135
回編集
Kentaro Katahira (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
Kentaro Katahira (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
||
67行目: | 67行目: | ||
実験で収集された反応データに対して,モデルフィッティングをする方法として,<math>\chi^{2}</math>最小化,最尤法,重み付き最小二乗法,ベイズ推定等がある<ref><pubmed> 12412886</pubmed></ref>。モデルフィッティング用のソフトウェアとしては,以下がある。 | 実験で収集された反応データに対して,モデルフィッティングをする方法として,<math>\chi^{2}</math>最小化,最尤法,重み付き最小二乗法,ベイズ推定等がある<ref><pubmed> 12412886</pubmed></ref>。モデルフィッティング用のソフトウェアとしては,以下がある。 | ||
* Fast-dm: Voss & Voss (2007)が開発したWindowsで動作するソフトウェア。最尤推定,Kolmogorov-Smirnov,<math>\chi^{2}</math>最小化などの方法が可能である。 | * Fast-dm<ref><pubmed>18183889</pubmed></ref>: Voss & Voss (2007)が開発したWindowsで動作するソフトウェア。最尤推定,Kolmogorov-Smirnov,<math>\chi^{2}</math>最小化などの方法が可能である。 | ||
* DMAT<ref><pubmed>18411528</pubmed></ref>: Vandekerckhove & Tuerlinckx (2008)が開発した,ドリフト拡散モデル用MATLABツールボックス。 | * DMAT<ref><pubmed>18411528</pubmed></ref>: Vandekerckhove & Tuerlinckx (2008)が開発した,ドリフト拡散モデル用MATLABツールボックス。 | ||
* EZ2<ref><pubmed>17546727</pubmed></ref>: Wagenmakers, Van Der Maas, & Grasman(2007)によって提案されたドリフト拡散モデルから試行間変動の推定を除いたシンプルなEZ拡散モデルを用いてモデルフィッティングするRパッケージ。 | * EZ2<ref><pubmed>17546727</pubmed></ref>: Wagenmakers, Van Der Maas, & Grasman(2007)によって提案されたドリフト拡散モデルから試行間変動の推定を除いたシンプルなEZ拡散モデルを用いてモデルフィッティングするRパッケージ。 | ||
* HDDM<ref><pubmed>23935581</pubmed></ref>: Wiecki, Sofer, & Frank(2013)が開発した,ドリフト拡散モデルを階層ベイズ推定するPythonパッケージ。 | * HDDM<ref><pubmed>23935581</pubmed></ref>: Wiecki, Sofer, & Frank(2013)が開発した,ドリフト拡散モデルを階層ベイズ推定するPythonパッケージ。 | ||
* hBayesDM<ref><pubmed>29601060</pubmed></ref>: Ahn, Haines, & Zhang(2017)が開発した,意思決定課題に対して階層ベイズモデリングを行うRパッケージ。 | * hBayesDM<ref><pubmed>29601060</pubmed></ref>: Ahn, Haines, & Zhang(2017)が開発した,意思決定課題に対して階層ベイズモデリングを行うRパッケージ。 | ||
* rtdists: ドリフト拡散モデルをはじめとする反応時間のモデリングに有用な関数が含められたRパッケージ。 | * rtdists [ref追加]: ドリフト拡散モデルをはじめとする反応時間のモデリングに有用な関数が含められたRパッケージ。 | ||
それぞれのモデルや推定方法には仮定がおかれていることがあり,モデルフィッティングに用いるデータがその仮定に合っているかどうかは事前に確認する必要がある。各種推定法に関する専門家による推奨については,Boehm et al.(2018) | それぞれのモデルや推定方法には仮定がおかれていることがあり,モデルフィッティングに用いるデータがその仮定に合っているかどうかは事前に確認する必要がある。各種推定法に関する専門家による推奨については,Boehm et al.(2018)<ref name=Boehm2018><b>Boehm, U., Annis, J., Frank, M. J., Hawkins, G. E., Heathcote, A., Kellen, D., Krypotos, A.