77
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
23行目: | 23行目: | ||
[[Image:視覚前野図4-2c.jpg|400px|thumb|350px|'''図2.マカカ属サルの大脳皮質の展開図(右半球)'''<br>大脳皮質の表面をのばして表示したもので、内側で切って上下に開いたように表示してある。右側が前頭葉(前側)、左側が後頭葉(後側)。橙色の部分が視覚前野、肌色がその他の視覚野を示す。(Felleman and Van Essen (1991)<ref name=ref4><pubmed>1822724</pubmed></ref> Fig.2を改変)]] | [[Image:視覚前野図4-2c.jpg|400px|thumb|350px|'''図2.マカカ属サルの大脳皮質の展開図(右半球)'''<br>大脳皮質の表面をのばして表示したもので、内側で切って上下に開いたように表示してある。右側が前頭葉(前側)、左側が後頭葉(後側)。橙色の部分が視覚前野、肌色がその他の視覚野を示す。(Felleman and Van Essen (1991)<ref name=ref4><pubmed>1822724</pubmed></ref> Fig.2を改変)]] | ||
V1と同様に、視覚前野のニューロンは(古典的)受容野内に呈示された視覚刺激が持つ刺激特性を抽出する。視覚刺激の位置情報は受容野の位置で表される。視覚前野の各領野は[[wikipedia:ja:レチノトピー|レチノトピー]](網膜部位の再現)の性質を示し(詳細は[[受容野]]を参照)、片半球の1つの領野が反対側の[[wikipedia:ja:視野|視野]]を映す一枚のトポグラフィックな視野地図を表す。受容野の位置が中心視野(fovea)から周辺視野に移るにつれて、受容野の大きさは大きくなる。領野内で中心視野を表す部分の面積は大きく、周辺視野に移るにつれて占有面積の割合が減少する(V6は除く)。マカカ属サルのV2、V3、V4はそれぞれV1の前方に帯状に広がり、大脳皮質の腹側の領域が反対側の視野の上半分(上視野)を表し、背側の領域が視野の下半分(下視野)を表し、その間の領域が中心視野を表す。領野の境界は視野の垂直子午線(vertical meridian)ないし水平子午線(horizontal meridian)を表す。垂直子午線付近のニューロンは脳梁を介して反対側の半球から入力を受け、両側の視野にまたがる受容野を持つ。V1、V2、V3、V4の中心視野領域は月状溝(lunate sulcus)の終端部付近に収束している。この付近では受容野が小さくその差違が明瞭でないので、領野の境界を正確に定めることが難しい。V3、V4の区分には諸説がある(後述。V3,V4の項を参照)。V5/MTは上側頭溝(superior temporal sulcus、STS)内部に、V6は頭頂後頭溝(parieto-occipital sulcus, PO)内部にあり、上視野と下視野が連続した一枚の視野地図を持つ。非侵襲的な計測法(fMRI)の開発により、視野地図のイメージングによるヒトの領野区分が進んだ。V1、V2、V5/MTのようなマカカ属サルと相同な領野(ホモログ)が同定されているが、V3、V4、V6等の高次領域については諸説ある(後述。V3、V4、V6の項を参照)。ヒトの高次領域では個体差が大きい。ネコやフェレットではV1、V2、V3をそのまま17野、18野、19野と呼ぶことが一般的である<ref><pubmed>8439738</pubmed></ref><ref><pubmed>11884357</pubmed></ref>。ネコやフェレットの高次領域の区分は確立されていない。サルの視覚前野がV1から主な入力を受けるのに対して、ネコやフェレットでは、[[wikipedia:ja:外側膝状体|外側膝状体]]から17野、18野、19野に並行な投射が存在する<ref><pubmed>231475</pubmed></ref>。マウスやラットの大脳皮質にもV1より高次の視覚領域が複数存在することが知られているが、個別の領野として確立されるには至っていない<ref><pubmed>1184785</pubmed></ref><ref><pubmed>661689</pubmed></ref><ref><pubmed>6776164</pubmed></ref><ref><pubmed>2358036</pubmed></ref><ref><pubmed>7690066</pubmed></ref><ref><pubmed>8335065</pubmed></ref><ref><pubmed>17366604</pubmed></ref>。 | |||
==階層的なネットワークと視覚情報の中間処理== | ==階層的なネットワークと視覚情報の中間処理== | ||
