「アストロサイト」の版間の差分

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アストロサイトは神経細胞のみならずアストロサイト同士でもネットワークを形成している。アストロサイトのネットワークはドメイン構造といわれる互いのアストロサイトのごく一部だけが接することにより、それぞれのアストロサイトが個々の領域をもつドメイン構造をとっている(27)<ref><pubmed>11756501</pubmed></ref>。個々のアストロサイトはギャップジャンクション(gap junction)の一構成要素であるヘミチャネル(hemichannel)をもっており、互いにギャップジャンクションを形成し、分子のやりとりをしている。このことはdye-couplingという方法で確認できる。一つのアストロサイトにルシファーイエロー(lucifer yellow)を微量注入すると、それが周辺のアストロサイトにも広がることが観察される(28)<ref name=ref28><pubmed>20087359</pubmed></ref>。
アストロサイトは神経細胞のみならずアストロサイト同士でもネットワークを形成している。アストロサイトのネットワークはドメイン構造といわれる互いのアストロサイトのごく一部だけが接することにより、それぞれのアストロサイトが個々の領域をもつドメイン構造をとっている(27)<ref><pubmed>11756501</pubmed></ref>。個々のアストロサイトはギャップジャンクション(gap junction)の一構成要素であるヘミチャネル(hemichannel)をもっており、互いにギャップジャンクションを形成し、分子のやりとりをしている。このことはdye-couplingという方法で確認できる。一つのアストロサイトにルシファーイエロー(lucifer yellow)を微量注入すると、それが周辺のアストロサイトにも広がることが観察される(28)<ref name=ref28><pubmed>20087359</pubmed></ref>。
===アストロサイトの「興奮」とカルシウム濃度上昇===
===アストロサイトの「興奮」とカルシウム濃度上昇===
アストロサイトは電気的に興奮しないので活動電位が生じない。電位依存性チャネルは存在し、内向きの整流性カリウムチャネルを発現しており、アストロサイトの膜電位をカリウムの平衡電位に近い状態にしている(29,30,31)<ref><pubmed>11181976</pubmed></ref>,<ref><pubmed>20148679</pubmed></ref>,<ref name=ref31><pubmed>16816144</pubmed></ref>。電気的に興奮しないかわりに、アストロサイトは細胞内のカルシウム濃度上昇により「興奮」する。具体的には、ニューロンからの伝達物質の放出に細胞膜上のG蛋白共役型受容体(G protein coupled receptor (GPCR))やプリン受容体(purinergic receptor)が応答し、小胞体(endoplasmic reticulum)にストアされているカルシウムや、電位依存性カルシウムチャネルなどによる外部からのカルシウム流入により細胞内カルシウム濃度が上昇することにより「興奮」し、伝達物質を放出する(31,32,33)<ref name=ref31 />,<ref><pubmed>18817732</pubmed></ref>,<ref><pubmed>21118669</pubmed></ref>。細胞内カルシウム濃度上昇によるアストロサイトの「興奮」は伝達物質を介してニューロンや他のアストロサイトに影響を及ぼす(34)<ref><pubmed>18834310</pubmed></ref>。また一つのアストロサイトが一定の間隔で細胞内カルシウム濃度上昇を繰り返すカルシウムのオシレーションや一つのアストロサイトの細胞内カルシウム濃度上昇に応答して周辺のアストロサイトにカルシウム濃度上昇が広がるカルシウムウェーブが観察される(35,36)<ref><pubmed>1967852</pubmed></ref>,<ref><pubmed>1675864</pubmed></ref>。
アストロサイトは電気的に興奮しないので活動電位が生じない。電位依存性チャネルは存在し、内向きの整流性カリウムチャネルを発現しており、アストロサイトの膜電位をカリウムの平衡電位に近い状態にしている(29,30,31)<ref><pubmed>11181976</pubmed></ref>,<ref name=ref30><pubmed>20148679</pubmed></ref>,<ref name=ref31><pubmed>16816144</pubmed></ref>。電気的に興奮しないかわりに、アストロサイトは細胞内のカルシウム濃度上昇により「興奮」する。