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細 (→病態生理) |
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井上雄一 | <div align="right"> | ||
<font size="+1">井上雄一</font><br> | |||
''東京医科大学睡眠学講座''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2022年8月25日 原稿完成日:2022年8月X日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 脳神経内科)<br> | |||
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英:restless legs syndrome 独:Restless-Legs-Syndrom 仏:syndrome des jambes sans repos | |||
同義語:下肢静止不能症候群、周期性四肢運動障害、エクボム症候群<br> | 同義語:下肢静止不能症候群、周期性四肢運動障害、エクボム症候群<br> | ||
periodic limb movements disorder | periodic limb movements disorder | ||
{{box|text= | |||
{{box|text= むずむず脚症候群は、夜間の下肢の運動促迫を主症状とする疾患で、これに加えて睡眠中に生じる反復性の下肢の不随意運動(周期性四肢運動)を高頻度に随伴するため、強度の不眠、抑うつ・不安症状、心血管系合併症をきたす可能性がある。本症候群は症候性(二次性)と特発性に分類され、前者に関して、末期腎不全やパーキンソン病患者、妊娠中の女性で有病率が一般人口の数倍に達することが知られている。後者に関しては、いくつかの遺伝学的特性、中枢ドパミン系神経の機能異常、鉄欠乏などが、その病態生理に関与している可能性が推測されている。むずむず脚症候群の治療においては、ドパミン受容体作動薬の効果が最も優れているが、長期連用下で治療前より症状が悪化するaugmentationという現象をきたす可能性があるため、その使用には慎重を期する必要がある。これに代わって、近年では中枢神経の興奮を抑制するα2δリガンドのむずむず脚症候群治療における重要性がクローズアップされており、さらに鉄剤による治療の可能性も検討されている。}} | |||
==むずむず脚症候群とは== | ==むずむず脚症候群とは== | ||
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という四徴により特徴づけられ、診断基準の数回の変遷を経てもこれらが基本症状であることに変わりは無い<ref name=Allen2014><pubmed>25023924</pubmed></ref>1)。 | という四徴により特徴づけられ、診断基準の数回の変遷を経てもこれらが基本症状であることに変わりは無い<ref name=Allen2014><pubmed>25023924</pubmed></ref>1)。 | ||
むずむず脚症候群の概念は古くから知られており、その特徴的な症状は17世紀のイギリスの内科医[[wj:トーマス・ウィリス|Thomas Willis]]により最初に報告されたが、この病名はスウェーデンの神経内科医[[w:Karl-Axel Ekbom|Karl-Axel Ekbom]]により1945年に命名された<ref name=Ekbom1960><pubmed>13726241</pubmed></ref> 2)。本邦では下肢静止不能症候群とも呼ばれる。 | |||
==診断基準== | ==診断基準== | ||
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診断、治療状況を知る上で重要な研究として、欧米6カ国の一般人口を対象(n=15,391名)とした調査がある5) <ref name=Allen2005><pubmed>15956009</pubmed></ref> 。本調査においては、症状を週に2回以上認めた者は2.7%(416名)であった。この確定診断群の81%(337名)はプライマリケア医を受診していたが、むずむず脚症候群の診断を受けていたのはその中のわずか6.2%(21名)で、多くはむずむず脚症候群類似の下肢不快感を訴える下肢血行障害(18.3%)、[[関節炎]](14.3%)、[[脊椎]]疾患(12.7%)、[[静脈瘤]](7.5%)、[[抑うつ不安障害]](6.3%)と診断(誤診)されていた。この結果は、医療従事者のむずむず脚症候群に対する認知度がまだまだ低いことを示していると言えよう。 | 診断、治療状況を知る上で重要な研究として、欧米6カ国の一般人口を対象(n=15,391名)とした調査がある5) <ref name=Allen2005><pubmed>15956009</pubmed></ref> 。本調査においては、症状を週に2回以上認めた者は2.7%(416名)であった。この確定診断群の81%(337名)はプライマリケア医を受診していたが、むずむず脚症候群の診断を受けていたのはその中のわずか6.2%(21名)で、多くはむずむず脚症候群類似の下肢不快感を訴える下肢血行障害(18.3%)、[[関節炎]](14.3%)、[[脊椎]]疾患(12.7%)、[[静脈瘤]](7.5%)、[[抑うつ不安障害]](6.3%)と診断(誤診)されていた。この結果は、医療従事者のむずむず脚症候群に対する認知度がまだまだ低いことを示していると言えよう。 | ||