視覚前野の機能的な領野は階層的な結合関係を持ち、V1と高次視覚野(側頭葉、後頭頂葉)の間で、視覚情報の中間処理を行う。領野間のフィードフォワード投射に着目すると視覚情報の流れを階層的なネットワークの枠組みで捉えることができる。V1ニューロンは、その受容野内に呈示される局所的な刺激特徴(色(輝度)、線の傾き、両眼視差による奥行、運動方向)とその位置の情報(受容野の位置)を視覚前野に伝える。視覚前野の階層を上がるにつれて受容野のサイズが大きくなり、より広範囲の視野に含まれる刺激要素や刺激特徴の情報を取捨選択して統合する。より複雑な刺激特徴を抽出するとともに、視野情報から知覚情報への変換課程の一端を担う。ただし、領野間の変化は過渡的なものであり、階層を上がる度に領野の性質が変化するというよりは、複雑な刺激特徴に選択的に反応するニューロンの割合が徐々に増えていくという見方の方が正確である。一方、刺激要素の位置情報やレチノトピーの性質は徐々に失われる。またV2やV4ではCOストライプやグロブ(後述。V2、V4の項を参照)ごとに局所的な視野地図の繰り返しが生じている。視覚情報の流れは主に背側視覚路と腹側視覚路とに分かれる<ref>'''L G Ungerleider, M Mishkin'''<br>Two cortical visual systems.<br>''Analysis of Visual Behavior'' (D J Ingle, M A Goodale, R J W Masfield, eds.), MIT Press, Cambridge, MA, 1982.</ref><ref><pubmed>2471327</pubmed></ref><ref><pubmed>1965642</pubmed></ref><ref><pubmed>1702462</pubmed></ref><ref><pubmed>1734518</pubmed></ref><ref><pubmed>8038571</pubmed></ref>(詳細は[[視覚経路]]、[[受容野]]を参照)。同一視野の情報が複数の領野で分散並列処理されており、外側膝状体やV1と異なり、視覚前野のある領野が局所的に損傷されても視野に欠損(暗点)は生じない。 | |||
===背側視覚路=== | ===背側視覚路=== | ||
39行目: | 39行目: | ||
==重層的なネットワークと視覚情報の修飾== | ==重層的なネットワークと視覚情報の修飾== | ||
視覚前野には階層的なネットワークの枠組みだけでは説明できない情報の流れが存在する。フィードフォワード投射以外にも、領野内の水平結合や領野間のフィードバック投射の寄与が大きく、背側と腹側の視覚路間にも結合が存在する。そのために視覚経路に沿った大まかな視覚情報の流れとともに、ネットワーク内で視覚情報が収束、拡散、周回を繰り返している。視覚前野のニューロンには、受容野外に呈示される視覚情報による修飾作用を強く受けるもの、視覚刺激の全体が表す大局的な“見え”に選択性を示すニューロンがある。また、注意と予測(後述)や真の運動検出(後述)のように非視覚情報による修飾作用を強く受けるものがある。修飾作用をもたらす情報の入力経路をはじめとして、このような重層的なネットワークのメカニズムはまだよく分っていない。 | |||
===フィードバック投射による修飾=== | ===フィードバック投射による修飾=== | ||
73行目: | 73行目: | ||
==知覚の神経メカニズム== | ==知覚の神経メカニズム== | ||
視覚前野の領野が特定の刺激特性に関与することから、視覚前野にも知覚判断の中枢として機能する領野が存在することが期待された。運動からの構造の知覚(後述)において知覚される運動方向の変化に合わせてV5/MTのニューロンの反応が変化することと、ドットパターンの運動方向の知覚(後述)において以下の条件を満たすことから、V5/ | 視覚前野の領野が特定の刺激特性に関与することから、視覚前野にも知覚判断の中枢として機能する領野が存在することが期待された。運動からの構造の知覚(後述)において知覚される運動方向の変化に合わせてV5/MTのニューロンの反応が変化することと、ドットパターンの運動方向の知覚(後述)において以下の条件を満たすことから、V5/MTのニューロンがそうした視覚中枢の一つであるとされる。しかし、V5/MT以外の領野では、ニューロン活動と個体の知覚判断との因果関係を明らかにする試みはあまり成功していない。 | ||
