16,040
回編集
細 (→定義と概要) |
細編集の要約なし |
||
10行目: | 10行目: | ||
{{box|text= 腹側線条体はHeimer らによって提唱されたコンセプトで、側坐核とその周辺の領域を含む。入力元は腹内側前頭野・前頭眼窩野・島皮質といった皮質、扁桃体・海馬・視床髄板内核群を含む皮質下領域と中脳・脳幹のドーパミンをはじめとした神経伝達物質関連領域であり、出力は、大脳基底核の腹側淡蒼球と黒質網様部・緻密部、基底核外への投射としては外側視床下部・脚橋被蓋核・中心灰白質・分界条床核がある。これらの領域間の情報統合とドーパミンを中心とした神経伝達物質物質の作用により、快感・報酬・意欲・嗜癖・恐怖の情報処理に重要な役割を果たし、意思決定や薬物中毒の病態の責任部位であると考えられている。}} | {{box|text= 腹側線条体はHeimer らによって提唱されたコンセプトで、側坐核とその周辺の領域を含む。入力元は腹内側前頭野・前頭眼窩野・島皮質といった皮質、扁桃体・海馬・視床髄板内核群を含む皮質下領域と中脳・脳幹のドーパミンをはじめとした神経伝達物質関連領域であり、出力は、大脳基底核の腹側淡蒼球と黒質網様部・緻密部、基底核外への投射としては外側視床下部・脚橋被蓋核・中心灰白質・分界条床核がある。これらの領域間の情報統合とドーパミンを中心とした神経伝達物質物質の作用により、快感・報酬・意欲・嗜癖・恐怖の情報処理に重要な役割を果たし、意思決定や薬物中毒の病態の責任部位であると考えられている。}} | ||
== | ==腹側線条体とは== | ||
[[腹側線条体]]は[[側坐核]](nucleus accumbens)を中心として、それに接する[[前交連]]より吻側の[[尾状核]]腹内側から[[内包]]の腹側へ続く領域、[[被殻]]腹内側、[[外側嗅索]]に接する[[前有孔質]](anterior perforated substance)を含む領域を含み、腹側は[[嗅結節]](olfactory tubercle)に続く。腹側線条体の大半を占める側坐核は[[依存症|薬物中毒]]・[[統合失調症]]・[[強迫性障害]]・[[注意欠陥多動性障害]]等の精神疾患との関連が指摘され、多くの知見が報告されている。 | [[腹側線条体]]は[[側坐核]](nucleus accumbens)を中心として、それに接する[[前交連]]より吻側の[[尾状核]]腹内側から[[内包]]の腹側へ続く領域、[[被殻]]腹内側、[[外側嗅索]]に接する[[前有孔質]](anterior perforated substance)を含む領域を含み、腹側は[[嗅結節]](olfactory tubercle)に続く。腹側線条体の大半を占める側坐核は[[依存症|薬物中毒]]・[[統合失調症]]・[[強迫性障害]]・[[注意欠陥多動性障害]]等の精神疾患との関連が指摘され、多くの知見が報告されている。 | ||
==解剖== | ==解剖== | ||
===構築=== | ===構築=== | ||
腹側線条体は[[線条体]]の他の部分と多くの共通点を持ち、腹側線条体と[[背外側線条体]](dorsolateral striatum)との境界については細胞構築・組織化学的には不明瞭であり、入力元によるところが大きい。腹側線条体・背側線条体どちらも[[大脳皮質|皮質]]・[[視床]]・[[脳幹]]からの入力があるが、腹側線条体のみが[[扁桃体]]と[[海馬]]からの強い投射を受けている。 | |||
側坐核は解剖・機能的に背側線条体と共通点が多いcoreと、特異な点が多い三日月型のshellとから成る。組織化学的には[[ | 側坐核は解剖・機能的に背側線条体と共通点が多いcoreと、特異な点が多い三日月型のshellとから成る。組織化学的には[[カルビンジン]] (calbindin; calcium-binding protein)染色でshellは薄くcoreは濃く染まる点が種を超えてみられる<ref name=Groenewegen1999><pubmed>10415642</pubmed></ref> 。ただし、coreと背側線条体の境界は不明瞭である。coreに比べ、shellは[[GluR1]]、[[GAP-43]]、[[アセチルコリンエステラーゼ]]、[[オピオイド]][[μ受容体]]結合、[[セロトニン]]、[[サブスタンスP]]が豊富である。[[ドーパミントランスポーター]]はcoreも含め腹側線条体では背側線条体に比べて濃度が低い。これは、腹側線条体に主に投射する[[ドーパミン]]細胞領域のdorsal tierでドーパミントランスポーターの mRNAが低値であることと一致する<ref name=Haber1999><pubmed>10415641</pubmed></ref> 。細胞形態学的には、背側線条体に比べ腹側線条体の細胞はやや小さく、密に分布する傾向にあり、[[パッチ・マトリクス構造|striosome (patch)-matrix構造]]は背側線条体ほど明確に見られない<ref name=Haber1999 /><ref name=Holt1997><pubmed>9214537</pubmed></ref>。 | ||