[[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure1.png|サムネイル|'''図1. 低酸素に関連したRLSの細胞内での病態生理'''<br>細胞内での鉄欠乏、[[一酸化窒素]]、アデノシン、MEIS1の多型は, 単独(実線)にあるいは共同して(点線)、むずむず脚症候群病態に影響を及ぼす。<br> | [[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure1.png|サムネイル|'''図1. 低酸素に関連したRLSの細胞内での病態生理'''<br>細胞内での鉄欠乏、[[一酸化窒素]]、アデノシン、MEIS1の多型は, 単独(実線)にあるいは共同して(点線)、むずむず脚症候群病態に影響を及ぼす。<br> | ||
[[HIF-1a]]; [[hypoxia inducible factor- | [[HIF-1a]]; [[hypoxia inducible factor-1α]]<br> | ||
[[VEGF]]; [[vascular endothelial growth factor]]<br> | [[VEGF]]; [[vascular endothelial growth factor]]<br> | ||
文献<ref name=Trenkwalder2018><pubmed>30244828</pubmed></ref>から改変]] | 文献<ref name=Trenkwalder2018><pubmed>30244828</pubmed></ref>から改変]] | ||
[[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure2.png|サムネイル|'''図2. むずむず脚症候群に対する遺伝的背景と環境(二次的)要因の関係'''<br>文献<ref name=Trenkwalder2016><pubmed>26944272</pubmed></ref>から改変]] | [[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure2.png|サムネイル|'''図2. むずむず脚症候群に対する遺伝的背景と環境(二次的)要因の関係'''<br>文献<ref name=Trenkwalder2016><pubmed>26944272</pubmed></ref>から改変]] | ||
==病態生理== | |||
'''図1'''にTrenkwalderらが動物実験の結果をまとめた、むずむず脚症候群の低酸素状態に関連した細胞内での病態生理を示す6) <ref name=Trenkwalder2018><pubmed>30244828</pubmed></ref> 。'''図2'''に、むずむず脚症候群症状の発現に関わる遺伝学的背景と環境(二次性)要因の関与の関係を示す35) <ref name=Trenkwalder2016><pubmed>26944272</pubmed></ref> 。一般に若年発症の家族性発症の症例では遺伝的要素が主体となり、中高年期以降の症例では、身体的な背景の関与が高くなると考えられている。 | '''図1'''にTrenkwalderらが動物実験の結果をまとめた、むずむず脚症候群の低酸素状態に関連した細胞内での病態生理を示す6) <ref name=Trenkwalder2018><pubmed>30244828</pubmed></ref> 。'''図2'''に、むずむず脚症候群症状の発現に関わる遺伝学的背景と環境(二次性)要因の関与の関係を示す35) <ref name=Trenkwalder2016><pubmed>26944272</pubmed></ref> 。一般に若年発症の家族性発症の症例では遺伝的要素が主体となり、中高年期以降の症例では、身体的な背景の関与が高くなると考えられている。 | ||
[[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure3.png|サムネイル|'''図3. A11ドパミン神経系からみたむずむず病の病態'''<br>A11ドパミン細胞群は体性感覚知覚に関わる④前頭野/前頭前野、①遠心性に直接あるいは背側縫線核を介する自律神経回路や③骨格筋・疼痛知覚に関わる求心性の体性神経回路に対して抑制性の調節をしているが、A11ドパミン細胞群の機能不全により、[[脊髄後角]]細胞や[[脊髄中間外側細胞]](IML)の[[脱抑制]]をもたらし、筋求心路の[[体性感覚]]信号([[疼痛]]性知覚)の増大を招く。プラミペキソールはドパミン機能不全を改善することで、脱抑制による体性感覚信号の増大を抑えると考えられる。なお、③骨格筋随意運動による非疼痛性固有知覚の増大は脊髄後角細胞に抑制性に働くため、自発的運動により不快感は低減する。また、②これらの抑制性投射系の異常は[[交感神経]]の活性化をもたらし[[ノルアドレナリン]](NA)、[[アドレナリン]](Ad)の放出を促す。この結果、高閾値の筋の求心性神経の活性に異常を生じ、筋の異常活動、すなわち周期性四肢運動を誘発する。文献<ref name=Clemens2006><pubmed>16832090</pubmed></ref>を改変引用。]] | [[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure3.png|サムネイル|'''図3. A11ドパミン神経系からみたむずむず病の病態'''<br>A11ドパミン細胞群は体性感覚知覚に関わる④前頭野/前頭前野、①遠心性に直接あるいは背側縫線核を介する自律神経回路や③骨格筋・疼痛知覚に関わる求心性の体性神経回路に対して抑制性の調節をしているが、A11ドパミン細胞群の機能不全により、[[脊髄後角]]細胞や[[脊髄中間外側細胞]](IML)の[[脱抑制]]をもたらし、筋求心路の[[体性感覚]]信号([[疼痛]]性知覚)の増大を招く。プラミペキソールはドパミン機能不全を改善することで、脱抑制による体性感覚信号の増大を抑えると考えられる。なお、③骨格筋随意運動による非疼痛性固有知覚の増大は脊髄後角細胞に抑制性に働くため、自発的運動により不快感は低減する。また、②これらの抑制性投射系の異常は[[交感神経]]の活性化をもたらし[[ノルアドレナリン]](NA)、[[アドレナリン]](Ad)の放出を促す。この結果、高閾値の筋の求心性神経の活性に異常を生じ、筋の異常活動、すなわち周期性四肢運動を誘発する。文献<ref name=Clemens2006><pubmed>16832090</pubmed></ref>を改変引用。]] | ||
