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===動物実験===
===動物実験===
 [[動物実験]]とは動物を利用して情報を得る実験のことである。動物に何らかの処置を加え、その処置に対する反応を統計学的に比較検討して情報を得る。2006年「[[wj:動物の愛護及び管理に関する法律|動物の愛護及び管理に関する法律]]」改正時に動物実験の倫理原則である3Rが追加された。3Rは下記の3種類の単語の頭文字Rから由来し、[[wj:動物福祉|動物福祉]]の視点から実験動物の取扱いには十分な配慮が必要であり、3Rを十分に考慮した動物実験の計画を立てる必要がある。
 [[動物実験]]とは動物を利用して情報を得る実験のことである。動物に何らかの処置を加え、その処置に対する反応を統計学的に比較検討して情報を得る。2005年「[[wj:動物の愛護及び管理に関する法律|動物の愛護及び管理に関する法律]]」改正時に動物実験の倫理原則である3Rが追加された。3Rは下記の3種類の単語の頭文字Rから由来し、[[wj:動物福祉|動物福祉]]の視点から実験動物の取扱いには十分な配慮が必要であり、3Rを十分に考慮した動物実験の計画を立てる必要がある。
*'''Replacement(代替法の利用)'''<br>
*'''Replacement(代替法の利用)'''<br>
 [[培養細胞]]を用いた''in vitro''実験や[[ショウジョウバエ]]などの発生的に下位の動物種に変更できないかを検討する。
 ''in vivo''実験から[[培養細胞]]を用いた''in vitro''実験への代替、マウスなどの脊椎動物から[[線虫]]や[[ショウジョウバエ]]などの無脊椎動物への代替、カニクイザルなどのヒトに近い霊長類からマウスなどの齧歯類への代替など、動物実験を計画する際には代替方法を検討する。
*'''Reduction(使用動物数の削減''')<br>
*'''Reduction(使用動物数の削減''')<br>
 不必要な実験を行っていないかどうか、統計学上必要最低限の動物数で実験を行っているか、など可能な限り使用する動物数を減らすことを検討する。
 動物実験を計画する際、必要以上の実験動物を用いていないかどうかを検討し、使用する動物数はできる限り少なくする。
*'''Refinement(苦痛の軽減)'''<br>
*'''Refinement(苦痛の軽減)'''<br>
 適切な飼育環境であること、動物実験を行う際には必要に応じた麻酔処置を行うこと、適切な[[wj:安楽死|安楽死]]処置を行うこと、など動物に不要な苦痛を与えないことを検討する。
 動物実験を行う際には、必要に応じた麻酔処置や適切な[[wj:安楽死|安楽死]]処置を行い実験動物に耐えがたい不要な苦痛を与えない。
 


==各種実験動物について==
==各種実験動物について==
===''Caenorhabditis elegans''===
===線虫===
 [[Caenorhabditis elegans|''Caenorhabditis elegans'']]は、分類学上は[[wikipedia:ja:線形動物門|線形動物門]]に属する。単に実験動物として[[線虫]]というと、この種を指すことが多い。成虫の体長は約1mmで雌雄同体である。全ての神経細胞が同定されており、[[電子顕微鏡]]での解析により神経細胞同士の接続関係が解明されている。[[wikipedia:ja:多細胞生物|多細胞生物]]として初めて全[[wikipedia:ja:ゲノム配列|ゲノム配列]]が解読された種であり、遺伝子発現調節領域に連結させた[[マーカー遺伝子]]を発現させることにより発生研究などを行うのに適したモデル動物である。
線虫(C''aenorhabditis elegans'')は、分類学上は[[wikipedia:ja:線形動物門|線形動物門]]に属する。成虫の体長は約1mmで雌雄同体である。染色体数は2n=12、ゲノムサイズは0.1Gb、遺伝子数は約20000個である。生活史は一世代約3日で、孵化後1日以内で交尾可能となり、成虫の寿命は約2週間である。[[wikipedia:ja:多細胞生物|多細胞生物]]として初めて全[[wikipedia:ja:ゲノム配列|ゲノム配列]]が解読された種である<ref name=ref014><pubmed>9851916</pubmed></ref>。また、電子顕微鏡での解析により神経細胞同士の接続関係が調べられている<ref name=ref015><pubmed>22462104</pubmed></ref>。主に発生機構、シグナル伝達機構、細胞死、神経ネットワーク、行動遺伝学、RNAiなどの研究に使用される。
 
