「視覚前野」の版間の差分

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===腹側視覚路===
===腹側視覚路===


 外側膝状体の大細胞系(M経路)と小細胞系(P経路)から同程度の入力を受け、さらに顆粒細胞系(K経路)由来の入力も受けて<ref><pubmed>1525550</pubmed></ref>、多様な刺激特徴に選択性を示す。V2(細い縞、淡い縞)からV4を介して側頭葉へ向い、輪郭線(形状)や面の特性(色、テクスチャ)による物体認識に関与するとされる。色情報はP経路を介して主に腹側視覚路に伝えられるが、V4ニューロンの約半数しか色選択性を示さない。高次の領野ほど潜時が遅い<ref name=refa />。傾きの変化(輪郭線の折れ曲がり(V2)、曲線(円弧、非カルテジアン図形(同心円、らせん、双曲線)、フーリエ図形)(V4))や、両眼視差の変化(受容野内外の相対視差(V2、V4)、3次元方向の線や平面の傾き(V3、V4))に選択性を示す。V1が輝度対比や色対比([[色覚]]を参照)に反応するのに対して、特定の色相や彩度(V2、V4)に選択性を示す。平面のテクスチャやパターン(V4)、自然画像に含まれる高次統計量(V2、V4)に選択性を示す。側頭葉(TEO、TE)への出力は、複雑な輪郭線の形状、物体表面の3元形状、手や顔のようなもっと複雑な刺激を表し、物体の認識や表象(意識に上らせること)に関与するとされる<ref><pubmed>6470767</pubmed></ref><ref><pubmed>1448150</pubmed></ref><ref name=ref83><pubmed>8201425</pubmed></ref><ref name=84><pubmed>16785255</pubmed></ref>。
 外側膝状体の大細胞系(M経路)と小細胞系(P経路)から同程度の入力を受け、さらに顆粒細胞系(K経路)由来の入力も受けて<ref><pubmed>1525550</pubmed></ref>、多様な刺激特徴に選択性を示す。V2(細い縞、淡い縞)からV4を介して側頭葉へ向い、輪郭線(形状)や面の特性(色、テクスチャ)による物体認識に関与するとされる。色情報はP経路を介して主に腹側視覚路に伝えられるが、V4ニューロンの約半数しか色選択性を示さない。高次の領野ほど潜時が遅い<ref name=refa />。傾きの変化(輪郭線の折れ曲がり(V2)、曲線(円弧、非カルテジアン図形(同心円、らせん、双曲線)、フーリエ図形)(V4))や、両眼視差の変化(受容野内外の相対視差(V2、V4)、3次元方向の線や平面の傾き(V3、V4))に選択性を示す。V1が輝度対比や色対比([[色覚]]を参照)に反応するのに対して、特定の色相や彩度(V2、V4)に選択性を示す。平面のテクスチャやパターン(V4)、自然画像に含まれる高次統計量(V2、V4)に選択性を示す。側頭葉(TEO、TE)への出力は、複雑な輪郭線の形状、物体表面の3元形状、手や顔のようなもっと複雑な刺激を表し、物体の認識や表象(意識に上らせること)に関与するとされる<ref><pubmed>6470767</pubmed></ref><ref><pubmed>1448150</pubmed></ref><ref name=ref83><pubmed>8201425</pubmed></ref><ref name=ref84><pubmed>16785255</pubmed></ref>。


==重層的なネットワークと視覚情報の修飾==
==重層的なネットワークと視覚情報の修飾==
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 視覚前野における視覚情報処理のプロセスや仕組みを解明するには、ニューロンや機能的領野の結合関係、視覚刺激とニューロンの反応特性と知覚判断の間の因果関係に加えて、背後にある計算理論の理解が必要である([[Marrの計算論]]を参照)。ニューロンが示す刺激選択性が形成される過程について様々な神経モデルが提案されている(詳細は[[wikipedia:ja:計算論的神経科学|計算論的神経科学]]を参照)。計算機技術の進歩に伴い大規模なモデルのフィッティングや学習によるパラメータの最適化と統計学的な解析が可能になってきたことから、近年はニューロンが示す反応を定量的に説明するモデル研究が増えている。また、ニューロンごとに最適されたモデルのパラメータを利用して、個々のニューロンの特性を求めることも行われている。
 視覚前野における視覚情報処理のプロセスや仕組みを解明するには、ニューロンや機能的領野の結合関係、視覚刺激とニューロンの反応特性と知覚判断の間の因果関係に加えて、背後にある計算理論の理解が必要である([[Marrの計算論]]を参照)。ニューロンが示す刺激選択性が形成される過程について様々な神経モデルが提案されている(詳細は[[wikipedia:ja:計算論的神経科学|計算論的神経科学]]を参照)。計算機技術の進歩に伴い大規模なモデルのフィッティングや学習によるパラメータの最適化と統計学的な解析が可能になってきたことから、近年はニューロンが示す反応を定量的に説明するモデル研究が増えている。また、ニューロンごとに最適されたモデルのパラメータを利用して、個々のニューロンの特性を求めることも行われている。