-M., Lerche, V., Logan, G. D., Palmeri, T. J., van Ravenzwaaij, D., Servant, M., Singmann, H., Starns, J. J., Voss, A., Wiecki, T. V., Matzke, D., & Wagenmakers, E.-J.(2018). </b><br>Estimating across-trial variability parameters of the Diffusion Decision Model: Expert advice and recommendations.<br><i>Journal of Mathematical Psychology</i>, 87, 46–75</ref>にまとめられている。また,ドリフト拡散モデルでのモデルフィッティングにあたっては,十分なデータ数が必要になる。特に反応時間の分布の情報を用いてパラメータ推定する方法の場合は,試行数が100程度の場合は,ドリフト拡散モデルの試行間変動性にかかわるパラメータの推定が真値からずれることが示されている<ref><pubmed>18229471</pubmed></ref>。そのため,試行間変動性にかかわるパラメータの推定を行う場合は,できるだけ多くの試行数が必要になるが,試行数を増やすと参加者の動機づけが低下する,疲れの影響が出る,などの問題も生じる。また,そもそも試行数を増やすことが難しい実験状況も多い<ref name=Boehm2018 />。そこで,パラメータ推定にあたり,参加者集団のパタメータの分布も仮定した階層ベイズ推定を行うことで,各参加者の試行数は少なくとも安定した推定する方法も提案されている<ref><pubmed>23935581</pubmed></ref><ref><pubmed>29601060</pubmed></ref>。 | ||
==適用事例== | ==適用事例== | ||
86行目: | 86行目: | ||
ドリフト拡散モデルのパラメータの推定値を利用して,選択に関するプロセスの個人差に影響する要因も検討されている。代表的な事例は加齢の効果であり,例えば高齢者は一般に多くの認知課題において反応が遅くなることが示されているが,ドリフト拡散モデルを適用して検討した研究では,高齢者は長い非決定時間,そして境界の間隔が大きいという特徴はあるものの,ドリフト率は若年者と比べても小さくはないということが報告されている<ref><pubmed>19962693</pubmed></ref>。 | ドリフト拡散モデルのパラメータの推定値を利用して,選択に関するプロセスの個人差に影響する要因も検討されている。代表的な事例は加齢の効果であり,例えば高齢者は一般に多くの認知課題において反応が遅くなることが示されているが,ドリフト拡散モデルを適用して検討した研究では,高齢者は長い非決定時間,そして境界の間隔が大きいという特徴はあるものの,ドリフト率は若年者と比べても小さくはないということが報告されている<ref><pubmed>19962693</pubmed></ref>。 | ||
一方で,幼児では境界分離が大きく,非決定時間が長いことに加え,ドリフト率も比較的小さいことが示されている<ref><pubmed>22188547</pubmed></ref>。また,注意欠如・多動症 (ADHD) や読字障害 (dyslexic) を有する若年者はそうでない統制群に比べ,ドリフト率が低い傾向があることを示した研究もある <ref><pubmed>20926067</pubmed></ref> <ref><pubmed>22010894</pubmed></ref> | 一方で,幼児では境界分離が大きく,非決定時間が長いことに加え,ドリフト率も比較的小さいことが示されている<ref><pubmed>22188547</pubmed></ref>。また,注意欠如・多動症 (ADHD) や読字障害 (dyslexic) を有する若年者はそうでない統制群に比べ,ドリフト率が低い傾向があることを示した研究もある <ref><pubmed>20926067</pubmed></ref><ref><pubmed>22010894</pubmed></ref> | ||
一般知能 (IQ) との関係に関しては,高IQ群は低IQ群よりドリフト率が2倍程度高いという結果が報告されている <ref><pubmed>19962693</pubmed></ref> <ref><pubmed>21707207</pubmed></ref> 。一方で,加齢による影響が見られた,境界分離や非決定時間にはIQとの有意な関連は認められなかった。 | 一般知能 (IQ) との関係に関しては,高IQ群は低IQ群よりドリフト率が2倍程度高いという結果が報告されている <ref><pubmed>19962693</pubmed></ref> <ref><pubmed>21707207</pubmed></ref> 。一方で,加齢による影響が見られた,境界分離や非決定時間にはIQとの有意な関連は認められなかった。 | ||
==神経細胞の活動との対応== | ==神経細胞の活動との対応== | ||