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半減期の長いロチゴチンは、プラミペキソールに比べてオーグメンテーションをきたすリスクは明らかに低いが46) <ref name=Winkelmann2018><pubmed>29756335</pubmed></ref> 、用量が多いと発現リスクは上昇していくので注意すべきである。 | 半減期の長いロチゴチンは、プラミペキソールに比べてオーグメンテーションをきたすリスクは明らかに低いが46) <ref name=Winkelmann2018><pubmed>29756335</pubmed></ref> 、用量が多いと発現リスクは上昇していくので注意すべきである。 | ||
=== | ===α2δリガンド=== | ||
興奮性神経終末において、[[電位依存性カルシウムチャネル]]の[[ | 興奮性神経終末において、[[電位依存性カルシウムチャネル]]の[[α2δサブユニット]]に結合し、[[興奮性神経伝達物質]]の遊離を抑制し、GABA系の活動を上昇させる。当初、α2δリガンドの中で、[[ガバペンチン]]のむずむず脚症候群に対する有効性がMellickら47) <ref name=Mellick1996><pubmed>8723380</pubmed></ref> により報告されたが、半減期や生体利用効率の問題を考慮してガバペンチンのプロドラッグである[[ガバペンチンエナカルビル]](Gabapentin enacarbil; GEn)や[[プレガバリン]](日本では保険適応外)が治療に導入されている48)49)<ref name=Allen2014b><pubmed>24521108</pubmed></ref><ref name=Inoue2013><pubmed>23121149</pubmed></ref> 。 | ||
この群の薬剤使用下では、眠気・めまいといった副作用が生じる可能性に注意すべきだが、ドパミン作動薬のようなオーグメンテーションリスクは否定的である。また、この群の薬剤は周期性四肢運動の抑制性ではドパミン作動薬に劣るものの、睡眠の安定化作用において優れている。ガバペンチンエナカルビルないしプレガバリンも未変化体が腎排泄性であるため、腎障害を有する患者では減量もしくは投与を避ける必要がある。プラミペキソールとプレガバリンの効果の同等性を証明した研究でのプレガバリン用量は300㎎/日とかなり高い49) <ref name=Allen2014b><pubmed>24521108</pubmed></ref> 。 | この群の薬剤使用下では、眠気・めまいといった副作用が生じる可能性に注意すべきだが、ドパミン作動薬のようなオーグメンテーションリスクは否定的である。また、この群の薬剤は周期性四肢運動の抑制性ではドパミン作動薬に劣るものの、睡眠の安定化作用において優れている。ガバペンチンエナカルビルないしプレガバリンも未変化体が腎排泄性であるため、腎障害を有する患者では減量もしくは投与を避ける必要がある。プラミペキソールとプレガバリンの効果の同等性を証明した研究でのプレガバリン用量は300㎎/日とかなり高い49) <ref name=Allen2014b><pubmed>24521108</pubmed></ref> 。 | ||
これに比べて日本国内で適応を得ているガバペンチンエナカルビルの量は600㎎とかなり低い(もちろんプレガバリンと等力価ではないが)ので、ドパミン作動薬に比べると有効性は低い。われわれが国内のプラセボ対照二重盲検比較試験データを結合して、ガバペンチンエナカルビルの有効例の特性を検討した研究では、家族歴があること、血清フェリチン値が正常であること、先行するドパミン作動薬による治療歴が存在することが本剤の有効性と関連していた<ref name=Inoue2021><pubmed>34329897</pubmed></ref> 50) | これに比べて日本国内で適応を得ているガバペンチンエナカルビルの量は600㎎とかなり低い(もちろんプレガバリンと等力価ではないが)ので、ドパミン作動薬に比べると有効性は低い。われわれが国内のプラセボ対照二重盲検比較試験データを結合して、ガバペンチンエナカルビルの有効例の特性を検討した研究では、家族歴があること、血清フェリチン値が正常であること、先行するドパミン作動薬による治療歴が存在することが本剤の有効性と関連していた<ref name=Inoue2021><pubmed>34329897</pubmed></ref> 50)。しかしながら、効果が若干劣るというデメリットを抱えながらも、オーグメンテーションリスクが決定的に低いことから、全世界的には治療の第一ラインをα2δリガンドにするという流れが出来つつある<ref name=Garcia-Borreguero2018><pubmed>29602660</pubmed></ref> 51)。 | ||
オーグメンテーションを避ける上では、血清フェリチン値を定期的に測定し、50-75μg/ | オーグメンテーションを避ける上では、血清フェリチン値を定期的に測定し、50-75μg/l以上を保つことが必要である。ドパミン作動薬使用下でオーグメンテーションが生じた場合には、分割投与や投与時刻の前進、α2δリガンドの投与を考慮する。International restless legs syndrome study group (IRLSSG)の治療アルゴリズム52) <ref name=Garcia-Borreguero2016><pubmed>27448465</pubmed></ref> )(表2)では、オーグメンテーション重症例では、ドパミン系薬剤の休薬(10日間程度)、ロチゴチン、α2δリガンド、[[オピオイド]]製剤(わが国では保険適応外)などを検討すべきとされている。 | ||
===その他=== | ===その他=== |