[[File:Nakamura Fig1.png|thumbnail|right|'''図1. Calbindin染色によるげっ歯類の腹側線条体の区分'''<br><ref name=Groenewegen1999><pubmed>10415642</pubmed></ref>より。<br>AcbSh, 側坐核shell; AcbC, 側坐核core; ac, 前交連]] | |||
=== 入力 === | === 入力 === | ||
腹側線条体への入力元は皮質、皮質下入力、背側[[中脳]]ドーパミン細胞領域がある。Shellはその他の腹側線条体にはない限定的な皮質特に、内側・腹内側[[前頭野]]([[32野|32]],[[24野|24]],[[25野|25]]、[[14野]])、[[島皮質]]Iaからの入力を受けている。これが扁桃体の諸核からの入力とoverlapする。また、中脳ドパミン細胞のdorsal tier部からの入力を受ける。Shellはその他の腹側線条体にはない出力があり、淡蒼球や黒質への投射に加えて視床下部や・分界条床核(the bed nucleus of the stria terminalis BNST)にも投射する<ref name=Humphries2010><pubmed>19941931</pubmed></ref> 。 | |||
==== 皮質入力 ==== | ==== 皮質入力 ==== | ||
37行目: | 29行目: | ||
前頭眼窩野とともに腹側線条体に感覚入力を送る皮質は島皮質である。島皮質は細胞構築学的・扱う知覚により | 前頭眼窩野とともに腹側線条体に感覚入力を送る皮質は島皮質である。島皮質は細胞構築学的・扱う知覚により | ||
* Ia:[[顆粒細胞]]層を欠く[[無顆粒島]](agranular insula嗅覚と自律神経反応) | * Ia: [[顆粒細胞]]層を欠く[[無顆粒島]](agranular insula嗅覚と自律神経反応) | ||
* Id:[[亜顆粒島]](dysgranular insula味覚と一部の視覚・[[体性感覚]]) | * Id: [[亜顆粒島]](dysgranular insula味覚と一部の視覚・[[体性感覚]]) | ||
* Ig:全ての層構造が明瞭な[[顆粒島]](granular insula[[体性感覚]]・[[聴覚]]と[[視覚]]) | * Ig: 全ての層構造が明瞭な[[顆粒島]](granular insula[[体性感覚]]・[[聴覚]]と[[視覚]]) | ||
に大別される。 | に大別される。 | ||
47行目: | 39行目: | ||
==== 皮質下領域からの入力 ==== | ==== 皮質下領域からの入力 ==== | ||
===== 扁桃体と海馬 ===== | ===== 扁桃体と海馬 ===== | ||
扁桃体は辺縁系の一部で、外界の情動的な情報を伝達していると考えられている。この扁桃体から背側線条体への直接的な投射はほとんど存在しない。腹側線条体への投射は扁桃体の基底核と副基底核大細胞部からである。外側部からの腹側線条体への投射は少ない。 | |||
扁桃体は複数の核から成るが、嗅覚を除くすべてのmodalityの高度知覚処理に関わる基底外側複合体(basolateral nuclear group, BLNG, 外側核、基底核、副基底核、basal and accessory basal nucleiから成る)がshellを除く腹側線条体への主な入力元である<ref name=Iwai1987><pubmed>3611417</pubmed></ref><ref name=Pitkanen1997><pubmed>9364666</pubmed></ref><ref name=Russchen1987><pubmed></pubmed></ref> 。Shellへの扁桃体からの入力はやや複雑であり、基底外側複合体に加え、皮質核・内側核・中心核からの入力がある。中心核には外界(基底外側複合体を介して)や体内の状態(外側視床下部や脳幹を介して)の情報の入力があり、shellでは例えば外界の知覚入力と体内の例えば空腹という状態をあわせて、drive状態にすることに関与する。 | |||
海馬はさらに限られた領域であるshell へ投射し、扁桃体からの投射とoverlapしている<ref name=Friedman2002><pubmed>12209848</pubmed></ref><ref name=Saunders1988><pubmed>2454246</pubmed></ref> 。 | |||