利点
*ライフサイクルが短く飼育が容易である
*体が透明であるためin vivo イメージングが可能である
*全ての神経細胞が同定されている。
*全脳コネクトームのデータが使用できる
 
欠点
*得られた知見が哺乳類やヒトにあてはまらないことがある
*脊椎動物の内骨格系、閉鎖循環系、免疫防御系などの解析には向かない


===ショウジョウバエ===
===ショウジョウバエ===
 [[wj:線形動物門|線形動物門]]に属する[[wikipedia:ja:ハエ目|ハエ目]]([[wikipedia:ja:双翅目|双翅目]])[[wikipedia:ja:ショウジョウバエ科|ショウジョウバエ科]]([[wikipedia:ja:Drosophilidae|''Drosophilidae'']])に属するハエの一種である[[キイロショウジョウバエ]]([[Drosophila melanogaster|''Drosophila melanogaster'']])が研究によく用いられている。[[ショウジョウバエ]]は飼育が容易で、体長2〜3 mmで世代間隔は10日と短い生活環であり、寿命は約2か月である。[[wj:多細胞生物|多細胞生物]]としては線虫に次いで二番目に全ゲノム配列が解読された。ショウジョウバエは、夜(暗期)には[[哺乳類]]の睡眠に類似した行動を示す[[サーカディアンリズム]]([[概日周期]])を刻み、この周期が変化する[[変異体]]が得られている。また[[記憶]]・[[学習]]に関係する遺伝子が同定され記憶や学習に関与する脳神経回路の解析に用いられている。
 [[wj:線形動物門|線形動物門]]に属する[[wikipedia:ja:ハエ目|ハエ目]]([[wikipedia:ja:双翅目|双翅目]])[[wikipedia:ja:ショウジョウバエ科|ショウジョウバエ科]]([[wikipedia:ja:Drosophilidae|''Drosophilidae'']])に属するハエの一種である[[キイロショウジョウバエ]]([[Drosophila melanogaster|''Drosophila melanogaster'']])が研究によく用いられている。ショウジョウバエは体長2〜3 mm、体重は約1mgである。染色体数は2n=8、ゲノムサイズは0.14Gb、遺伝子数は約15000個である。生活史は産卵から羽化まで10日で、羽化後1日以内で交尾が可能となり、寿命は約2か月である。メスの産卵数は1匹当たり500個以上である。多細胞生物としては線虫に次いで二番目に全ゲノム配列が解読された<ref name=ref016><pubmed>10731135</pubmed></ref>。主に発生学、生理学などの研究に使用される。夜(暗期)には哺乳類の睡眠に類似した行動を示す[[サーカディアンリズム]]([[概日周期]])を刻み、この周期が変化する[[変異体]]が得られている<ref name=ref017><pubmed>12015613</pubmed></ref>。また[[記憶]]・[[学習]]に関係する遺伝子が同定されており<ref name=ref018><pubmed>15823532</pubmed></ref>記憶や学習に関与する脳神経回路の解析に用いられている。
 
利点
*ライフサイクルが短く、一度に多数の個体を扱える
*遺伝的解析が容易である
*細胞内シグナリング経路はかなり保存されている 
*脳が小さいため全脳でのコネクトーム解析が可能である
欠点
*得られた知見が哺乳類やヒトにあてはまらないことがある
*脊椎動物の内骨格系、閉鎖循環系、免疫防御系などの解析には向かない


===ヤリイカ===
===ヤリイカ===
 [[ヤリイカ]]([[Heterololigo bleekeri|''Heterololigo bleekeri'']])は、分類学上は[[軟体動物門]][[ヤリイカ科]]に属するイカの一種である。イカ類は飼育が非常に難しいとされていたが、1975年に人工飼育が成功し実験動物としての利用が容易となった。非常に太い[[神経線維]]と、巨大な[[シナプス]]を持っているため、神経生理学分野でのモデル生物として用いられる。
 [[ヤリイカ]]([[Heterololigo bleekeri|''Heterololigo bleekeri'']])は、分類学上は[[軟体動物門]][[ヤリイカ科]]に属するイカの一種である。イカ類は飼育が非常に難しいとされていたが、1975年に人工飼育が成功し実験動物としての利用が容易となった。非常に太い[[神経線維]]と、巨大な[[シナプス]]を持っていることが特徴である<ref name=ref019><pubmed>18139008</pubmed></ref> <ref name=ref020><pubmed>23973070</pubmed></ref>。
 
