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== 脳損傷患者を対象とした情動的記憶の神経心理学的研究 == | == 脳損傷患者を対象とした情動的記憶の神経心理学的研究 == | ||
扁桃体 (amygdala)の損傷による情動記憶への影響については、これまでに複数の神経心理学的研究が報告されている.たとえば、ウルバッハ・ヴィーテ病 (Urback Wiethe disease) による扁桃体損傷の患者では、健常統制群や脳損傷患者の統制群で観察されるような、情動を喚起させられる映像に対する記憶の促進効果が認められなかったことが示されている<ref><pubmed> 10456070 </pubmed></ref>, | 扁桃体 (amygdala)の損傷による情動記憶への影響については、これまでに複数の神経心理学的研究が報告されている.たとえば、ウルバッハ・ヴィーテ病 (Urback Wiethe disease) による扁桃体損傷の患者では、健常統制群や脳損傷患者の統制群で観察されるような、情動を喚起させられる映像に対する記憶の促進効果が認められなかったことが示されている<ref><pubmed> 10456070 </pubmed></ref>, | ||
<ref><pubmed> 10837507 </pubmed></ref>。また別の研究では、ウルバッハ・ヴィーテ病の患者と年齢や性別、教育歴、人種を統制された健常統制群との間で写真に関する記憶が比較され、情動的に中性な写真における記憶成績では群間に有意差が認められなかったのに対し、情動的にネガティブあるいはポジティブな写真に対する記憶では、ウルバッハ・ヴィーテ病の患者群の成績が統制群の成績と比較して有意に低下していることが報告されている<ref><pubmed> 12937075 </pubmed></ref>。さらに扁桃体と情動記憶との関係は、アルツハイマー病患者 (Alzheimer’s disease)に対する研究でも指摘されている。たとえば、阪神・淡路大震災を経験したアルツハイマー病の患者に対して、情動的記憶としての震災に関する記憶の想起成績と、MRIで測定された海馬 (hippocampus) | <ref><pubmed> 10837507 </pubmed></ref>。また別の研究では、ウルバッハ・ヴィーテ病の患者と年齢や性別、教育歴、人種を統制された健常統制群との間で写真に関する記憶が比較され、情動的に中性な写真における記憶成績では群間に有意差が認められなかったのに対し、情動的にネガティブあるいはポジティブな写真に対する記憶では、ウルバッハ・ヴィーテ病の患者群の成績が統制群の成績と比較して有意に低下していることが報告されている<ref><pubmed> 12937075 </pubmed></ref>。さらに扁桃体と情動記憶との関係は、アルツハイマー病患者 (Alzheimer’s disease)に対する研究でも指摘されている。たとえば、阪神・淡路大震災を経験したアルツハイマー病の患者に対して、情動的記憶としての震災に関する記憶の想起成績と、MRIで測定された海馬 (hippocampus)および扁桃体の委縮の程度を検証したところ、情動記憶としての震災の記憶の成績は海馬よりも扁桃体の委縮の程度とより強く相関していた<ref><pubmed> 9989557 </pubmed></ref>。これらの結果は、扁桃体の損傷の程度は情動的な記憶の障害の程度と選択的に関係していることを示唆している。 | ||
== 情動的記憶の脳機能イメージング研究 == | == 情動的記憶の脳機能イメージング研究 == | ||
=== 情動的記憶の記銘 === | === 情動的記憶の記銘 === | ||