主にサルを対象とした単一細胞レベルでの神経活動記録により,エビデンスの蓄積過程に対応する神経活動が検討されてきた。例えば視線でターゲットを選択することで反応する意思決定課題においては,ターゲットの方向へのサッケード時に選択的に活動するLIP野 (lateral intraparietal cortex) | 主にサルを対象とした単一細胞レベルでの神経活動記録により,エビデンスの蓄積過程に対応する神経活動が検討されてきた。例えば視線でターゲットを選択することで反応する意思決定課題においては,ターゲットの方向へのサッケード時に選択的に活動するLIP野 (lateral intraparietal cortex) の細胞は刺激の呈示とともに徐々に活動が増加し,ある閾値に到達したときにサッケード反応が起こるということが観測されている<ref><pubmed>8570606</pubmed></ref>,エビデンスの蓄積を表現する逐次サンプリングモデルで様子が観察されている。 | ||
==その他の逐次サンプリングモデル== | ==その他の逐次サンプリングモデル== | ||
97行目: | 97行目: | ||
[[Image:逐次サンプリングモデルの図.png|thumb|520px|<b>図4.逐次サンプリングモデルの種類</b>(Ratcliff et al.,2016を元に一部改変)]]<br> | [[Image:逐次サンプリングモデルの図.png|thumb|520px|<b>図4.逐次サンプリングモデルの種類</b>(Ratcliff et al.,2016を元に一部改変)]]<br> | ||
逐次サンプリングモデルは,ドリフト拡散モデルだけではない。図4に示すように,逐次サンプリングモデルは,エビデンスの蓄積に関する基準が絶対的か相対的か,対象とする時間が連続的か離散的か,蓄積するエビデンスが連続的か離散的か,ドリフト率が固定か変化するかなどによって分類することができる。ドリフト拡散モデルは,逐次サンプリングモデルの代表的なモデルであるが,モデルの設定においては複数あるモデルの1つの形式であると言える(代表的な逐次サンプリングモデルのモデル間の差異については,Ratcliff & Smith(2004)を参照)。 | 逐次サンプリングモデルは,ドリフト拡散モデルだけではない。図4に示すように,逐次サンプリングモデルは,エビデンスの蓄積に関する基準が絶対的か相対的か,対象とする時間が連続的か離散的か,蓄積するエビデンスが連続的か離散的か,ドリフト率が固定か変化するかなどによって分類することができる。ドリフト拡散モデルは,逐次サンプリングモデルの代表的なモデルであるが,モデルの設定においては複数あるモデルの1つの形式であると言える(代表的な逐次サンプリングモデルのモデル間の差異については,Ratcliff & Smith(2004)<ref><pubmed>15065913</pubmed></ref>を参照)。 | ||
[[Image:LBAの概要.png|thumb|420px|<b>図5.線形弾道蓄積モデルにおける反応と反応時間の生成過程</b>]]<br> | [[Image:LBAの概要.png|thumb|420px|<b>図5.線形弾道蓄積モデルにおける反応と反応時間の生成過程</b>]]<br> | ||
ドリフト拡散モデル以外の代表的な逐次サンプリングモデルとして,線形弾道蓄積モデル<ref><pubmed></pubmed></ref> | ドリフト拡散モデル以外の代表的な逐次サンプリングモデルとして,線形弾道蓄積モデル<ref><pubmed>18243170</pubmed></ref>がある。図5にあるように,線形弾道蓄積モデルは,ドリフト拡散モデルと類似しているが,エビデンスの蓄積の基準が絶対的なことと確率的ではない点が異なる。ドリフト拡散モデルでは,反応はエビデンス蓄積が上の境界と下の境界のどちらに到達するかで決まる相対的なものであった。一方,線形弾道蓄積モデルでは,それぞれの反応は独立してエビデンスの蓄積を行って,最終的に先に閾値(b)に到達した反応が出力される(図5の場合,先にbに到達した反応Aが出力される)。エビデンスの蓄積が始まる点を開始点(a)と呼び,選択肢で同一のこともあるが,異なることもある。開始点の位置の違いは,エビデンスの蓄積の前に存在する選択肢に対するバイアスとして解釈される。ドリフト拡散モデルと同様にエビデンスの蓄積の速さはドリフト率(<math>d</math>)が決めるが,蓄積過程は線形かつ非確率的である。各試行のドリフト率(<math>d</math>)は,平均<math>v</math>,標準偏差<math>s</math>の正規分布に従い,各試行の開始点(<math>a</math>)は,0から<math>A</math>(開始点の上限)の一様分布に従う。決定時間は,<math>(b-a)/d</math>で求めることができ,非決定時間 (<math>\tau</math>)は,全試行で一定とする。<math>a</math>と<math>d</math>は,推定するパラメータではなく,<math>v, b, A, s, \tau</math>が推定するパラメータになる。線形弾道蓄積モデルは,ドリフト拡散モデルよりも推定するパラメータが少なく,2選択肢以外の状況にも適用できるので,ドリフト拡散モデルと合わせて今後の活用が期待できる。 | ||
==モデルの拡張 (強化学習モデルとの統合)== | ==モデルの拡張 (強化学習モデルとの統合)== |
回編集