一群のニューロンが特定の視知覚の神経メカニズム(神経相関、neural correlates)であることの根拠として、サルなどの動物を強制選択課題で訓練し、課題遂行中に電気活動を記録して、①ニューロンの反応選択性が知覚判断に必要な情報を十分に表すこと、②試行ごとに動物の知覚判断とニューロンの反応強度の間に相関関係が存在すること、③ある領野を局所的に破壊、麻痺、電気刺激することにより動物の知覚判断を操作できること、④曖昧な視覚刺激に対する試行ごとの知覚判断の変動がニューロンの反応強度の変動と相関すること、⑤知覚判断の表示方法(動作)と無関係であること、などを示す必要がある<ref name=ref11><pubmed>1464765</pubmed></ref><ref name=ref12><pubmed>1607944</pubmed></ref><ref name=ref13><pubmed>3385495</pubmed></ref>。V5/ | 一群のニューロンが特定の視知覚の神経メカニズム(神経相関、neural correlates)であることの根拠として、サルなどの動物を強制選択課題で訓練し、課題遂行中に電気活動を記録して、①ニューロンの反応選択性が知覚判断に必要な情報を十分に表すこと、②試行ごとに動物の知覚判断とニューロンの反応強度の間に相関関係が存在すること、③ある領野を局所的に破壊、麻痺、電気刺激することにより動物の知覚判断を操作できること、④曖昧な視覚刺激に対する試行ごとの知覚判断の変動がニューロンの反応強度の変動と相関すること、⑤知覚判断の表示方法(動作)と無関係であること、などを示す必要がある<ref name=ref11><pubmed>1464765</pubmed></ref><ref name=ref12><pubmed>1607944</pubmed></ref><ref name=ref13><pubmed>3385495</pubmed></ref>。V5/MTでは①領野内の大多数のニューロンが運動方向や両眼視差に選択性を示し、領野として特定の機能に特化していた、②運動方向や奥行に対する選択性が等しいニューロンがコラム状の狭い領域に集中しており、それらの操作が容易であった、③結果的に知覚判断が比較的小数のニューロンの活動に依存していたことが、因果関係を検証する際の利点となったと考えられる。 | ||
運動からの構造の知覚(structure from motion)<ref><pubmed>9565031</pubmed></ref> 垂直に立てた透明な円筒の表面にドットパターンを貼り付ける。この円筒を回転させた時に生じる各点の左右の動きを平面なスクリーンに呈示すると、回転する円筒が知覚される。両眼視差の情報がないので、画像からは円筒の前面の点が左右どちら方向に動くかは分からず、知覚される円筒の回転方向は不定期に変化する。知覚される回転方向の変化に合わせて反応強度が変化するニューロンがV5/MTで見つかった。 | 運動からの構造の知覚(structure from motion)<ref><pubmed>9565031</pubmed></ref> 垂直に立てた透明な円筒の表面にドットパターンを貼り付ける。この円筒を回転させた時に生じる各点の左右の動きを平面なスクリーンに呈示すると、回転する円筒が知覚される。両眼視差の情報がないので、画像からは円筒の前面の点が左右どちら方向に動くかは分からず、知覚される円筒の回転方向は不定期に変化する。知覚される回転方向の変化に合わせて反応強度が変化するニューロンがV5/MTで見つかった。 | ||
83行目: | 83行目: | ||
==視覚情報処理のメカニズム== | ==視覚情報処理のメカニズム== | ||
視覚前野における視覚情報処理のプロセスやメカニズムを解明するには、ニューロンや機能的領野の結合関係、視覚刺激とニューロンの反応特性と知覚判断の間の因果関係に加えて、背後にある計算理論の理解する必要である([[Marrの計算論]]を参照)。V1ニューロンはある種の時空間フィルタ([[受容野]][[視差エネルギーモデル]]を参照)と考えられるが、視覚前野のニューロンは複数の領野を経て視覚情報を受け取ることから、V1、V2からの入力からどのようにV2,V4,V5/MTの刺激選択性が形成されるのかがモデル研究のテーマとなる。輪郭線の形状、面の特性、運動パターンの検出、さらには反応選択性の不変性(位置、サイズ、手がかり刺激)、様々な修飾作用を説明する様々な神経モデルが提案されている(詳細は[[wikipedia:ja:計算論的神経科学|計算論的神経科学]]を参照)。計算機技術の進歩に伴い大規模なモデルのフィッティングや学習によるパラメータの最適化と統計学的な解析が可能になり、ニューロンが示す反応を定量的に説明するモデル研究が盛んになった。階層的ネットワークの特定の刺激要素(線成分、色(輝度)成分、運動成分、空間周波数成分)をもとに合成した視覚刺激に対する反応については、神経モデルにおいても刺激要素の組み合わせをベースにしたモデル研究が多い。例えば輪郭線の表現であれば、傾き、長さ、位置で表される線分(パーツ)を用意し、複数のパーツを組み合わせて輪郭線を表現すると考える。