fMRIなどの脳機能イメージング研究によって、情動的記憶の記銘や想起に関する神経基盤が同定されている。情動的記憶の記銘に関するfMRI研究では、情動的にポジティブおよびネガティブな写真を記銘している際には、情動的に中性の写真を記銘する場合と比較して、扁桃体や海馬、および内嗅皮質 (entorhinal cortex)の賦活が有意に増加し、また情動的な写真を記銘している際にのみ、扁桃体の賦活が内嗅皮質の賦活と有意に正の相関関係を示すことが報告されている<ref><pubmed> 15182723 </pubmed></ref>。また別の研究では、側頭葉てんかん患者を対象として情動的な単語を記銘している際の賦活をfMRIで計測し、かつこれらの症例の扁桃体および海馬の体積をMRIで計測している<ref><pubmed> 14758364 </pubmed></ref> | fMRIなどの脳機能イメージング研究によって、情動的記憶の記銘や想起に関する神経基盤が同定されている。情動的記憶の記銘に関するfMRI研究では、情動的にポジティブおよびネガティブな写真を記銘している際には、情動的に中性の写真を記銘する場合と比較して、扁桃体や海馬、および内嗅皮質 (entorhinal cortex)の賦活が有意に増加し、また情動的な写真を記銘している際にのみ、扁桃体の賦活が内嗅皮質の賦活と有意に正の相関関係を示すことが報告されている<ref><pubmed> 15182723 </pubmed></ref>。また別の研究では、側頭葉てんかん患者を対象として情動的な単語を記銘している際の賦活をfMRIで計測し、かつこれらの症例の扁桃体および海馬の体積をMRIで計測している<ref><pubmed> 14758364 </pubmed></ref>。その結果、海馬の賦活は情動的単語と情動的に中性な単語の両方の記憶成績と有意に相関していたが、扁桃体の賦活は情動的単語の成績のみと有意に相関しており、また情動的単語の記銘に関連する扁桃体および海馬の賦活は、それぞれ海馬および扁桃体の体積の個人差と有意に相関していることが示されている。これらのことから、情動的記憶の記銘には扁桃体と海馬や海馬傍回 (parahippocampal gyrus)を含む側頭葉内側面領域との間の相互作用が重要な役割を果たしていることが示唆される。 | ||
=== 情動的記憶の想起 === | === 情動的記憶の想起 === | ||
情動的記憶の想起に関する神経基盤を検証したfMRI研究においても、扁桃体と海馬との間の相互作用の重要性が指摘されている。たとえば、情動的写真と情動的に中性の写真とを記銘してから1年後に、それらの写真を想起している際の賦活を計測しているfMRI研究では、情動的に中性な記憶の想起と比較して情動的な記憶の想起に関して扁桃体や海馬、内嗅皮質の賦活が有意に増加しており、扁桃体と海馬は特にFamiliarityよりもRecollectionに有意に関連していることが示されている<ref><pubmed> 15703295 </pubmed></ref>。さらにこの研究では、情動的な写真を想起している際の扁桃体と海馬の賦活の相関は、情動的に中性な写真を想起している際よりも強いことも同定されている。このような情動的記憶の想起に関連する扁桃体と海馬の相互作用については、他のfMRI研究においても認められている<ref><pubmed> 16476670 </pubmed></ref> | 情動的記憶の想起に関する神経基盤を検証したfMRI研究においても、扁桃体と海馬との間の相互作用の重要性が指摘されている。たとえば、情動的写真と情動的に中性の写真とを記銘してから1年後に、それらの写真を想起している際の賦活を計測しているfMRI研究では、情動的に中性な記憶の想起と比較して情動的な記憶の想起に関して扁桃体や海馬、内嗅皮質の賦活が有意に増加しており、扁桃体と海馬は特にFamiliarityよりもRecollectionに有意に関連していることが示されている<ref><pubmed> 15703295 </pubmed></ref>。さらにこの研究では、情動的な写真を想起している際の扁桃体と海馬の賦活の相関は、情動的に中性な写真を想起している際よりも強いことも同定されている。このような情動的記憶の想起に関連する扁桃体と海馬の相互作用については、他のfMRI研究においても認められている<ref><pubmed> 16476670 </pubmed></ref>。このように、情動的記憶の記銘や想起に関連する多くの脳機能イメージ研究において同定されている扁桃体と海馬との間の相互作用は、情動記憶において扁桃体と他の脳領域との関係が重要であることを示しているModulation hypothesis<ref><pubmed> 12183206 </pubmed></ref>を一部支持している。 | ||
<ref><pubmed> 12183206 </pubmed></ref> | |||
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