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 一般に濃度勾配の形成は、分泌因子の拡散と、それを抑制(または制御)する効果のバランスによって成立している27。まず、シグナリングセンターで産生されたモルフォゲンは、そこから組織内へと放出され、細胞間隙(細胞外マトリックス)に浸透して組織内へと拡散する(図3A)。しかし、モルフォゲンが産出され、湧出するだけでは、器官のように閉鎖された空間では一定時間の後には濃度が一定になってしまう。したがって、その濃度勾配を維持するために、モルフォゲンの拡散(遠くに伝えようとする作用)と、拡散を制限する(遠くに行かせない)作用のバランスが保持されている。そのメカニズムには以下のようなものが知られている。
 一般に濃度勾配の形成は、分泌因子の拡散と、それを抑制(または制御)する効果のバランスによって成立している<ref name=Schier2009><pubmed>19779439<sa</pubmed></ref>27。まず、シグナリングセンターで産生されたモルフォゲンは、そこから組織内へと放出され、[[細胞間隙]]([[細胞外マトリックス]])に浸透して組織内へと拡散する(図3A)。しかし、モルフォゲンが産出され、湧出するだけでは、器官のように閉鎖された空間では一定時間の後には濃度が一定になってしまう。したがって、その濃度勾配を維持するために、モルフォゲンの拡散(遠くに伝えようとする作用)と、拡散を制限する(遠くに行かせない)作用のバランスが保持されている。そのメカニズムには以下のようなものが知られている。
まずモルフォゲンを遠くに伝えるための方策としては、モルフォゲンが細胞間隙を浸潤・拡散していくほかに、モルフォゲンが細胞内を通過して拡散する「トランスサイトーシス(transcytosis)」の経路が知られている(図3)28-33。ショウジョウバエの羽の原基(wing disc)における分泌因子dppの拡散様式は、この原則に従うことが知られている。一方、拡散を抑制する作用の1つとしては、たんぱく質の分解やエンドサイトーシスによる細胞内への取り込みが挙げられる。タンパク質は一般に一定時間が過ぎると分解されるため、同時に産生されたたんぱく質の分子数(量)は時間とともに徐々に減少する。
 
濃度勾配を維持するための別の制御として、細胞外マトリックスたんぱく質の存在が知られている。これは、濃度勾配を時するために、拡散を補助することもあれば抑制することもある。
 まずモルフォゲンを遠くに伝えるための方策としては、モルフォゲンが細胞間隙を浸潤・拡散していくほかに、モルフォゲンが細胞内を通過して拡散する「[[トランスサイトーシス]](transcytosis)」の経路が知られている(図3)<ref><pubmed>22710177</pubmed></ref><ref><pubmed>23533171 </pubmed></ref><ref name=YanD2009><pubmed>20066107 </pubmed></ref><ref><pubmed>23637364</pubmed></ref><ref><pubmed>17255514 </pubmed></ref><ref><pubmed>18296653</pubmed></ref>28-33。ショウジョウバエの羽の原基(wing disc)における分泌因子[[dpp]]の拡散様式は、この原則に従うことが知られている。一方、拡散を抑制する作用の1つとしては、たんぱく質の分解や[[エンドサイトーシス]]による細胞内への取り込みが挙げられる。タンパク質は一般に一定時間が過ぎると分解されるため、同時に産生されたたんぱく質の分子数(量)は時間とともに徐々に減少する。
細胞外マトリックスたんぱく質のうち、主なものはヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG; heparin sulfate proteoglycan)と総称される糖タンパク質で、このうちグリピカンやシンデカンがモルフォゲン産生細胞の周辺部に分布してモルフォゲンに結合し、モルフォゲンの拡散を助け、あるいは抑制して濃度勾配の維持に関与すると示唆されている30。例えばGlypican-3(GPC3)はShhやWntに結合することが示されているが、Wntシグナルを増強する一方で、Shhシグナルを弱化する34,35。特にShhはGPC3の糖鎖に結合してエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、リソソームによる分解系に送り込まれる34。逆に、GPC3のノックアウトマウスではShhシグナルの異常亢進を起こしている。
 
