「ドリフト拡散モデル」の版間の差分

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ドリフト拡散モデルは,刺激呈示から反応が起こるまでの経過時間(反応時間)と反応選択の分布を説明するモデルである。ドリフト拡散モデルは,Ratcliff (1978)  
ドリフト拡散モデルは,刺激呈示から反応が起こるまでの経過時間(反応時間)と反応選択の分布を説明するモデルである。ドリフト拡散モデルは,Ratcliff (1978)  
<ref><b>Ratcliff, R.(1978).</b><br>A theory of memory retrieval.<br><i>Psychological Review</i> 1978, 85(2);59–108</ref>が提案し,心理学や神経科学における反応時間のモデリングにおいて,幅広く用いられている<ref><pubmed> 26952739 </pubmed></ref>。
<ref name=Ratclif1978><b>Ratcliff, R.(1978).</b><br>A theory of memory retrieval.<br><i>Psychological Review</i> 1978, 85(2);59–108</ref>が提案し,心理学や神経科学における反応時間のモデリングにおいて,幅広く用いられている<ref><pubmed> 26952739 </pubmed></ref>。


ドリフト拡散モデルは,逐次サンプリングモデル(Sequential sampling model)の一種である。逐次サンプリングモデルでは,刺激が呈示されると生体は時間経過とともに確率的に情報を蓄積していき,その蓄積が境界を越えた時に反応が出力されると仮定する。図1に示すように,行動課題を実施した際に,反応までにかかる時間は,(1)刺激の読み込み,(2)エビデンス(判断を下すのに必要な情報)の蓄積,(3)反応(ボタン押しなどの運動)に分解することができる。(1)刺激の読み込みと(3)反応は,判断に関わる過程ではないので,非決定時間(Non decision time)と呼ばれる。(2)エビデンスの蓄積は,決定時間(Decision time)と呼ばれる。ドリフト拡散モデルをはじめとする逐次サンプリングモデルを用いることで,非決定時間の推定と決定時間の生成に関わるパラメータの推定を行うことができる。
ドリフト拡散モデルは,逐次サンプリングモデル(Sequential sampling model)の一種である。逐次サンプリングモデルでは,刺激が呈示されると生体は時間経過とともに確率的に情報を蓄積していき,その蓄積が境界を越えた時に反応が出力されると仮定する。図1に示すように,行動課題を実施した際に,反応までにかかる時間は,(1)刺激の読み込み,(2)エビデンス(判断を下すのに必要な情報)の蓄積,(3)反応(ボタン押しなどの運動)に分解することができる。(1)刺激の読み込みと(3)反応は,判断に関わる過程ではないので,非決定時間(Non decision time)と呼ばれる。(2)エビデンスの蓄積は,決定時間(Decision time)と呼ばれる。ドリフト拡散モデルをはじめとする逐次サンプリングモデルを用いることで,非決定時間の推定と決定時間の生成に関わるパラメータの推定を行うことができる。


ドリフト拡散モデルにおけるエビデンスの蓄積過程は,開始点<math>z</math>から始まり,一定のドリフト率に従ってエビデンスが蓄積される(図1)。そして,境界の<math>a</math>もしくはその反対側の境界までエビデンスが蓄積されると反応が出力される。図1の場合,<math>a</math>に到達すると反応Aが出力され,0に到達すると反応Bが出力される。開始点と境界(a)との距離が遠いほど,エビデンスの蓄積にかかる時間が長くなる。また,開始点から境界までの蓄積過程における速度は,ドリフト率にも依存する。ドリフト率が大きいほど,境界まで到達する時間は短くなる。開始点,ドリフト率,境界,そして非決定時間がドリフト拡散モデルの主なパラメータである。
ドリフト拡散モデルにおけるエビデンスの蓄積過程は,開始点<math>z</math>から始まり,一定のドリフト率に従ってエビデンスが蓄積される(図1)。そして,上下の境界までエビデンスが蓄積されると反応が出力される。図1の場合,上側の境界<math>a</math>に到達すると反応Aが出力され,下側の境界0に到達すると反応Bが出力される。開始点と境界(a)との距離が遠いほど,エビデンスの蓄積にかかる時間が長くなる。また,開始点から境界までの蓄積過程における速度は,ドリフト率に依存する。ドリフト率が大きいほど,境界まで到達する時間は短くなる。開始点,ドリフト率,境界,そして非決定時間がドリフト拡散モデルの振る舞いを決定する主なパラメータである。