===== 視床 ===== | |||
腹側線条体は正中視床核群midline nuclei(室傍核paraventricular nucleus、結合核reuniens nucleus、菱形核 rhomboid nucleus、紐傍核paratenial nucleus)と視床髄板内核群intralaminar thalamic nucleiに属する束傍核parafascicular nucleus内側部からの投射を受ける。正中視床核群は前頭葉内側・扁桃体・海馬に投射する辺縁系に属する視床核群である (Gimenez-Amaya et al., 1995)。 | |||
中脳ドーパミン細胞群 | ===== 中脳ドーパミン細胞群 ===== | ||
中脳ドーパミン細胞は、背側黒質緻密部・腹側被蓋野からなり、カルビンジン陽性のdorsal tierと、 densocellular cell group・黒質網様体に入り込むcolumn部からなりcalbindin negativeなventral tier がある。背側線条体はventral tierから投射を受け、dorsal tierからは投射を受けない。これに対し、腹側線条体はdorsal tierおよびventral tier のdensocellular cell groupから投射を受け、column部からは受けない<ref name=Lynd-Balta1994><pubmed>7516506</pubmed></ref> 。 | |||
=== 出力=== | === 出力=== | ||
腹側線条体からの出力投射先は、[[腹側淡蒼球]](ventral pallidum VP)と[[黒質]][[網様部]]・[[緻密部]]である<ref name=Haber1990><pubmed>1708114</pubmed></ref> 。基底核外への投射としてはshellからの[[外側視床下部]](the lateral hypothalamus)[[脚橋被蓋核]](pedunculopontine nucleus)、[[中心灰白質]]、extended amygdalaの一部である分界条床核(BNST)がある。 | |||
=== 回路の一部としての腹側線条体 === | === 回路の一部としての腹側線条体 === | ||
71行目: | 67行目: | ||
線条体には、報酬と関連した感覚刺激や報酬そのものを予測的に期待する発火と、これらの後に反応する発火とが見られる。サルの電気生理学的実験では、背側線条体では課題の比較的前半つまり感覚刺激やその予測に関連した神経発火が見られるのに対し、腹側線条体では、課題の後半つまり報酬の予測や報酬を得た後に発火するものが多く観察されている<ref name=Tremblay2009><pubmed></pubmed></ref><ref name=Nakamura2012><pubmed>23136434</pubmed></ref> 。従って、腹側線条体は報酬を得るというゴールに達するため行動を起こす意欲driving forceの源となっている可能性がある。 | 線条体には、報酬と関連した感覚刺激や報酬そのものを予測的に期待する発火と、これらの後に反応する発火とが見られる。サルの電気生理学的実験では、背側線条体では課題の比較的前半つまり感覚刺激やその予測に関連した神経発火が見られるのに対し、腹側線条体では、課題の後半つまり報酬の予測や報酬を得た後に発火するものが多く観察されている<ref name=Tremblay2009><pubmed></pubmed></ref><ref name=Nakamura2012><pubmed>23136434</pubmed></ref> 。従って、腹側線条体は報酬を得るというゴールに達するため行動を起こす意欲driving forceの源となっている可能性がある。 | ||
ヒトの非侵襲的イメージングでは腹側線条体が報酬の予測・評価・報酬予測誤差の表現や、動機に基づいた学習に関与していることが示された。報酬の時間的予測については結論に差異がある<ref name=Knutson2001><pubmed>11459880;O'Doherty, 2004 #332</pubmed></ref><ref name=Pagnoni2002><pubmed>11802175</pubmed></ref><ref name=Tanaka2004><pubmed>15235607;Kuhnen, 2005 #3954</pubmed></ref><ref name=O'Doherty2004><pubmed>15087550</pubmed></ref> 。 | |||