具体的には、ニューロンからの伝達物質の放出に細胞膜上のG蛋白共役型受容体(G protein coupled receptor (GPCR))やプリン受容体(purinergic receptor)が応答し、小胞体(endoplasmic reticulum)にストアされているカルシウムや、電位依存性カルシウムチャネルなどによる外部からのカルシウム流入により細胞内カルシウム濃度が上昇することにより「興奮」し、伝達物質を放出する(31,32,33)<ref name=ref31 />,<ref><pubmed>18817732</pubmed></ref>,<ref><pubmed>21118669</pubmed></ref>。細胞内カルシウム濃度上昇によるアストロサイトの「興奮」は伝達物質を介してニューロンや他のアストロサイトに影響を及ぼす(34)<ref><pubmed>18834310</pubmed></ref>。また一つのアストロサイトが一定の間隔で細胞内カルシウム濃度上昇を繰り返すカルシウムのオシレーションや一つのアストロサイトの細胞内カルシウム濃度上昇に応答して周辺のアストロサイトにカルシウム濃度上昇が広がるカルシウムウェーブが観察される(35,36)<ref><pubmed>1967852</pubmed></ref>,<ref><pubmed>1675864</pubmed></ref>。
===Tripartite synapse===
===Tripartite synapse===
アストロサイトは空間的にも機能的にも密接にシナプスと結びついている。海馬では原形質性アストロサイトが57%のシナプス(軸索とスパイン)の外周を取り囲んでいて、多くは興奮性シナプスである(37)<ref><pubmed>10436047</pubmed></ref>。一つのアストロサイトが数万ものシナプスとコンタクトを取り、アストロサイトの突起はシナプス近傍を取り囲んでいる。例えばラットの海馬CA1ではアストロサイトは~140,000のシナプスとコンタクトを取っている(27)。アストロサイトは前シナプスから後シナプスに向けて放出されたグルタミン酸をグルタミン酸トランスポーターを介して取り込むだけではなく、アストロサイト自身も伝達物質を放出し、シナプス伝達を制御している。このように前シナプス、後シナプス、それを取り囲むアストロサイトを合わせた構造をtripartite synapseと言う(38)<ref><pubmed>21068831</pubmed></ref>。
アストロサイトは空間的にも機能的にも密接にシナプスと結びついている。海馬では原形質性アストロサイトが57%のシナプス(軸索とスパイン)の外周を取り囲んでいて、多くは興奮性シナプスである(37)<ref><pubmed>10436047</pubmed></ref>。一つのアストロサイトが数万ものシナプスとコンタクトを取り、アストロサイトの突起はシナプス近傍を取り囲んでいる。例えばラットの海馬CA1ではアストロサイトは~140,000のシナプスとコンタクトを取っている(27)。アストロサイトは前シナプスから後シナプスに向けて放出されたグルタミン酸をグルタミン酸トランスポーターを介して取り込むだけではなく、アストロサイト自身も伝達物質を放出し、シナプス伝達を制御している。このように前シナプス、後シナプス、それを取り囲むアストロサイトを合わせた構造をtripartite synapseと言う(38)<ref><pubmed>21068831</pubmed></ref>。
===脳血液関門の維持===
===脳血液関門の維持===
アストロサイトはエンドフィート(endfeet)をのばして、脳の毛細血管とコンタクトをとっている。この所見はGolgiにより19世紀に観察された(2,5,40)<ref name=ref2 />,<ref name=ref5 />,<ref><pubmed></pubmed></ref>。アストロサイトは神経細胞とも接しているので、アストロサイトは毛細血管と神経細胞の橋渡しとなり、毛細血管からエネルギーの元となる分子を神経細胞に供給している(28,31)。またアストロサイトはエンドフィートを介して血管平滑筋を制御して血管の直径を変化させる。これにはアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が関係している(31,40)。
アストロサイトはエンドフィート(endfeet)をのばして、脳の毛細血管とコンタクトをとっている。この所見はGolgiにより19世紀に観察された(39,40)<ref><pubmed>2671382</pubmed></ref>,<ref name=ref40><pubmed>24847203</pubmed></ref>。アストロサイトは神経細胞とも接しているので、アストロサイトは毛細血管と神経細胞の橋渡しとなり、毛細血管からエネルギーの元となる分子を神経細胞に供給している(28,31)<ref name=ref28 />,<ref name=ref31 />。またアストロサイトはエンドフィートを介して血管平滑筋を制御して血管の直径を変化させる。これにはアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が関係している(31,40)<ref name=ref31 />,)<ref name=ref40 />
