「むずむず脚症候群」の版間の差分

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英:Restless legs syndrome
英:Restless legs syndrome


 
同義語:下肢静止不能症候群、周期性四肢運動障害、エクボム症候群<br>
同義語:下肢静止不能症候群、周期性四肢運動障害、エクボム症候群
periodic limb movements disorder
/ periodic limb movements disorder
{{box|text= むずむず脚症候群は、夜間の下肢の運動促迫を主症状とする疾患で、これに加えて睡眠中に生じる反復性の下肢の不随意運動(周期性四肢運動)を高頻度に随伴するため、強度の不眠、抑うつ・不安症状、心血管系合併症をきたす可能性がある。本症候群は症候性(二次性)と特発性に分類され、前者に関して、末期腎不全やパーキンソン病患者、妊娠中の女性で有病率が一般人口の数倍に達することが知られている。後者に関しては、いくつかの遺伝学的特性、中枢ドパミン系神経の機能異常、鉄欠乏などが、その病態生理に関与している可能性が推測されている。むずむず脚症候群の治療においては、ドパミン受容体作動薬の効果が最も優れているが、長期連用下で治療前より症状が悪化するaugmentationという現象をきたす可能性があるため、その使用には慎重を期する必要がある。これに代わって、近年では中枢神経の興奮を抑制するα2δリガンドのむずむず脚症候群治療における重要性がクローズアップされており、さらに鉄剤による治療の可能性も検討されている。}}
 
{{box|test= むずむず脚症候群は、夜間の下肢の運動促迫を主症状とする疾患で、これに加えて睡眠中に生じる反復性の下肢の不随意運動(周期性四肢運動)を高頻度に随伴するため、強度の不眠、抑うつ・不安症状、心血管系合併症をきたす可能性がある。本症候群は症候性(二次性)と特発性に分類され、前者に関して、末期腎不全やパーキンソン病患者、妊娠中の女性で有病率が一般人口の数倍に達することが知られている。後者に関しては、いくつかの遺伝学的特性、中枢ドパミン系神経の機能異常、鉄欠乏などが、その病態生理に関与している可能性が推測されている。むずむず脚症候群の治療においては、ドパミン受容体作動薬の効果が最も優れているが、長期連用下で治療前より症状が悪化するaugmentationという現象をきたす可能性があるため、その使用には慎重を期する必要がある。これに代わって、近年では中枢神経の興奮を抑制するα2δリガンドのむずむず脚症候群治療における重要性がクローズアップされており、さらに鉄剤による治療の可能性も検討されている。


==むずむず脚症候群とは==
==むずむず脚症候群とは==
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 プラミペキソールの主な副作用として、[[嘔気]]、[[傾眠]]、[[頭痛]]、胃部不快感(6.9%)、さらに、高用量を服用した場合には、前兆なく突然眠りに落ちてしまう[[突発的睡眠]]や[[衝動制御障害]]の報告があるので、これらに対する注意が必要である37),38) <ref name=Inoue2010><pubmed>20451927</pubmed></ref><ref name=Mierau1992><pubmed>1356788</pubmed></ref> 。また、プラミペキソールは未変化体が腎排出性のため、重度の腎障害患者への投与は原則禁忌である。他方ロチゴチンは、肝排泄性のため、腎機能への配慮は必要ないものの、貼付部位の発赤・かゆみに中止すべきである。
 プラミペキソールの主な副作用として、[[嘔気]]、[[傾眠]]、[[頭痛]]、胃部不快感(6.9%)、さらに、高用量を服用した場合には、前兆なく突然眠りに落ちてしまう[[突発的睡眠]]や[[衝動制御障害]]の報告があるので、これらに対する注意が必要である37),38) <ref name=Inoue2010><pubmed>20451927</pubmed></ref><ref name=Mierau1992><pubmed>1356788</pubmed></ref> 。また、プラミペキソールは未変化体が腎排出性のため、重度の腎障害患者への投与は原則禁忌である。他方ロチゴチンは、肝排泄性のため、腎機能への配慮は必要ないものの、貼付部位の発赤・かゆみに中止すべきである。


 ドパミン受容体作動薬によるむずむず脚症候群治療において、もっとも注意すべきなのは、長期服用下でむずむず脚症候群症状の発現が2時間以上早まり、症状の増悪、ならびに症状発現部位が拡大する[[症状促進現象]] (augmentation)を生じる危険性がある点である39) <ref name=Garcia-Borreguero2016><pubmed>27448465</pubmed></ref> 。表2に症状促進現象の診断基準を記す40) <ref name=Garcia-Borreguero2007><pubmed>17544323</pubmed></ref> 。
 ドパミン受容体作動薬によるむずむず脚症候群治療において、もっとも注意すべきなのは、長期服用下でむずむず脚症候群症状の発現が2時間以上早まり、症状の増悪、ならびに症状発現部位が拡大する[[症状促進現象]] (augmentation)を生じる危険性がある点である39) <ref name=Garcia-Borreguero2016><pubmed>27448465</pubmed></ref> 。表2に症状促進現象の診断基準を記す40) <ref name=Garcia-Borreguero2007a><pubmed>17544323</pubmed></ref> 。