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<math>dx = v dt + \sigma dW</math>
<math>dx = v dt + \sigma dW</math>


ここで,<math>dx</math> は微小な時間間隔 <math>dt</math>の間の<math>x</math>の変化を表す。<math>v</math>はドリフト率パラメータであり,<math>v > 0</math>であれば,反応Aが正解であり,<math>v < 0</math>であれば反応Bが正解であるとする。<math>\sigma dW</math>は平均が0で分散が<math>\sigma^2 dt</math>となる正規分布に従うホワイトノイズを表す。ウィーナー過程は連続時間上で定義されるが,計算機上でシミュレーションする場合は,離散時間で近似する必要がある。ここでは理解が容易なシンプルな近似法を考える。微小な時間幅<math>\Delta t</math>を考え,<math> \epsilon_i</math>が平均0, 分散1の標準正規分布に従うとする。この時間幅<math>\Delta t</math>あたりの変数<math>x</math>の変化量は,以下の式で記述される。
ここで,<math>dx</math> は微小な時間間隔 <math>dt</math>の間の<math>x</math>の変化を表す。<math>v</math>はドリフト率パラメータであり,反応Aが正解である場合は<math>v > 0</math>,反応Bが正解である場合は<math>v < 0</math>とする。<math>\sigma dW</math>は平均が0で分散が<math>\sigma^2 dt</math>となる正規分布に従うホワイトノイズを表す。ウィーナー過程は連続時間上で定義されるが,計算機上でシミュレーションする場合は,離散時間で近似する必要がある。ここでは理解が容易なシンプルな近似法を考える。微小な時間幅<math>\Delta t</math>を考え,<math> \epsilon_i</math>が平均0, 分散1の標準正規分布に従うとする。この時間幅<math>\Delta t</math>あたりの変数<math>x</math>の変化量を,以下の式で設定する。


<math>\Delta x = v \Delta t + \sigma \epsilon_i \sqrt{\Delta t} </math>
<math>\Delta x = v \Delta t + \sigma \epsilon_i \sqrt{\Delta t} </math>


この式で<math>x</math>を更新していくことによりエビデンスの蓄積過程をシミュレートできる。図2はこの計算により得られたものである。
この式で<math>x</math>を更新していくことによりエビデンスの蓄積過程をシミュレートできる。図2の軌道はこの計算により得られたものである。


 生体が注意深く反応するほどパラメータ<math>a</math>は大きくなり,境界の間は広がると考えられる。逆に,素早く反応することが求められる場合は<math>a</math>は小さくなる。開始点パラメータ<math>z</math>は刺激に関する事前の期待を表すと考えられる。例えば,反応Aを起こすべき刺激が期待されるときは,このパラメータは大きい (<math>a</math>に近い) 値をとる。
 生体が注意深く反応するほどパラメータ<math>a</math>は大きくなり,開始点と境界の間は広がると仮定される。逆に,素早く反応することが求められる場合は<math>a</math>は小さくなると仮定される。開始点パラメータ<math>z</math>は刺激に関する事前の期待を表すと考えられる。例えば,反応Bを起こすべき刺激より反応Aを起こすべき刺激の出現がより期待される場合は,このパラメータは大きい (<math>a</math>に近い) 値をとるとされる。


 標準的なドリフト拡散モデル (Ratcliff, 1978) では,開始点とドリフト率,および非決定時間は,試行間で変動すると仮定される。ドリフト率の試行間変動は,刺激に対する注意の変化などに対応すると考えられ,正規分布に従って変動するとされる。この変動を仮定することで,正反応より誤反応の方が反応時間が長くなるということが説明可能となる。これは,ドリフト率が小さくなる試行において,誤反応が起こりやすくなり,かつ反応時間が長くなるためである。開始点の試行間変動は一様分布に従うと仮定され,ある特定の刺激がどの程度呈示されやすいかについての期待が試行間で変動することを表現する。この変動により,誤反応が起こる試行で反応時間が短くなることが説明できる。なぜなら,開始点が誤反応側の境界に寄っているときに,反応が早くなり,かつ誤反応が起きやすいためである。
 標準的なドリフト拡散モデル<ref name=Ratclif1978 />。では,開始点とドリフト率,および非決定時間は,試行間で変動すると仮定される。ドリフト率の試行間変動は,刺激に対する注意の変動などに対応すると考えられ,正規分布に従って変動すると仮定される。この変動を仮定することで,正反応より誤反応の方が反応時間が長くなるということが説明可能となる。これは,ドリフト率が小さくなる試行において,誤反応が起こりやすくなり,かつ反応時間が長くなるためである。開始点の試行間変動は一様分布に従うと仮定され,ある特定の刺激がどの程度呈示されやすいかについての期待が試行間で変動することを表現する。この変動により,誤反応が起こる試行で反応時間が短くなることが説明できる。これは,開始点が誤反応側の境界に寄っているときに,反応が早くなり,かつ誤反応が起きやすいためである。


