「神経細胞極性」の版間の差分

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===培養神経細胞における極性形成===
===培養神経細胞における極性形成===
[[Image:Tmaeno001.jpg|thumb|600px|'''図1. 培養海馬神経細胞の極性形成過程''' <br />培養海馬神経細胞の極性形成過程は5つのステージに分類される]]
[[Image:Tmaeno001.jpg|thumb|350px|'''図1. 培養海馬神経細胞の極性形成過程''' <br />培養海馬神経細胞の極性形成過程は5つのステージに分類される]]


 [[ラット]][[海馬]]から培養した神経細胞は、90%が極性の発達した[[興奮性]]の[[錐体細胞]]から構成されており、その均一性のため神経細胞の極性化の解析によく用いられてきた。この神経細胞は、培養条件下で外部からの刺激がなくとも自発的に細胞極性を形成することが知られており、その過程は5つのステージに分類されている(図1)<ref name=ref1 />, <ref><pubmed> 3282038 </pubmed></ref>。まず、神経細胞は培養開始数時間で葉状仮足を形成する(ステージ1)。その後、細胞体からminer processと呼ばれる数本の未成熟な神経突起が伸長する(ステージ2)。この時点では、各突起の長さはほぼ同じで、神経細胞は対称に見える。ステージ2の間、個々の未成熟な突起はダイナミックな伸長と退縮を繰り返し、培養1.5日後、これらの突起のうち一本が急激に伸長し、対称性が破れる(ステージ3)。その後、この突起は急激な伸長を続け、軸索特異的分子の集積とともに軸索へと[[分化]]する。さらに培養を続けると、培養4日後に残りの突起の伸長が始まる。これらの突起には樹状突起特異的分子が集積し、樹状突起へと分化する(ステージ4)。その後、軸索と樹状突起の間に[[シナプス]]が形成され、一連の神経細胞の極性化は終了する(ステージ5)。
 [[ラット]][[海馬]]から培養した神経細胞は、90%が極性の発達した[[興奮性]]の[[錐体細胞]]から構成されており、その均一性のため神経細胞の極性化の解析によく用いられてきた。この神経細胞は、培養条件下で外部からの刺激がなくとも自発的に細胞極性を形成することが知られており、その過程は5つのステージに分類されている(図1)<ref name=ref1 />, <ref><pubmed> 3282038 </pubmed></ref>。まず、神経細胞は培養開始数時間で葉状仮足を形成する(ステージ1)。その後、細胞体からminer processと呼ばれる数本の未成熟な神経突起が伸長する(ステージ2)。この時点では、各突起の長さはほぼ同じで、神経細胞は対称に見える。ステージ2の間、個々の未成熟な突起はダイナミックな伸長と退縮を繰り返し、培養1.5日後、これらの突起のうち一本が急激に伸長し、対称性が破れる(ステージ3)。その後、この突起は急激な伸長を続け、軸索特異的分子の集積とともに軸索へと[[分化]]する。さらに培養を続けると、培養4日後に残りの突起の伸長が始まる。これらの突起には樹状突起特異的分子が集積し、樹状突起へと分化する(ステージ4)。その後、軸索と樹状突起の間に[[シナプス]]が形成され、一連の神経細胞の極性化は終了する(ステージ5)。


===脳組織における極性形成過程===
===脳組織における極性形成過程===
[[Image:Tmaeno002.jpg|thumb|650px|'''図2. 脳組織内における神経細胞の極性形成過程''' <br />大脳皮質における(A)興奮性神経細胞と(B)抑制性神経細胞の極性形成過程]] 
[[Image:Tmaeno002.jpg|thumb|350px|'''図2. 脳組織内における神経細胞の極性形成過程''' <br />大脳皮質における(A)興奮性神経細胞と(B)抑制性神経細胞の極性形成過程]] 


 [[大脳皮質]]の興奮性神経細胞は、[[脳室]]層(ventricular zone ; VZ)での前駆細胞の非対称分裂で生じ、脳表面に向かう移動の途中で極性化が起こる。これまで、興奮性神経細胞は移動時の先導突起(leading process ; LP)が樹状突起に、trailing process(TP)が軸索になると考えられていた<ref><pubmed> 20452947 </pubmed></ref>, <ref><pubmed> 22715881 </pubmed></ref>。しかし最近になって、興奮性神経細胞の多くは中間帯まで移動すると減速し、先導突起とtrailing processを失い、培養海馬神経細胞と同様に、複数の短い神経突起の伸長と退縮を繰り返す現象が報告された(図2A)<ref><pubmed> 14602813 </pubmed></ref>, <ref name=ref8><pubmed> 22267309 </pubmed></ref>。これらの神経細胞は、その後一本の突起を脳室に沿う接線方向に急激に伸長させ、軸索を形成する。一方、細胞体は脳表面に向かって別の突起を伸ばしながら移動し、最終的にL時型の軸索が生じる<ref name=ref8 />。
 [[大脳皮質]]の興奮性神経細胞は、[[脳室]]層(ventricular zone ; VZ)での前駆細胞の非対称分裂で生じ、脳表面に向かう移動の途中で極性化が起こる。これまで、興奮性神経細胞は移動時の先導突起(leading process ; LP)が樹状突起に、trailing process(TP)が軸索になると考えられていた<ref><pubmed> 20452947 </pubmed></ref>, <ref><pubmed> 22715881 </pubmed></ref>。しかし最近になって、興奮性神経細胞の多くは中間帯まで移動すると減速し、先導突起とtrailing processを失い、培養海馬神経細胞と同様に、複数の短い神経突起の伸長と退縮を繰り返す現象が報告された(図2A)<ref><pubmed> 14602813 </pubmed></ref>, <ref name=ref8><pubmed> 22267309 </pubmed></ref>。これらの神経細胞は、その後一本の突起を脳室に沿う接線方向に急激に伸長させ、軸索を形成する。一方、細胞体は脳表面に向かって別の突起を伸ばしながら移動し、最終的にL時型の軸索が生じる<ref name=ref8 />。
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==軸索の形成と伸長==
==軸索の形成と伸長==
[[Image:Tmaeno003.jpg|thumb|500px|'''図3. 軸索の伸長と形成''' <br />神経軸索の伸長と形成には、成長円錐でのアクチン線維の逆行性移動による駆動力の発生、シャフトでの微小管の重合と安定化、膜成分の輸送と供給が必要である。]] 
[[Image:Tmaeno003.jpg|thumb|350px|'''図3. 軸索の伸長と形成''' <br />神経軸索の伸長と形成には、成長円錐でのアクチン線維の逆行性移動による駆動力の発生、シャフトでの微小管の重合と安定化、膜成分の輸送と供給が必要である。]] 