利点
*神経生理学分野でのモデル生物として有用である


===アフリカツメガエル===
===アフリカツメガエル===
 [[アフリカツメガエル]]([[Xenopus laevis|''Xenopus laevis'']])は、分類学上は[[wikipedia:ja:ピパ科|ピパ科]][[wikipedia:ja:クセノプス属|クセノプス属]]の[[カエル]]の一種である。成体も水中で生活し、他のカエルと異なり生き餌を必要せず人工飼料で飼育が容易である。[[wj:卵|卵]]は他の[[脊椎動物]]卵と比較してサイズが大きく、[[胚]]操作が容易であることから、特に発生学の分野において有用なモデル動物である。
 [[アフリカツメガエル]]([[Xenopus laevis|''Xenopus laevis'']])は、分類学上は[[wikipedia:ja:ピパ科|ピパ科]][[wikipedia:ja:クセノプス属|クセノプス属]]の[[カエル]]の一種である。染色体数は2n=36。生活史は世代期間が1〜2年、[[wj:卵|卵]]から生まれた後幼生から1.5〜2ヶ月程度で変態し成体となる。変態に関与する内分泌系の研究や、発生学などの研究に利用されている。またアフリカツメガエルの卵母細胞はタンパク質翻訳系として用いられ、パッチクランプ法などの電気生理実験を組み合わせて、カルシウムチャネル<ref name=ref021><pubmed>7961913</pubmed></ref>などのチャネル分子やアセチルコリン受容体<ref name=ref022><pubmed>2843772</pubmed></ref>などの受容体分子の同定がなされている。
 
利点
*性腺刺激ホルモンでのホルモン処理により、季節を問わず卵を手に入れることができる
*卵は他の脊椎動物卵と比較してサイズが大きく、[[胚]]操作が容易である
*母体外での発生のため、中枢神経系の初期形態形成を実体顕微鏡下で直接観察できる
*成体も水中で生活し生き餌を必要としないため、飼育が比較的容易である
 
欠点
*染色体が偽4倍体であるため、遺伝学には不向きとされている


===ゼブラフィッシュ===
===ゼブラフィッシュ===
 [[ゼブラフィッシュ]]([[Danio rerio|''Danio rerio'']])は、分類学上では[[wikipedia:ja:コイ目|コイ目]][[wikipedia:ja:コイ科|コイ科]][[wikipedia:ja:ラスボラ亜科|ラスボラ亜科]]に属し、体長5cm ほどの小型の魚である。生活環は約3か月で寿命は約5年である。雑食であるため飼育が容易であること、多産であり1組の雌雄から数百個の卵を得ることができること、得られた卵が透明であり発生が早いこと(受精後24時間で器官形成がほぼ終了し、数日で孵化する)、などの特徴をもつ。2013年に全ゲノム解読が完了し、胚の観察や遺伝子改変が比較的容易であることから、様々な遺伝子改変ゼブラフィッシュが作製され研究に利用されている。
 [[ゼブラフィッシュ]]([[Danio rerio|''Danio rerio'']])は、分類学上では[[wikipedia:ja:コイ目|コイ目]][[wikipedia:ja:コイ科|コイ科]][[wikipedia:ja:ラスボラ亜科|ラスボラ亜科]]に属し、体長5cm ほどの小型の魚である。染色体数は2n=50、ゲノムサイズは1.7Gb、遺伝子数は約25000個である。生活史は世代期間が約3ヵ月で産卵後3〜4日で孵化し、寿命は約5年である。産卵数は1日で50〜100個である。主に神経発生、行動、器官形成、パターン形成などの研究に使用されている。2013年に全ゲノム解読が完了<ref name=ref023><pubmed>23594743</pubmed></ref>し、胚の観察や遺伝子改変が比較的容易であることから、様々なトランジェニックゼブラフィッシュが作製され研究に利用されている<ref name=ref024><pubmed>1339227</pubmed></ref>。
 
