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==歴史的概観== | ==歴史的概観== | ||
境界性パーソナリティ障害は、現在の精神科臨床において一般的な[[精神障害]] | 境界性パーソナリティ障害は、現在の精神科臨床において一般的な[[精神障害]]であり、特に[[wikipedia:ja:思春期|思春期]]・[[wikipedia:ja:青年期|青年期]]患者の診療や、[[物質使用障害]]や[[自殺未遂]]・[[自傷行為]]が問題になる精神科救急で扱われることの多いものである。しかしその疾病概念は、繰り返し大きな変革が行われてきたという歴史がある。それは、現在でもまだ十分定まっておらず、それを理解するためには、歴史的背景を知る必要がある。 | ||
BPD概念の歴史には、[[精神科疾病論]]と[[精神療法]]の議論の二つの流れが認められる。その概念の起源は、疾病論的な概念である境界例(borderline case)であり、それは、[[wikipedia:ja:エミール・クレペリン|Kraepelin E]]の提唱した[[早発性痴呆]]([[統合失調症]]の前身)の概念によって精神科疾病論が刷新された1900年代において、統合失調症と近縁だが、そうとまで確定できない患者を指すものであった。 | |||
同時にこの境界例は、早くから精神療法における問題となっていた。彼らは、強い苦悩・苦悩を訴えて治療を求めるので、精神療法の好適な対象のように見えるけれども、実は治療上の問題をしばしば起こすという特徴があった。このような患者に対する精神療法が重ねられた結果、1970年代より米国を中心として境界例を[[パーソナリティ障害]]として位置づける理解が一般化し、さらにそれは、1980年の[[wikipedia:ja:米国精神医学会|米国精神医学会]]の[[診断と統計のためのマニュアル第三版]]([[DSM-III]])において、パーソナリティ障害として位置づけられることに結実した。ただしそこでは、境界例が統合失調症と症状論的に近縁と位置付けられる患者が[[統合失調型パーソナリティ障害]]に、そして対人関係・感情の不安定さを主徴とする患者がBPDとに二分されることとされた。 | |||
BPDの疾病論的位置づけについての議論は、その後も活発に続けられている。BPDをパーソナリティ障害というより感情コントロールの障害と見るべきとか、[[寛解]] | BPDの疾病論的位置づけについての議論は、その後も活発に続けられている。BPDをパーソナリティ障害というより感情コントロールの障害と見るべきとか、[[寛解]]と[[増悪]]を繰り返す経過から通常の精神障害の1つと捉えるべき<ref name=ref1>'''Paris J.'''<br>Treatment of borderline personality disorder: A guide to evidence-based practice.<br>New York: ''The Guilford Press''; 2008.</ref>といった主張がなされている。このことより、後に[[DSM-5]]の代替診断モデルの提示に見られるように、BPDの概念は現在も変化しつつあるものと考えられる。 | ||
==臨床的特徴== | ==臨床的特徴== | ||
===精神症状と診断=== | ===精神症状と診断=== | ||
現行の[[DSM-5]]<ref name=ref2>American Psychiatric Association. Diagnostic and statistical manual of mental disorders, fifth edition, DSM-5.<br>Washington, DC: ''American Psychiatric Association''; 2013.</ref>では、DSM-III以来の記述が大枠で踏襲されている。そこでは、パーソナリティ障害の特徴が、患者の[[内的体験]]および行動の持続的パターンの偏りが広い機能領域に及んでいること(つまり、特定の領域が決定的に障害されているのではないこと)、そのパターンが個人的および社会的状況の幅広い範囲に見られること、そして長期間持続しており、その始まりが青年期もしくは成人期早期までに認められることなどが基本的なものだとされている。 | |||
BPDの診断基準項目(比較的疾患特異的な精神症状)は9項目あり、そのうちの5が満たされるなら、BPDの診断を考慮することになる。BPDの基本的精神症状は、その診断基準9項目の因子分析から、[[対人関係の障害]](対人関係が不安定で[[自己同一性]]が不確定)、[[行動コントロール]]の障害([[衝動的行動]]が多いこと)、[[感情コントロール]]の障害(感情不安定で怒りが強いこと)の3種に分類されるという見解が示されている。 | |||
