「視覚前野」の版間の差分

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 主観的輪郭(subjective contour) [[wikipedia:ja:カニッツァの三角形|カニッツァの三角形]]や縞模様の端部では、刺激や端点の配列から存在しない面や輪郭線を知覚できる。こうした主観的輪郭線の傾きに選択的に反応するニューロンがV2で見つかっている<ref><pubmed>6539501</pubmed></ref><ref><pubmed>2723747</pubmed></ref><ref><pubmed>2723748</pubmed></ref>。
 主観的輪郭(subjective contour) [[wikipedia:ja:カニッツァの三角形|カニッツァの三角形]]や縞模様の端部では、刺激や端点の配列から存在しない面や輪郭線を知覚できる。こうした主観的輪郭線の傾きに選択的に反応するニューロンがV2で見つかっている<ref><pubmed>6539501</pubmed></ref><ref><pubmed>2723747</pubmed></ref><ref><pubmed>2723748</pubmed></ref>。
 境界線の帰属(border ownership) 図と背景(地)の境界線は常に“図”の輪郭線として知覚される。受容野を横切る輪郭線のコントラスとの向きよりも、刺激全体が表す図と地の向きに選択的に反応するニューロンがV2で見つかっている<ref><pubmed>10964965</pubmed></ref><ref><pubmed>15996555</pubmed></ref>。
 境界線の帰属(border ownership) 図と背景(地)の境界線は常に“図”の輪郭線として知覚される。受容野を横切る輪郭線のコントラスとの向きよりも、刺激全体が表す図と地の向きに選択的に反応するニューロンがV2で見つかっている<ref><pubmed>10964965</pubmed></ref><ref><pubmed>15996555</pubmed></ref>。
 逆相関ステレオグラム(anti-correlated stereogram)ドットパターンによりある奥行きを持つ面を表す。点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にすると、点刺激は見えても対応付けられず、奥行きをもった面を知覚できなくなる(両眼視差の対応問題、corresponding problem)。V2、V4にはある奥行きを持った面に選択的に反応するニューロンがあり、点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にするとニューロンの反応が減弱することが報告されている<ref><pubmed>12597865</pubmed></ref><ref><pubmed>15371518</pubmed></ref><ref><pubmed>17959744</pubmed></ref>。
 逆相関ステレオグラム(anti-correlated stereogram)ドットパターンによりある奥行きを持つ面を表す。点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にすると、点刺激は見えても対応付けられず、奥行きをもった面を知覚できなくなる(両眼視差の対応問題、corresponding problem)。V2、V4にはある奥行きを持った面に選択的に反応するニューロンがあり、点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にするとニューロンの反応が減弱することが報告されている<ref><pubmed>12597865</pubmed></ref><ref><pubmed>15371518</pubmed></ref><ref><pubmed>17959744</pubmed></ref>。
 色の恒常性、明るさの恒常性 刺激の波長成分は視覚刺激の反射特性と照明光により決まるが、[[wikipedia:ja:モンドリアン|モンドリアン]]のように受容野の周囲に異なる色の刺激を同時に呈示すると、照明条件によらない色相や輝度への選択性を示すものがV4に見つかっている<ref><pubmed>6134287</pubmed></ref>。
 色の恒常性、明るさの恒常性 刺激の波長成分は視覚刺激の反射特性と照明光により決まるが、[[wikipedia:ja:モンドリアン|モンドリアン]]のように受容野の周囲に異なる色の刺激を同時に呈示すると、照明条件によらない色相や輝度への選択性を示すものがV4に見つかっている<ref><pubmed>6134287</pubmed></ref>。