利点
*脊椎動物のモデル系として神経系や循環器系(リンパ管系)が哺乳類モデルとなりうる
*体が透明であるためin vivoイメージングが可能である
*大規模で網羅的な変異体のスクリーニングが可能である
*雑食であるため飼育が容易である
*多産であり1組の雌雄から数百個の卵を得ることができる
*得られた卵が透明であり発生が早い(受精後24時間で器官形成がほぼ終了し、数日で孵化する)
 
欠点
*ES細胞やiPS細胞が樹立されていない


===キンカチョウ===
===キンカチョウ===
 [[キンカチョウ]]([[Taeniopygia guttata|''Taeniopygia guttata'']])は[[wikipedia:ja:スズメ目|スズメ目]][[wikipedia:ja:カエデチョウ科|カエデチョウ科]]に分類される鳥の一種で、体長は10~11cmで寿命は約5年である。性成熟は3ヶ月、1回の産卵数は5~6個、排卵日数は約16日、巣立ちには約21日かかる。キンカチョウは歌を歌う鳥として、[[発声学習]]の研究に適したモデル動物として用いられている。
 [[キンカチョウ]]([[Taeniopygia guttata|''Taeniopygia guttata'']])は[[wikipedia:ja:スズメ目|スズメ目]][[wikipedia:ja:カエデチョウ科|カエデチョウ科]]に分類される鳥の一種で、体長は10~11cmで体重は10〜16gである。染色体数は2n=80。性成熟は3ヶ月、1回の産卵数は5~6個、排卵日数は約16日、巣立ちには約21日かかり、寿命は約5年である<ref name=ref025>実験動物の技術と応用 実践編 <br>日本実験動物協会 編 P359, P361</ref>。キンカチョウは歌を歌う鳥として、[[発声学習]]の研究に適したモデル動物として用いられている。2013年にオスのキンカチョウの全ゲノム解読が報告されている<ref name=ref026><pubmed>20360741</pubmed></ref>。また、遺伝子組換えキンカチョウを用いた実験も行われている<ref name=ref027><pubmed>19815496</pubmed></ref>。
 
利点
*発声学習や音声コミュニケーションの研究に適している


===マウス===
===マウス===
 分類学上では、[[wj:ハツカネズミ属|ハツカネズミ属]]の[[ハツカネズミ]]([[Mus musculus|''Mus musculus'']])が該当する。成熟[[マウス]]の体重は約20〜30gで寿命は約2年である。[[wj:性周期|性周期]]は約4日で1年中繁殖が可能である。[[wj:妊娠|妊娠]]期間は約19日、1回の産子数は10〜14匹、哺乳期間は約4週間である。6〜8週間で性成熟し繁殖が可能となる。主に以下の理由より、実験動物として一番多く使用されている。 
 分類学上では、[[wj:ハツカネズミ属|ハツカネズミ属]]の[[ハツカネズミ]]([[Mus musculus|''Mus musculus'']])が該当する。成熟[[マウス]]の体重は約20〜30gで寿命は約2年である。染色体数は2n=40、ゲノムサイズは2.5Gbである。[[wj:性周期|性周期]]は約4日で1年中繁殖が可能である。[[wj:妊娠|妊娠]]期間は約19日、1回の産子数は5〜9匹、哺乳期間は約3週間である。40〜50日で性成熟し繁殖が可能となる<ref name=ref028>最新実験動物学<br>前島 一淑、笠井 憲雪 編 P45, P105〜P111</ref>。ゲノム解析が2002年に完了している<ref name=ref029><pubmed>12466850</pubmed></ref>。また[[トランスジェニックマウス]]や[[ノックアウトマウス]]などの遺伝子改変技術が確立している。発生学、生理学、神経科学などの基礎生物学や、病因病態の究明や創薬・治療法の開発など幅広い研究に使用され、実験動物として一番多く使用されている。
*多くの近交系が樹立されており、遺伝的に均一化されている個体を入手することが可能であること
 
*繁殖周期が短いため多くの個体の繁殖が可能であること
利点
*ゲノム解析が2002年に完了しており、[[ヒト]]のゲノムと比較した実験が可能であること
*多くの近交系が樹立されており、遺伝的に均一化されている個体を入手することが可能である
*[[トランスジェニックマウス]]や[[ノックアウトマウス]]などの遺伝子改変技術が確立していること
*繁殖周期が短く産子数が多いため、計画的な実験が組み易い


