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同義語:知的障害5型、精神遅滞5型<br> | |||
英語名称:SYNGAP1-related intellectual disability, mental retardation, autosomal dominant 5<br> | |||
英語略称:MRD5 | 英語略称:MRD5 | ||
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==イントロダクション== | ==イントロダクション== | ||
[[ファイル:Syngap Fig3.png|サムネイル|'''図. SynGAPの発達障害との関連'''<br>知的障害、自閉症などの発達障害において、SYNGAP1の変異が高頻度に見出されている。遺伝子の構造と、見つかった変異の一例を示す。]] | [[ファイル:Syngap Fig3.png|サムネイル|'''図. SynGAPの発達障害との関連'''<br>知的障害、自閉症などの発達障害において、SYNGAP1の変異が高頻度に見出されている。遺伝子の構造と、見つかった変異の一例を示す。]] | ||
知的障害のうち、6番染色体短腕上の遺伝子SYNGAP1の変異によるものを、特にSNGAP1関連知的障害(知的障害5型、MRD5)として分類している([https://www.omim.org/entry/612621 OMIM #612621])。2009年にJacques L. Michaudのグループにより初めて報告された<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。 | |||
イギリスにおける大規模調査によると、全発達障害症例のうち約0.75%程度にSYNGAP1の変異が認められる。この頻度は、ARID1B、[[SCN2A]]、ANKRD11に次ぎ全遺伝子中4番目に多い<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。浸透度は100%で、病的変異(ナンセンス変異、ミスセンス変異、スプライス部位変異)を有するSYNGAP1を1コピー持った個人は必ず発症する('''図''')。 | イギリスにおける大規模調査によると、全発達障害症例のうち約0.75%程度にSYNGAP1の変異が認められる。この頻度は、ARID1B、[[SCN2A]]、ANKRD11に次ぎ全遺伝子中4番目に多い<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。浸透度は100%で、病的変異(ナンセンス変異、ミスセンス変異、スプライス部位変異)を有するSYNGAP1を1コピー持った個人は必ず発症する('''図''')。 | ||
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低筋力であり、座位獲得は平均12-13か月齢、歩行開始は平均26か月齢である。言語は全般的に遅れる。初めての発語は平均38か月齢、1/3は5歳で無発語である。発語できるようになる場合、英語圏では4-5語の文章を話せることもある。その他、衝動性亢進、感覚情報処理変化(痛みへの高い耐性等)などが報告されている<ref name=Jimenez-Gomez2019><pubmed>31395010</pubmed></ref> 。 | 低筋力であり、座位獲得は平均12-13か月齢、歩行開始は平均26か月齢である。言語は全般的に遅れる。初めての発語は平均38か月齢、1/3は5歳で無発語である。発語できるようになる場合、英語圏では4-5語の文章を話せることもある。その他、衝動性亢進、感覚情報処理変化(痛みへの高い耐性等)などが報告されている<ref name=Jimenez-Gomez2019><pubmed>31395010</pubmed></ref> 。 | ||
予後については、不明な点が多い。ヨーロッパでは31歳でのMRD5生存例が報告されており<ref name=Prchalova2017><pubmed>28576131</pubmed></ref> | 予後については、不明な点が多い。ヨーロッパでは31歳でのMRD5生存例が報告されており<ref name=Prchalova2017><pubmed>28576131</pubmed></ref> 、成人期を過ぎての生存が可能であることを示唆している。エクソーム解析が臨床検査としては未だ一般には用いられておらず、成人期の患者の中に、この疾患を持つ者がどの程度いるのかは不明である。 | ||
==診断== | ==診断== | ||
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==疫学== | ==疫学== | ||
SYNGAP1のハプロ不全 (~50%欠失, loss of function)によるとされる<ref name=Clement2012><pubmed>23141534</pubmed></ref><ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。発達障害症例において機能獲得型などの変異は確認されていない。 | SYNGAP1のハプロ不全 (~50%欠失, loss of function)によるとされる<ref name=Clement2012><pubmed>23141534</pubmed></ref><ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。発達障害症例において機能獲得型などの変異は確認されていない。 | ||
SYNGAP1は、他のSYNGAPファミリー分子(DABIP2, RASAL2, RASAL3)の中に中枢系での機能を補償できる分子がないこと<ref name=King2013><pubmed>23443682</pubmed></ref>、変異が入り機能欠失した場合の結果がシナプス強度調節機構の破綻<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref>など比較的重大なことなどからか、その変異は発達障害のなかでも高頻度で存在しており、もっともよく見いだされる遺伝子変異の1つ(約0.75%; 7/931)とされる<ref name=UK-DDD-study2015></ref>。 | |||