 窓枠問題(aperture problem) 円形の窓を通してある方向に動いている線刺激や縞模様を見ると、端点の動きが隠されて、実際の運動方向ではなく運動速度の最も低い法線方向への運動が知覚される。一方、長方形の窓を通して動く縞模様を見ると、長辺沿いの端点の動きを運動方向として知覚する(バーバーポール錯視)。V5/MTには線刺激や縞模様の運動方向に選択的に反応するニューロンがあり、刺激の端点が受容野外にあるときには法線方向の動きに反応する。その中には、受容野外に長方形の枠を呈示すると、枠沿いの端点の運動方向に選択性を示すものがある<ref>'''J A Movshon, E H Adelson, M S Gizzi, W T Newsome'''<br>The analysis of moving visual patterns.<br>''Study Group on Pattern Recognition Mechanisms'' (C Chagas, R Gattas, C Gross, eds. Vatican City: Pontifica Academia Scientiarum, pp.117-151,1985.</ref><ref><pubmed>15056706</pubmed></ref>。
 窓枠問題(aperture problem) 円形の窓を通してある方向に動いている線刺激や縞模様を見ると、端点の動きが隠されて、実際の運動方向ではなく運動速度の最も低い法線方向への運動が知覚される。一方、長方形の窓を通して動く縞模様を見ると、長辺沿いの端点の動きを運動方向として知覚する(バーバーポール錯視)。V5/MTには線刺激や縞模様の運動方向に選択的に反応するニューロンがあり、刺激の端点が受容野外にあるときには法線方向の動きに反応する。その中には、受容野外に長方形の枠を呈示すると、枠沿いの端点の運動方向に選択性を示すものがある<ref>'''J A Movshon, E H Adelson, M S Gizzi, W T Newsome'''<br>The analysis of moving visual patterns.<br>''Study Group on Pattern Recognition Mechanisms'' (C Chagas, R Gattas, C Gross, eds. Vatican City: Pontifica Academia Scientiarum, pp.117-151,1985.</ref><ref><pubmed>15056706</pubmed></ref>。
 格子模様(plaid pattern) 傾きの異なる縞模様を重ねて動かすと、各縞に対する法線方向の動きが合成されて、格子模様が一方向に動いて見える。しかし、縞模様の奥行きを変えたり、縞の重複部分の輝度を調整して半透明の縞模様が重なるように見せると、縞模様がすれ違うようにしか見えない。V5/MTには格子模様の運動方向に選択的に反応するニューロンがある。その中には、縞模様がすれ違うように見せるとむしろ各縞模様の法線方向に選択的に反応するものがある<ref name=ref8 /><ref><pubmed>3447355</pubmed></ref><ref><pubmed>1641024</pubmed></ref>。
 格子模様(plaid pattern) 傾きの異なる縞模様を重ねて動かすと、各縞に対する法線方向の動きが合成されて、格子模様が一方向に動いて見える。しかし、縞模様の奥行きを変えたり、縞の重複部分の輝度を調整して半透明の縞模様が重なるように見せると、縞模様がすれ違うようにしか見えない。V5/MTには格子模様の運動方向に選択的に反応するニューロンがある。その中には、縞模様がすれ違うように見せるとむしろ各縞模様の法線方向に選択的に反応するものがある<ref name=ref8 /><ref><pubmed>3447355</pubmed></ref><ref><pubmed>1641024</pubmed></ref>。


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==視覚情報処理のメカニズム==
==視覚情報処理のメカニズム==
 
 