====自然発症マウス====
====自然発症マウス====
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===ラット===
===ラット===
 分類学上では、[[wikipedia:ja:クマネズミ属|クマネズミ属]]の[[wikipedia:ja:ドブネズミ|ドブネズミ]]([[Rattus norvegicus|''Rattus norvegicus'']])が該当する。成熟[[ラット]]の体重は雌200〜400g、雄で300〜700gと雌雄で倍近い差があることが特徴である。性周期は平均4日で1年中繁殖が可能である。妊娠期間は約21日、1回の産子数は6〜14匹、哺乳期間は約4週間である。雌で60〜70日、雄で60〜80日で性成熟し、繁殖が可能となる。ラットはマウスと比較して体が大きいため、[[wikipedia:ja:血液|血液]]や[[wikipedia:ja:尿|尿]]など試料を多量に採取しやすく、外科手術等の処置も容易に行うことができるという利点がある。しかしながら、遺伝子組換え動物としては作製がマウスのほうが容易なためラットでの使用頻度は少ない。
 分類学上では、[[wikipedia:ja:クマネズミ属|クマネズミ属]]の[[wikipedia:ja:ドブネズミ|ドブネズミ]]([[Rattus norvegicus|''Rattus norvegicus'']])が該当する。成熟[[ラット]]の体重は雌200〜400g、雄で300〜700gと雌雄で倍近い差があることが特徴である。染色体数は2n=42、ゲノムサイズは2.75Gbである。性周期は平均4日で1年中繁殖が可能である。妊娠期間は約21 日、1回の産子数は6〜14匹、哺乳期間は約3週間である。雌で50〜80日、雄で60〜80日で性成熟し、繁殖が可能となる<ref name=ref030> 最新実験動物学<br>前島 一淑、笠井 憲雪 編 P45, P111〜P113</ref>。発生学、生理学、神経科学などの基礎生物学や、病因病態の究明や創薬・治療法の開発など、マウスと同様に広く実験動物として利用されている。ゲノム解析が2004年に完了している<ref name=ref031><pubmed>15057822</pubmed></ref>。遺伝子組換え動物としてES細胞株が利用できないために、遺伝子組換えラットを作製することが困難とされていたが、 近年ではゲノム編集の技術を応用した遺伝子組換えラットの作製が報告されている<ref name=ref010 />。
 
利点
*多くの近交系が樹立されており、遺伝的に均一化されている個体を入手することが可能である
*マウスと比較して 体が大きいため、[[wikipedia:ja:血液|血液]]や[[wikipedia:ja:尿|尿]]など試料を多量に繰り返し採取することが可能である
 
欠点
*マウスと比較すると約3倍の飼育スペースが必要である


===ハダカデバネズミ===
===ハダカデバネズミ===
 [[ハダカデバネズミ]]([[Heterocephalus glaber|''Heterocephalus glaber'']])は、[[wikipedia:ja:ハダカデバネズミ属|ハダカデバネズミ属]]に分類される[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]である。体長8~9cm、尾長3~4.5cm、体重30~80gで、体表には細かい体毛しか生えておらず地中で生活する。寿命は長く(平均寿命28歳)、[[wj:癌|癌]]に耐性であり、真社会性の社会構造を持つことが大きな特徴である。
 [[ハダカデバネズミ]]([[Heterocephalus glaber|''Heterocephalus glaber'']])は、[[wikipedia:ja:ハダカデバネズミ属|ハダカデバネズミ属]]に分類される[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]である。体長8~9cm、尾長3~4.5cm、体重30~80gで、体表には細かい体毛しか生えておらず地中で生活する<ref name=ref032><pubmed>14602989</pubmed></ref>。寿命は長く(平均寿命28歳)、[[wj:癌|癌]]に耐性があり、真社会性の社会構造を持つことが大きな特徴である<ref name=ref033><pubmed>1614546</pubmed></ref> <ref name=ref034><pubmed>17054663</pubmed></ref>。2011年に全ゲノムの解読が報告されている<ref name=ref035><pubmed>21993625</pubmed></ref>。
 