 その発現メカニズムとして、ドパミン作動薬投与によるシナプス後膜のD2受容体のdown regulation、短時間作用のドパミン作動薬での血中濃度の変動性、ドパミン神経活動の[[概日リズム|概日変動]]などが考えられている41,42,43) <ref name=Garcia-Borreguero2007><pubmed>17580331</pubmed></ref><ref name=Paulus2006><pubmed>16987735</pubmed></ref><ref name=Takahashi2017><pubmed>28264052</pubmed></ref> が、症状促進現象の動物モデルが作成されていないためか、その病態は確定されていない。症状促進現象は治療を阻害する重要な副作用であり、プラミペキソールではその発現頻度は8~56%と報告されており44) <ref name=Trenkwalder2008><pubmed>17921065</pubmed></ref> 、日本人患者においては本剤の投与量が多いこと(0.375㎎/日以上)がその発現リスク上昇と関連していると考えられている43))<ref name=Takahashi2017><pubmed>28264052</pubmed></ref> 。安易にドパミン作動薬の用量を増加させることは症状促進現象発現リスクを高めるので、慎重を期するべきである44) <ref name=Trenkwalder2008><pubmed>17921065</pubmed></ref> 。症状の発現時刻を考慮して、一日量は増やさず、分割投与や服用時刻を前進させるといった対応を行うのも一法である45) <ref name=Inoue2010><pubmed>19962941</pubmed></ref> 。また、症状促進現象を生じる症例では血清フェリチン値が比較的低水準にあるという報告もあり、これも治療管理上の注意点になるだろう。
 その発現メカニズムとして、ドパミン作動薬投与によるシナプス後膜のD2受容体のdown regulation、短時間作用のドパミン作動薬での血中濃度の変動性、ドパミン神経活動の[[概日リズム|概日変動]]などが考えられている41,42,43) <ref name=Garcia-Borreguero2007><pubmed>17580331</pubmed></ref><ref name=Paulus2006><pubmed>16987735</pubmed></ref><ref name=Takahashi2017><pubmed>28264052</pubmed></ref> が、症状促進現象の動物モデルが作成されていないためか、その病態は確定されていない。症状促進現象は治療を阻害する重要な副作用であり、プラミペキソールではその発現頻度は8~56%と報告されており44) <ref name=Trenkwalder2008><pubmed>17921065</pubmed></ref> 、日本人患者においては本剤の投与量が多いこと(0.375㎎/日以上)がその発現リスク上昇と関連していると考えられている43))<ref name=Takahashi2017><pubmed>28264052</pubmed></ref> 。安易にドパミン作動薬の用量を増加させることは症状促進現象発現リスクを高めるので、慎重を期するべきである44) <ref name=Trenkwalder2008><pubmed>17921065</pubmed></ref> 。症状の発現時刻を考慮して、一日量は増やさず、分割投与や服用時刻を前進させるといった対応を行うのも一法である45) <ref name=Inoue2010b><pubmed>19962941</pubmed></ref> 。また、症状促進現象を生じる症例では血清フェリチン値が比較的低水準にあるという報告もあり、これも治療管理上の注意点になるだろう。


 半減期の長いロチゴチンは、プラミペキソールに比べて症状促進現象をきたすリスクは明らかに低いが46) <ref name=Winkelmann2018><pubmed>29756335</pubmed></ref> 、用量が多いと発現リスクは上昇していくので注意すべきである。
 半減期の長いロチゴチンは、プラミペキソールに比べて症状促進現象をきたすリスクは明らかに低いが46) <ref name=Winkelmann2018><pubmed>29756335</pubmed></ref> 、用量が多いと発現リスクは上昇していくので注意すべきである。


===α2δリガンド===
===α2δリガンド===
 興奮性神経終末において、[[電位依存性カルシウムチャネル]]の[[α2δサブユニット]]に結合し、[[興奮性神経伝達物質]]の遊離を抑制し、GABA系の活動を上昇させる。当初、α2δリガンドの中で、[[ガバペンチン]]のむずむず脚症候群に対する有効性がMellickら47) <ref name=Mellick1996><pubmed>8723380</pubmed></ref> により報告されたが、半減期や生体利用効率の問題を考慮してガバペンチンのプロドラッグである[[ガバペンチンエナカルビル]](Gabapentin enacarbil; GEn)や[[プレガバリン]](日本では保険適応外)が治療に導入されている48)49)<ref name=Allen2014><pubmed>24521108</pubmed></ref><ref name=Inoue2013><pubmed>23121149</pubmed></ref> 。
 興奮性神経終末において、[[電位依存性カルシウムチャネル]]の[[α2δサブユニット]]に結合し、[[興奮性神経伝達物質]]の遊離を抑制し、GABA系の活動を上昇させる。当初、α2δリガンドの中で、[[ガバペンチン]]のむずむず脚症候群に対する有効性がMellickら47) <ref name=Mellick1996><pubmed>8723380</pubmed></ref> により報告されたが、半減期や生体利用効率の問題を考慮してガバペンチンのプロドラッグである[[ガバペンチンエナカルビル]](Gabapentin enacarbil; GEn)や[[プレガバリン]](日本では保険適応外)が治療に導入されている48)49)<ref name=Allen2014b><pubmed>24521108</pubmed></ref><ref name=Inoue2013><pubmed>23121149</pubmed></ref> 。