 V1ニューロンはある種の時空間フィルタと考えられ、ニューロンの反応と視覚入力の物理特性との関係を説明する数理モデルが提案されている([[視差エネルギーモデル]]を参照)。視覚前野のニューロンは複数の領野を経て視覚情報を受け取ることから、直接視覚刺激に含まれる刺激要素との関係に着目するのではなく、隣接する階層間での情報の集約の課程に焦点が当てることが多い。特定の刺激要素(線成分、色(輝度)成分、空間周波数成分)を組み合わせて人工的に合成した視覚刺激に対する反応については、個別の刺激要素に対するニューロンの反応ないしは隣接階層を模したモデルの出力を組み合わせて、反応選択性の再現を試みるものが多い。V1モデル(時空間フィルタ)の出力の線形加算によりV2<ref name=ref71><pubmed>21841776</pubmed></ref><ref name=refb><pubmed>11967544</pubmed></ref><ref name=refc />やV5/MT<ref><pubmed>8570605</pubmed></ref><ref><pubmed>17041595</pubmed></ref>のニューロンの反応選択性の形成過程をある程度は説明できることが示されている。またV4ニューロンが輪郭線の形状に対して示す選択的な反応が曲線要素(V2モデルの出力)の組み合わせにより説明されることが示されている<ref name=ref2><pubmed>11698538</pubmed></ref><ref><pubmed>12426571</pubmed></ref><ref><pubmed>17596412</pubmed></ref>。また、重層的ネットワークの性質として、修飾作用(受容野を横切る輪郭線の折れ曲がり、傾きの向きが異なる縞模様の組みあわせ、境界線を挟んだ図と地の向き対する反応)について、フィードバック投射や受容外から作用する興奮性/抑制性の修飾作用を取り入れたモデルが提案されている<ref name=refc><pubmed>21091803</pubmed></ref><ref><pubmed>16768360</pubmed></ref><ref><pubmed>8261126</pubmed></ref>。一方、近年は不特定多数の自然画像を視覚刺激として、ニューロン活動に関与する刺激要素を割り出すデータ駆動型の解析が盛んになっている。ドットパターン、テクスチャ、自然画像に特定の刺激要素を見いだすことは難しいが、いったん画像をV1モデルで処理し、その出力を合成した自然画像様の人工刺激に対する反応を比較することにより、視覚刺激に含まれる空間周波数成分の分布や高次統計量に選択性を示すニューロンがV2,V4にあることが示された<ref><pubmed>16987926</pubmed></ref><ref><pubmed>19778517</pubmed></ref>。
 V1ニューロンはある種の時空間フィルタと考えられ、ニューロンの反応と視覚入力の物理特性との関係を説明する数理モデルが提案されている([[視差エネルギーモデル]]を参照)。視覚前野のニューロンは複数の領野を経て視覚情報を受け取ることから、直接視覚刺激に含まれる刺激要素との関係に着目するのではなく、隣接する階層間での情報の集約の課程に焦点が当てることが多い。特定の刺激要素(線成分、色(輝度)成分、空間周波数成分)を組み合わせて人工的に合成した視覚刺激に対する反応については、個別の刺激要素に対するニューロンの反応ないしは隣接階層を模したモデルの出力を組み合わせて、反応選択性の再現を試みるものが多い。V1モデル(時空間フィルタ)の出力の線形加算によりV2<ref name=ref71><pubmed>21841776</pubmed></ref><ref name=refc />やV5/MT<ref><pubmed>8570605</pubmed></ref><ref><pubmed>17041595</pubmed></ref>のニューロンの反応選択性の形成過程をある程度は説明できることが示されている。またV4ニューロンが輪郭線の形状に対して示す選択的な反応が曲線要素(V2モデルの出力)の組み合わせにより説明されることが示されている<ref name=ref2><pubmed>11698538</pubmed></ref><ref><pubmed>12426571</pubmed></ref><ref><pubmed>17596412</pubmed></ref>。また、重層的ネットワークの性質として、修飾作用(受容野を横切る輪郭線の折れ曲がり、傾きの向きが異なる縞模様の組みあわせ、境界線を挟んだ図と地の向き対する反応)について、フィードバック投射や受容外から作用する興奮性/抑制性の修飾作用を取り入れたモデルが提案されている<ref name=refc><pubmed>21091803</pubmed></ref><ref><pubmed>16768360</pubmed></ref><ref><pubmed>8261126</pubmed></ref>。一方、近年は不特定多数の自然画像を視覚刺激として、ニューロン活動に関与する刺激要素を割り出すデータ駆動型の解析が盛んになっている。ドットパターン、テクスチャ、自然画像に特定の刺激要素を見いだすことは難しいが、いったん画像をV1モデルで処理し、その出力を合成した自然画像様の人工刺激に対する反応を比較することにより、視覚刺激に含まれる空間周波数成分の分布や高次統計量に選択性を示すニューロンがV2,V4にあることが示された<ref><pubmed>16987926</pubmed></ref><ref><pubmed>19778517</pubmed></ref>。