一方、他のグリピカンについては、ショウジョウバエを用いた実験から別のメカニズムが提唱されている。GPC4やGPC6のショウジョウバエホモログDally-like(Dlp)は、同じくHhやWg(Wntのショウジョウバエホモログ)に結合し、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込む36が、Hhは分解されずトランスサイトーシスされ、Wgは分解形に送り込まれる37。このように、グリピカンなどの細胞外マトリックスタンパク質によるシグナル分子への結合、細胞内への取り込み、拡散・分解のシステムはシグナル分子特異的である。
 濃度勾配を維持するための別の制御として、細胞外マトリックスたんぱく質の存在が知られている。これは、濃度勾配を時するために、拡散を補助することもあれば抑制することもある。
エンドサイトーシスによるモルフォゲンの取り込みに関してはゼブラフィッシュにおけるリアルタイムイメージングによっても示されている。このように、細胞がモルフォゲン分子を取り込んで分解する様子は、分子を積極的に排除することを意味し、湧き出したモルフォゲンが流し台で排出される様子に例えることができるので、「source-sink model(湧き出しと排水モデル)」と呼ばれる27,30,38。以上のように、拡散と分解のバランスが組織内におけるモルフォゲンの濃度勾配を調節していると言える。
 
 細胞外マトリックスたんぱく質のうち、主なものは[[ヘパラン硫酸プロテオグリカン]](HSPG; heparin sulfate proteoglycan)と総称される糖タンパク質で、このうち[[グリピカン]]や[[シンデカン]]がモルフォゲン産生細胞の周辺部に分布してモルフォゲンに結合し、モルフォゲンの拡散を助け、あるいは抑制して濃度勾配の維持に関与すると示唆されている<ref name=YanD2009 />30。例えばGlypican-3(GPC3)はShhやWntに結合することが示されているが、Wntシグナルを増強する一方で、Shhシグナルを弱化する<ref name=Capurro2008><pubmed> 18477453</pubmed></ref><ref><pubmed>16024626</pubmed></ref>34,35。特にShhはGPC3の糖鎖に結合してエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれ、リソソームによる分解系に送り込まれる<ref name=Capurro2008 />34。逆に、GPC3のノックアウトマウスではShhシグナルの異常亢進を起こしている。
一方、他のグリピカンについては、[[ショウジョウバエ]]を用いた実験から別のメカニズムが提唱されている。GPC4やGPC6のショウジョウバエホモログ[[Dally-like]](Dlp)は、同じく[[Hh]]や[[Wg]](Wntのショウジョウバエホモログ)に結合し、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込む<ref><pubmed>18477454</pubmed></ref>36が、Hhは分解されず[[トランスサイトーシス]]され、Wgは分解形に送り込まれる<ref><pubmed> 18591969</pubmed></ref>37。このように、グリピカンなどの細胞外マトリックスタンパク質によるシグナル分子への結合、細胞内への取り込み、拡散・分解のシステムはシグナル分子特異的である。
エンドサイトーシスによるモルフォゲンの取り込みに関しては[[ゼブラフィッシュ]]における[[リアルタイムイメージング]]によっても示されている。このように、細胞がモルフォゲン分子を取り込んで分解する様子は、分子を積極的に排除することを意味し、湧き出したモルフォゲンが流し台で排出される様子に例えることができるので、「[[source-sink model]](湧き出しと排水モデル)」と呼ばれる<ref name=Schier2009 /><ref name=YanD2009 /><ref><pubmed>25295831</pubmed></ref>27,30,38。以上のように、拡散と分解のバランスが組織内におけるモルフォゲンの濃度勾配を調節していると言える。


==関連項目==
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