  各機能的領野における視覚情報処理を解明するには、ニューロン群の結合関係や反応特性の研究に加えて、数理モデルによる定量的な解析が必要である。すでにV1では様々な数理モデルが提案されている([[視差エネルギーモデル]]を参照)。最近、視覚前野でもこうした計算論的神経科学(computational neuroscience)の研究が盛んである。例えば、視覚刺激の物理特性とニューロンの反応特性の関係の代わりに、直近の領野間の反応特性の関係に着目した、[[線形加算]]型の数理モデルが幾つか提案されている。V1の出力を線形加算するモデルがV2<ref><pubmed>21841776</pubmed></ref><ref name=refb /><ref name=refc />やV5/MT<ref><pubmed>8570605</pubmed></ref><ref><pubmed>17041595</pubmed></ref>のニューロンの反応選択性を説明できることが示されている。これらのモデルでは刺激要素の連続した組み合わせ(輪郭線)に対する反応が、個々の刺激要素(線分)の空間的な配置や組み合わせ方により説明されている。より高次の領野でも、輪郭線の形状が刺激要素の組み合わせの線形加算により説明されるモデルがV4や<ref name=ref2><pubmed>11698538</pubmed></ref><ref><pubmed>12426571</pubmed></ref><ref><pubmed>17596412</pubmed></ref>、IT野<ref><pubmed>15235606</pubmed></ref><ref><pubmed>18836443</pubmed></ref>で提案されている。一方、面状に広がる刺激(ドットパターン、テクスチャや自然画像)に対する反応は、刺激に含まれる刺激要素の量の多寡や分布により説明されそうであるが、まだ説明が十分でない<ref><pubmed>16987926</pubmed></ref><ref><pubmed>19778517</pubmed></ref。視覚入力によるボトムアップ的なニューロンの反応選択性の形成とは別に、大局的な情報や注意や予測の効果については、ベイズ推定の考え方が注目されるものの、モデルとして説明するのは今後の課題である。近年、注目すべき点は、深層学習等の計算アルゴリズムの進歩、およびビックデータと呼ばれるような大量のデータの蓄積である。視覚情報処理の機能を実現するネットワークより、リバースエンジニアリングの手法により生体の神経メカニズムを探る研究が注目されている。今後も数理モデルによる視覚情報処理メカニズムの解析が進展することが期待される。
  各機能的領野における視覚情報処理を解明するには、ニューロン群の結合関係や反応特性の研究に加えて、数理モデルによる定量的な解析が必要である。すでにV1では様々な数理モデルが提案されている([[視差エネルギーモデル]]を参照)。最近、視覚前野でもこうした計算論的神経科学(computational neuroscience)の研究が盛んである。例えば、視覚刺激の物理特性とニューロンの反応特性の関係の代わりに、直近の領野間の反応特性の関係に着目した、[[線形加算]]型の数理モデルが幾つか提案されている。V1の出力を線形加算するモデルがV2<ref><pubmed>21841776</pubmed></ref><ref name=refb /><ref name=refc />やV5/MT<ref><pubmed>8570605</pubmed></ref><ref><pubmed>17041595</pubmed></ref>のニューロンの反応選択性を説明できることが示されている。これらのモデルでは刺激要素の連続した組み合わせ(輪郭線)に対する反応が、個々の刺激要素(線分)の空間的な配置や組み合わせ方により説明されている。より高次の領野でも、輪郭線の形状が刺激要素の組み合わせの線形加算により説明されるモデルがV4や<ref name=ref2><pubmed>11698538</pubmed></ref><ref><pubmed>12426571</pubmed></ref><ref><pubmed>17596412</pubmed></ref>、IT野<ref><pubmed>15235606</pubmed></ref><ref><pubmed>18836443</pubmed></ref>で提案されている。一方、面状に広がる刺激(ドットパターン、テクスチャや自然画像)に対する反応は、刺激に含まれる刺激要素の量の多寡や分布により説明されそうであるが、まだ説明が十分でない<ref><pubmed>16987926</pubmed></ref><ref><pubmed>19778517</pubmed></ref>。視覚入力によるボトムアップ的なニューロンの反応選択性の形成とは別に、大局的な情報や注意や予測の効果については、ベイズ推定の考え方が注目されるものの、モデルとして説明するのは今後の課題である。近年、注目すべき点は、深層学習等の計算アルゴリズムの進歩、およびビックデータと呼ばれるような大量のデータの蓄積である。視覚情報処理の機能を実現するネットワークより、リバースエンジニアリングの手法により生体の神経メカニズムを探る研究が注目されている。今後も数理モデルによる視覚情報処理メカニズムの解析が進展することが期待される。


==各領野の解剖学的特徴とその機能==
==各領野の解剖学的特徴とその機能==
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