入がなく、一定の集団内のみで繁殖を続けている動物群であり、集団内での遺伝的な隔たりが生じないように、世代ごとの計画的なランダム交配により維持されている系統である。各個体の遺伝的性質にはばらつきはあるが、系統としては固有の遺伝的性質を示すため、個体としてではなく群として扱う薬物の検定試験などに適している。マウスやラットでは遺伝的背景のコントロールの違いにより多くの系統が樹立されており、動物実験に供される系統の選択がその後の実験結果や精度に大きく影響するので、系統の選択は非常に大切である。この一方でマウスやラット以外の実験動物、例えばサル類(コモンマーモセット、カニクイザル、アカゲザルなど)などでは遺伝的背景のコントロールは殆んどされていない。
 
 実験動物の飼育環境も動物実験の成績に大きな影響を与えるためそのコントロールは非常に大切である。飼育環境を均一にするためには特に、環境因子(温度、湿度、換気など)、栄養因子(飼料、飲料水など)、生物因子([[wikipedia:ja:感染性微生物|感染性微生物]]など)への注意が必要である。これらのコントロールが正確に行われているかどうかを確認するためには、定期的に一部の動物を用いて遺伝的モニタリングや微生物モニタリングを行う必要がある。
 
===遺伝子改変動物===
 遺伝子改変動物は遺伝子の機能を個体レベルで解析する系として多数作られており、生命現象の解明に極めて有用な実験動物である。遺伝子改変動物には、[[突然変異]]による特定の遺伝子や[[染色体]]の異常に伴い様々な異常を示す自然発症動物と人為的に遺伝子操作を行って塩基配列に変異を導入する遺伝子組換え動物がある。自然発症動物は、偶発的に生じた異常形質を持つ個体を系統化することで多くの疾患モデル系統が樹立されている。外来遺伝子を人為的に挿入した遺伝子組換え動物であるトランスジェニックマウス作出の最初の報告は、1980年のGordonらによる現在も主流となっているマイクロインジェクション法によるものである<ref name=ref1><pubmed>6261253</pubmed></ref>。1982年には[[メタロチオネインプロモーター]]でラット[[成長ホルモン]]遺伝子をマウスで発現させたことにより巨大化したトランスジェニックマウスがPalmiter、BrinsterらによりNature誌で発表された<ref name=ref2><pubmed>6958982</pubmed></ref>。この論文は人為的に導入された外来遺伝子が生体内で機能することを初めて具体的に示した例でもある。同じ1982年には、ショウジョウバエでもトランスポゾンが自身のDNAをゲノム中に挿入する性質を利用したトランスジェニックショウジョウバエの作製がScience 誌上で報告されている<ref name=ref03><pubmed>6289436</pubmed></ref>。次に内在遺伝子の機能が無効化されたマウスであるノックアウトマウスの作製が報告された。最初のノックアウトマウスは、2007年に[[wikipedia:ja:ノーベル生理学・医学賞|ノーベル生理学・医学賞]]を受賞した[[wikipedia:ja:マーティン・エヴァンズ|Evans]]、[[wikipedia:ja:マリオ・カペッキ|Capecchi]]、[[wikipedia:ja:オリヴァー・スミティーズ|Smithies]]らの相同組換え法の応用により1988年に誕生した<ref name=ref3><pubmed>3821905</pubmed></ref>。遺伝子組換え動物はマウスでは次々と作製され遺伝子機能の研究が大いに発展した。2009年にウイルスベクターを応用した霊長類初の遺伝子組換え動物としてトランスジェニックマーモセットの作製がNature誌に報告された<ref name=ref5><pubmed>19478777</pubmed></ref>。
 
 近年ではゲノム編集技術<ref name=ref4><pubmed>23664777</pubmed></ref>が進み、[[CRISPR/Cas法]]による遺伝子改変の成功がマウス<ref name=ref07><pubmed>23643243</pubmed></ref>だけではなく、線虫<ref name=ref08><pubmed>23817069</pubmed></ref>、ゼブラフィッシュ<ref name=ref09><pubmed>23360964</pubmed></ref>、ラット<ref name=ref010><pubmed>24598943</pubmed></ref>、ウサギ<ref name=ref011><pubmed>25195632</pubmed></ref>、ミニブタ<ref name=ref012><pubmed>24481528</pubmed></ref>、カニクイザル<ref name=ref013><pubmed>24486104</pubmed></ref>においても報告されている。


===動物実験===
===動物実験===

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