 近年、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の深層学習を利用した視覚情報処理技術の研究開発が著しく進歩している(詳細は[[wikipedia:ja:人工知能|人工知能]]を参照)。自然画像のカテゴリー分類においてヒトに匹敵する能力を持つニューラルネッワークモデルが登場しており、その中間層(隠れ層)のノードがV1ないしV4のような特性を持つことが示されている<ref><pubmed>30570484</pubmed></ref>。脳機能をそのまま再現するモデルではないが、視覚入力と知覚判断の間の情報処理の課程を構築するという点と、特定の刺激特徴に特化するのではなくより汎用的なモデルを構築するという点で、ネットワークのりバースエンジニアリングが視覚前野のメカニズム研究の手がかりとなることが期待される<ref><pubmed>29163117</pubmed></ref>。視覚前野のモデル研究においても、[[wikipedia:ja: ニューラルネットワーク|ニューラルネットワーク]]、スパース符号化(sparse coding)、[[wikipedia:ja:深層学習|深層学習]]によるモデルの学習などを基調とする階層的なネットワークモデルが多数提案されている<ref><pubmed>26203137</pubmed></ref><ref><pubmed>27140760</pubmed></ref><ref><pubmed>22114163</pubmed></ref><ref>'''H Lee, C Ekanadham, A Y Ng'''<br>Sparse deep belief net model for visual area V2.<br>''Advances Neural Information Processing Systems, Vol.20'' (J C Platt, D Koller, Y Singer, S T Roweis, eds. ,pp873-880,2008.</ref>。
 近年、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の深層学習を利用した視覚情報処理技術の研究開発が著しく進歩している(詳細は[[wikipedia:ja:人工知能|人工知能]]を参照)。自然画像のカテゴリー分類においてヒトに匹敵する能力を持つニューラルネッワークモデルが登場しており、その中間層(隠れ層)のノードがV1ないしV4のような特性を持つことが示されている<ref><pubmed>30570484</pubmed></ref>。脳機能をそのまま再現するモデルではないが、視覚入力と知覚判断の間の情報処理の課程を構築するという点と、特定の刺激特徴に特化するのではなくより汎用的なモデルを構築するという点で、ネットワークのりバースエンジニアリングが視覚前野のメカニズム研究の手がかりとなることが期待される<ref><pubmed>29163117</pubmed></ref>。視覚前野のモデル研究においても、[[wikipedia:ja: ニューラルネットワーク|ニューラルネットワーク]]、スパース符号化(sparse coding)、[[wikipedia:ja:深層学習|深層学習]]によるモデルの学習などを基調とする階層的なネットワークモデルが多数提案されている<ref><pubmed>26203137</pubmed></ref><ref><pubmed>27140760</pubmed></ref><ref><pubmed>22114163</pubmed></ref><ref>'''H Lee, C Ekanadham, A Y Ng'''<br>Sparse deep belief net model for visual area V2.<br>''Advances Neural Information Processing Systems, Vol.20'' (J C Platt, D Koller, Y Singer, S T Roweis, eds. ,pp873-880,2008.</ref>。
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 チトクローム酸化酵素(CO)により染色すると、太い縞(thick stripe)、細い縞(thin stripe)、淡い縞(inter stripe、pale stripe)の縞状の領域(COストライプ)に区分され、外側から内側へ淡―太―淡―細と縞領域が繰り返し分布する<ref><pubmed>7751939</pubmed></ref><ref><pubmed>12385630</pubmed></ref><ref><pubmed>12385631</pubmed></ref>。太い縞はV1(4b層)より大細胞系の入力を受け、V3、MTに投射するので、背側視覚路に属するとされている。太い縞のニューロンは運動方向、速度、両眼視差に選択性を示す。細い縞はV1(ブロブ)より入力を受けV4に投射するので、腹側視覚路に属するとされている。細い縞のニューロンは色相に選択性を示す。淡い縞はV1(2/3層のブロブ間)より小細胞系の入力を受け、V4に投射するので、腹側視覚路に属するとされている。淡い縞のニューロンは線の傾きに選択に反応し、エンドストップ抑制により端点を表す。Livingston以降、V2が3つの視覚経路(太い縞、細い縞、淡い縞)に分かれており、それぞれが色、形、運動の情報処理を分担するとされてきた<ref><pubmed>3283936</pubmed></ref>。しかし、Sincichらによれば①細い縞はV1の2/3層のブロブ以外に4a, 4b, 5/6層からも入力を受け、②太い縞と淡い縞は2/3層のブロブ間と4a,4b,5/6層から入力を受けて、線の傾きに選択性を示し、③太い縞と淡い縞の違いは出力先(V4、V5/MT)の違いであるという。従って、各縞が受け取る情報の差はそれほど明瞭でなく、V1のブロブとブロブ間に発する2つの経路に大別されるという<ref><pubmed>16022598</pubmed></ref>。また、太い縞の外側に隣接する淡い縞にはV1(4b層)からの入力があり太い縞と似た反応を示し、太い縞の内側に隣接する淡い縞と区別されることが示された<ref><pubmed>23843523</pubmed></ref>。
 チトクローム酸化酵素(CO)により染色すると、太い縞(thick stripe)、細い縞(thin stripe)、淡い縞(inter stripe、pale stripe)の縞状の領域(COストライプ)に区分され、外側から内側へ淡―太―淡―細と縞領域が繰り返し分布する<ref><pubmed>7751939</pubmed></ref><ref><pubmed>12385630</pubmed></ref><ref><pubmed>12385631</pubmed></ref>。太い縞はV1(4b層)より大細胞系の入力を受け、V3、MTに投射するので、背側視覚路に属するとされている。太い縞のニューロンは運動方向、速度、両眼視差に選択性を示す。細い縞はV1(ブロブ)より入力を受けV4に投射するので、腹側視覚路に属するとされている。細い縞のニューロンは色相に選択性を示す。淡い縞はV1(2/3層のブロブ間)より小細胞系の入力を受け、V4に投射するので、腹側視覚路に属するとされている。淡い縞のニューロンは線の傾きに選択に反応し、エンドストップ抑制により端点を表す。Livingston以降、V2が3つの視覚経路(太い縞、細い縞、淡い縞)に分かれており、それぞれが色、形、運動の情報処理を分担するとされてきた<ref><pubmed>3283936</pubmed></ref>。しかし、Sincichらによれば①細い縞はV1の2/3層のブロブ以外に4a, 4b, 5/6層からも入力を受け、②太い縞と淡い縞は2/3層のブロブ間と4a,4b,5/6層から入力を受けて、線の傾きに選択性を示し、③太い縞と淡い縞の違いは出力先(V4、V5/MT)の違いであるという。従って、各縞が受け取る情報の差はそれほど明瞭でなく、V1のブロブとブロブ間に発する2つの経路に大別されるという<ref><pubmed>16022598</pubmed></ref>。また、太い縞の外側に隣接する淡い縞にはV1(4b層)からの入力があり太い縞と似た反応を示し、太い縞の内側に隣接する淡い縞と区別されることが示された<ref><pubmed>23843523</pubmed></ref>。


