「ヒストンメチル基転移酵素」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
28行目: 28行目:
 ドメイン構造、標的分子となるヒストン残基とメチル化の数で分類される('''表1''')。
 ドメイン構造、標的分子となるヒストン残基とメチル化の数で分類される('''表1''')。
=== ヒストンリジンメチル基転移酵素 ===
=== ヒストンリジンメチル基転移酵素 ===
 2つのクラスから構成され、その1つであるSET ドメインを含むクラスが、大部分を占める。もう1つのクラスは、SET ドメインを持たないDOT1L(Dot1 like protein、KMT4としても知られる)の1種類だけである<ref name=Okada2005><pubmed>15851025</pubmed></ref><ref name=vanLeeuwen2002><pubmed>12086673</pubmed></ref>。
 2つのクラスから構成される。SETドメインを含むクラスが、大部分を占める。もう1つのクラスは、SET ドメインを持たないDOT1L(Dot1 like protein、KMT4としても知られる)の1種類だけである<ref name=Okada2005><pubmed>15851025</pubmed></ref><ref name=vanLeeuwen2002><pubmed>12086673</pubmed></ref>。


=== タンパク質アルギニンメチル基転移酵素 ===
=== タンパク質アルギニンメチル基転移酵素 ===
177行目: 177行目:
[[ファイル:Nakashima HMT Fig2.png|サムネイル|'''図2. タンパク質アルギニンメチル基転移酵素素(PRMT)のメチル化機構'''<br>AdoMet: S-adenosyl-L-methionine、AdoHcy: S adenosyl-L-homocysteine。文献<ref name=Tsukada2007><pubmed>17763704</pubmed> [https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2018/12/79-07-09.pdf PDF]</ref> より改変。]] 
[[ファイル:Nakashima HMT Fig2.png|サムネイル|'''図2. タンパク質アルギニンメチル基転移酵素素(PRMT)のメチル化機構'''<br>AdoMet: S-adenosyl-L-methionine、AdoHcy: S adenosyl-L-homocysteine。文献<ref name=Tsukada2007><pubmed>17763704</pubmed> [https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2018/12/79-07-09.pdf PDF]</ref> より改変。]] 


 ヒストンメチル基転移酵素は各クラスの触媒ドメインは異なるものの、いずれもメチル基供与体として S-アデノシル-L-メチオニン (SAM/Adomet) を使用する<ref name=Dillon2005><pubmed>16086857</pubmed></ref><ref name=Nguyen2011><pubmed>21724828</pubmed></ref>。リジン残基にはヒストンリジンメチル基転移酵素により1~3個のメチル基が、アルギニン残基ではタンパク質アルギニンメチル基転移酵素により1あるいは2個のメチル基が付加される。モノ・ジ・トリメチル化のどの状態まで触媒するかは表1に示したようにそれぞれの特異性によって分かれている。ヒストンH3のリジン残基ではK4(4番目のリジン残基)、K9、K27、K36、K79が、アルギニン残基ではR2(2番目のアルギニン残基)、R8、R17、R26がメチル化され、ヒストンH4ではK20、R3がメチル化される。
 各クラスは触媒ドメインは異なるものの、いずれもメチル基供与体として S-アデノシル-L-メチオニン (SAM/Adomet) を使用する<ref name=Dillon2005><pubmed>16086857</pubmed></ref><ref name=Nguyen2011><pubmed>21724828</pubmed></ref>。リジン残基にはヒストンリジンメチル基転移酵素により1~3個のメチル基が、アルギニン残基ではタンパク質アルギニンメチル基転移酵素により1あるいは2個のメチル基が付加される。モノ・ジ・トリメチル化のどの状態まで触媒するかは'''表1'''に示したようにそれぞれの特異性によって分かれている。ヒストンH3のリジン残基ではK4(4番目のリジン残基)、K9、K27、K36、K79が、アルギニン残基ではR2(2番目のアルギニン残基)、R8、R17、R26がメチル化され、ヒストンH4ではK20、R3がメチル化される。


 それぞれメチル化される残基の位置によって転写の活性化に関与するものと抑制に関与するものが存在しており、一般的にはH3K4、K36、K79、R17は転写活性化、H3K9、K27、H4K20は転写抑制に関与すると考えられている<ref name=DiNisio2021><pubmed>33859667</pubmed></ref><ref name=Park2022><pubmed>35794091</pubmed></ref><ref name=Bauer2002><pubmed>11751582</pubmed></ref>。
 それぞれメチル化される残基の位置によって転写の活性化に関与するものと抑制に関与するものが存在しており、一般的にはH3K4、K36、K79、R17は転写活性化、H3K9、K27、H4K20は転写抑制に関与すると考えられている<ref name=DiNisio2021><pubmed>33859667</pubmed></ref><ref name=Park2022><pubmed>35794091</pubmed></ref><ref name=Bauer2002><pubmed>11751582</pubmed></ref>。