SYNGAP1は、個人間で差異の大きい(遺伝的多型の多い)主要組織適合遺伝子複合体 (MHC)遺伝子群 (6p21.31領域)のすぐ隣に位置する遺伝子であること(6番染色体短腕側のMHC領域約数百万塩基対に対し、そのセントロメア側に30万塩基足らずの場所に位置する)、他のSYNGAPファミリー分子(DABIP2, RASAL2, RASAL3)の中に中枢系での機能を補償できる分子がないこと<ref name=King2013><pubmed>23443682</pubmed></ref> 、変異が入り機能欠失した場合の結果がシナプス強度調節機構の破綻<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> など比較的重大なことなどからか、その変異は発達障害のなかでも高頻度で存在しており、もっともよく見いだされる遺伝子変異の1つ(約0.75%; 7/931)とされる<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。 | SYNGAP1は、個人間で差異の大きい(遺伝的多型の多い)主要組織適合遺伝子複合体 (MHC)遺伝子群 (6p21.31領域)のすぐ隣に位置する遺伝子であること(6番染色体短腕側のMHC領域約数百万塩基対に対し、そのセントロメア側に30万塩基足らずの場所に位置する)、他のSYNGAPファミリー分子(DABIP2, RASAL2, RASAL3)の中に中枢系での機能を補償できる分子がないこと<ref name=King2013><pubmed>23443682</pubmed></ref> 、変異が入り機能欠失した場合の結果がシナプス強度調節機構の破綻<ref name=Kim2003><pubmed>12598599</pubmed></ref><ref name=Komiyama2002><pubmed>12427827</pubmed></ref> など比較的重大なことなどからか、その変異は発達障害のなかでも高頻度で存在しており、もっともよく見いだされる遺伝子変異の1つ(約0.75%; 7/931)とされる<ref name=UK-DDD-study2015><pubmed>25533962</pubmed></ref> 。 | ||
その他の小規模報告でも、数%を占めるとされ、たとえば2009年の初報告では、コントロール群475例にSYNGAP1変異が認められないなか、小児の器質的原因を同定できない知的障害患者(NSID)群94症例中3例(約3%)にSYNGAP1変異が見いだされている<ref name=Hamdan2009><pubmed>19196676</pubmed></ref> 。 | |||
==治療== | ==治療== | ||
根本的な治療のために、さまざまなアプローチが検討されている。 | 根本的な治療のために、さまざまなアプローチが検討されている。 | ||
対処療法として、てんかんのコントロールには、抗けいれん薬でカンナビジオールであるエピディオレクスが良いとされているが、本邦では未承認である。 | |||
他の抗けいれん薬である(欠神発作、強直性間代発作両方に有用な)ラモトリギン、バルプロ酸ナトリウム、クロバザム、クロナゼパムなどの投与でコントロールできる症例も多い(約50%)とされている<ref group=脚注> | 他の抗けいれん薬である(欠神発作、強直性間代発作両方に有用な)ラモトリギン、バルプロ酸ナトリウム、クロバザム、クロナゼパムなどの投与でコントロールできる症例も多い(約50%)とされている<ref group=脚注>MRD5への抗けいれん薬使用のガイドラインは未確立であり、基本的にはてんかんの型に応じた抗けいれん薬を投与する。</ref>。残りは、薬剤抵抗性とされる。エトスクシミド、ペランパネルは症例数が少なく結論は出ていないが、単剤投与では無効例が多い<ref name=Jimenez-Gomez2019><pubmed>31395010</pubmed></ref> 。知的障害の予後は、てんかんがコントロールできなかった期間に反比例することが多いとされていることからも<ref name=Liu2003><pubmed>12601699</pubmed></ref> 、早期のてんかんのコントロールすることが重要と考えられる。 | ||
他の発達障害、自閉症に施されるような介助方法、たとえば適切な行動介助療法による介助が有用な場合も多い。食事の経口摂取が困難な場合、経鼻胃管や胃ろう栄養法が必要とされる場合もある。いずれにせよ、てんかんのコントロール、行動上の問題への適切な介助、発達や教育上への必要な介助について、患者のQOLを最大化するよう、小児精神科医のもと適切にモニターしフォローアップしていくことが重要とされる<ref name=Holder2019><pubmed>30789692</pubmed></ref> 。 | |||
==その他== | ==その他== | ||
SYNGAP1変異が、小児の器質的原因を同定できない知的障害患者(NSID)のうち約3%(94例中3例)に見出されるという報告もあるが<ref name=Hamdan2009 />、確定診断にはコストのかかる臨床エクソーム解析、染色体マイクロアレイ等が必要な疾患ゆえ、現在報告されている実症例は少なく、情報も極めて少ない。 | |||
そのため、アメリカでは[https://bridgesyngap.org/ SYNGAP1家族会]が設立され、患者同士での情報共有がはかられている。また隔年開催の大会では患者、臨床、基礎研究者の間で活発な意見交換がなされている。 | そのため、アメリカでは[https://bridgesyngap.org/ SYNGAP1家族会]が設立され、患者同士での情報共有がはかられている。また隔年開催の大会では患者、臨床、基礎研究者の間で活発な意見交換がなされている。 |