「意識」の版間の差分

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 現在の意識研究者の間でも、脳科学はアクセス意識に集中して研究すべきだと考える研究者(Cohen & Dennett, 2011; S. Dehaene, 2015)と、脳科学が真に研究すべきは現象的意識の方であると考える研究者(N Tsuchiya, Wilke, Frässle, & Lamme, 2015)に分かれている。注意と意識の関係性については(Cohen et al., 2012; N. Tsuchiya & Koch, 2015)を参照。作業記憶と意識については(Soto & Silvanto, 2014)を参照。報告と意識については(Aru, Bachmann, Singer, & Melloni, 2012; N Tsuchiya et al., 2015)を参照。
 現在の意識研究者の間でも、脳科学はアクセス意識に集中して研究すべきだと考える研究者(Cohen & Dennett, 2011; S. Dehaene, 2015)と、脳科学が真に研究すべきは現象的意識の方であると考える研究者(N Tsuchiya, Wilke, Frässle, & Lamme, 2015)に分かれている。注意と意識の関係性については(Cohen et al., 2012; N. Tsuchiya & Koch, 2015)を参照。作業記憶と意識については(Soto & Silvanto, 2014)を参照。報告と意識については(Aru, Bachmann, Singer, & Melloni, 2012; N Tsuchiya et al., 2015)を参照。
==脳科学的な意識の理論==
 1990年代に始まった意識の実験的脳科学研究によって集まった膨大なデータをもとに、2000年以降、これらの実証的なデータを説明するような意識の理論的研究が始まった。なかでも、「グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論」(S. Dehaene, 2015; S. Dehaene, Changeux, Naccache, Sackur, & Sergent, 2006; S. Dehaene & Naccache, 2001)と「統合情報理論」(Massimini & Tononi; Oizumi et al., 2014; Tononi, 2004, 2015)は、多くの脳科学的意識研究の知見を整理するのに役立ち、かつ、今後脳科学研究によって検証されることが期待される。
===グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論===
 グローバル・ニューロナル・ワークスペース理論 (Global Neuronal Workspace, GNW)は、 Bernard Baars が提唱した「グローバル・ワークスペース理論(Global Workspace Theory, GWT)」(B. J. Baars, 1988)を脳科学的に検証できるように発展させた理論である。
 グローバル・ワークスペースとは、さまざまな無意識処理からのぼってくる情報をフレキシブルに保持・処理する神経機構である。無意識処理とは感覚入力、または運動出力を担う周辺的な並列的処理に対応し、それらの一部は大脳皮質内にまで及ぶこともある。そこから上がってくる情報の一部は、注意によって選択および増幅されると、グローバル・ワークスペースに入り、他のシステムから自由なアクセス可能な状態になる。グローバル・ワークスペース内の情報は、長期記憶・運動計画・抽象的な思考などさまざまな認知機能に利用可能であるため、意識にのぼっている情報処理は無意識の情報処理に比べて圧倒的に有用なのだと考えられる。
 GNWは、GWTで提唱された計算構造がどのように脳内で実装されているのかを詳しく検討し、過去に得られた膨大な意識研究の知見を総合的に捉えて理解する道筋を与える(Stanislas Dehaene, 2014) 。GNWによると、意識にのぼっている情報とは、前頭前野を中心とした脳内に広く分布したニューロン集団からなるグローバル・ワークスペース内の情報にほかならない。
 GNWでは、意識にアクセスできる情報とそうでないものが脳内に存在するのはなぜか、また、意識研究で検証される脳活動の特徴や意識・無意識処理が行動に与える影響などを包括的に説明できる。しかし、現象的意識や、人間の脳と特に異なる構造を持った脳にどのような意識が宿る可能性があるのか、などについては実験による検証が不可能であるとし、重視しない傾向がある。
===統合情報理論===
 ジュリオ・トノーニによって提唱された「統合情報理論(Integrated Information Theory, IIT)」は、主観的に各人が体験する意識の特徴を抽出するところから始まり、そのような特徴を支えることができるような物理的なメカニズムとは一体どのようなシステムでありうるかについて仮説を立てる、という体裁をとる。
 統合情報理論が特に注目する意識現象の特徴は、意識経験の持つ膨大な情報量と、意識経験が常に統合されている、というものである 。情報量については、ある一瞬の意識経験があるだけで(たとえば、現在この脳科学辞典の意識のエントリーを読んでいるという経験)、それを経験している人にとってあらゆる全ての他の経験の可能性を排除する(たとえば、読者は今、このエントリー以外のものを見ていない、今聞いている音楽以外の音を聞いていない、等)、という意味で、意識経験の情報量は膨大である とする。膨大な情報量は高いレベルの意識が生じるのに必要ではあるが、十分ではない。たとえば、光を感知すると電流が流れる、というフォトダイオードをもとにした電気回路システムは、光の有る無しの二つの可能性のどちらかを選択できるが、その情報量は、人の意識を支える大脳−視床システムとは比べ物にならない。一方で、単純なフォトダイオードをたくさんつなげて、デジタルカメラを作っても、デジタルカメラに意識は宿らない。それは、それぞれのフォトダイオードの間の相互作用が無く、意識を支えるのに必要な情報の統合がなされていないからである、とIITは説明する。
 統合情報理論は、現在までにわかっている脳科学的知見に整合的な説明を与える。統合情報理論によると、昏睡・植物状態・深い睡眠や全身麻酔状態で、脳活動は失われず、かつ外部からの感覚入力にも反応できる脳に意識が宿らないのは、情報の統合が失われるからである(4.1参照)。分離脳では、分離された脳それぞれが、独立に同程度の情報の統合を行っているため、左右の脳で独立に意識が存在すると考える(4.2参照)。また、小脳の活動が意識を生み出さないのは、小脳の回路は統合が弱いからだと説明される(4.4参照)。
 統合情報理論を直接に検証するのは難しい。しかし、理論をもとにした意識レベルの指標の提唱(Casali et al., 2013)や、神経活動をもとにした統合情報の計測の仕方などが提案されている(Barrett & Seth, 2011; Oizumi, Amari, Yanagawa, Fujii, & Tsuchiya, 2016)。今後は意識の内容についての統合情報理論の予測を検証するような研究が期待されている。
==まとめと展望==
 意識がどのように脳(物質)から生じるかという、mind-body problemは、宇宙・物質の起源、生命の起源とともにこの世界における大きな謎として古来より多くの哲学者によって論じられてきた。脳科学による意識研究の歴史は比較的浅く、本格的な研究は1990年代に始まったにすぎない。しかし、この25年間で積み上げられた知見は膨大である。(日本語で翻訳されている最近の脳科学からの意識研究については(S. Dehaene, 2015; C Koch, 2004; Koch, 2012; Massimini & Tononi)を参照。)
 近年の意識の脳科学研究は、積み上げられた知見を総括的に説明するような理論を推し進め、具体的にそれらの予測を検証する段階までたどり着きつつある。そのような理論研究は、人間以外の動物・植物・人工知能やロボットに意識が宿る可能性、またインターネットや社会が意識を持つ可能性などについて予測を行う。それらの予測の中には検証可能な脳科学の研究対象となりうるものもある。
 また、各種の精神疾患や脳障害では、さまざまな意識レベル・意識の内容に変化がみられる。それゆえ、意識が生じる原理を理解することは、将来的にさまざまな意識機能障害の回復・治療にも繋がると期待される。意識の脳科学研究は、臨床や工学での応用につながる重要な研究分野であり、今後も、過去25年で見られたような急速な発展が見込まれる。

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