利点
*老化研究と癌研究に適している
*真社会性の社会構造を持つため、社会性の研究に適している
 
欠点
*専用の特殊な飼育環境を準備する必要がある
 
===ウサギ===
 ウサギ([[Oryctolagus cuniculus|''Oryctolagus cuniculus'']])は[[wikipedia:ja:ウサギ目|ウサギ目]][[wikipedia:ja:ウサギ科|ウサギ科]]に分類される。実験動物としてはカイウサギがよく使用されている。体長は約50〜70cm、体重は約4〜7kgである。染色体数は2n=44、ゲノムサイズは約3.5Gbである。明確な性周期はないが、多くの場合は3〜12日の間隔で繰り返されると考えられている。妊娠期間は30〜35日で1回の産子数は1〜10頭である。生後約4〜5ヶ月で性成熟し、繁殖が可能となる<ref name=ref036>実験動物の技術と応用 実践編<br>日本実験動物協会 編 P292〜293, P300〜302</ref>。主に催奇形性試験、発熱試験、眼粘膜刺激試験、血清学的研究、生殖学研究、動脈硬化症の研究などに使用される。また、トランスジェニックウサギの作製が行われ、研究に利用されている<ref name=ref037><pubmed>10504518</pubmed></ref>。
 
利点
*飼育しやすく、繁殖力が強い
*体重に比較して血液採取量が多く、耳静脈からの採血が容易なので、抗体産生に向いている
 
欠点
*骨格が細く筋肉が弱いため、腰抜け(腰椎の脱臼や骨折による症状)などの後肢の障害が起こらないように取扱いに注意する
*暑さに弱いため、個体管理において注意が必要である
*近交退化現象(生産性の低下や遺伝学的奇形の出現)により近交系の系統維持が難しい
 
===ミニブタ===
 [[ミニブタ]]([[Sus scrofa domesticus|''Sus scrofa domesticus'']])は[[wikipedia:ja:イノシシ属|イノシシ属]]に分類される。実験動物としての小型ブタとして開発され、体長は約50〜90cm、体重は約40〜70kgである。染色体数は2n=38、ゲノムサイズは約2.7Gbである。性周期は約21日で1年中繁殖が可能である。妊娠期間は約110〜120日で1回の産子数は4〜6頭である。生後約6ヶ月で性成熟し繁殖可能となる<ref name=ref038>実験動物の技術と応用 実践編<br>日本実験動物協会 編 P334, P338〜340</ref>。主に循環器研究、臓器移植、生活習慣病、薬物代謝研究などに使用されている。
 
利点
*解剖学的、生理学的な特性がヒトと類似する
*サル類を用いなくても臓器の大きさがヒトと類似していることもあるため、動物倫理の点から有用性が高い
 
欠点
*ストレスに弱く、特に温度などに注意した飼育管理が必要である
*個体差が大きい


===コモンマーモセット===
===コモンマーモセット===
 [[コモンマーモセット]]([[Callithrix jacchus|''Callithrix jacchus'']])は、[[wikipedia:ja:霊長目|霊長目]][[wikipedia:ja:オマキザル科|オマキザル科]]([[wikipedia:ja:Cebidae|''Cebidae'']])[[wikipedia:ja:マーモセット属|マーモセット属]]に含まれる。体長が約20cm、体重が200〜400g程度で、寿命は10〜15年である。妊娠期間は約145日、周年繁殖で年間2回出産し、1産で2〜3頭を出産する。3〜4ヶ月程度の授乳期間を経て生後1年〜1年半で性成熟し、繁殖が可能となる。2009年に[[霊長類]]初の遺伝子組換え動物トランスジェニックマーモセットの作製が報告された<ref name=ref5><pubmed>19478777</pubmed></ref>。
 [[コモンマーモセット]]([[Callithrix jacchus|''Callithrix jacchus'']])は、[[wikipedia:ja:霊長目|霊長目]][[wikipedia:ja:オマキザル科|オマキザル科]]([[wikipedia:ja:Cebidae|''Cebidae'']])[[wikipedia:ja:マーモセット属|マーモセット属]]に含まれる。成体での体長はオスで17〜22cm、メスで15〜24cm、尾の長さは24〜40cm、体重がオスで200〜400g、メスで200〜300g程度で、寿命は10〜15年である。染色体数は2n=46、ゲノムサイズは約3Gbである。妊娠期間は約5か月、周年繁殖で年間2回出産し、1産で2〜3頭を出産する。3〜4ヶ月程度の授乳期間を経て生後1年〜1年半で性成熟し、繁殖が可能となる<ref name=ref039>実験動物の技術と応用 実践編<br>日本実験動物協会 編 P347〜348, P353〜355</ref> <ref name=ref040><pubmed>24387631</pubmed></ref>。古くはウイルス感染や腫瘍学の分野で使用されたが、現在は生理学、薬理学、神経科学などの基礎生物学に広く使用されている。2014年にはメスのコモンマーモセットの全ゲノム解析が報告されている<ref name=ref041><pubmed>25038751</pubmed></ref>。
 