===グリオトランスミッター===
===グリオトランスミッター===
アストロサイトは神経細胞と同様に伝達物質を放出し、神経回路を調節している。アストロサイトから放出される伝達物質はグリオトランスミッター(gliotransmitter)と言われている(41)。グリオトランスミッターには、グルタミン酸(42)、ATP(43)、D-セリン(44)などがある。グルタミン酸やD-セリンはシナプスに対して興奮性に、ATPは抑制性に働く(30)。グリオトランスミッターは前シナプスにも後シナプスにも作用する。例えば前シナプスに作用し興奮性を増強すること(45)、後シナプスに対しては、興奮しているシナプスから放出されるグルタミン酸に作用し、シナプス後ニューロンの興奮性を増強することがあげられる(46)。またアストロサイトは、活性化しているシナプスがアストロサイトを介して他のシナプスを抑制する、ヘテロシナプス抑制(heterosynaptic depression)にも関与する(47)。グリオトランスミッターの放出はエキソサイトーシスの他にヘミチャネルやP2X7レセプター、マキシアニオンチャネルからも放出される(40)。グリオトランスミッターの放出には細胞内カルシウム濃度上昇が関与する。
アストロサイトは神経細胞と同様に伝達物質を放出し、神経回路を調節している。アストロサイトから放出される伝達物質はグリオトランスミッター(gliotransmitter)と言われている(41)<ref><pubmed>20300101</pubmed></ref>。グリオトランスミッターには、グルタミン酸(42)<ref><pubmed>7911978</pubmed></ref>、ATP(43)<ref><pubmed>11264297</pubmed></ref>、D-セリン(44)<ref><pubmed>15800046</pubmed></ref>などがある。グルタミン酸やD-セリンはシナプスに対して興奮性に、ATPは抑制性に働く(30)<ref name=ref30 />。グリオトランスミッターは前シナプスにも後シナプスにも作用する。例えば前シナプスに作用し興奮性を増強すること(45)<ref><pubmed>15339653</pubmed></ref>、後シナプスに対しては、興奮しているシナプスから放出されるグルタミン酸に作用し、シナプス後ニューロンの興奮性を増強することがあげられる(46)<ref><pubmed>17310248</pubmed></ref>。またアストロサイトは、活性化しているシナプスがアストロサイトを介して他のシナプスを抑制する、ヘテロシナプス抑制(heterosynaptic depression)にも関与する(47)<ref><pubmed>17962333</pubmed></ref>。グリオトランスミッターの放出はエキソサイトーシスの他にヘミチャネルやP2X7レセプター、マキシアニオンチャネルからも放出される(40)<ref name=ref40 />。グリオトランスミッターの放出には細胞内カルシウム濃度上昇が関与する。
===グルコース代謝===
===グルコース代謝===
人では脳は身体の約2%の重量だが、その機能の維持のため身体が必要とする酸素とグルコースの20%を使用する(48, 49)。アストロサイトは毛細血管からグルコースを取り込むか、アストロサイト内で貯蓄されているグリコーゲンをグルコースに変換した後、グルコースを乳酸に変換し、神経細胞に供給する。またアストロサイトで産生された乳酸はギャップジャンクションを介して他のアストロサイトにも供給される(28)
人では脳は身体の約2%の重量だが、その機能の維持のため身体が必要とする酸素とグルコースの20%を使用する(48, 49)<ref><pubmed>16731806</pubmed></ref>,<ref>'''I Allaman,PJ Magistretti'''<br>Brain energy metabolism.<br>''Fudamental Neuroscience (4th edition)'' LR Squire,D Berg,FE Bloom,S du Lac,A Ghosh,N Spitzer,eds. Academic Press,MA,2013,pp261-286</ref>。アストロサイトは毛細血管からグルコースを取り込むか、アストロサイト内で貯蓄されているグリコーゲンをグルコースに変換した後、グルコースを乳酸に変換し、神経細胞に供給する。またアストロサイトで産生された乳酸はギャップジャンクションを介して他のアストロサイトにも供給される(28)<ref name=ref28 />。
===神経伝達物質の回収===
===神経伝達物質の回収===