そこで実際の入力の代わりに、パーツ単体に対するニューロンの反応、ないしはパーツを表す入力(例えば線の傾きと位置を表すV1モデル)をもとに輪郭線に対する反応を計算するモデルを考える。あとは個々のニューロンの反応選択性にあわせて、モデルのパラメータを最適化する(V2<pubmed>21841776</pubmed></ref><ref name=refc />、V4<ref name=ref2><pubmed>11698538</pubmed></ref><ref><pubmed>12426571</pubmed></ref><ref><pubmed>17596412</pubmed></ref>、V5/MT<ref><pubmed>8570605</pubmed></ref><ref><pubmed>17041595</pubmed></ref>。一方、不特定多数の自然画像を視覚刺激として、ニューロン活動に関与する刺激要素を割り出すデータ駆動型の解析も盛んになっている。ドットパターン、テクスチャ、自然画像に特定の刺激要素を見いだすことは難しいが、いったん画像データをV1モデルで処理し、その出力を合成した自然画像様の人工刺激に対する反応を比較することにより、視覚刺激に含まれる空間周波数成分の分布や高次統計量に選択性を示すニューロンがV2,V4にあることが示された<ref><pubmed>16987926</pubmed></ref><ref><pubmed>19778517</pubmed></ref><ref name=ref91><pubmed>21841776</pubmed></ref><ref name=ref92><pubmed>23685719</pubmed></ref><ref name=ref93><pubmed>25535362</pubmed></ref>。また、重層的ネットワークの性質として、フィードバック投射や受容外から作用する興奮性/抑制性の修飾作用を取り入れたモデルが提案されているV2<ref name=ref71><ref name=refc><pubmed>21091803</pubmed></ref><ref><pubmed>16768360</pubmed></ref><ref><pubmed>8261126</pubmed></ref>。 | |||
近年、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の深層学習を利用した視覚情報処理技術の研究開発が著しく進歩している(詳細は[[wikipedia:ja:人工知能|人工知能]]を参照)。自然画像のカテゴリー分類においてヒトに匹敵する能力を持つニューラルネッワークモデルが登場しており、その中間層(隠れ層)のノードがV1ないしV4のような特性を持つことが示されている<ref><pubmed>30570484</pubmed></ref>。脳機能をそのまま再現するモデルではないが、ネットワークのりバースエンジニアリングが視覚前野のメカニズム研究の手がかりとなることが期待される<ref><pubmed>29163117</pubmed></ref>。視覚前野のモデル研究においても、[[wikipedia:ja: ニューラルネットワーク|ニューラルネットワーク]]、スパース符号化(sparse coding)、[[wikipedia:ja:深層学習|深層学習]]によるモデルの学習の考え方をとりいれた階層的なネットワークモデルが提案されている<ref><pubmed>26203137</pubmed></ref><ref><pubmed>27140760</pubmed></ref><ref><pubmed>22114163</pubmed></ref><ref>'''H Lee, C Ekanadham, A Y Ng'''<br>Sparse deep belief net model for visual area V2.<br>''Advances Neural Information Processing Systems, Vol.20'' (J C Platt, D Koller, Y Singer, S T Roweis, eds. ,pp873-880,2008.</ref>。 | |||
近年、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の深層学習を利用した視覚情報処理技術の研究開発が著しく進歩している(詳細は[[wikipedia:ja:人工知能|人工知能]]を参照)。自然画像のカテゴリー分類においてヒトに匹敵する能力を持つニューラルネッワークモデルが登場しており、その中間層(隠れ層)のノードがV1ないしV4のような特性を持つことが示されている<ref><pubmed>30570484</pubmed></ref> | |||
==各領野の解剖学的特徴とその機能== | ==各領野の解剖学的特徴とその機能== |
回編集