利点
*ヒトと同じ[[霊長類]]であることから、他の動物と比較してヒトに近い研究が可能である
*小型であり、飼育が比較的容易であり、繁殖力が高い
*父親や兄姉が子育てに参加するため、社会性の研究に適している
 
欠点
*専門の飼育技術者が必要である
*系統化されていないため個体差が大きい
*ヒトに近縁であるため生命倫理に問題がある


===マカク属サル===
===マカク属サル===
 [[マカク属]]は[[wikipedia:ja:霊長目|霊長目]][[wikipedia:ja:オナガザル科|オナガザル科]](''Cercopithecidae'')に含まれる。実験動物としては、主に[[カニクイザル]]、[[アカゲザル]]、[[ニホンザル]]が使用されている。ヒトと同じ霊長類であることから、他の動物と比較してヒトに近い研究が可能である。
 [[マカク属]]は[[wikipedia:ja:霊長目|霊長目]][[wikipedia:ja:オナガザル科|オナガザル科]](''Cercopithecidae'')に含まれる。実験動物としては、主に[[カニクイザル]]、[[アカゲザル]]、[[ニホンザル]]が使用されている。染色体数は2n=42、ゲノムサイズは約3Gb、遺伝子数は約20000個である。世代期間は約5〜20年で妊娠期間は160〜170日、1産1子である。生後約5年で性成熟し、成獣の寿命は20〜30年である<ref name=ref042>実験動物の技術と応用 実践編<br>日本実験動物協会 編 P345〜346, P353〜355</ref>。社会行動学、生態学、生理学、神経科学、精神薬理、感染症研究、再生医療学など幅広く研究に使用されている。
 
利点
*ヒトと同じ霊長類であることから、他の動物と比較してヒトに近い研究が可能である
*発達した大脳皮質を持つため、特定の部位がどのような機能を持つかを研究することが可能である
 
欠点
*広い飼育スペースが必要である
*専門の飼育技術者が必要である
*Bウイルスなどの人獣共通感染症に注意が必要である
*系統化されていないため個体差が大きい
*ヒトに近縁であるため生命倫理に問題がある


==== カニクイザル ====
==== カニクイザル ====
 カニクイザル([[Macaca fascicularis|''Macaca fascicularis'']])はインドネシア、フィリピンなどの東南アジアに生息する中型の[[サル]]で、輸入された個体が研究に利用されている。大人の個体で、体長は38~55cm、尾の長さは40~65cm、体重はオスで5~9kg、メスで3~6kg。実験用の主なサル類として神経生理学実験、生殖生理学実験、医薬品の安全性試験やワクチンの検定試験など広範囲に利用されている。
 カニクイザル([[Macaca fascicularis|''Macaca fascicularis'']])はインドネシア、フィリピンなどの東南アジアに生息する中型の[[サル]]で、輸入された個体が研究に利用されている。成体での体長はオスで41〜65cm、メスで39〜50cm、尾の長さはオスで44〜66cm、メスで40〜55cm、体重はオスで3.5~8.3kg、メスで2.5~5.7kgである<ref name=ref043>実験動物の技術と応用 実践編<br>日本実験動物協会 編  P347</ref>。実験用の主なサル類として神経生理学実験、生殖生理学実験、医薬品の安全性試験やワクチンの検定試験など広範囲に利用されている。2012年に全ゲノムの解読が完了している<ref name=ref044><pubmed>22747675</pubmed></ref>。


