「イノシトール1,4,5-三リン酸」の版間の差分

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 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルや、NMDA型グルタミン酸受容体のようなリガンド開口性Ca<sup>2+</sup>透過チャネル(ligand-gated Ca<sup>2+</sup> permeable channel)などによる細胞外からのCa<sup>2+</sup>流入(Ca<sup>2+</sup> influx)では、細胞膜のチャネルポア付近を起点としてCa<sup>2+</sup>濃度勾配の局所性が生じ、またCa<sup>2+</sup>スパイク(Ca<sup>2+</sup> spike)などの動態が見られたりする。一方、IP<sub>3</sub>によって誘導される細胞内からのCa<sup>2+</sup>放出(Ca<sup>2+</sup> release)では、細胞体から神経突起やスパインなどへも連なるCa<sup>2+</sup>ストア(sER)のネットワーク上にIP<sub>3</sub>Rが異なった密度で局在するため、局在部を起点としたCa<sup>2+</sup>濃度の勾配と局所性が生じる。IP<sub>3</sub>Rのチャネル開口にはIP<sub>3</sub>と共にCa<sup>2+</sup>もコアゴニスト(co-agonist)として必要である。
 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルや、NMDA型グルタミン酸受容体のようなリガンド開口性Ca<sup>2+</sup>透過チャネル(ligand-gated Ca<sup>2+</sup> permeable channel)などによる細胞外からのCa<sup>2+</sup>流入(Ca<sup>2+</sup> influx)では、細胞膜のチャネルポア付近を起点としてCa<sup>2+</sup>濃度勾配の局所性が生じ、またCa<sup>2+</sup>スパイク(Ca<sup>2+</sup> spike)などの動態が見られたりする。一方、IP<sub>3</sub>によって誘導される細胞内からのCa<sup>2+</sup>放出(Ca<sup>2+</sup> release)では、細胞体から神経突起やスパインなどへも連なるCa<sup>2+</sup>ストア(sER)のネットワーク上にIP<sub>3</sub>Rが異なった密度で局在するため、局在部を起点としたCa<sup>2+</sup>濃度の勾配と局所性が生じる。IP<sub>3</sub>Rのチャネル開口にはIP<sub>3</sub>と共にCa<sup>2+</sup>もコアゴニスト(co-agonist)として必要である。