アストロサイトはグルタミン酸トランスポーターであるGLASTやGLT-1を発現している。シナプス間で放出されたグルタミン酸はGLASTやGLT-1を介してアストロサイトに回収される。このときナトリウムイオンも取り込まれる。ナトリウムイオンはNa+K+-ATPaseにより細胞外に排出されるが、このときNa+K+-ATPaseはアストロサイト細胞内のATPをADPに置換する。
アストロサイトはグルタミン酸トランスポーターであるGLASTやGLT-1を発現している。シナプス間で放出されたグルタミン酸はGLASTやGLT-1を介してアストロサイトに回収される。このときナトリウムイオンも取り込まれる。ナトリウムイオンはNa+K+-ATPaseにより細胞外に排出されるが、このときNa+K+-ATPaseはアストロサイト細胞内のATPをADPに置換する。
===神経ペプチドの放出===
===神経ペプチドの放出===
アストロサイトもまた神経細胞と同様にペプチドを放出する。アストロサイトから放出されるペプチドにはatrial natriureticpeptide (ANP), neuropeptide Y (NPY)(50), brain-derived neurotrophic factor (BDNF) (51)、IL-6やTNFなどのサイトカインやキモカイン(52)があげられる。
アストロサイトもまた神経細胞と同様にペプチドを放出する。アストロサイトから放出されるペプチドにはatrial natriureticpeptide (ANP), neuropeptide Y (NPY)(50)<ref><pubmed>19091972</pubmed></ref>, brain-derived neurotrophic factor (BDNF) (51)<ref><pubmed>18852301</pubmed></ref>、IL-6やTNFなどのサイトカインやキモカイン(52)<ref><pubmed>20156504</pubmed></ref>があげられる。


==疾患==
==疾患==
アストロサイトは多くの精神神経疾患に関係している。痙攣や神経変性疾患ではGFAP の発現が増加したreactive astrocyteが増える。これに対して鬱病や統合失調症の死後脳ではGFAPの発現が減少している (30)。またマウスの実験ではアストロサイトから放出されるATPが鬱状態のマウスに対し抗鬱作用があるという報告もある(53)。
アストロサイトは多くの精神神経疾患に関係している。痙攣や神経変性疾患ではGFAP の発現が増加したreactive astrocyteが増える。これに対して鬱病や統合失調症の死後脳ではGFAPの発現が減少している (30)<ref name=ref30 />。またマウスの実験ではアストロサイトから放出されるATPが鬱状態のマウスに対し抗鬱作用があるという報告もある(53)<ref><pubmed>23644515</pubmed></ref>
しかしながら、アストロサイトで発現する分子の遺伝子変異が原因で起こる疾患はあまり多くはない。アレキサンダー病はGFAP遺伝子の変異によりおこる疾患で、症状としては大脳白質萎縮症(leukodystrophy)がみられる(54)。病理学的にはGFAPがアストロサイトに過剰に発現しローゼンタールファイバーという凝集体を形成する。MLC (megalencephalicleukoencephalopathy with subcortical cysts皮質下嚢胞を伴う巨脳性白質脳症)はアストロサイトのエンドフィートに発現するMLC1遺伝子変異によりおこる疾患で、症状としては巨頭症、進行性の運動失調、けいれん、精神遅滞がおこる。病理学的には皮質下嚢胞、ミエリンやアストロサイトの空胞形成が観察される(55,56)。
しかしながら、アストロサイトで発現する分子の遺伝子変異が原因で起こる疾患はあまり多くはない。アレキサンダー病はGFAP遺伝子の変異によりおこる疾患で、症状としては大脳白質萎縮症(leukodystrophy)がみられる(54)<ref><pubmed>17498694</pubmed></ref>。病理学的にはGFAPがアストロサイトに過剰に発現しローゼンタールファイバーという凝集体を形成する。MLC (megalencephalicleukoencephalopathy with subcortical cysts皮質下嚢胞を伴う巨脳性白質脳症)はアストロサイトのエンドフィートに発現するMLC1遺伝子変異によりおこる疾患で、症状としては巨頭症、進行性の運動失調、けいれん、精神遅滞がおこる。病理学的には皮質下嚢胞、ミエリンやアストロサイトの空胞形成が観察される(55,56)<ref><pubmed>7695231</pubmed></ref>,<ref><pubmed>8841668</pubmed></ref>


<references />
<references />
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