('''図1''')。
('''図1''')。
===タンパク質アルギニンメチル基転移酵素===
 
== 神経細胞での機能 ==
== 神経細胞での機能 ==
===ヒストンリジンメチル基転移酵素 ===
===ヒストンリジンメチル基転移酵素 ===
 神経幹細胞は自己複製能とニューロン、アストロサイト及びオリゴデンドロサイトへの多分化能を持っており、脳の発達と恒常性にとって重要な役割を果たしているが、神経幹細胞の増殖・複製と分化には多くのヒストンリジンメチル基転移酵素が関与している。神経幹細胞の増殖にはSetd8の関与が示唆されており、Setd8に変異を加えることで機能が失われると、脳内のH4K20モノメチル化が失われるとともに止状態にある神経幹細胞の再活性化が遅れることが報告されている<ref name=Wickramasekara2019><pubmed>30832413</pubmed></ref>。また、Setd8はサイクリン依存性キナーゼ1(Cdk1)やWntシグナル経路の転写コアクチベーターであるearthbound1/jerky(Ebd1)のプロモーター領域に結合し、脳内でのCdk1およびEbd1の発現に必要であることも報告されている <ref name=Huang2021><pubmed>33565211</pubmed></ref>。Setd8と同様に、Cdk1とEbd1は神経幹細胞の再活性化を促進することがわかっており、Cdk1とEbd1の過剰発現によってSetd8変異脳で観察された神経幹細胞再活性化の障害を改善できることが示されている。これらの結果からSetd8は、Wntシグナル伝達と細胞周期の進行を調節することにより、神経幹細胞の再活性化を促進すると考えられる<ref name=Huang2021><pubmed>33565211</pubmed></ref>。
 神経幹細胞は自己複製能とニューロン、アストロサイト及びオリゴデンドロサイトへの多分化能を持っており、脳の発達と恒常性にとって重要な役割を果たしているが、神経幹細胞の増殖・複製と分化には多くのヒストンリジンメチル基転移酵素が関与している。増殖にはSetd8の関与が示唆されており、Setd8に変異を加えることで機能が失われると、脳内のH4K20モノメチル化が失われるとともに止状態にある神経幹細胞の再活性化が遅れることが報告されている<ref name=Wickramasekara2019><pubmed>30832413</pubmed></ref>。また、Setd8はサイクリン依存性キナーゼ1(Cdk1)やWntシグナル経路の転写コアクチベーターであるearthbound1/jerky(Ebd1)のプロモーター領域に結合し、脳内でのCdk1およびEbd1の発現に必要であることも報告されている <ref name=Huang2021><pubmed>33565211</pubmed></ref>。Setd8と同様に、Cdk1とEbd1は神経幹細胞の再活性化を促進することがわかっており、Cdk1とEbd1の過剰発現によってSetd8変異脳で観察された神経幹細胞再活性化の障害を改善できることが示されている。これらの結果からSetd8は、Wntシグナル伝達と細胞周期の進行を調節することにより、神経幹細胞の再活性化を促進すると考えられる<ref name=Huang2021><pubmed>33565211</pubmed></ref>。


 神経前駆細胞からニューロンへの分化においてはSetdb1が重要な役割を果たしている。Setdb1は脳の発生初期の神経前駆細胞において高発現しており、ニューロン分化に必要な遺伝子の発現を抑制しているが、発生進行に伴いSetdb1の発現は低下するため、ニューロンへの分化が可能になる。しかし、発生初期からSetdb1が欠失すると、メカニズムは不明であるが、ニューロンへの分化と成熟に必要な遺伝子の発現が阻害され、ニューロン生成は妨げられる<ref name=Tan2012><pubmed>22991445</pubmed></ref>。一方で、分化後のニューロンにおいてSetdb1を過剰発現させると、空間認知障害やうつ様行動が誘発されるなど、Setdb1はニューロンのそれぞれの分化過程において異なる作用を持っている<ref name=Bharadwaj2014><pubmed>25467983</pubmed></ref><ref name=Jiang2010><pubmed>20505083</pubmed></ref>。
 神経前駆細胞からニューロンへの分化においてはSetdb1が重要な役割を果たしている。Setdb1は脳の発生初期の神経前駆細胞において高発現しており、ニューロン分化に必要な遺伝子の発現を抑制しているが、発生進行に伴いSetdb1の発現は低下するため、ニューロンへの分化が可能になる。しかし、発生初期からSetdb1が欠失すると、メカニズムは不明であるが、ニューロンへの分化と成熟に必要な遺伝子の発現が阻害され、ニューロン生成は妨げられる<ref name=Tan2012><pubmed>22991445</pubmed></ref>。一方で、分化後のニューロンにおいてSetdb1を過剰発現させると、空間認知障害やうつ様行動が誘発されるなど、Setdb1はニューロンのそれぞれの分化過程において異なる作用を持っている<ref name=Bharadwaj2014><pubmed>25467983</pubmed></ref><ref name=Jiang2010><pubmed>20505083</pubmed></ref>。