 一定のIP<sub>3</sub>濃度([IP<sub>3</sub>])下で、IICRにより上昇した[Ca<sup>2+</sup>]iが至適濃度域(~200 nM)では正に(RyRのようなCICRモードで活性化)、高濃度域(>200 nM)では逆に負にフィードバック調節をする<ref name=Bezprozvanny1991><pubmed>1648178</pubmed></ref><ref name=Iino1990><pubmed>2373998</pubmed></ref><ref name=Parker1990><pubmed>2296584</pubmed></ref> (図4)。この放出Ca<sup>2+</sup>による二相性の調節も、IICRによる多彩なCa<sup>2+</sup>動態に関係している(負の調節はCa<sup>2+</sup>/CaMがIP<sub>3</sub>Rに結合しチャネル活性を阻害することによる<ref name=Michikawa1999><pubmed>10482245</pubmed></ref> )。ストア上のIP<sub>3</sub>R/Ca<sup>2+</sup>放出チャネル(4量体の複合体)は、単独あるいは数個~10数個のクラスターで分布する(クラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネル数は細胞によって異なる)。細胞の種類やニューロンの細胞区画によって多様性はあるであろうが、一般的な動物細胞ではクラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネルは主に細胞膜近傍のストアにアンカーされて動かない定常状態で(核周辺との報告もある)、この他にIP<sub>3</sub>Rチャネルはクラスター化せずに広く細胞質内のストアに動的な状態で点在しているとの考えがある<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。個々のIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きるIICRの要素的な現象をCa<sup>2+</sup>パフ(Ca<sup>2+</sup> puff)と呼ぶ(図4)(RyRによる類似した要素的な現象に心筋細胞で見られるCa<sup>2+</sup>スパーク[Ca<sup>2+</sup> spark]がある)。低[IP<sub>3</sub>]域では、単独あるいはクラスター中の一部のIP<sub>3</sub>Rチャネルが確率論的にIICRを起こし、この現象はCa<sup>2+</sup>ブリップ(Ca<sup>2+</sup> blip)と呼ぶ。中程度 [IP<sub>3</sub>]域では、クラスターを構成するIP<sub>3</sub>Rチャネルの同調した活性化によって、Ca<sup>2+</sup>ブリップより大きいCa<sup>2+</sup>パフが起きる(細胞と刺激の種類によるが、ヒスタミン処理したHeLa細胞では、ブリップのCa<sup>2+</sup>増幅が~30 nM、寿命が<0.5 s、拡散範囲が<2 mに対し、パフはそれぞれ~170 nM、~1 s、~4-7 &micro;mと大きい<ref name=Bootman1997><pubmed>9080361</pubmed></ref> )。上昇した[Ca<sup>2+</sup>]i域にある近傍IP<sub>3</sub>Rは、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御によってCICRモードとなり、さらなる[Ca<sup>2+</sup>]iの上昇につながる。高[IP<sub>3</sub>]域では、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御がさらに近位から遠位へと段階的に伝播し、細胞内に広がるストアネットワーク上のIP<sub>3</sub>Rチャネルが連続的にCICRモードとなることで(また、低[IP<sub>3</sub>]では不活性状態(silent)のIP<sub>3</sub>Rが、高[IP<sub>3</sub>]で活性化すると示唆されている)、グローバルなCa<sup>2+</sup>波(Ca<sup>2+</sup> wave)などの複雑なCa<sup>2+</sup>動態が生み出されるモデルが提唱されている<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> 。
 一定のIP<sub>3</sub>濃度([IP<sub>3</sub>])下で、IICRにより上昇した[Ca<sup>2+</sup>]iが至適濃度域(~200 nM)では正に(RyRのようなCICRモードで活性化)、高濃度域(>200 nM)では逆に負にフィードバック調節をする<ref name=Bezprozvanny1991><pubmed>1648178</pubmed></ref><ref name=Iino1990><pubmed>2373998</pubmed></ref><ref name=Parker1990><pubmed>2296584</pubmed></ref> (図4)。この放出Ca<sup>2+</sup>による二相性の調節も、IICRによる多彩なCa<sup>2+</sup>動態に関係している(負の調節はCa<sup>2+</sup>/CaMがIP<sub>3</sub>Rに結合しチャネル活性を阻害することによる<ref name=Michikawa1999><pubmed>10482245</pubmed></ref> )。ストア上のIP<sub>3</sub>R/Ca<sup>2+</sup>放出チャネル(4量体の複合体)は、単独あるいは数個~10数個のクラスターで分布する(クラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネル数は細胞によって異なる)。細胞の種類やニューロンの細胞区画によって多様性はあるであろうが、一般的な動物細胞ではクラスターのIP<sub>3</sub>Rチャネルは主に細胞膜近傍のストアにアンカーされて動かない定常状態で(核周辺との報告もある)、この他にIP<sub>3</sub>Rチャネルはクラスター化せずに広く細胞質内のストアに動的な状態で点在しているとの考えがある<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。個々のIP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター単位で起きるIICRの要素的な現象をCa<sup>2+</sup>パフ(Ca<sup>2+</sup> puff)と呼ぶ(図4)(RyRによる類似した要素的な現象に心筋細胞で見られるCa<sup>2+</sup>スパーク[Ca<sup>2+</sup> spark]がある)。低[IP<sub>3</sub>]域では、単独あるいはクラスター中の一部のIP<sub>3</sub>Rチャネルが確率論的にIICRを起こし、この現象はCa<sup>2+</sup>ブリップ(Ca<sup>2+</sup> blip)と呼ぶ。中程度 [IP<sub>3</sub>]域では、クラスターを構成するIP<sub>3</sub>Rチャネルの同調した活性化によって、Ca<sup>2+</sup>ブリップより大きいCa<sup>2+</sup>パフが起きる(細胞と刺激の種類によるが、ヒスタミン処理したHeLa細胞では、ブリップのCa<sup>2+</sup>増幅が~30 nM、寿命が<0.5 s、拡散範囲が<2 &micro;mに対し、パフはそれぞれ~170 nM、~1 s、~4-7 &micro;mと大きい<ref name=Bootman1997><pubmed>9080361</pubmed></ref> )。上昇した[Ca<sup>2+</sup>]i域にある近傍IP<sub>3</sub>Rは、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御によってCICRモードとなり、さらなる[Ca<sup>2+</sup>]iの上昇につながる。高[IP<sub>3</sub>]域では、放出Ca<sup>2+</sup>による正の制御がさらに近位から遠位へと段階的に伝播し、細胞内に広がるストアネットワーク上のIP<sub>3</sub>Rチャネルが連続的にCICRモードとなることで(また、低[IP<sub>3</sub>]では不活性状態(silent)のIP<sub>3</sub>Rが、高[IP<sub>3</sub>]で活性化すると示唆されている)、グローバルなCa<sup>2+</sup>波(Ca<sup>2+</sup> wave)などの複雑なCa<sup>2+</sup>動態が生み出されるモデルが提唱されている<ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> 。


 このようにIICRは、要素的なCa<sup>2+</sup>ブリップそしてCa<sup>2+</sup>パフから、さらにグローバルなCa<sup>2+</sup>波までの階層的な事象のシグナル伝達から構成され、細胞によっては、Ca<sup>2+</sup>振動(Ca<sup>2+</sup> oscillation)やCa<sup>2+</sup>スパイラル(Ca<sup>2+</sup> spiral)などの時空間的に多彩な動態が観察される<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1991><pubmed>1686093</pubmed></ref> 。
 このようにIICRは、要素的なCa<sup>2+</sup>ブリップそしてCa<sup>2+</sup>パフから、さらにグローバルなCa<sup>2+</sup>波までの階層的な事象のシグナル伝達から構成され、細胞によっては、Ca<sup>2+</sup>振動(Ca<sup>2+</sup> oscillation)やCa<sup>2+</sup>スパイラル(Ca<sup>2+</sup> spiral)などの時空間的に多彩な動態が観察される<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1991><pubmed>1686093</pubmed></ref> 。