 以上のように,標準的なドリフト拡散モデルのパラメータは,開始点(z),開始点の試行間変動幅 (<math>s_{z}</math>),ドリフト率の平均(<math>m_v</math>),ドリフト率の標準偏差(<math>\eta</math>), 境界(<math>a</math>),非決定時間の平均(<math>T_{er}</math>),非決定時間の試行間変動(<math>s_{t}</math>)の7つとなる。
 したがって,標準的なドリフト拡散モデルのパラメータは,開始点の平均(z),開始点の試行間変動幅 (<math>s_{z}</math>),ドリフト率の平均(<math>m_v</math>),ドリフト率の標準偏差(<math>\eta</math>), 境界(<math>a</math>),非決定時間の平均(<math>T_{er}</math>),非決定時間の試行間変動(<math>s_{t}</math>)の7つとなる。


==反応時間分布および選択確率とモデルパラメータの関係==
==反応時間分布および選択確率とモデルパラメータの関係==


二つの選択に関する上記のモデルにおいて,各パラメータを固定した場合 (試行間変動は仮定しない場合),それぞれの選択肢を選ぶ確率,およびその反応時間の分布は次のように解析的に導出される (Ratcliff, 1978)。下側の境界 (0) に到達し,反応Bが起こる確率は,
二つの選択に関する上記のモデルにおいて,各パラメータを固定した場合 (試行間変動は仮定しない場合),それぞれの選択肢を選ぶ確率,およびその反応時間の分布は次のように解析的に導出される <ref name=Ratclif1978 />。下側の境界 (0) に到達し,反応Bが起こる確率は,


<math>\frac{e^{-2va/\sigma^2}-e^{-2vz/\sigma^2}}{e^{-2va/\sigma^2}-1}</math>
<math>\frac{e^{-2va/\sigma^2}-e^{-2vz/\sigma^2}}{e^{-2va/\sigma^2}-1}</math>
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となる。ただしドリフト率<math>v</math>が0だった場合はこの確率は
となる。ただしドリフト率<math>v</math>が0だった場合はこの確率は
<math>1-z/a</math>
<math>1-z/a</math>
となる。さらに,反応Bが起こり,かつその反応時間が<math>T_{er}+t </math>となる条件付きの確率密度関数は
となる。さらに,反応Bが起こり,かつ (非決定時間を除いた) その反応時間が<math>t </math>となる条件付きの確率密度は


<math>\frac{\pi \sigma^2}{a^2} e^{-zv/\sigma^2} \sum_{k=1}^\infty k \sin (\frac{\pi z k}{a}) e^{-\frac{1}{2} (v^2 / \sigma^2 + \pi^2 k^2 \sigma^2/a^2)t} </math>
<math>\frac{\pi \sigma^2}{a^2} e^{-zv/\sigma^2} \sum_{k=1}^\infty k \sin (\frac{\pi z k}{a}) e^{-\frac{1}{2} (v^2 / \sigma^2 + \pi^2 k^2 \sigma^2/a^2)t} </math>


で与えられる。境界<math>a</math>に到達し反応Aが起こり,その反応時間が<math> T_{er} + t</math>となる確率密度は,上の式において<math>v</math>を<math>-v</math>で, <math>z</math> を<math>a -z</math>で置き換えることで得られる。図Xの上下の曲線はこれらの式により得られた条件付きの確率密度関数である。シミュレーションにより得た反応時間のヒストグラムもサンプルが増えるにつれてこの関数に近づいていくことがわかる 。
で与えられる。境界<math>a</math>に到達し反応Aが起こり,かつその反応時間が<math>t</math>となる確率密度は,上の式において<math>v</math>を<math>-v</math>で, <math>z</math> を<math>a -z</math>で置き換えることで得られる。図Xの上下の曲線はこれらの式により得られた条件付きの確率密度関数である。シミュレーションにより得た反応時間のヒストグラムもサンプルが増えるにつれてこの関数に近づいていくことがわかる。


==モデルフィッティング==
==モデルフィッティング==
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