Nicolaらは腹側被蓋野・内側前頭葉・扁桃体基底外側複合体の、側坐核単一細胞の発火への影響を調べた。ラットが音を弁別してレバー押しやnose pokeで反応することを学習すると、側坐核ニューロンは音に反応するが、腹側被蓋野・内側前頭葉・扁桃体からの入力をブロックすると側坐核ニューロンの発火は弱まり、弁別反応の正解率も低下する<ref name=Yun2004><pubmed>15044531</pubmed></ref> <ref name=Ishikawa2008><pubmed>18463262</pubmed></ref> ; <ref name=Ambroggi2008><pubmed>18760700</pubmed></ref> 。したがって、これらの領域からの情報が側坐核で統合することが刺激―行動に必須であると結論付けられた。 | Nicolaらは腹側被蓋野・内側前頭葉・扁桃体基底外側複合体の、側坐核単一細胞の発火への影響を調べた。ラットが音を弁別してレバー押しやnose pokeで反応することを学習すると、側坐核ニューロンは音に反応するが、腹側被蓋野・内側前頭葉・扁桃体からの入力をブロックすると側坐核ニューロンの発火は弱まり、弁別反応の正解率も低下する<ref name=Yun2004><pubmed>15044531</pubmed></ref> <ref name=Ishikawa2008><pubmed>18463262</pubmed></ref> ; <ref name=Ambroggi2008><pubmed>18760700</pubmed></ref> 。したがって、これらの領域からの情報が側坐核で統合することが刺激―行動に必須であると結論付けられた。 | ||
一方、側坐核は報酬などの目的達成のためのオペラント条件付けそのものというより、現在進行中の行動から、一定の時間を経て別の行動に変化する過程に重要であるという意見がある<ref name=Cardinal2001><pubmed>11375482</pubmed></ref><ref name=Cardinal2002><pubmed>12034134</pubmed></ref><ref name=Nicola2007><pubmed>16983543</pubmed></ref> 。さらに、サルの腹側線条体細胞の特徴として、例えば視覚刺激―>行動という単一試行の課題では課題に反応する細胞の割合は10%前後だが、複数のステップを経て報酬を得るような多試行報酬スケジュール課題では反応する細胞が60%前後と非常に多い。これらはスケジュールのうち特定の段階で、視覚手がかりへの応答や運動への応答報酬投与に応答する<ref name=Shidara1998><pubmed>9502820</pubmed></ref> 。 | |||
側坐核におけるドーパミンの作用については多くの知見がある。報酬を得られたらその行動を学習し、報酬を得られなかったら柔軟性を発揮して別の行動を選択する。この相反する行動決定の切り替えのメカニズムの少なくとも一部に、側坐核におけるphasicまたはtonicなドーパミンの作用のバランスが関与している。Phasicな作用は辺縁系(海馬)からの入力で主にドーパミンD1受容体を介する調節を受けている。Tonicな作用は前頭葉からの入力で主にドーパミンD2受容体を介する調節を受けている。VP(ventral pallidum)は通常ドーパミン系をtonicに抑制している。海馬から興奮性の入力を受けると、側坐核は抑制性の投射をこのVPに送り、脱抑制機構によりドーパミン細胞をtonicに興奮させる。このtonicなドーパミン投射はD2受容体を介して前頭葉からの入力を抑制する。一方、phasicな作用は脚橋被蓋核からドーパミン細胞への入力による。これらの入力の側坐核でのバランスによって適切な行動の選択が可能となる<ref name=Goto2008><pubmed>18786735</pubmed></ref> 。 | 側坐核におけるドーパミンの作用については多くの知見がある。報酬を得られたらその行動を学習し、報酬を得られなかったら柔軟性を発揮して別の行動を選択する。この相反する行動決定の切り替えのメカニズムの少なくとも一部に、側坐核におけるphasicまたはtonicなドーパミンの作用のバランスが関与している。Phasicな作用は辺縁系(海馬)からの入力で主にドーパミンD1受容体を介する調節を受けている。Tonicな作用は前頭葉からの入力で主にドーパミンD2受容体を介する調節を受けている。VP(ventral pallidum)は通常ドーパミン系をtonicに抑制している。海馬から興奮性の入力を受けると、側坐核は抑制性の投射をこのVPに送り、脱抑制機構によりドーパミン細胞をtonicに興奮させる。このtonicなドーパミン投射はD2受容体を介して前頭葉からの入力を抑制する。一方、phasicな作用は脚橋被蓋核からドーパミン細胞への入力による。これらの入力の側坐核でのバランスによって適切な行動の選択が可能となる<ref name=Goto2008><pubmed>18786735</pubmed></ref> 。 |