さらにDSM-5<ref name=ref2 />において代替モデルとして提案された診断基準では、BPDが否定的感情 (negative affectivity: 不安や感情不安定が著しいこと)、[[対抗]](antagonism: 対人関係で摩擦が多いこと)、[[脱抑制]](disinhibition: 衝動行為が発生しやすいこと)といった病的パーソナリティ傾向が特徴であるとされる。ここでは、この病的パーソナリティ傾向の構成が、先に紹介したBPD診断基準項目の分類とほぼ相応していることが確認される。 | |||
===疫学=== | ===疫学=== | ||
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==病因論・病態論== | ==病因論・病態論== | ||
===生物学的要因=== | ===生物学的要因=== | ||
BPDの臨床遺伝学的研究では、家族に[[うつ病]]、[[反社会性パーソナリティ障害]]、[[薬物依存]]が多いことが繰り返し報告されている<ref name=ref2 /> <ref name=ref4><pubmed>17476363</pubmed></ref>。しかし、これらの疾患とBPDとの遺伝的関連は、現在でもまだ確認されていない<ref name=ref4 />。しかし[[双生児研究]]などからBPDの特性の一部が遺伝的に決定されていることが知られている<ref name=ref4 />。 | |||
BPDの生物学的病因については、すでに多くの研究知見が集積されている<ref name=ref5><pubmed>18638645</pubmed></ref>。 BPDの[[衝動性]]の亢進と [[ | BPDの生物学的病因については、すでに多くの研究知見が集積されている<ref name=ref5><pubmed>18638645</pubmed></ref>。 BPDの[[衝動性]]の亢進と [[セロトニン]] 系の低下などの神経生化学的所見との関連は早くから指摘されてきた。また、感情体験の特徴についての実験的研究では、BPD患者が複雑な感情に対処できず、感情への認識が乏しく否定的な感情に対して過敏に反応する傾向のあること、自傷行為が[[痛覚]][[域値]]の上昇と関連していることなどが報告されている。また、患者において[[ストレス反応]]に関わる[[視床下部-下垂体-副腎系]]の機能低下などが報告されている。画像研究などによる神経生理学的知見としては、BPD患者における[[恐怖]]感などの陰性感情に関わる[[扁桃体]]の機能の過剰反応が注目されている<ref name=ref5 />。 | ||
===養育環境の要因、社会文化的要因=== | ===養育環境の要因、社会文化的要因=== | ||
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==治療・予後== | ==治療・予後== | ||
===心理社会的治療・精神療法=== | ===心理社会的治療・精神療法=== | ||
先にBPD概念の歴史で見たように、精神療法の議論は、この概念の発展に大きく貢献した。現在でもさまざまな心理社会的治療、精神療法が活発に行われている。さらに、1990年代から特定の病理に焦点を絞った、マニュアル化された治療アプローチに対して対照比較研究(RCT)が行われるようになり、精神療法の研究が活性化している。そこでは、弁証法的[[行動療法]] | 先にBPD概念の歴史で見たように、精神療法の議論は、この概念の発展に大きく貢献した。現在でもさまざまな心理社会的治療、精神療法が活発に行われている。さらに、1990年代から特定の病理に焦点を絞った、マニュアル化された治療アプローチに対して対照比較研究(RCT)が行われるようになり、精神療法の研究が活性化している。そこでは、弁証法的[[行動療法]](dialectic behavior therapy:DBT)を始めとする[[精神療法]]に高い効果があることが報告されている。しかしこれまでのRCT研究の結果は、互いに相反する部分が少なからずあり、まだ決定的なものではない<ref name=ref7><pubmed>22895952</pubmed></ref>。 | ||
===薬物療法=== | ===薬物療法=== | ||
BPDの薬物療法研究の[[メタアナリシス]]では、[[抗うつ薬]]と[[気分調整薬]]が感情不安定と怒りに有効であるが、衝動性と攻撃性、対人関係の不安定さ、自殺傾向への効果が有意ではないこと、[[抗精神病薬]]は、衝動性、攻撃性、全般的機能、対人関係を改善させることが確認されている<ref name=ref8><pubmed>20556762</pubmed></ref>。 | |||
===経過・予後=== | ===経過・予後=== |