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===家族性ALSの原因遺伝子=== | ===家族性ALSの原因遺伝子=== | ||
現在までに約20種類あまりの遺伝子が家族性ALSの原因遺伝子として同定されている(表4) | 現在までに約20種類あまりの遺伝子が家族性ALSの原因遺伝子として同定されている(表4)。本邦で頻度の高い遺伝子異常として、''SOD1''(家族性ALSの約20%)、[[''FUS'']]/[[''TLS'']] (約1−5%)、[[''TARDBP'']] (TDP-43: 約1%)が知られる。[[''C9orf72'']]変異によるFTLDを伴うALS([[FTLD-ALS]])の頻度は、人種、地域によってかなり異なる。欧米では家族性ALSの約30-50%を占め、家族性ALSの原因として最も頻度が高いが、日本を含む東アジアでは極めて少ない。代表的な遺伝子を以下に概説する。 | ||
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====SOD1==== | ====SOD1==== | ||
''SOD1''変異は家族性ALSの約20%を占め、本邦で最も頻度の高い遺伝子変異であり、150種類以上の変異が報告されている。また、孤発性ALSの一部にもSOD1変異を認める。SOD1は[[スーパーオキシドラジカル]](O<sup>2−</sup>)を除去する酵素であるが、ALSの発症には変異SOD1自身の酵素活性は関係していない。従って、変異に伴う毒性獲得(gain of toxicity)がALSを引き起こす原因と考えられている。変異SOD1タンパク質には三次構造に大きな異常が見られることから、異常なオリゴマーの形成や蓄積に伴い、後述するタンパク質代謝異常や[[カルシウム]]シグナルの異常化、[[軸索輸送]]障害などの複数の毒性を発揮して、運動神経変性を引き起こすと考えられている<ref><pubmed> 11715057 </pubmed></ref>。 | |||
====TARDBP (TDP-43)==== | ====TARDBP (TDP-43)==== | ||
孤発性ALSで封入体を形成するTDP- | 孤発性ALSで封入体を形成するTDP-43についても、コードする''TARDBP''遺伝子上で[[常染色体優性遺伝]]形式による家族性ALSの家系が複数報告されている。孤発性ALSと同様に、病巣におけるTDP-43の異常蓄積は単なる二次的な変化ではなく、ALSの分子病態に一次的に関わると考えられている。しかし、TDP-43がSOD1の場合と同様に毒性獲得の機序に従うかは、未だ議論がある。TDP-43[[ノックアウトマウス]]は胎生致死で、生体内でもそのタンパク質量が厳格に制御されていることや、ALSではTDP-43が運動神経細胞の核から消失することから、機能喪失による神経変性機序(loss of function)も考えられている。一方、TDP-43変異によるALSが優性遺伝することや変異TDP-43[[トランスジェニックマウス]]が運動障害を示すことは毒性獲得説を示唆しており、今後の研究による解明が待たれる<ref name=ref12><pubmed> 23931993 </pubmed></ref><ref name=ref13><pubmed> 23524377 </pubmed></ref>。 | ||
====FUS/TLS==== | ====FUS/TLS==== | ||
''FUS/TLS''遺伝子がコードするFUSはRNA結合タンパク質で、TDP-43と同様、通常は核に局在するが、患者由来の変異FUSは細胞質へ蓄積し、FUS陽性/TDP-43陰性の[[好塩基性封入体]]を形成する。FUSはTDP-43に類似した構造や機能をもち、少なくとも一部は共通したRNA代謝異常の機序によってALSを発症すると考えられる<ref name=ref14><pubmed> 23023293 </pubmed></ref>。 | |||
====C9orf72==== | ====C9orf72==== | ||
2011年に''C9orf72''が家族性FTLD-ALSの原因遺伝子として報告された。C9orf72によるFTLD-ALSは優性遺伝により発症し、患者では遺伝子のイントロンにおけるGGGGCC繰り返し配列(リピート)の異常な伸長がみられ、ALSの一部は[[リピート病]]として発症することが明らかとなった<ref><pubmed> 21944778 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21944779 </pubmed></ref>。 | |||
''C9orf72''のGGGGCCリピートは、健常者で30リピート未満であるが、ALS/FTD患者では700〜1600近くに異常伸長している。異常リピートの保有率には地域差および人種差が存在し、北欧、特にフィンランドで最も多いことから、高い創始者効果をもった変異であると考えられている。''C9orf72''遺伝子の機能は不明であるが、最近、C9orf72欠損[[マウス]]がALS様の症状を示さないと報告された<ref><pubmed> 26044557 </pubmed></ref>ことから、C9orf72の異常は機能喪失よりも、むしろ毒性獲得によりALSを引き起こすことが示唆された。このGGGGCCリピートに由来する[[mRNA]]は核内での異常な[[RNA凝集体]]の形成(RNA foci)、および[[wj:開始コドン|開始コドン]]非依存的な[[翻訳]]産物の蓄積(repeat associated non-ATG translation; RAN)を介して、運動神経への毒性を引き起こすと考えられている<ref><pubmed> 25638642 </pubmed></ref>。しかし、最近報告された、[[wj:人工染色体|人工染色体]]により異常型''C9orf72''を導入したマウスではRNA fociの形成やRAN産物の蓄積などの病態は再現されたものの運動神経変性は生じておらず<ref name=ref19><pubmed> 26637797 </pubmed></ref><ref name=ref20><pubmed> 26637796 </pubmed></ref>、''C9orf72''の異常が運動神経変性を引き起こす機序について、より詳細な検討が必要と考えられる。 | |||
====その他==== | ====その他==== | ||
上記の遺伝子のほかに、[[オプチニューリン]] (OPTN)や[[ErbB4]]遺伝子変異を有する家族性ALSが本邦で発見、報告されている。 | 上記の遺伝子のほかに、[[オプチニューリン]] (''OPTN'')や[[''ErbB4'']]遺伝子変異を有する家族性ALSが本邦で発見、報告されている。 | ||
===ALSの動物モデル=== | ===ALSの動物モデル=== | ||
変異SOD1を過剰発現するトランスジェニックマウス(SOD1tgマウス)では、運動神経に[[細胞死]]が起こることによって進行性に下肢の麻痺や筋萎縮を示し、ALSの症状や病理変化をよく再現することからALSの[[モデル動物]]として頻用されている<ref><pubmed> 8209258 </pubmed></ref> | 変異SOD1を過剰発現するトランスジェニックマウス(SOD1tgマウス)では、運動神経に[[細胞死]]が起こることによって進行性に下肢の麻痺や筋萎縮を示し、ALSの症状や病理変化をよく再現することからALSの[[モデル動物]]として頻用されている<ref><pubmed> 8209258 </pubmed></ref>。しかし、''SOD1''変異に伴うALSの病理組織ではTDP-43陽性封入体やブニナ小体を欠くなど、その病態が孤発性ALSと必ずしも一致しないことから、より孤発性ALSに近い病態の再現を目指した新たな[[動物モデル]]の作製が盛んに試みられている。具体的には、変異TDP-43や変異FUSを発現するトランスジェニックマウスが報告されている<ref name=ref13 />ほか、[[アデノ随伴ウイルスベクター]](AAV vector)<ref><pubmed> 25977373 </pubmed></ref>や人工染色体<ref name=ref19 /><ref name=ref20 />を用いて、''C9orf72''の異常なリピート伸長を導入したマウスなどが報告されているが、運動神経に選択的な細胞死が起こる[[モデル動物]]の樹立には至っていない。 | ||
==神経細胞内の分子病態== | ==神経細胞内の分子病態== |