 V2のニューロンはV1のニューロンよりも概して低い空間周波数成分によく反応する。大局的な情報(主観的輪郭線の傾き、輪郭線を挟んだ図と地の向き、逆相関ステレオグラム)、ドットパターンの面の奥行き段差が示す境界線の傾き<ref name=refb />、受容野を横切る輪郭線の折れ曲がり<ref><pubmed>10684908</pubmed></ref><ref><pubmed>15056711</pubmed></ref>、傾きや周波数成分の異なる縞模様の組み合わせ<ref><pubmed>20147538</pubmed></ref>に選択性を示すニューロンがある。
 V2のニューロンはV1のニューロンよりも概して低い空間周波数成分によく反応する。大局的な情報(主観的輪郭線の傾き、輪郭線を挟んだ図と地の向き、逆相関ステレオグラム)、ドットパターンの面の奥行き段差が示す境界線の傾き<ref name=refb><pubmed>11967544</pubmed></ref>、受容野を横切る輪郭線の折れ曲がり<ref><pubmed>10684908</pubmed></ref><ref><pubmed>15056711</pubmed></ref>、傾きや周波数成分の異なる縞模様の組み合わせ<ref><pubmed>20147538</pubmed></ref>に選択性を示すニューロンがある。


===V3野===
===V3野===
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