====アカゲザル====
====アカゲザル====
 アカゲザル([[Macaca mulatta|''Macaca mulatta'']]))はインド、中国などのアジア地域を生息し、腰、足、尾の付け根部分が赤褐色をしている中型のサルで、輸入された個体が研究に利用されている。大人の個体で、体長は49~64cm、尾の長さは20~31cm、体重はオスで5~11kg、メスで4~10kg。カニクイザルと同様に広範囲に利用されている。
 アカゲザル([[Macaca mulatta|''Macaca mulatta'']]))はインド、中国などのアジア地域を生息し、腰、足、尾の付け根部分が赤褐色をしている中型のサルで、輸入された個体が研究に利用されている。成体での体長はオスで48〜64cm、メスで47〜53cm、尾の長さはオスで20〜31cm、メスで19〜28cm、体重はオスで5.6~10.9kg、メスで4.4~10.7kgである<ref name=ref043 />。カニクイザルと同様に広範囲な研究分野に用いられている。2007年に全ゲノムの解読が完了している<ref name=ref045><pubmed>17431167</pubmed></ref>。 


====ニホンザル====
====ニホンザル====
 ニホンザル([[Macaca fuscata|''Macaca fuscata'']])は日本固有種で、学習能力が高く、他種[[マカクザル]]に比べて遺伝変異性が低い。大人の個体で、体長は47~60cm、尾の長さは7~11cm、体重はオスで6~18kg、メスで6~14kg。ナショナルバイオリソースプロジェクトより国内で繁殖された個体が研究に利用されている。
 ニホンザル([[Macaca fuscata|''Macaca fuscata'']])は日本固有種で、学習能力が高く、他種[[マカクザル]]に比べて遺伝変異性が低い。成体での体長はオスで54〜61cm、メスで47〜60cm、尾の長さはオスで8〜12cm、メスで7〜10cm、体重はオスで11.1~18kg、メスで8.3~16.3kgである<ref name=ref043 />。ナショナルバイオリソースプロジェクトより国内で繁殖された個体が研究に利用されている。
 
 ニホンザルは日本原産のサルであるため、国内では古くから研究に使用されている。ニホンザルの本格的な研究は、戦後間もないころに京都大学の今西錦司らにより始められた。宮崎県の幸島や大分県の高崎山に生息していた野生のニホンザルを観察し、社会集団の構造の存在を実証した。また、1950年代には野生ザルの餌付けに成功し、より詳細な観察が可能となった。観察の中で、餌として与えた芋を海水で洗い、汚れを落としてから食べる行動が見られた。この行動が最初は同年代の仲間へ、次に上の年代へと広がりを見せ、さらには子や孫にも受け継がれた。この芋洗い行動は人間以外の動物にも文化があるという説の根拠となり、その文化が世代を越えて伝わっていくことが発見された。このようなニホンザルでの社会集団の構造や文化的行動の発見は、その後の霊長類研究に大きな影響を与えた。日本でのニホンザルを用いた高次脳機能研究は1960年代から始まり、1980年代にはニホンザルが特に神経科学の分野で重要な実験動物の1つとして取り扱われていた。そのため1900年代から2000年代にかけて、日本人による研究成果がニホンザルを使用した多くの論文として発表されている<ref name=ref046><pubmed>19897928</pubmed></ref>。かつて日本では有害鳥獣として捕獲された野生のニホンザルの一部を実験動物として使用していたが、2000年頃から状況が変わり国内の野生ザルを実験に使用することで生態系が乱れるという意見が出されたため、実験に野生ザルを使用することが出来なくなった。そのため2006年を境にしてニホンザルを使用した研究に関する論文数は減少している。現在ではナショナルバイオリソースプロジェクトニホンザルによる実験動物としての繁殖供給や、広報、教育などを目的とした活動が進められている。
 
==ナショナルバイオリソースプロジェクト==
 ナショナルバイオリソースプロジェクト(http://www.nbrp.jp/)は、ライフサイエンス研究の基礎・基盤となるバイオリソースについて収集・保存・提供を行うとともに、バイオリソースの質の向上を目指し、ゲノム情報等の解析、保存技術の開発などを行い、バイオリソースのための体制整備を行う国家プロジェクトであり、2002年より実施されている。線虫、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、マウス、ラット、ニホンザルなどの実験動物のバイオリソースは、ナショナルバイオリソースプロジェクトより入手することが可能である。


==脳機能研究におけるモデル生物の有用性==
==脳機能研究におけるモデル生物の有用性==

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