 神経細胞が軸索を伸長し極性を形成するためには、[[アクチン]]線維や[[微小管]]などの[[細胞骨格]]の構築と膜成分の供給が必要である(図3)。
 神経細胞が軸索を伸長し極性を形成するためには、[[アクチン]]線維や[[微小管]]などの[[細胞骨格]]の構築と膜成分の供給が必要である(図3)。
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==神経細胞の極性化を担う細胞内分子群==
==神経細胞の極性化を担う細胞内分子群==
[[Image:Tmaeno004.jpg|thumb|650px|'''図4. 神経細胞の極性化を担う細胞内分子群''']] 
[[Image:Tmaeno004.jpg|thumb|350px|'''図4. 神経細胞の極性化を担う細胞内分子群''']] 
 神経細胞の極性化を担う細胞内シグナル伝達に関して、この十数年の間に、さまざまな細胞内分子群が同定されてきている(図4)<ref name=ref2 />,  <ref name=ref18 />。
 神経細胞の極性化を担う細胞内シグナル伝達に関して、この十数年の間に、さまざまな細胞内分子群が同定されてきている(図4)<ref name=ref2 />,  <ref name=ref18 />。


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==神経細胞の対称性の破れの細胞内メカニズム==
==神経細胞の対称性の破れの細胞内メカニズム==
[[Image:Tmaeno005.jpg|thumb|650px|'''図5. 神経細胞の対称性の破れの仕組み''' <br />(A)活性因子のポジティブフィードバックと抑制因子の伝達による対称性の破れのモデル <br />(B)活性因子の長さ依存的なポジティブフィードバックと枯渇による側方抑制を基にした対称性の破れのモデル]] 
[[Image:Tmaeno005.jpg|thumb|350px|'''図5. 神経細胞の対称性の破れの仕組み''' <br />(A)活性因子のポジティブフィードバックと抑制因子の伝達による対称性の破れのモデル <br />(B)活性因子の長さ依存的なポジティブフィードバックと枯渇による側方抑制を基にした対称性の破れのモデル]] 


 対称性の破れに関する研究は、古くから理論研究が先行しており、局所における活性物質のポジティブフィードバックによる自己増幅と、抑制物質のネガティブフィードバックによる側方抑制を導入した数理モデルが提唱されている<ref>''' Turing AM '''<br> The Chemical Basis of Morphogenesis.<br>'' Philos. Trans. R. Soc. London B Biol. Sci.  '':1952</ref>, <ref><pubmed> 10918306 </pubmed></ref>。これまで、PI3-キナーゼとその上流分子であるH-Rasとの間にポジティブフィードバックの関係が生じることから、活性依存的にH-Rasの突起先端への輸送が促進されるという仮定をしてモデルを立てパラメータを調節した場合や<ref><pubmed> 18158244 </pubmed></ref>、微小管が突起の長さ依存的に濃縮するという仮定を立てた場合に<ref><pubmed> 20493705 </pubmed></ref>、神経細胞の対称性の破れが起こることが報告されている。また、神経極性に関与するシグナル因子の相互作用解析から、活性因子であるPI3-キナーゼとその下流因子との間にポジティブフィードバックが働くことで軸索が伸長し、さらに軸索の成長円錐から抑制因子が他の未成熟な神経突起に伝達されることで側方抑制がかかるという極性形成モデルが提唱されている(図5A)<ref name=ref2 />。
 対称性の破れに関する研究は、古くから理論研究が先行しており、局所における活性物質のポジティブフィードバックによる自己増幅と、抑制物質のネガティブフィードバックによる側方抑制を導入した数理モデルが提唱されている<ref>''' Turing AM '''<br> The Chemical Basis of Morphogenesis.<br>'' Philos. Trans. R. Soc. London B Biol. Sci.  '':1952</ref>, <ref><pubmed> 10918306 </pubmed></ref>。これまで、PI3-キナーゼとその上流分子であるH-Rasとの間にポジティブフィードバックの関係が生じることから、活性依存的にH-Rasの突起先端への輸送が促進されるという仮定をしてモデルを立てパラメータを調節した場合や<ref><pubmed> 18158244 </pubmed></ref>、微小管が突起の長さ依存的に濃縮するという仮定を立てた場合に<ref><pubmed> 20493705 </pubmed></ref>、神経細胞の対称性の破れが起こることが報告されている。また、神経極性に関与するシグナル因子の相互作用解析から、活性因子であるPI3-キナーゼとその下流因子との間にポジティブフィードバックが働くことで軸索が伸長し、さらに軸索の成長円錐から抑制因子が他の未成熟な神経突起に伝達されることで側方抑制がかかるという極性形成モデルが提唱されている(図5A)<ref name=ref2 />。

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