 この群の薬剤使用下では、眠気・めまいといった副作用が生じる可能性に注意すべきだが、ドパミン作動薬のような症状促進現象リスクは否定的である。また、この群の薬剤は周期性四肢運動の抑制性ではドパミン作動薬に劣るものの、睡眠の安定化作用において優れている。ガバペンチンエナカルビルないしプレガバリンも未変化体が腎排泄性であるため、腎障害を有する患者では減量もしくは投与を避ける必要がある。プラミペキソールとプレガバリンの効果の同等性を証明した研究でのプレガバリン用量は300㎎/日とかなり高い49) <ref name=Allen2014><pubmed>24521108</pubmed></ref> 。
 この群の薬剤使用下では、眠気・めまいといった副作用が生じる可能性に注意すべきだが、ドパミン作動薬のような症状促進現象リスクは否定的である。また、この群の薬剤は周期性四肢運動の抑制性ではドパミン作動薬に劣るものの、睡眠の安定化作用において優れている。ガバペンチンエナカルビルないしプレガバリンも未変化体が腎排泄性であるため、腎障害を有する患者では減量もしくは投与を避ける必要がある。プラミペキソールとプレガバリンの効果の同等性を証明した研究でのプレガバリン用量は300㎎/日とかなり高い49) <ref name=Allen2014b><pubmed>24521108</pubmed></ref> 。


 これに比べて日本国内で適応を得ているガバペンチンエナカルビルの量は600㎎とかなり低い(もちろんプレガバリンと等力価ではないが)ので、ドパミン作動薬に比べると有効性は低い。われわれが国内のプラセボ対照二重盲検比較試験データを結合して、ガバペンチンエナカルビルの有効例の特性を検討した研究では、家族歴があること、血清フェリチン値が正常であること、先行するドパミン作動薬による治療歴が存在することが本剤の有効性と関連していた<ref name=Inoue2021><pubmed>34329897</pubmed></ref> 50)。しかしながら、効果が若干劣るというデメリットを抱えながらも、症状促進現象リスクが決定的に低いことから、全世界的には治療の第一ラインをα2δリガンドにするという流れが出来つつある<ref name=Garcia-Borreguero2018><pubmed>29602660</pubmed></ref> 51)。
 これに比べて日本国内で適応を得ているガバペンチンエナカルビルの量は600㎎とかなり低い(もちろんプレガバリンと等力価ではないが)ので、ドパミン作動薬に比べると有効性は低い。われわれが国内のプラセボ対照二重盲検比較試験データを結合して、ガバペンチンエナカルビルの有効例の特性を検討した研究では、家族歴があること、血清フェリチン値が正常であること、先行するドパミン作動薬による治療歴が存在することが本剤の有効性と関連していた<ref name=Inoue2021><pubmed>34329897</pubmed></ref> 50)。しかしながら、効果が若干劣るというデメリットを抱えながらも、症状促進現象リスクが決定的に低いことから、全世界的には治療の第一ラインをα2δリガンドにするという流れが出来つつある<ref name=Garcia-Borreguero2018><pubmed>29602660</pubmed></ref> 51)。
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==おわりに==
==おわりに==
 むずむず脚症候群は有病率の高いcommon diseaseであるが、その認知度はまだ低い。そのため、患者がむずむず脚症候群に精通していない医療機関を受診することが多く、適切な診断・治療を受けられないために高額の医療費が無駄に費やされているという医療経済学的問題も指摘されている5)。この10年でむずむず脚症候群の病態研究は確実に進展し、診断基準や治療ガイドラインが作成されているが、本症候群病態に関わる決定的なバイオマーカーの同定が今後の重要な課題となろう。治療に関しては、本稿で紹介した薬物だけでなく、ドパミン再取込阻害薬やアデノシン受容体作動薬も、今後その候補に上がる可能性があると思われる。
 むずむず脚症候群は有病率の高いcommon diseaseであるが、その認知度はまだ低い。そのため、患者がむずむず脚症候群に精通していない医療機関を受診することが多く、適切な診断・治療を受けられないために高額の医療費が無駄に費やされているという医療経済学的問題も指摘されている5)<ref name=Allen2005><pubmed>15956009</pubmed></ref>。この10年でむずむず脚症候群の病態研究は確実に進展し、診断基準や治療ガイドラインが作成されているが、本症候群病態に関わる決定的なバイオマーカーの同定が今後の重要な課題となろう。治療に関しては、本稿で紹介した薬物だけでなく、ドパミン再取込阻害薬やアデノシン受容体作動薬も、今後その候補に上がる可能性があると思われる。


==参考文献==
==参考文献==